破魔の剣
豪華な、黒と紫を基調としたドレスを纏う魔女姫の姿。それは、最上級精霊メディアの力の顕現。
直接攻撃を旨とするブリュンヒルデに対し、魔法特化のメディア。
シャルロットは右腕を水平に上げる。その行動に反応し、頭上に黄金の光球が八つ出現した。
そして、シャルロットは力ある言葉を口にする。
「サンダー・レイ」
冷静で冷たく、研ぎ澄まされた声。
その言葉に反応し、頭上の光球から八本の雷光が解き放たれる。轟音を立て、光線は曲がる事無く凄まじい速さで一直線に巨大ワームを捕捉した。
「■■■■■■■■!」
雷光に捉えられ、巨大ワームは高音、低音入り混じった不愉快な鳴声を上げのたうち回る。だが、光線は力を失わず、巨大ワームの体表を駆け巡る。
「な、何だ、これは……」
クロムウェルから驚きの声が漏れる。目の前の現実が信じられない様であった。
「これが雷の魔法よ」
シャルロットは、話しながら右の人差し指で天を指す。そして、再び力ある言葉を口にした。
「ライオット・ブレイク」
雲一つ無い晴れた空から、極太の稲妻が巨大ワーム目掛け振りかかる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!」
その衝撃から、巨大ワームは今までに無い悲鳴の様な鳴声を上げた。そして、その巨体がドスンと地面に倒れ込む。
「終わったのか?」
最後は自分だと言われていた事も忘れ、クロムは呟く。だが、シャルロットの冷たい眼差しは、今だ巨大ワームを捉えて離さなかった。
「来るわよ」
シャルロットがクロムウェルに告げる。
来る? 一体何が? クロムウェルは辺りを警戒する様に視線を巡らせる。だが、何も変化は無かった。
変化があったのは……………巨大ワームの体表である。
乳白色の身体を覆っていた粘液は、徐々に収束して行き一ヶ所に集まって行く。そして、その中から生まれ出でる様に、人型の何かが起き上がる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
人型は凄まじい絶叫を上げる。それはまるで、ドラゴンの咆哮の様であった。
「あ、あれは?」
「あれはウンディーネ。あの姿は、狂った元素精霊の末路よ」
クロムウェルの問いかけに、シャルロットは答える。目の前の狂える精霊から目を離す事無く。
「あ、あんな禍々しい物が元素精霊なのか?」
「ええ。他の生物と融合させられて、良い様に使われ、狂う事しか出来なくなった哀れな精霊よ」
「…………」
クロムウェルは絶望を感じた。
自分達が魔法を行使する時に、何時も力を貸してくれる精霊達。妖精達の言葉で言えば、最も古き友。
「な、何とか助けられないのか?」
震える様な声で、クロムウェルはシャルロットに問いかける。だが、シャルロットは首を左右に振る。
「わたし達が、あの精霊に対して出来る事は、存在を抹消し世界の狭間へと返してあげる事だけ」
「……そうか」
クロムウェルは僅かな言葉だけを絞り出し、決意を決めた様に剣を握りしめた。
「テターニア、クロムを守ってあげて」
シャルロットは、剣を握るクロムウェルの腕から視線を外さずにテターニアに命令を下す。
真の戦いは、これからだと。
「クロムは攻撃に専念。解った?」
「了解だ」
クロムウェルは短く了承の意を告げる。刹那、シャルロットの両脇からクロムウェル、テターニアの二人が狂える精霊に向けて駆け出した。
「■■■■■■■■■!」
同時に、狂える精霊は空中の水分を圧縮し弾丸の様に二人へと打ち出す。
「防御は全て私がやる! お前は攻撃だけに集中しろ!」
クロムウェルに言葉をかけ、テターニアは走りながら火砲槌を構えた。狂える精霊の産み出す水の弾丸を、テターニアは火砲槌で受け、弾き、その炎によって蒸発させる。
「ヴァネッサ! イレーネ! ワームの動きを止めて!」
もぞもぞと動き出しそうな巨大ワームを見て、シャルロットは慌てて二人のメイドに指示を出す。
「了解致しました!」
イレーネは手に持つ鞭を引き絞る。
「畏まりました、姫様! ヘファイストス!」
ヴァネッサはヘファイストスを呼び寄せ、その変化したスレッジ・ハンマーで巨大ワームを殴りつける。
二人の攻撃により、巨大ワームは再び沈黙した。
この事象を認識し、クロムウェルはワームの体表を駆け上がる。
「!」
気合いを込め、クロムウェルはバリサルダを狂える精霊に向け振り下ろす。バリサルダは、正確に狂える精霊の真芯を捉えた。
「な、何?」
だが、一切の手答えどころか、狂える精霊に何のダメージも通っていなかった。
その瞬間、クロムウェルの脳裏に声が響く。
『まったく、あの小娘は何も解っておらん様じゃなぁ。良いか娘、今からバリサルダのコードを書き換える。それでうぬの攻撃が通るはずじゃ』
「だ、だれ?」
