閑話 十二氏族
~バーゲンミット公国南方 ササ領~
バーゲンミット公国。
クリスタニア王国の北に位置する、雪と氷に閉ざされた国である。
その南側に居を構えるササ領の領主邸、その応接室で三人の人物が顔を合わせていた。
「久しぶりだね、イサブロウ」
ソファーに腰を埋めながらそう言ったのは、白い女性であった。
白い女性。これは比喩でも何でも無い。女性の肌は病的に白く、髪も僅かに灰色を残した白髪であった。そして、その瞳も、盲いたかの様な灰色である。
この女、名をオルトルート・ローエングリンと言う。もちろん只の人間では無い。種族はケラッハ・ヴェール。妖精の中でも、大妖精と呼ばれる種なのである。
「君達が出て来たと言う事は、行くのかい? 彼女の下へ」
男は持成す様にワインをグラスに注ぎ、オルトルートへと差し出した。そして、男が口にした言葉。そう、男はこう言った、君達、と。
応接室には男とオルトルート以外にもう一人居た。いや、一人では無い。床に伏せ、くつろぐ巨大な犬であった。立ち上がれば、その大高は成人女性程あるだろうか? 赤黒い毛足。その力を誇る様に輝く力強い瞳。イレアナと名付けられた黒妖犬。炎を纏う魔犬である。
そして、最後に男。名をイーサ・ブロン・ササ。このバーゲンミット公国の宰相を務める人物であり、国を四つに分けたカルティエの一つ、ここ南のササ領を任されている人物である。種族は魔族。その中でも知能の高いマモン種。
灰色の髪をオールバックに撫で付け、どこか眠そうな目をした男。だが、その纏う雰囲気は、只者では無い事を示していた。
「ああ。ようやくその時が来たんだ。誰よりも早く馳せ参じるさ」
イーサの言葉に、オルトルートは簡潔に答える。
だが、イーサはクツクツと嘲笑とも取れる笑いを漏らす。
「どうしたイサブロウ。何が可笑しい?」
オルトルートは憤慨した様に言葉を付き付けた。そして、イサブロウと言う呼び名?
この世界が始まる前、まだ前の世界が壊れる前に、魔女に付き従ったと言う十二氏族があった。
その中でも、ビクトーリアが支配下に置いた七氏族。その族長達に、ビクトーリアは名前を送った。魔族をまとめた男に送られた名、それがイサブロウなのだ。
世界が滅び、新生を果たしても、その名は思いの欠片に守られ、前世界のイサブロウに最も素体構成が近しい人物が、思いと共にその名で呼ばれるのであった。だからこそ、オルトルートはイーサをイサブロウと呼ぶのである。
「いえね。彼女の下には、すでにぴょん吉に連なる者がいるのですよ」
「何だと! ヴォーリア・バニーがすでに!」
「ええ」
ビクトーリアがヴォーリア・バニーの族長に送った名前、それがぴょん吉。
もうお分かりであろう、ただのあだ名である。それも悪趣味な。
ビクトーリアが名を送った者は何人もいる。だが、代表となる者は八名。
雷神鳥のミカサ。
黒妖犬のイレアナ。この二匹は、ビクトーリアが拾い、育てた者達だ。
最後の一人は、はぐれ妖精となっていたオルトルート・ローエングリン。ケラッハ・ヴェールだ。
「しかし、あなたやイレアナまで動くとは……今世、十二氏族がそろうのでしょうか?」
イーサ、いや、イサブロウの言葉に、オルトルートは眉をひそめる。
「解らない。だけど、ビクトーリア様の弱体化は、何かが起こると示唆しているのかも知れないわね」
「な、何ですと…………ビクトーリア様が弱体化しているですと?」
オルトルートの言葉に、イサブロウは驚きを顕にした。
魔女の弱体化。それは歴史上初めての事であり、世界の上でもあってはならない事なのだ。
「ほ、他の魔女様達はどうなのですか?」
恐々としながらも、イサブロウは問う。
この問いに、オルトルートは優しげな笑みを浮かべる事で答えとした。
「そうですか、他の魔女様は無事………………!! あの御方に、力のほとんどを預けていると言う事ですか。すると……世界に何かが起こると言う事ですか!」
「恐らくだが、世界の狭間のどこかで、あの獣の思いが形になろうとしているのかもしれません」
「不味いですね。私から獅子王にも伝えておきますよ。一刻も早く、十二氏族を集める様に、と」
獅子王。それは、このバーゲンミット公国を治める大公の事である。彼の者もまた十二氏族に名を連ねる者でもある。
「その十二氏族なのですが……」
「何ですか? 何か不安でも?」
「集まらないかもしれないのだ」
「どう……言う……事です?」
イサブロウの心が、一瞬で焦燥感に襲われる。それと同時に大きな喪失感も。
「私が望みの塔で確認出来た士族は九氏族。スサノオ、タケミカヅチ、ランスロットは確認できませんでした」
「それは、氏族が滅んだ、と言う事ですか?」
「違うと思う。彼らの意識は、世界が構築された瞬間から確認されている」
「それでは……」
「ええ。最上位精霊となっている、と言う事ね」
「探し出す事は?」
イサブロウは迷い無く本題を切り出した。
この言葉によって、オルトルートの表情に影がさした。これの意味する物、それは無理と言う事実。
「でもね。ランスロットは、居場所の目処は付いているの」
「そ、それは……」
「レックホランド法国最深部の霊廟」
オルトルートの言葉にイサブロウはまさか? と疑念を抱くが、それはすぐに氷解した。あの聖魔騎士ならば、さもありなん、と。
「では、レックホランド法国への裏取りは、私の方で行っておきましょう」
僅かにでも落ち着きを取り戻したのか、イサブロウは自身の役目を見定めた。
「では、我らは最初の思い通り、我らが主人の下へと向かいます」
「ええ、そうして下さい。しかし……」
しかし? イサブロウから否定的な言葉が漏れた。イサブロウは一体何を不安視いているのだろうか?
「弱体化を感じさせる程のビクトーリア様の力、それを人間が受け止められるのでしょうか?」
「何らかのリミッターが掛っていると見るべきね。それとも……」
「超位精霊の存在、ですか?」
オルトルートはイサブロウの問いかけに、「ええ」と短く返事を返した。
「本当に在るのでしょうか?」
だが、イサブロウはどこか懐疑的である。
その言葉に反応する様に、オルトルートは個人的な予測とも言える意見を披露する。
「在ると言う確定的な御言葉は、魔女様達から聞いた事はないわ。でも、何かしらの力が、超位精霊と見なされている可能性は否定できない」
「ほう。その何かしらの力が、我らの主人を守っている、と?」
イサブロウの言葉に、オルトルートは首を縦に振る。だが、表情を見るに、それだけでは無いと解る。
「その力が、力を押し留めている可能性もあるけどね。まあ、どちらにしても、我らが御主人様を守っていてくれているのには変わりないけど」
オルトルートのこの言葉で、会談は終了を告げる。
幾ら話し合っても、所詮は推測の域を超えないのだ。ならば…………。
「さてと、私達は行くとしよう」
「そうですか。我らが主人に何時でもお声掛けを、とお伝えください」
「解ったわ。伝えておくわ、我らが御主人様、シャルロット様に」




