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聞き取り

「う、うーん」


「あら、気付かれましたか?」


「誰!?」


 見慣れぬ天井に、見知らぬ声。セイレーン(頭翼族)は布団を跳ねのけ戦闘の意思を告げた。

 だが、そんな行動はアーデルハイドいとって意味を成さない。

 長年、色々な者達と関わり合って来たシルキー(家妖精)。その中には、乱暴者も沢山居たのだから。


「目が覚めましたか。何か、お腹に入れる物を持ってまいりますね」


 優しげな笑みを浮かべ、アーデルハイドは部屋を出て行った。


 ………………

 …………

 ……


「しっかしさぁ、どう言う事よ?」


 応接室で腕を組みながら、今回の事を振り返るシャルロット。


「おあ? 何がだよ」


 シャルロットのいきなりの発言に、タムラは首を傾げた。いきなり過ぎて、言葉の意味が解らないのだ。


「あのセイレーン(頭翼族)よ。一体どこから来たのかしら?」


 そう、それが一番の謎なのである。

 シャルロットの知る限り、カーディナルでセイレーン(頭翼族)の目撃情報は無い。

 カーディナル領の山々の最強種族は、ヴォーリア・バニー(首狩り兎)ドリアード(樹妖精)なのだから。


「そう言えば、東で鳥害が起きているとナカジマから聞きましたが、どうなのでしょうか?」


 ヒムロが、ナカジマから得た情報を開示する。東、つまりは旧ロックフェル領の事である。


「ああ、それならわたしも聞いてる。でも、その鳥ってハーピィ(人頭鳥)よ、セイレーン(頭翼族)じゃないわよ」


「そうですか。でも、何故ハーピィ(人頭鳥)は人里に下りて来ているんでしょうね。今の時期山の実りは潤沢でしょうに」


 ヒムロに言われ、シャルロットも気付かされた。確かにそうである、と。


「山と言えば……先日お会いしたビクトーリア様が姫様に、旧ロックフェル領の北側の山へと向かえ、と仰っていましたが?」


 山、という言葉をきっかけに、思い出した様にクロムウェルが口を開いた。

 ビクトーリアからの伝言。その言葉は、確かにシャルロットは聞いていた。だが、面倒臭くて放置していたのだ。

 魔女の言葉に、いちいち対応していたら、身体が持たないからだ。

 これは、魔女の加護を受けた者達、全ての共通意思である。特に、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムと幽鬼の王アーバレン・スラウ・ヴァーミリオンの加護を受けた者達の。


