いざ、法国へ!
今回の法国来訪の陰にちらつくビクトーリアの影。シャルロットは、脳裏でその思惑を読み取ろうとしていた。
だが、何度考えようと、どれだけ裏を探ろうとしても、全てがビクトーリアの邪悪な笑顔で塗り潰された。
「ダメだわ。これはもう、魔女の掌に乗るしか無いわね」
「と、言う事は?」
期待に満ちた瞳で言葉を綴るクーデリカ。
「クーデリカ。アンタが一緒に来なさい」
「畏まりました!」
満面の笑顔で、シャルロットの言葉にクーデリカは頷いた。
「……姫様」
不満げな声で、イレーネがシャルロットに向け声を掛けた。
だが、その声を制止し、シャルロットは次の言葉を口にする。
「仕方無いじゃない! お父様に、国王陛下に恥をかかせる訳にも行かないし、あのクソビッチがなに考えてるか解んないし、コイツを連れて行くしか無いでしょうに!」
このあまりにも残念な言葉に、浮かれていたクーデリカの心は深く沈んで行った。
「ひ、姫様。姫様は私がお嫌いなのですか?」
そのあまりにもな冷遇感に、クーデリカはついにこんな事まで言いだした。
「バカじゃないの!」
「バカですか?」
「バカですね」
それに対して、領主館組は辛辣な言葉を贈る。
この言葉に、クーデリカは眉を寄せた。
クーデリカの表情を見、イレーネが一歩前へと歩み出る。
「いいですか、クーデリカ」
優しく愛しむようなイレーネの表情に、クーデリカは僅かに笑みを見せる。やっと味方が現れた、と。
しかし、忘れてはいけない。先程の罵倒の言葉の中に、イレーネの物も混じっていたのだと。
「私が不満なのは、あなたが姫様とお泊り旅行に行くことです。はっきりと言いますが、私はあなたに興味はありません!」
イレーネはキッパリと言い放つ。
自分の不満は、自身がシャルロットの同伴者に選ばれなかった事のみである、と。
イレーネの言葉と同時に、ヴァネッサはイレーネの横に立ち
「私も同意見です。クーデリカ、あなたに姫様は渡しません!」
姫様ガードの、両壁が並び立つ。
しかし、クーデリカとて一流の騎士、では無く、超一流の姫様馬鹿。センチュリオン姉妹に対して、決して引く事は出来ないのだ。
「ふはは、バカめ! 姫様とお泊り旅行に行くのは私だ! 敗者は大人しく、涙を流しながら床を舐めるが良い!」
先程までの弱っていた姿はどこへやら、クーデリカは腕を組み高らかに勝者の声を上げる。
しかし、センチュリオン姉妹の姫様馬鹿度も並では無いのだ。そう、ヴァネッサ、イレーネのセンチュリオン姉妹の姫様馬鹿度は超ド級なのだ!
