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悩める騎士

~?????~


 そこは不思議な空間であった。

 此の世とも彼の世とも違う。

 この空間に名を付けるとするならば、現世と来世の狭間、と言うのが正しいのかも知れない。

 広いと言われれば広く見えるし、狭いと思えばすぐに何かにぶつかる様な感覚に襲われる。

 白い部屋だと思えば白く見え、黒い壁で囲まれた部屋だと言われればそう見える。

 人の、いや、生物の意識に左右されるかの様な空間であった。


 空間の中央、とおぼしき場所にテーブルが一つあるいや、それだけでは無い。そのテーブルを挟む様に、三人掛けのソファーが二つ。そして、テーブルの頂点、上座と思われる場所に一人掛けのソファーが一脚置いてあった。

 同時に、意識を集中すれば、その一人掛けのソファーに誰かが座っているのに気付く。黄金の髪をラウンドシニョンに編み込み、その人知を超えた何かが創ったとしか思えない美しき顔には、黄金の瞳が輝く。そして、深紅のロココ調ドレスを纏い、その者は居た。


「お久しぶりです、ビクトーリア様」


 空間のどこかから、その人物、ビクトーリアに声をかける者が居た。

 ビクトーリアは、視線だけを動かし、声の主を確認する。

 肩甲骨辺りまで伸ばされた栗色の髪。切れ長の瞳に美しい顔立ち。百八十センチ程の長身であり、少々華奢に見えるその身体を純白の鎧で飾っている。


「なんじゃ、うぬか。久しぶりにその顔を見るが…………吐き気がする程のイケメンじゃのう」


「これは手厳しいですね」


 ビクトーリアの嫌味を、軽く受け流す鎧姿の青年。

 この暖簾に腕押しの様な状態に、ビクトーリアは溜息を吐きながら指をパチンと鳴らした。瞬間、何も無かった空間が、品の良い洋館の一室へと姿を変えた。


「それで? ネリウスの子飼であるうぬが、妾に何用じゃ? ええ、ランスロット」


 そう、ビクトーリアの元を訪れた人物、名はランスロット。

 それは六人の魔女の一人、西を守護する魔女ネリウス・トラリアルに仕える者であり、十二氏族に名を連ねる者。最上級精霊ランスロットであった。


「実は、ビクトーリア様にお願いがありまして」


 実にさわやかな笑顔で言葉を綴るランスロットである。

 その笑顔を前に、逆にビクトーリアは苦笑いを浮かべた。


「その願いとやらは、ネトラレも知っておるのじゃろうな?」


 話の内容が僅かに判明した所で、ビクトーリアはネリウスの事をあだ名で呼んだ。

 ビクトーリアが砕けた言葉を発した事で、ランスロットは一様に胸を撫で下ろす。どうやら話は聞いて貰えそうだ、と。


「当然知っておりますとも、ビクトーリア様」


 肯定の言葉と共に、ランスロットは胸に手を当て、まるで芝居役者の様に腰を折るのだった。


「それで! 願いは何じゃ!? 妾は忙しいのじゃが」


 どう見ても暇なのだが、ランスロットの行動に嫌味の一つも言いたいのだろう


「実は、ある人物をビクトーリア様のお力で呼び寄せて欲しいのです」


「ほう。うぬがニンゲンに興味を持つとはのう」


 ランスロットの言葉に、感心した様な声をビクトーリアは上げた。


「何時までも、法国の霊廟で燻っているのも飽きましたので、ここは一つ宿主でも見つけようと思いまして。ネリウス様からも、いい加減引き籠りは止めよと言われまして……」


 ランスロットの言葉に、ビクトーリアは真実を見つけた。結局、この怠け者が動く動機とは、上司からの叱責であったのだ、と。


「それで、誰を呼べと言うのじゃ? 妾とて、世界の全てを動かす事は出来ぬぞ」


 そう注意を促すビクトーリアだが、ランスロットは心配無用と首を横に振った。


「それは心配無用で御座います。これはビクトーリア様にしか頼めぬ事。私が、呼び寄せて欲しい相手の名は――」


 ランスロットの呼び寄せて欲しい人物の名を聞いた瞬間、ビクトーリアの顔に邪悪な笑みが浮かんだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ワイバーン(飛竜)討伐戦から一週間、クーデリカは悩みの中にあった。


