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森と湖の魔物 前編

 本日、シャルロットの執務室には、二人の男が居た

 一人は商業ギルドのマチダ、そしてもう一人スキンヘッドの男。

 このスキンヘッドの男、漁業などの川に関する事業をまとめる水運ギルドの代表で、名をギラムと言う。


「姫様。以前預かった証書、無事現金化出来ました」


「そう。街の人には?」


「均等割りで配布する予定です」


「わかったわ、お願い」


 この会話によって、以前カーディナルで起こったお馬鹿さん事件は幕を閉じる事となった。

 そして、シャルロットの視線はギラムへと移る。


「お久しぶりね、ギラム」


「へい、領主様も御変りなく」


 一様の挨拶を交し、シャルロットはギラムを見つめる。

 ギラムとは、シャルロットが領主になった際、御目通りと言う名目で初めて出会った。他のギルド長もそうである。

 それ以降は月に一回、収支報告書の提出の際会っている。

 しかし、今回の訪邸は何か別の理由の様だ。ギラムの表情が、そう物語っていた。


「なにか困り事?」


 シャルロットは率直に切り出した。

 その言葉に、ギラムはどこかほっとした様な表情を浮かべる。


「ええ、まあ。領主様はシーラ湖はご存じで?」


 シーラ湖。ここカーディナルと元ロックフェル領にまたがって存在する大きな湖である。水資源が豊富であり、コイやマスなどの食用魚は二つの領地の生命線でもある。


「もちろん知ってるわよ」


 シャルロットの答えに、ギラムは頷くと本題を切り出す。


「シーラ湖では、魚の養殖をしているんですがねぇ、その養殖場でちょっとトラブルがありまして……」


「トラブル?」


 トラブルと言う言葉を聞いて、シャルロットの眉は八の字を形作る。


「シーラ湖には、マーメイド(人魚族)トードマン(蛙族)が居るんですが………」


「その二つの種族が揉めているの?」


「へえ。養殖場の者達も巻き込んで」


 シャルロットは頭が痛くなる思いだった。

 一体何が原因でこんな事になるのだ、と。


「それで、原因は?」


「へえ。養殖場の経営者は、網引きなどの時にこの二種族に手伝ってもらっているそうなんですわ」


 魚を出荷する際、湖に造られた生簀に網を打つ。その網への魚の追い込み、そして網を引く作業などもろもろを両種族は手伝っているのだとギラムは語る。


「うーん。話が見えて来ないんだけど」


 ギラムの話を聞いたシャルロットは、率直な意見を口にする。


「へえ。揉め事が起きたのは、この後の事でして」


 シャルロットは、ギラムのこの言葉を聞き頷く事で先を促す。


「揉め事の原因は、それぞれの種族に支払われる賃金の事なのですわ」


「賃金? 何がどう問題なのよ」


「へえ。マーメイド(人魚族)達が騒ぎ出しまして……。自分達の賃金が、トードマン(蛙族)に比べて安い、と」


 この説明に、シャルロットはふむと頷いた。話は解った、と。

 後説明が必要な問題は、何故マーメイド(人魚族)の方の賃金が低いか、だ。


「ねえ。何で二種族の賃金に違いが出るの?」


 シャルロットは素直に疑問を口にする。

 この問いにギラムは頭を掻きながら答えを口にした。


「仕事の量が違うんですわ。トードマン(蛙族)達は、地上でも動けますから」


 この説明を聞き、シャルロットは盛大に背もたれへと倒れ込む。何当たり前の事で揉めているのだ、と。


「説明すれば良いじゃない」


 シャルロットの口からは、当たり前の事が告げられる。

 だが、ギラムは首を横に振るのだった。


「いやー。説明はしたんですが……マーメイド(人魚族)達の言い分では、自分達は生簀の警備もしているんだ、と」


 中々厄介な事になって来た。シャルロットは素直にそう感じた。

 その時ドアがノックされ、イレーネが紅茶を運んできた。


「姫様。一旦休憩をされてはいかがですか?」


 そんな言葉と共に。

 三人分の紅茶をティーカップに注ぐと、イレーネは一礼して背を向ける。そして、ドアノブに手を伸ばした瞬間、何か思い出したのかイレーネは振り向いた。


「そう言えば、姫様。」


「なに?」


「庭の御嬢様方はどなたなのですか?」


「ん?」


 シャルロットの耳に、意味の解らない言葉が飛び込んで来た。

 庭の御嬢様方? イレーネは何を言っているのだろうと。

 マリアベル達、元ストリート・チルドレンの子供達は、学校件寄宿舎に移り住み、今は領主館に住んでいない。

 日に二、三人、メイド見習で来てはいるが、その子達の事では無いのだろう。そうであるならば、イレーネの発言は意味を成さない。それに、新しい子供達が来ると言う報告も来てはいない。

