平穏
~王城クリスタニア 国王私室~
皆が朝食を食べ終わった頃、国王私室には四つの影があった。
国王であるバーングラス・ド・クリスタニア。
王妃、エリザベス・デュ・クリスタニア。
第一王子、シャルルマーニュ・ド・クリスタニア。
王子妃、エリザベート・デュ・クリスタニアの四名である。
「皆、朝から済まぬな」
何の呼び出しか解らぬ中、まずバーングラス王は謝罪の言葉を口にした。
「いえ、国王様。突然と言う事は、何か早急な問題なのでしょうから」
国王の謝罪に対し、不要だと答えるシャルルマーニュ。
「そうか。皆驚くかも知れぬが、隣国、ケルミナス王国で事変があった」
国王の発言に、三者は驚きを表し、同時にエリザベスとシャルルマーニュの視線はエリザベートを捉える。
それは当然の事であろう。何せエリザベートは、元ケルミナス王国の第三王女であった人物なのだから。
「一体何が起こったのですか?」
王妃エリザベスは問いかけた。
何せ、ケルミナス王国は、自身の子であるシャルロットが治めるカーディナルと隣接しているのだ。心配するなと言う方が無理な事であろう。
国王は、努めて冷静に事の詳細を語る。
ケルミナス王国の北側で内乱の準備を進めていた事。
その首謀者が、ベレン辺境伯であった事。
ベレン辺境伯が捕らえられた後、自宅及び関係先を捜索。
血判状などの証拠が多数見つかり、罪が決したと言う事。
女王の元、斬首が決定したと言う事。
国王の説明が終わっても、誰一人言葉を発しなかった。それほどまでに衝撃的な事変なのである。誰もが押し黙る中、最初に口を開いたのは、驚く事にエリザベートであった。
「上兄様、欲をかき過ぎましたね。誰が一番などと考えずに、皆でケルミナス王国を発展させる道も有りましたのに」
エリザベートの言葉は、どこか冷めた響きを纏っていた。その響きに違和感を感じたのか、シャルルマーニュはエリザベートの手をそっと握る。
その暖かみに、エリザベートの肩がピクンと反応する。それが引き金になったのか、エリザベートの瞳から大粒の涙があふれ出た。それは止まる事無く、幾粒も幾粒も。
「国王様、それが今回御呼びになった事象なのですね」
シャルルマーニュが問いかけた。今回、ケルミナス王国で起きた事変を知らせる為に、自分達は集められたのか、と。
だが、バーングラス王の首は横に振られた。それだけでは無い、と。
「実はな、ケルミナス王国の陰謀を掴み、余に伝えて来たのは、他でも無いシャルロットなのだよ」
「「!」」
場の全員に驚きが広がる。
「アナスタシア国王陛下からの言葉もある」
「上姉様からは何と?」
ようやく泣きやんだエリザベートが問う。
「うむ。国家転覆を寸前で回避出来たのは、クリスタニア王国のおかげ。是非とも、この事変に関わった者達に厚い報償を、と」
「上姉様にしては、控え目な言葉ですね。ケルミナス王国からはどんな報償を?」
「それか……」
エリザベートの疑問に対し、バーングラス王は言い淀む。
言って行けない何かを孕んでいる様に。
「あなた」
エリザベス妃が声を掛ける。何も心配せずに話す様に、と。
「実はな、空白となった辺境伯の地位を、事変を暴いた者達の責任者に移譲したい、と」
バーングラス王の言葉に、エリザベス妃とシャルルマーニュは驚きを顕にし、エリザベートは額に手を当て、天井を仰ぎ見た。
「それだけで御座いますか?」
エリザベス妃が、悪戯を暴く様に問いただす。
エリザベス妃の言葉に、バーングラス王は溜息を吐くと、観念したかの様に続きを口にする。
「そして、その者を自身の夫とする、と」
「「え?」」
エリザベス妃とシャルルマーニュは、先程と同じ様に驚きを顕にするが、エリザベートの反応は違った物である。
「上姉様、絶対にシャルロット姉様が関わっている事を知っているわ。全く、幾らシャルロット姉様が可愛いからって、何歳離れていると思っているのよ」
自分を棚に上げて呆れ返るエリザベート。
「まあ、その話は丁重に断るとして、だ。シャルロットへの報償はどうしたら良い物か」
思い悩むバーングラス王に、助け船を出す様にエリザベス妃が口を開いた。
「伯爵位を授けると言うのはいかがでしょうか?」
「うむ。子爵の称号を授けただけで、あの剣幕だぞ。こんな短期間で伯爵位など授けよう物なら、あ奴我を忘れて殴りかかって来るやもしれん」
バーングラス王の言葉を聞き皆は思う、やりかねない、と。
「しかし、何かの報償は授けねばならん。どうした物やら」
「それでは、姉様が喜ぶ様な物を差し上げてはどうでしょうか?」
シャルルマーニュは話の矛先を変える。
「シャルロットの喜ぶ物か? それは一体……」
「あら、シャーリィの喜ぶ物など、一つですわねぇ」
エリザベス妃の言葉に、全員の視線が集中する。
それは一体何なのか、と。
「租税の十年間の免除、ですわね」
エリザベス妃の言葉に、三人は溜息を吐いた。
そしてこう思う。シャルロットなら言いかねない、と。
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~カーディナル領主邸 シャルロット執務室~
「やっと終わったな」
そう言ったのは、執務室のソファーでくつろぐタムラである。
「そうですね。行商人には悪いですが、流通も元の状態に戻っています」
マチダは現状を語る。
「それで姫様。ケルミナス王国の結末はどうなったのですか?」
ヒムロが疑問を口にした。
まあ、集まっているのは、何時もの面子と言う事だ。
そして、ヒムロのお付きとして、ハセガワの姿もあった。
シャルロットは紅茶で喉を潤すと、ヒムロの疑問に回答すべく口を開く。
「ハセガワ達のおかげで、騎士隊が間に合って、ベレン辺境伯はちゃんと捕縛されたわよ」
「「ハセガワ達のおかげ?」」
皆の頭上に?マークが浮かんだ。
あの、ハセガワ達を使っての暴動寸前の騒動に、一体何の意味が有ったのだろうか?
