白き騎士
「すまない、ガラハッド卿。これから私は、王国聖騎士クーデリカでは無く、シャルロット姫殿下の騎士クーデリカ・ビスケスとして相手をさせてもらう」
「ふむ」
クーデリカの蘇った瞳を見、ガラハッドは感心した様に一つ息を吐いた。それと同時に、獲物を見つけた獣の様な笑みを見せた。やっと本気になったか、と。
ガラハッドは剣を握りしめ、正眼に構えた。それに呼応するように、クーデリカも剣を構える。しかし、その構えは出鱈目である。
クーデリカの取ったポーズ、それはまるで野球の予告ホームランの様であった。
「ふざけているのですか?」
苛立ちを隠さずに、ガラハッドは言葉を告げる。だが、クーデリカはこれでもかと口角を上げると
「ふざける? 何を言っているんだ? 私は大まじめだぞ」
威風堂々と言い放つ。
「そうですか。では、麗しの姫殿下の前で、惨めに膝を付きなさい」
言ってガラハッドは、一気にクーデリカとの距離を詰める。しかし、クーデリカの姿は一瞬で掻き消え、次の瞬間、視界には天井が映っていた。
「い、一体何が……?」
呟いた瞬間、ガラハッドの右足首に激痛が走った。ガラハッドは、その痛みの下へと視線を向ける。そこには、ガラハッドの右足首を抱えるクーデリカが居た。ガラハッドの足首に、自身の手首を当て捻り上げた姿勢のクーデリカが。
「貴公、な、何を!」
今までずっと剣のみでの勝負を受けていたクーデリカの変化に、ガラハッドは驚き声を上げた。
「何をも何もなかろう。私は、私の戦いをするのみだ!」
クーデリカは、からかう様な言葉と共に、ガラハッドの足首をアキレス腱固めで締め上げた。
「ガラハッド卿、私は姫様の騎士と言いながら、心根は王国の聖騎士としてあった。だが、先ほどのシャルロット様の御言葉で気付いたのだ! 私は、シャルロット姫殿下の騎士であると!」
「何を、当たり前な――」
虚を突く様な言葉に、ガラハッドは言い返そうとするが、その言葉はクーデリカのさらなる言葉によって防がれる結果となる。
「騎士とは、領民を守り、領土を守り、国を守る者だ! しかし、シャルロット姫殿下の騎士である事で、一番重要な事は勝利する事! どんなに馬鹿にされ様と、どんなに蔑まれ様と、どんな卑劣な手を使ってでも勝利を掴み取り隣に有る事なのだ!」
「貴公、正気か!?」
ガラハッドは言葉と共に、右手に持った剣を左方向へと横に薙いだ。しかしクーデリカは、その回転力とも言える力を利用し、ガラハッドの身体を裏返す。同時に、掴んでいた足首を開放し足の甲を片口に背負う様に抱き込んだ。
「正気だとも! それが世界を守ると言う事なのだ!」
「グッ!」
ガラハッドはアキレス腱とは別の痛みに声を上げる。アンクルロック。クーデリカは決める関節の対象を変えた。
「まずは、足を殺させて貰う」
クーデリカは言葉と共に、一気にガラハッドの踵を捻り上げた。
「ククッ。そうですか。あなたは、そう言う道を歩むのですね」
ガラハッドは、まるで痛みを感じていないかの様に平然とクーデリカに問いかける。
「平然としている様だが、早く対策をしないと、本当に足が壊れるぞ」
ガラハッドの言葉に、違和感を覚えながらもクーデリカは忠告の言葉を口にした。
「あなたの覚悟、確かに御聞きしました」
言うや否や、ガラハッドは再び身体を捻る。
先程と同じ……クーデリカは再度アキレス腱固めへの移行を試みる。
だが、ガラハッドの行動は違った。拘束された右足など意にも解さず、空いた左足でクーデリカの側頭部を狙う。
「何!?」
クーデリカの右目が、何か動いた物を捉えた。
瞬間、クーデリカは拘束していたガラハッドの右足を放棄し瞬時に後方へと距離をとる。
クーデリカから解放されたガラハッドは、ゆっくりと、そして静かにその場に立ちあがる。
ガラハッドのこの行動に、クーデリカは緊張を滲ませながら剣を構えた。だが、ガラハッドの表情は先程とは違い柔らかい物であった。
「合格です。騎士クーデリカ」
