姫の素敵な思い付き?
その日、シャルロットは街の大路を歩いていた。ある一つの場所を目指して。
そのシャルロットに対し、後から声が掛けられた。
「姫様じゃないですか。どうしたんですか?」
声に気付き、シャルロットは振り返る。
そこに居たのは、髭面で太ったどこか穏やかな印象を受ける大柄な男。マンティコア隊の二番隊。その隊長を務めるサイトウであった。
「ああ、クマちゃん。どうしたの? 非番?」
そう、サイトウの姿は、最近あつらえた憲兵服では無く、私服であった。
「ええ、まあ」
サイトウは、どこか照れくさそうに答える。
「それで、姫様は何用で?」
挨拶が終わったタイミングで、サイトウは再び問いかけた。
この問いに、シャルロットは僅かに考え
「アンタの父親に会いに行くのよ」
そう答えた。
この言葉にサイトウは首を傾げる。
それはそうだろう。サイトウはヤマト、このクリスタニア王国の遙か東、海を隔てた島国の出身なのだ。そんな遠くの地の出身であるサイトウの親が此処に居る訳が無いのである。
困惑するサイトウの表情を見て、シャルロットはクスクスと笑うのだった。
からかわれた。サイトウは一瞬で理解し頭を掻いた。
「この先の店で、ちょっと面白い物を創っているのよ。暇なら一緒に来る?」
お詫びとばかりに、シャルロットは提案する。
「……お供します」
サイトウは僅かに考えるが、興味に負け同行する事にした。
何でも無い話をしながら二人は大路を歩いて行く。
街の中心街を離れ、小屋が転々と立ち並ぶ地域に到着する。
何も説明されていないサイトウだが、シャルロットの行き先が理解出来た。シャルロットの目的地は、鍛冶場街なのだと。
幾人もの鍛冶師が金槌を振るう音の中、シャルロットは目もくれずに目的地を目指す。
何十件もの鍛冶屋の前を通り過ぎ、開かれた戸口の前でシャルロットは立ち止まる。そして、中に向け大声で呼びかけた。
「おっちゃん、きたわよ!」
シャルロットの呼びかけに、屋内で鳴り響いていた金槌の音が止まった。
そして、一人の人物が顔を出す。
一般成人男性の身長よりも低い体躯。
筋肉質だがでっぷりとした体型。
その顔に蓄えられた長い髭。
現れたのはドワーフであった。
「おお、嬢ちゃんか。例の物だろ、裏にある」
太くぶっきらぼうな声が、目的の物の場所を告げる。
ドワーフの鍛冶師、ダジルを先頭に鍛冶場を突っ切り裏庭へとシャルロット達は足を向けた。
「嬢ちゃん、後の男は誰だ?」
場所を移す中、ダジルが問いかけて来た。
言われてシャルロットは気付く。そう言えば紹介していなかったな、と。
改めてシャルロットはサイトウの事を口にする。
「おっちゃんの生き別れの息子」
こんな馬鹿な言葉で。
「ひ、姫様――」
動揺するサイトウ。
だが、ダジルの反応は?
「だーはっはっはっは!」
豪快に笑い声を上げた。実に愉快そうに、すこぶる楽しそうに。強面の表情からは信じられない程の笑顔であった。
「そうか、そうか、わしの息子か。息子よ、わしはダジルと言う」
ダジルは笑顔でサイトウと向き合い、名乗りを上げた。
慌ててサイトウは膝に手を付き
「サ、サイトウと言います」
礼を持って名乗り返す。
「嬢ちゃんと一緒に居ると言う事は、領主邸の関係者か?」
ダジルは笑いながら問いかける。
「は、はい。領主邸と言いますか、憲兵隊の所属で」
「ほう。わしらの暮らしを守ってくれておる者だったか。いやー、わしの息子は大物じゃあわい」
そう言ってダジルは、さらに笑みを増した。
穏やかな空気の中、一行は現場へと到着する。
その場所、裏庭には一台の古びた荷馬車が止まっていた。
「言われた通りに創ってみた」
ダジルの言葉に頷いたシャルロットは、荷馬車に近付き覗きこむ。
荷馬車の車体の下。車軸が取り付けられている場所にソレはあった。
幾枚もの鉄板が重ねられ、湾曲させた物が。現代で板バネ、と呼ばれる物である。
「姫様、それは?」
同じ様に荷馬車を覗きこんでいたサイトウが問いかける。
「うん? これ? 馬車の振動を軽減出来ないかと思って」
シャルロットは端的に答えを口にした。
「これで振動を?」
サイトウの言葉は、懐疑的な物であった。
この言葉を聞き、シャルロットはダジルとの出会いから話を始めた。
