真名
「ニケよ! これは一体どう言う事だ!」
白いセイレーンは、雀色のセイレーンに急ぎ問いかける。
だが、セイレーン達は、状況を把握出来ずにいた。そして、雀色のセイレーンの名は、ニケと言うらしい。
そんな中、シャルロット一行の後ろから、セイレーン達へと声をかける者がいた。シーリィである。
「あのぉ、また子様、ニケ様……」
「おお! シーリィ、では、な、いか?」
知っている顔を見つけ破顔するニケだったが、徐々に言葉は疑問形へと変わって行く。
理由? それは当然、シーリィが服を着ているからであった。
ワンピース風の貫頭衣で、背中が大きく開いており、襟を首の後ろで結んで支えとしている。ハイネックビキニの首回り、と言えば解りやすいだろうか? そんな感じの衣装であった。
「服、を着ているのか?」
ニケのその一言に、狩りに行っていたセイレーン達の視線がシーリィに集中する。
集まる視線。その視線に耐えかね、シーリィは自身の身体を抱く様に身体を隠した。
しかし、シーリィの羞恥とは別に、セイレーン達に変化が起こる。
シーリィを見ていたセイレーン達が、何故かモジモジと身体を隠し出したのだ。
「皆よ、どうしたと言うのだ!」
シャルロットに抱きつかれたままの、白いセイレーン、また子が皆に問う。
しかし、この問いには誰も答えなかった。いや、表情を見るに、何と言って良いのか解らない様子である。
「あの、何と言ったら良いのか解らないのですが――」
意を決した様に、セイレーンの一人が口を開いた。
「シーリィの姿を見ている内に、何も纏っていない自分が、とても恥ずかしく思えて来たのです」
力強い言葉で、セイレーンは自身の心の内を語る。
「何だと! 布を纏わねば、身体も守れぬ様な脆弱な存在に成り下がると言うのか!」
だが、この言葉は白いセイレーンには届かなかった。激昂し、もしシャルロットが抱きしめていなければ、殴りかかっていたかもしれない。
しかし、セイレーンの一人も負けてはいない。自身の思いの丈を、短い言葉に乗せ解き放つ。
「だって、全裸のままなんて、獣みたいじゃないですか!」
名も知らぬセイレーンが放った言葉に、この場の全セイレーンに衝撃が走った。
言われてみれば、その通りである、と。我らは、知性も理性も持ち合わせているではないか、と。
「良くぞ言った。同じビクトーリア様に仕えた同士として、お前の言葉、誇りに思う」
同時に、何故か判らないが、テターニアも感銘を受けた様であった。
白いセイレーンは、テターニアを視界に収め僅かに震え出す。
「お、お前は……」
何やら感動した表情で、それだけを口にした。そして、僅かに瞳が潤む。
「そうだ。族長の証、ぴょん吉の名は受け継いでいないが、私もビクトーリア様に仕える一族だ!」
テターニアは胸を張り、自身の一族に伝わる名を口にした。
「そうか、ぴょん吉の……」
「ああ、逢えてうれしく思うぞ。また子よ!」
そう言ってお互いの身体を抱きしめ合う。当然、まん中にはシャルロットが挟まっているのだが。
「あの、どう言う事でしょうか?」
また子だのぴょん吉だのと言う、ふざけた名前を言い合い感動する二人を見て、クロムウェルはヴァネッサに疑問をぶつけた。
しかし、この問いかけに困ったのはヴァネッサの方だ。シャルロットから聞いた言葉を、素直に伝えるべきかどうか? それは、止めた方が良いだろうとヴァネッサは素直に思う。では、どうしたら良い物か?