「タムラ。街へ行って聞き込みして来てくれる? セイレーン(頭翼族)を見たかって?」


「おう、解った」


 シャルロットの注文に、即座に答えるタムラ。同時に腰を浮かし、任務に就くのであった。

 タムラが退室するのと同時に、アーデルハイドが顔を出す。


「姫様、彼のセイレーン(頭翼族)が目を覚ましました」


「そう。どんな感じ?」


「動揺している様ですが、いかが致しますか?」


 アーデルハイドの問いかけに、シャルロットは僅かに逡巡し答えを口にする。


「明日までの滞在を許可するわ。丁重にもてなしてあげて」


「畏まりました」


 アーデルハイドは、腰を折りドアを閉めた。


「はぁー、面倒な事になったわ」


 疲れ果てたかの様に、シャルロットはがっくりと肩を落とした。


「心中お察ししますよ」


 そんなシャルロットの姿を見たヒムロは、そっと慰めの言葉を口にした。しかし、そんな優しい言葉も、時には人を激怒させる事もあるのだ。


「なにが、心中お察しします、よ! 大体、もっさんを頭に、わたしに変な役職張り付けたのも頭が痛い一因なの!」


 一気にまくし立てるシャルロットに対し、ヒムロは眉をひそめる。

 だが、ヒムロは大人なのである。伊達に長年サカモトを支えて来た訳では無いのだ。


「そうは言いますが、先ほど姫様は自身で組組織を創って受け入れたじゃありませんか」


「うぐっ!」


 そう、ヒムロが言った事が全てであり、真実なのだ。

 こう言われたら、いくら口喧嘩女王のシャルロットであっても黙る他無い。

 これには、ヴァネッサもイレーネも驚きを顕にする。口喧嘩常勝無敗を誇っていたシャルロットが、遂に敗北したのである。歴史が動いた瞬間であった。

 二人が、ヒムロの評価をさらに一段上げたのも当然の事である。

 領主邸内が、そんな馬鹿な会話で盛り上がっている中、応接室のドアが開かれる。タムラが帰還したのである。


「おう、今戻った。ん? 何だか楽しそうだなぁ」


 室内の空気を敏感に感じ取ったのか、タムラはジト目で嫌味っぽい言葉を口にする。


「楽しくないわよ! わたしにとって、タムラが一番だって気付いただけよ!」


「お、何だよ姫様、解ってるじゃねえか」


 シャルロットのお世辞に、タムラの機嫌はこれでもか、と上昇した。


「で、どうだったの?」


 シャルロットは、タムラに向け問いかける。瞬間、タムラの顔から愉悦が消えた。


「おう、誰も見てねえって話だ」


「と言うと、やっぱり北から、と言う事よねぇ。ありがと。後は、明日の朝本人から聞いてみるわ」


 シャルロットのこの言葉を最後に、本日の領主邸会議は終了となった。



~カーディナル領主邸 ゲストルーム~


 コンコン、と言う軽い音を立て、ドアがノックされた。


「来られた様ですね」


 そう言ってアーデルハイドは、ゲストルームのドアを開ける。扉をくぐり、姿を現したのは十代中盤の少女。

 そう、カーディナル領主、シャルロット・デュ・カーディナル子爵である。


「初めまして。わたしはこの館の主、シャルロット・デュ・カーディナルよ。あなたの名前は?」


 シャルロットは、ベッドに座るセイレーン(頭翼族)に向け名乗りを挙げた。


「シ、シーリィ」


 セイレーン(頭翼族)はポツリと自身の名を告げた。セイレーン(頭翼族)のシーリィ。それが彼女の名前。


「それで、なんで未だに彼女は裸族なの?」


 名が解った所で、根源的な疑問をシャルロットは投げかけた。


「彼女達セイレーン(頭翼族)は、頭部の羽が邪魔で、普通の衣服は着れないのですよ。ですので、ムートア様に衣服の改造をお願いした所です」


 シャルロットの疑問に、アーデルハイドが淀み無く答えを返す。

 そして、アーデルハイドが口にしたムートアと言う名前。アキリーズと共に、領主館に赴いた三人の内の一人であり、家事一般を担ってくれている女性である。

 つまりアーデルハイドの言う事は、まだ服が用意出来ていないから、シーリィは裸族なのだと言う事だ。

 アーデルハイドの言葉に、シャルロットは一度頷く事で返事とした。そして、視線をシーリィへと移す。


「少し聞きたい事があるんだけど、シーリィ、あなたどこから来たの?」


 シャルロットに問われ、シーリィはある方角を指し示した。


「北、からと言う事?」


 そう言われ、シーリィは頷きで答えとする。


(北。北ねぇ……)


 シャルロットは、北、と言う言葉から様々な可能性を脳裏に描く。

 カーディナル、いや、クリスタニア王国にセイレーン(頭翼族)は居ない。と言うか目撃例が、ほぼ無いと言った方が正しい。

 では、どこに行けば、セイレーン(頭翼族)と合いまみえる事が出来るのか?。

 それは北。クリスタニア王国とエルマリア山脈を隔てて存在する、バーゲンミット公国。そこがセイレーン(頭翼族)達の生息場所。

 シーリィは、恐らくだがバーゲンミット公国からの来訪者では無いか? そうシャルロットは結論付けた。

 だが、確信は持てない。だから、この時間が必要なのだ。


「ねえ、なんであの高い山をわざわざ越えて、この地に来たの?」


 シャルロットの問いかけに、シーリィはビクリと肩を揺らした。

 目の前のニンゲンは、出合って間もない自分の素性をピタリと言い当てたのだ。シーリィから見ると、まるで全知全能の化け物の様に見えた。

 実際は、カンと推測とハッタリによる物なのだが、力が全ての魔物の世界ではそう言う概念に乏しいのも仕方が無いのである。


「空がすごく寒くなって、山の実りが無くなって、それで、みんなで山を越えて来た」


 シャルロットは、シーリィの言葉に「ふむ」と頷いた。

 シーリィが語った話の内容はこうである。

 バーゲンミット公国では、今年冬の到来が早く、山の実りが全滅となった。だから、比較的、公国と比べて比較的温暖なクリスタニア王国へと来た、と。

 同時にシーリィはこう言った、みんなで、と。シーリィの言うみんなが、どこに居るのかは、現在不明だが行ってみるしか無い、そう結論付けるシャルロットであった。



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