クロムウェルは振り返りながら問いかけるが、答えは返っては来なかった。
しかし、今はその事を気にしている場合では無い。今一番の最優先は、巨大ワームと狂える精霊の討伐なのだ。
「もう一度行くぞ!」
テターニアから声がかかる。その言葉に、クロムウェルは頷きで返す。
二人は一旦距離を取り、再度狂える精霊に向け突撃を開始する。
テターニアを前衛として、二人は再度駆け出した。そして、再びテターニアは火砲槌で攻撃をかわしクロムウェルの進む道を確保する。
全ての水の弾丸を撃ち尽くした狂える精霊は、新たな弾丸を創る為に水分の圧縮に入る。
今が格好のチャンスである。
クロムウェルは、狂える精霊との距離を一気に詰め横薙にバリサルダを振るう。
「■■■■■■■■■■■■■■■!」
断末魔を上げ狂える精霊は消滅した。
「ごめんなさい」
クロムウェルが呟いたその言葉は、誰にも届く事は無かった。
狂える精霊は消えた。だが、敵はまだ居るのだ。気を抜いている時間は無い。
テターニアとクロムウェルは、シャルロットの下へと帰還する。
「上手く行ったみたいね」
「ああ」
「それで姫様、ワームの方は?」
テターニアが、ワームに視線を向けながら問いかける。
「どうだろうねぇ?」
シャルロットは苦笑いを浮かべながら曖昧に答えた。
その言葉が呼び水になったかの様に、巨大ワームはゆっくりと動き出す。
「マジョヲメッセヨ……マジョノチカラワセカイノユガミ……」
たどたどしい発音であったが、本来は持っていないはずの声帯を巨大ワームは震わせた。
「やっぱり、ウンディーネが悪さをしていたみたいね」
レギオン・モンスターとしての本来の姿を取り戻した巨大ワームを見つつ、シャルロットはそう呟いた。
しかし、今は考察をしている場合ではない。目の前に居る醜悪な化け物は、倒すべき敵なのだ。
「イレーネ! 拘束を解いて!」
「了解致しました、姫様!」
イレーネは指示通りに、無数の糸を鞭へと戻す。
「チャージ」
シャルロットはそう呟く。言葉に反応し、シャルロットの頭上にバスケットボール大の光球が二つ現れた。
「全員散開! 少し時間をちょうだい!」
シャルロットの言葉で、全員が別方向へと駆け出した。
そして皆が解っていた。シャルロットが何か大きな事をするのだと。
「チャージ」
二分ほどの時間を置いて、シャルロットは先程の言葉を繰り返す。そして、もう二つ光球が出現する。
巨大ワームは狙うべき相手が拡散した事により、攻撃に迷いが生じている様に見えた。
「チャージ」
三度目の言葉をシャルロットは綴る。そして、光球が現れる。
現在、シャルロットの頭上には、光球が計六つ。
シャルロットはニヤリと悪党の笑みを漏らした。
「準備は整ったわ! わたし、イレーネ、ヴァネッサ、テターニアの順で攻撃! 止めはクロム!」
「「畏まりました!」」
言葉と共に、シャルロットは巨大ワームの前へと歩み出る。
「これで終わりよ。……ゆっくりおやすみなさい。解放! ライオット・ファランクス!」
シャルロットの言葉に反応し、頭上に浮遊する六つの光球は、極太と言ってもいい程の雷を巨大ワームへ向け放つ。
「■■■■■■■■■■■■■■■!」
巨大ワームは、放たれた雷をその身に受け、衝撃とその身を焼く電流によって身体から煙を上げながらL字の様な姿勢でのけぞった。
その隙を見逃さず、イレーネは契約している上級精霊アタランテの力を解放し上空へと飛びあがる。
「ふんっ!」
そして、巨大ワームの腹部に回し蹴りを決めた。
「■■■■■■■■■■!」
その衝撃により、ワームはヒンジで固定されていたかの様に折りたたまれる。
「休むのはもう少しお待ちください」
イレーネとは反対側に位置を取ったヴァネッサが、丁寧な言葉で語りかける。そして、自身に倒れ掛ろうとする巨大ワームを、スレッジ・ハンマーで打ち返す。
「■■■■!」
またしても巨大ワームは衝撃によって反対側へと倒れ込む。
「弾けろ!」
イレーネと変わったテターニア。
その右手に装着した火砲槌で、アッパーカットの様に巨大ワームを殴りつける。紅蓮の炎を纏いながら、巨大ワームは最初のL字型の姿勢をとった。
「■■■■■■■■■■■!」
「クロム!」
シャルロットがクロムウェルの名を呼んだ。
クロムウェルは巨大ワームを視界に収め、きつく剣を握り締める。
「父上、母上、村のみんな。ここで決着を付けるよ」
集落の皆に言葉をかけ、クロムウェルは走り出す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
バリサルダが巨大ワームの腹を切り裂いた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
巨大ワームは断末の叫びを上げ、その身体を地面に横たえる。そして徐々に黒い塵となって消えていった。