「ふふっ。負け犬が吠えていますよ、イレーネ」
「ええ。とても甘美な響きね、ヴァネッサ」
言葉と共に、ニヤリと不敵な笑みを見せるセンチュリオン姉妹。
「何だと!」
このセンチュリオン姉妹の挑発に、クーデリカの眉間にしわが刻まれる。
そして、クーデリカが反論をしようとした瞬間、イレーネがさらに一歩クーデリカに向け歩を進める。
「残念なあなたに、良い事を教えてあげましょう。姫様の右側には、私イレーネが」
「左側には、このヴァネッサが」
「「つまりは、あなたの場所など、すでに無いのです」」
勝利を確信し、センチュリオン姉妹は堂々と宣言した。
だが、クーデリカも負けてはいない。
「ふふっ、何と言う戯言! この私、クーデリカ・ビスケスは、姫様の剣! とんかちや靴のあなた達とは物が違うのだ!」
こちらも堂々と宣言する。
だが、クーデリカのこの発言は、センチュリオン姉妹に鼻で笑われる事になった。
「姫様の剣? 馬鹿を仰いな。姫様の剣、その名を冠する者はすでに居ますわ。バリサルダを持つ最高の剣士が」
「なっ! バリサルダ、だと」
ヴァネッサの放った言葉に、クーデリカは踏鞴を踏む。
「ええ。姫様御自らバリサルダをお与えになったのよ」
センチュリオン姉妹の発言により、クーデリカは敗北感に苛まれた。
項垂れるクーデリカの姿を見、センチュリオン姉妹は勝利を確信する。
「ではイレーネ、決着をつけましょうか」
「解ってるわ、ヴァネッサ。では姫様、法国への御供はどちらに!?」
同時に背後へと視線を向けるセンチュリオン姉妹。
しかし、二人の背後には、愛しのシャルロットの姿は無かった。
何て事は無い、三人が口論を始めた瞬間、シャルロットは呆れ場を後にしただけである。馬鹿共に付き合う無駄な時間は無い、と。
哀れ、姫様好き好き三人娘は、領主邸の応接室でぽつんと立ちつくすのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それじゃあ、行ってくるわね」
無限書庫の扉を前に、シャルロットは見送りの者達へ向け言葉を掛ける。
扉を二つくぐればハイ到着となるので何の危険性も無いのだが。実際には、隣の部屋に行くような物だ。
「姫様、御身体だけには御気を付けて」
「無事お戻りになる事を願っております」
心配症と言うよりも、過保護な発言を口にするヴァネッサ、イレーネのセンチュリオン姉妹。
「留守の間の領主邸の警護はお任せを」
責任感を感じさせる発言をするクロムウェル。
「あまり羽目を外さない様にして下さいよ」
どんな時でも冷静に、注意を促すヒムロ。
「まあ、楽しんで来いよ」
正反対に、どこか呑気なタムラ。
「土産話、楽しみにしてますから」
何故か付いて来た、クマちゃん事サイトウ。
シャルロットは、言葉を交わした面々の顔をもう一度ぐるりと見つめると、無限書庫の取手に手を掛ける。
「しゅっぱつ!」
勢い一過、シャルロットはドアを開け放つ!
瞬間、扉の中から膨大な量の光の球が雪崩出て来た。そう、下級、中級精霊達である。その光の球は、解き放たれた子犬の様に地下室を縦横無尽に飛び回る。
「あらあら」
「まあまあ」
困った様に、呆れる様に言葉を綴るセンチュリオン姉妹。
「凄い。精霊達がこんなに……」
感無量に驚きを顕にするクロムウェル。
「アニキ! 何なんです!」
「何じゃこりゃ!」
「凄いな」
驚く者、感心する者、三者三様の言葉を口にするヒムロ達。
「止まりなさい!」
キラキラと夜空に輝く星々の中の様な光景を映す地下室、その中でシャルロットの怒声が響き渡る。
精霊達は、その声に反応し動きを止めた。
「ハウス!」
言葉と共に、シャルロットは開け放たれた無限書庫を指差した。
だが、一つの精霊も指示には従わず、僅かに震えていた。まだ遊びたい、そんな事を暗に語っている様である。
その様子を見、シャルロットは盛大に溜息を吐くと
「今度遊んであげるから、今は戻りなさい」
妥協案とでも言う様な言葉を口にするが、精霊達は従わない。
「あっそう! じゃあ、わたしは行きます、ばいばーい」
動かない精霊達を尻目に、シャルロットはクーデリカを引き連れ無限書庫の中へと消える。その瞬間、ピクリともしなかった精霊達が、我先へと無限書庫に吸い込まれて行った。母親を追いかける幼子の様に。
その光景を見たクロムウェルは語る、まるで満天の夜空に輝くミルキーウェイの様であったと。
………………
…………
……
無限書庫の中に現れた扉を開け、シャルロット達は時間と距離を飛び越える。
扉を出た先は、重そうな石壁が並ぶ部屋であった。その中央で、真っ白な神官服に身を包んだ男性が一人。
「お待ちしておりました、シャルロット様」
言葉と共に男は頭を下げた。