 シャルロットは窓に近寄ると、外へと視線を巡らせる。

 窓の外には芝生が生え、その中心に彼女達は……居た。その人数は四人。全員が、イレーネよりも鮮やかなエメラルドグリーンの髪をなびかせ、白を基調としたメイド服を纏って。

 シャルロットは溜息と共に、ドアへと向け歩きだす。


「ギラム。さっきの件、わたしの方で何とかしてみるわ。明日にでもシーラ湖に出張るから、時間を開けておいてちょうだい」


「へい。御苦労かけます」


 シャルロットの言葉に、ギラムは頭を下げる。

 取り急ぎ本日の会合は終了した。

 そして、新たなる問題に取りかかるシャルロットであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 シャルロットは急ぎ玄関ドアを開け、女性達へと駆け寄った。


「ねえ、あなた達」


 声を掛けられ、女性達は立ち上がる。


「これはこれは(あるじ)様。御機嫌麗しゅう」


 そう言って四人の女性達は頭を下げた。

 シャルロットはじっと四人の女性を見つめる。髪型は様々。短かったり長かったり。また、パッツンヘアーや、真ん中分けをしていたり。しかし、全員から受ける印象は同じ様に感じる。


「あなたたち、どこから来たのかしら?」


 シャルロットは首を傾げながらも問いかけた。

 この問いかけに、女性達は自分達の来た方向を指差した。しかも、それぞれ別の方向を。

 女性達のこの行動に、シャルロットはさらに混乱する。

 だが、悩んでいても事態は解決しない。

 シャルロットは、女性達の指が指し示す方向を一つずつ確認して行く。

 そこは、先日ミカサから貰った種を植えた場所であった。たった五日で、大木へと育った異常な植物の。

 その大木を視界に収めるシャルロット。その時、ふとある事が脳裏に浮かんだ。


「ねえ、あなた達ってもしかしてドリアード(樹妖精)?」


「はい。その通りで御座います」


 シャルロットの問いかけに、シャギーを入れた様な髪型の女性が答える。その言葉に、他の三人も頷く事で肯定した。

 シャルロットの予想通り、女性達はドリアード(樹妖精)で良いらしい。

 だが、深く考えてみると、可笑しな事があるのだ。

 ミカサから種を貰ったのは十日前。それが、五日で大木と言える程の大きさにまで育ち。十日でドリアード(樹妖精)となった。

 シャルロットは改めてドリアード(樹妖精)達へと視線を向ける。そして、その神が創ったとしか思えない美しい顔を視界に収めた。

 まじまじと見つめるシャルロット。

 ドリアード(樹妖精)達も、シャルロットに視線を注ぐ。

 そして、シャルロットは気付いた。

 ドリアード(樹妖精)達が持つ、伝承との相違点を。

 伝承ではドリアード(樹妖精)は、緑の髪と緑の瞳を持つとされている。しかし、目の前のドリアード(樹妖精)達の瞳は金色だった。

 シャルロットの知る限り、この世界で金色の瞳を持つ人物は二人だけ。

 雷神鳥(サンダー・バード)であるミカサと、黄金の魔女、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムだけなのだ。

 邪推かも知れないが、目の前のドリアード(樹妖精)達は、ビクトーリアに何らかの品種改良された種だとシャルロットは考察するのだった。

 先のビホルダーの襲来。

 次いで巨大ワームの覚醒。

 そして、再び動き出した勇者教団。

 それらに対しての守りとして、ビクトーリアは彼女達を派遣したのでは無いか? シャルロットは、その考えに行きついた。

 だが、それをドリアード(樹妖精)達に聞いても無駄であろう。なにせ、ドリアード(樹妖精)達は種であったのだから。

 シャルロットに出来る事は只一つ。

 ドリアード(樹妖精)達を受け入れ、共に生きて行くことだけ。


「まあ良いわ。屋敷の警備、お願いね」


「「お任せを、(あるじ)様」」


 シャルロットの言葉に、ドリアード(樹妖精)達は笑顔で答えるのだった。



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