「わたしがこの領地に就任した時にね、街を散策していたのよ」
「はい」
そう、シャルロットは最初のお馬鹿さん騒動の後、街の散策をしていた。
その時耳にしたのだ。何を? 変な鍛冶師が居ると言う話を。
シャルロットは話を辿り、一人の鍛冶師と出会ったのだ。そう、ダジルと言う鍛冶師と。
出あった鍛冶師は、本当に変わった人物であった。
最初シャルロットが出会った時、ダジルはペラッペラのレイピアを見つめていた。
「なにしてるの、おっちゃん」
シャルロットは失礼な言葉で話しかけた。
「うん? 何だ嬢ちゃん」
ダジルは不思議そうな表情でそう答える。
「おっちゃんが面白そうな事してるから、声掛けてみたんだけど?」
同様の表情でシャルロットも問い直す。そう言われてダジルは、やっと目の前の少女が何に興味を持っているかを理解した。
ダジルはレイピアを振って見せた。レイピアの刃は、その振動に耐える事が出来ずふよふよと揺れた。
「使えるの?」
シャルロットは素直に聞いてみた。
「使える訳が無かろう」
ダジルから思っていた通りの答えが返って来た。
しかし、その時シャルロットが見ていた物はレイピアでは無かった。いや、正確にはレイピアなのだが、武器としてのレイピアでは無かったのだ。シャルロットの見ていた物は、レイピアの動きそのものであった。
「ねえ、借りてもいい?」
シャルロットの願いに、ダジルは眉をひそめながらレイピアを手渡してくれた。
別に嫌と言う訳では無いのであろう。ただ、シャルロットの真意が解らなかったのだ。
シャルロットは腰を降ろすと、レイピアを地面と平行にして揺さぶった。
やはりと言うか当然と言うか、レイピアは振動に耐えきれずその刀身を揺らす。刀身の真ん中辺りを中心にふよんふよんと。
しばらくその動きを見ていたシャルロットが、急に口を開く。
「ねえ、もう少し分厚い物って出来る?」
「何だ嬢ちゃん、剣が欲しいのか?」
ダジルは、言葉通りに受け取り答えを返す。
だが、シャルロットの望みはそうでは無かった。
シャルロットは、座ったまま地面に簡単な絵図を描く。弓なりの直線を。
「なんだそりゃ?」
ダジルには理解出来ない絵図である。恐らく、世界中の人間を含めても、解るのはシャルロット一人だけであろう。その後、シャルロットはダジルに事細かく説明した。
そして出来上がったのが、今見ている板バネであった。
「試してみても?」
「少し待て。馬を借りてきてやる」
そう言ってダジルは席を外す。
「姫様は凄いですねぇ」
サイトウは心からの言葉をシャルロットに贈る。
だが、シャルロットの表情は不満げであった。
「あのねぇクマちゃん。まだ成功かどうかも解んないんだから、褒め言葉は早いわよ」
二人がそんな事を話していると、ダジルが馬と共に帰って来た。
サイトウは馬を受け取ると、素早く手綱を掛けて行く。
「それじゃあテストに行ってくるわ」
シャルロットはダジルに告げた。
「ああ、行って来るが良い。結果は後で教えてくれよ」
「りょーかーい」
ダジルにそう言うと、シャルロットは荷馬車に飛び乗った。
同時にサイトウは御者台へ。
そして、荷馬車は静かに走り出す。
「多少ふわふわするけど、悪くなさそうね」
鍛冶場街の整地された道をゆっくりと走る中、シャルロットは呟く。
「もう少し速度出しますか?」
サイトウからの問いかけに、シャルロットはYesと返す。
少しずつ速度が上がって行く。
その中で荷馬車には少しの変化があった。
通常の馬車は、上下に激しく揺れるのだが、板バネを付けたこの馬車の揺れはゆっくりであった。ゆっくり上下に揺れるのだ。この変化に対しシャルロットは嫌な予感が拭えなかった。
暫く揺れていると、整地されていた道が終わる。
ここから先は、平らであっても未整地の道である。
馬車の速度は通常の速度へと達していた。
いざ、未整地の街道へ!
ガタゴト、ふわんふわん、ガタゴト、ふわんふわん、ガタゴト、ふわんふわん、ガタゴト、ふわんふわん、――。
「クマちゃん、ストップ!」
「はい、姫様!」
声と共に二人は荷馬車から飛び降りた。
そして、川へ向けダッシュを決める。
「「おろろろろろろろろろろろろ――」」
盛大に口から何かを吐き出す二人。
「失敗だわ」
どんよりとした表情でシャルロットは呟くのだった。




