魔女の悪だくみ
「何すんじゃ、小娘ー!」
瞬間湯沸かし器の如く、ビクトーリアが怒りの言葉を上げた。
「アンタが、碌でも無い物創るからでしょうがー!」
その言葉に、即座に反応するシャルロット。
二人のボルテージは一気に高まり、がっつりと四つに組み睨み合う。
「碌でも無い物とは、偉い言い草じゃのう」
「碌でも無い物だから、碌でも無い物って言ったのよ」
がっつりと力と威圧を向けて来るビクトーリアに、一歩も引かないシャルロット。
二人が鍔迫り合いを続ける中、タナトスへと目を向けると……微笑みながら、その様子を見つめていた。
そんな中タナトスは、ある一つの事柄が胸中に芽生える。
その事柄は疑問。何故、シャルロットはこうまで遠隔会話の鏡(仮)を嫌うのだろうか? である。
「あのぉ、姫殿下。御忙しい所申し訳御座いませんが、宜しいでしょうか?」
「はい! なんでしょうか!」
どこか呑気な声色で問いかけるタナトスに対し、シャルロットは視線を向けずにどこか投げやりな返事を返す。
「姫殿下は、何故遠隔会話の鏡(仮)をそこまで嫌うのでしょうか?」
タナトスが疑問を提示した瞬間、ビクトーリアの力が抜けた。
「そう言えば、そうじゃのう」
こんな間抜けな言葉と共に。
この一連の流れの余波によって、シャルロットは前につんのめる様にビクトーリアの豊満な胸へとダイブを決める。
「オイ、小娘。説明せい」
ビクトーリアは、自身の胸の谷間から視線を向けるシャルロットに問いかけた。その怨みがましい視線に。
「法皇陛下は、忙しいですか?」
しかしシャルロットは、ビクトーリアの問いかけを無視する様に言葉を紡ぐ。
この言葉に、ビクトーリアは僅かに首を傾げたが、話の流れと読み答えを口にする。
「まあ、忙しいのう」
ビクトーリアが口にした言葉に満足したのか、シャルロットは胸の谷間で頷いた。
そして……
「その御忙しい法皇陛下が、久しぶりにお休みを貰いました」
本題を切り出す。
「ふむ」
ビクトーリアは、口を挟む事無く相槌を打つに留まる。
「陛下の居場所は、誰も知りません。悠々自適なお休みです」
「ほう」
シャルロットの言葉を、現実の出来事の様にビクトーリアは笑う。
「ですが、急にお仕事が入り呼び戻されました。さて、何故でしょう?」
シャルロットのなぞなぞの様な問いかけに、ビクトーリアは困った様な表情で首を傾げた。
「誰ぞ呼びに来たのでは無いか?」
そして、当たり前の答えを口にした。
ビクトーリアの発言に、シャルロットは盛大にビクトーリアのたわわな胸に生暖かい息を吹きかける。
つまりは、溜息を吐いた。残念だ、と。
「あのね、バカビッチの行く先は、誰も知らないの。そこの所、解ってんの? 」
そう言われてビクトーリアは気付く。
そう言えば、前提がそうであった、と。
では、何故自分の居場所がバレたのであろうか?
ビクトーリアは僅かに逡巡するが、すぐに答えにたどり着く。
「こんのクソ鏡がぁ!」
言葉と共に、割れた何故遠隔会話の鏡(仮)を踏みつけた。
「妾の貴重な休日をかすめ取ろうとは、小癪な鏡じゃ。シャルロット良くぞ気付いた、褒めてつかわす」
さっきの言葉は何処へやら、ビクトーリアは優雅で気品溢れる笑みを見せる。
この変り様に、シャルロットは呆れる他無かった。同時に、この0か100かしか無い思考回路に頭を抱えるのだった。
「あのさぁ、バカビッチ」
「何じゃ?」
シャルロットの力が抜けた問いかけに、ビクトーリアは胸を張って答える。
「その(仮)自体は、すごい発明だと思うのよ。流石はターマレン様」
「うん? どう言う事じゃ? 先ほどコレを否定したのは、うぬ自身ではないか」
シャルロットの言葉の真意が解らず、首を傾げるビクトーリア。
この場に居るタナトスも同様の仕草を形作る。その心持は同じらしい。
「あのね、根本的な疑問なんだけど、なんで(仮)はあのサイズだったの?」
「あのサイズ?」
ビクトーリアは、オウム返しに言葉を紡ぎ腕を組んだ。
これが意味する事は、知らない、と言う事である。
その意味がありありと解ったシャルロットは溜息で返事とした。
しかし、これで話が終わっては意味が無い。