「姫様。失礼を承知で聞きたいのですが、ハセガワ達の動きに、どんな意味があったのですか? 俺には、無暗矢鱈に不安感を煽った様にしか思えませんが?」
ヒムロである。
自身の思いを混ぜ込みながら、シャルロットに事の真実を迫った。
この問いに対するシャルロットの答えは?
「無暗矢鱈に不安感を煽る? そのままだけど。わたしは無暗矢鱈に不安感を煽っただけ」
悪びれもせずに言い放った。
呆れながらも首を傾げる場の面子。
「姫様よぉ、もう少し噛み砕いて教えてくんねぇかなぁ」
意味が解らないと言った表情で、タムラが抗議の声を上げる。
タムラの言葉に、シャルロットは面倒臭そうに口を開いた。
「不安感を煽るだけ煽ると、領民はどう出ると思う?」
「そりゃあ、少なからず暴動や抗議の声を上げますね」
答えたのはマチダである。
「そう。でもね、マチダの言った事の他に、もう一つ起こることがあるの」
「もう一つ?」
不思議そうな表情で、タムラが首を傾げる。
「もう一つ。それはね、使い渋るのよ。今回わたしは、商業ギルドを通じて、薪の値段を上げ、その後で販売停止を指示したの。そこで起こる不安は、冬を越せるかどうか? そうすると……」
「鍛冶師が薪を控える様になるって訳か!」
シャルロットの話を奪い、タムラは楽しげに言葉を口にした。
「そう言う事! それに付随して、領主から頼まれていた、武具の製造や修理は滞るでしょ? 結果、王都を攻めようとしていたタイミングを伸ばす事になる訳。ま、ケルミナス王家が動くまでの時間稼ぎね」
そういいながら、シャルロットはケラケラと笑うのだった。“上手く行ってよかったー”と伸びをしながら。
「それで姫様。新しい辺境伯はどうなるのでしょうか?」
「後、薪などの値段交渉はいかがしますか?」
ヒムロは治安について、マチダは交易について、それぞれ問いかける。
「新しい辺境伯? 近いうちに決まるんじゃないかしら? 何時までも領主不在、とい訳にも行かないだろうし。わたしの予想じゃあ、アナスタシア女王陛下の妹君辺りじゃないかと思うわね」
「成程。決まったら、使者を誰か送りますか?」
ヒムロの問いかけに、シャルロットは若干悩みながらも答えを出した。
「マチダ。アンタ行って来なさいな。ついでに向うの商業ギルドにも、顔を売って来なさい。それと……価格交渉だけど、前に言っていた値段で良いわ」
「僅かな値上げ、ですね。解りました。使者の際には、姫様の覚書をお願いします」
「ええ。その時は、親書として渡すわ」
話もまとまり、シャルロットが解散を宣言しようと思った瞬間、ハセガワの手が上がった。
「どうした、ハセガワ?」
ヒムロは何事か、と声を掛ける。タムラ、マチダの表情も同様であった。
皆の視線が集中する中、ハセガワはおずおずと起こった事象を包み隠さず報告した
「タムラァ!」
「オシ、解った!」
ハセガワの話を聞いたシャルロット一過、タムラは慌てて領主邸を後にした。
時間にして三十分。タムラは帰還を果たす。
一人の人物と共に。
「あの、何でっしゃろ? わしに用事ですか?」
脅えた様な声の主、それはトラであった。
「トラァ」
シャルロットは頬杖を突きながら、半眼で名前を呼ぶ。
「は、はい」
何の事か解らずトラは返事を返す。良くない事が起こると確信して。
「トラァ。クリームちゃんって、だれ?」
「ク、クリームちゃん、でっか? さあ、誰でっしゃろ」
トラのとぼける様な返事に対し、シャルロットは立ち上がると宣言する。
「みんなが一生懸命働いている中、一人で娼館なんて…………ばかじゃないの! 半年間、給金半額! 休みの日は、無給で海運ギルドの手伝い! いいわね!」
「……はい」
幹部達の目が光る中、トラは大人しく返事するしか無かった。