「どうされたのですか?」


 騎士団の練習中の中休み中、一人小陰で休むクーデリカに、ハミルトンが問いかけた。


「うむ。どうやったら、力を手に入れる事が出来るか考えていた」


「力、ですか?」


 オウム返しに問いかけられたハミルトンの言葉に、クーデリカは無言の頷きで答えとした。


「ヴァネッサやイレーネの様に、上級精霊と契約する、と言う事も出来るが、私一人の意志でどうこう出来る話でも無いしな」


「そうですね」


 上級精霊は自ら宿主を選ぶ。

 この事象から、幾らクーデリカが欲しても無理な話なのだ。

 事実として知っているハミルトンは、短く返事を返すに留まった。

 話が話である為か、場は暗い雰囲気に包まれる。

 しかし、それを許してくれるほど、騎士団長と言う職務は優しく無いのであった。


「団長! 陛下が、至急執務室まで来る様にとの御達しであります!」


 聖騎士団第二部隊隊長バルテリが、急ぎ足でバーングラス王からの言葉をクーデリカへと告げる。

 この言葉に対し、クーデリカはゆっくりと腰を上げた


「バーングラス王からの、出頭の要請だと?」


「は! 至急来られたし、との事です」


 クーデリカは、顎に手をやり“ふむ”と考え込んだ。

 シャルロットが旅立ってからこっち、何か大きなミスはしていない筈である。そうなると、叱責とかでは無いはずだ。近隣の街や村で、何かあったと言う報告も上がって来ては居ない。急な出頭要請に対し、クーデリカは思い当たる事柄は無かった。

 ならば、考えても仕方が無い。来いと言われれば、行くしか無いのだ。

 クーデリカは、後の事をハミルトンに任せると、王城へと歩を進めた。

 まずは、騎士隊隊舎へと向かい、鎧を脱ぎ身繕いを済ませる。鏡を見、不敬で無い事を確認すると、クーデリカは国王執務室へと向かった。

 目的の部屋の前、クーデリカは一度深呼吸をし気持ちを整えると、ドアをノックし名乗りを上げる。


「陛下、御呼びとの事で、クーデリカ・ビスケス参上致しました!」

「入れ」


 クーデリカの名乗りに、即座に室内から入室の許可が下りドアが開かれた。

 クーデリカはドアを開いた者達、二人のメイドに僅かに視線を向け礼とすると、バーングラス王の前に立った。


「ビスケスよ、急な召喚すまぬな」


 バーングラス王は、まずは急ぎの呼び出しに応えた事に対しての言葉を贈る。


「いえ。王の命は、何事にも優先されます」


 クーデリカの最優先は、王では無くシャルロット。それを知るバーングラス王は、僅かに苦笑いを浮かべた。


「うむ。それで本題なのだが、お前に法国まで行ってもらいたいのだ」


「法国? レックホランド法国でありましょうか?」


 クーデリカの反応に、バーングラス王は頷きで返した。


「お前も知っているだろうが、大陸に有る王族、貴族の子らは、男子であれば七歳と十五歳。女子であれば八歳と十六歳、法国に参らねばならぬ」


「法皇陛下の祝福、でありますね」


 そう、この大陸、ひいては魔女を信仰する者達にとって重要な決まり事である。

 王族、貴族は、バーングラス王が言葉にした通りの年齢で、余裕の無い平民などは一生の内一度レックホランド法国を訪れ法皇の祝福を受けると言う儀式があるのだ。クーデリカの今回の呼び出しは、その法皇の祝福が関係しているのだろう。


「うむ、昨今のごたごたで失念していたのだが、シャルロットも十六歳、法国へ上がらねばならぬ年齢である」


「確かに。それで私に何をせよと?」


「お前に、シャルロットの護衛を任せたい。シャルロットを法国まで、無事に送り届けてはくれまいか?」


 法皇の祝福を受ける際、それがどんな立場の人間であろうと、従者は一人と決められている。

 これは、難関を経て神の祝福を受ける。そう言った通過儀礼(イニシエーション)の意味も持っているのだ。

 今回、シャルロットの従者にとバーングラス王が決めた人物は、ヴァネッサやイレーネ、クロムウェルでは無く、クーデリカ。

 この判断に、クーデリカは僅かに驚きを顔に出すが、すぐに表情を引き締めた。そして


「はっ! 御役目拝命致します! クーデリカ・ビスケス、この命に掛けてシャルロット子爵卿を御守り致します!」


 力強く宣言の言葉を口にした。


 ………………

 …………

 ……


 クーデリカが去った後バーングラス王は、執務机の引き出しから一通の書簡を取り出し溜息を吐く。


「全く、名指しでの召喚とは、一体リリー・マルレーン法皇陛下は何を考えておいでなのだ」


 今回のクーデリカの起用、その全てはレックホランド法国 法皇リリー・マルレーンの要請であった。

 その事から法国の目的が、シャルロットでは無くクーデリカにあると理解したバーングラス王は頭を抱える。

 一体、法国はクーデリカを使って何をしようと目論んでいるのか? 悪しき事で無い事を願いつつ、最後の守りとして自身の娘に期待するしか無い自分を恥じるバーングラス王であった。


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