「(仮)のサイズってさぁ、持ち運び前提で創られて無い? わたしは、そう感じたんだけど」
シャルロットは、遠隔会話の鏡(仮)を見た時の感想を素直に口にする。
「成程のぉ」
「…………確かに」
この意見に、ビクトーリア、タナトスは肯定の言葉を漏らす。
「股ぐらの意志がそうだったとして、それがどうだと言うのじゃ?」
あやふや感のあるシャルロットの言葉に、ビクトーリアはその真意を問いただす。
「わかんないの?」
だが、シャルロットは楽しそうにビクトーリアの顔を見つめた。
この行動に対して、ビクトーリアの美麗な眉がピクリと跳ねる。どうやら、若干気に障ったらしい。
ビクトーリアは、表情を引きつらせながら椅子にどっかりと座ると、僅かに身を乗り出し
「小娘、腹を割って話そうでは無いか」
挑発とも取れる言葉を発した。
しかし、こんな事で怯むほどシャルロットの肝は小さくない。
「ふふん。相手してあげる」
言葉と共にテーブルに着くシャルロット。
竜虎相撃つ! とならないのがこの二人。
基本、呑気な性格なのだ。
「(仮)の性能はたいした物だと思うわけよ」
「まあの」
シャルロットが口にした会話の初手に、ビクトーリアは頷きで返す。
「でね、最大の問題点は持ち運びができる事」
「ふむ」
シャルロットの問題提起に、ビクトーリアは再び頷きで返した。
しかし、このビクトーリアの言葉に、シャルロットの眉が下がる。とても、とてもとても残念そうに。
「その問題点を、適当な理由で抹消すれば、全て解決となります! どう御思いになりますか、法皇陛下?」
シャルロットは、ニヤリと邪悪な半月を顔に張り付けながらビクトーリアに問いかける。わざわざ、法皇陛下と言う称号を持ち出して。
では、シャルロットの提案に、ビクトーリアはどう答えるのか?
「成程、成程。良き進言、レックホランド法国を代表して感謝を」
当然乗るのである。それも、悪党の笑みを漏らしながら。
全く良く似た二人であった。
こうして昼の会食は終了となる。
タナトスの貴賓室まで送ると言う言葉を、シャルロットは丁重に断り部屋を後にした。
残ったのは二人。ビクトーリアとタナトス。
「随分とはしゃいでおられましたね、ビクトーリア様」
冷えた紅茶を取り変えながら、タナトスが問いかけた。
この言葉に、ビクトーリアはクスリと妖艶な笑みを見せる
「まあの。可愛い妹分と久方ぶりの再会じゃ、嬉しく無い訳がなかろう?」
そして、素直にその心根を口にする。
「左様で御座いますか。それで…………悪だくみは上手く行きましたか?」
タナトスの言った、悪だくみと言う言葉に反応し、ビクトーリアは笑みを消し、表情を引き締める。
「悪だくみとは失礼じゃのう。まあ、シャルロットがあの様な反応を示すとは予想外じゃったが、おおむね成功と言えるじゃろ。後は、遠隔会話の鏡(仮)を各国の王宮に配備すれば終了じゃ」
「そうすれば、あの者達の行動を監視する事が楽になりますね。同時に姫殿下の手助けも」
「うむ」
返事と共に、ビクトーリアは蒼い空へと視線を向ける。
「一体どこの誰が、あの阿呆共を先導しておるのやら。余計な事をしてくれる物よ」
「左様で御座いますね。ビクトーリア様、彼の方はどうなっているのでしょうか?」
タナトスの問いかけに、ビクトーリアは一瞬虚を突かれるが、すぐにそれがランスロットの事だと思い至る。
厳しめだった表情を崩しビクトーリアは、タナトスへと視線を向けた。
「シャルロットが向かった先は、恐らく修練場であろうよ。妾の勘では、本日中に決着が付くであろう」
ビクトーリアは、さほど興味が無いと言う表情で、タナトスに答えを返した。
だがタナトスには、この言葉によって一つの疑問が浮かぶ。
「クーデリカ殿は、勝てるでしょうか?」
タナトスが放った言葉に対し、ビクトーリアは軽く溜息を吐いた。
「勝ち負けなど、大した問題では無い。相手はシャルロットの騎士、あ奴がそれを理解出来ていれば、あの騎士は屈辱に塗れ帰国する事になるじゃろう」
「では、彼が理解していなかったら?」
「ククッ! ネズミに噛まれる猫となるじゃろうな」
そう言ってビクトーリアは、クツクツと笑い続けるのだった。