「ビクトーリア様は、偉大な魔女様である事は周知の事実です。ですが、あの方は名付けが非常に独特でして……」
ヴァネッサは、最大限オブラートに包んで事を説明する。
「そうですねぇ。私のあだ名は、すだれ娘ですし」
近くで話を聞いていたイレーネが参戦を果たす。
「私は乳神様でした」
二人の話を聞いて、クロムウェルは言葉が出なかった。二人はあだ名だと言っているが、クロムウェルから見たら、只の悪口である。
そして理解する。これは、踏み行ってはいけない領域なのだと。
クロムウェルが一人決意を固める中、シーリィを伴いニケがヴァネッサへと話しかけて来た。
「初めてあった貴殿らに、こんな事を言うのは心苦しいのだが………………我らにも、シーリィの様な服をくれまいか?」
頬を赤く染め、恥らいながら訴えた。
まあ、シャルロットでは無いが、公序良俗の為にも、彼女らに服を着てもらうのは望ましい。
しかし、約五十体ものセイレーンに渡す衣類など、すぐに用意出来ないのも事実。
「あなた達の願い、確かに受け取りました。しかし、主人に判断を仰がねば、私達は行動出来ません。それは、解って頂けますか?」
「むろん理解している。是非にも貴殿らの主人に、我らの願いを届けてほしい」
「解りました。姫様! どう致しましょうか?」
ヴァネッサは、未だもみくちゃにされているシャルロットに呼びかけた。
「はに、ぶふぉ。はにか、ぶぶ、ぼう?」
返事を返すシャルロット。だが、前後で挟まれ、最早何を言っているのか理解不能の状態であった。
そんな状況を見、イレーネは溜息を吐きながらじゃれ合う白いき者達の下へと向かう。
「あなた達…………好い加減にしなさい!」
言葉と共に。白いセイレーンとテターニアを引きはがした。
瞬間、シャルロットはぺちゃんと尻もちを付く。
「あ、ありがとね、イレーネ。まったく、潰れるかと思ったわよ!」
立ち上がり、白いセイレーンとテターニアに向け、抗議の声を上げた。
「申し訳ありません、姫様」
「小うるさい娘だ」
シャルロットの言葉に反応する二人。だが、対応は正反対の物であった。
むろん、丁寧な方がテターニアである。
しかし、この反応の違いが、二人に軋轢を生んだ。
「キサマ、姫様に対して失礼な!」
テターニアの、怒りの導火線に火が付いたのだ。
一喝するテターニア。だが、それぐらいで怯む白いセイレーンでは無かった。
「何を! 小娘に小娘と言って何が悪い!」
「その小娘と言う言葉が、不敬だと言っているのだ!」
御互いが一歩も引かず、言葉の鍔迫り合いが繰り返される。
どれほどの言葉がやり取りされたのだろうか? テターニアが放った一言が、この不毛な勝負に決着を付けた。
「キサマは、この方が誰だか解って小娘呼ばわりしているのか!」
「そんな事は知らんし、興味も無い! 小娘は小娘だろうが!」
「馬鹿者! この方、シャルロット様は、今代の加護を受けし御方! 言うなれば、我ら氏族の主人に当たる御方ぞ!」
テターニアがそう口にした瞬間、白いセイレーンの表情が固まった。同時に、全てのセイレーン達の視線が、シャルロットに集中する。
「ほんとう、なのか? お前、いや、あなたは、ビクトーリア様の加護を受けし御方なの、か?」
白いセイレーンは、おずおずとシャルロットに問いかける。そのあまりの変貌ぶりに、シャルロットは若干苦笑いを浮かべながら
「ま、まあ、それで合っているけど」
肯定の言葉を口にした。
その言葉を待ってましたとばかりに、セイレーン達は行動を開始する。桃畑と化していた仲間を解放すると、全てのセイレーンがシャルロットの前で膝を付いたのだ。
「主様よ、どうか我らの忠誠を御受取り下さい」
白きセイレーン、また子が代表して言葉を紡ぎ、続いて全員が頭を下げた。
「わかったから、頭を上げなさいよ。もともとアンタ達を雇うつもりだったからさぁ」
どこか疲れた様な雰囲気で、シャルロットはセイレーン達に言葉を掛ける。
次いで、確認しなければならない事象を問いかけた。
「そこの白いアンタ、名前は?」
そう、名前である。
また子とは、族長の名前であると自身が語っていた。ならば、真の名前があるはずなのだ。
「我の名は、また子と――」
「ちがうわよ! 本当の名前! 個体名!」
「そ、そちらですか。我の幼名はサイレン。そう呼ばれていました」
サイレン。それが、この白いセイレーンの真名。
シャルロットは、二度大きく頷くと
「良い名前じゃない。これからよろしくね、サイレン」
今回の遠征を、笑顔で締めるシャルロットであった。