「何?」
ガラハッドの紡ぐ言葉の意味を、クーデリカは正しく理解出来なかった。だが、横で見守るシャルロットには、その言葉の意味が有々と解った。
これは、契約に向けての一歩なのだ、と。
「私は、あなたと言う人物がどう言う思いを抱いているのかが知りたかった。ただ、姫殿下が可愛いと言う理由で側に居るのか? それとも、姫殿下の全てを知り、同じ道を歩もうと言うのか。私は後者を期待した。そして、騎士クーデリカ、あなたは私の期待に応えてくれた」
ガラハッドはそう言うと、自身の身体を霧と変える。
そして、ガラハッドの居た場所には、一振りの剣が刺さっていた。
豪奢で、力強い光を放つ剣が。
『抜きなさい。これは、あなたの為の力。麗しの姫殿下と共に歩む力。自信を持ちなさい。あなたには、この剣を持つ資格があるのです。自信を持って抜き放ちなさい! そして……我の名を!』
クーデリカの心に、誰かが語りかける。
いや、知っている。
この声は、ガラハッド。
クーデリカは、ゆっくりと剣へと歩を進め、その柄に触れる。
初めて見た剣は、驚くほど手に馴染んでいた。
静かに、呼吸を止めながらクーデリカは剣を抜き放つ。
そして、真正面へと剣先を付き出すと
「顕現せよ、ランスロット!」
力ある言葉を口にする。
そう、知っていた。
そう、解っていた。
剣に触れた瞬間、この者が何者であったか?
どんな思いを持って自分と対峙していたのか。
魔女達への思い。
世界への思い。
そして、シャルロットへの思い。
全てが流れ込んで来た。
だから解っていた。
この者の事を。
最も古き思いの欠片、最上位精霊ランスロットの事を。
「最上位精霊が私に力を……」
クーデリカは剣を見つめながら、誰に聞かせるでも無く呟いた。
だが、その言葉に答える者がこの場には一人だけ居た。そう、クーデリカ自身が持つ剣自身、最上級精霊ランスロットが。
「貴公はその力でもって、姫殿下を、そして世界を守って欲しい。そして私は……」
言葉と共に、クーデリカの背後にランスロットが一瞬だけ姿を現す。そして、クーデリカを背後から抱きしめた。
瞬間、クーデリカの身体が淡い光に包まれる。
それも一瞬、光が収まったその場には、磁器を思わせる光沢を放つ鎧を纏ったクーデリカが居た。
「私は、貴公を守ろう」
「こ、これは……」
クーデリカは、ガントレットで包まれた自身の手を見て呟く。
それを見越していたのか、心の中でランスロットの声が聞こえた。
「これもまた貴公の力。素直に感じ、使いこなすが良かろう」
クーデリカだけに聞こえたランスロットの声は、どこか楽しそうに聞こえた。
いや、実際にそうなのであろう。世界が始まる前から騎士としてあったランスロットにとって、この年若い騎士の成長を見守るのは、何よりもの娯楽なのであろう。
「全てがつつがなく終わったようじゃな」
契約が終わった修練所に、三つの影が姿を現す。
一人は白い肌に黄金の髪をした女。
一人は褐色の肌に、銀の髪をした女。
最後の一人は、最初の女を小さくした様な少女。
そう、ビクトーリア、タナトス、ミカサである。
その姿を視界に映したマルコ枢機卿は、黙って静かに頭を下げ
「これは法皇陛下、御機嫌麗しく」
短く挨拶を口にする。
だが、この場には居るのである。魔女の威光など糞くらえと言う人物が。
「なーにが終わったようじゃな、よ! 娯楽目的で観戦に来たくせに」
そう言ってシャルロットはそっぽを向いた。
その仕草が可愛らしく面白かったのだろう。タナトスはクツクツと笑い声を漏らす。
だが、当のビクトーリアは不満げな瞳でシャルロットを見つめる。
「あのなぁ、小娘。妾とて暇では無いのじゃよ。妾はな、結果を見届けてネトラレのヤツに報告せんといかんのじゃよ。面倒じゃが」
そして、最後にいらん事を付け加えながら自身の立ち位置を口にした。
この言葉を聞き、シャルロットは ”ふんっ” っと鼻を鳴らすに留まる。正論を言われて、少々気恥しくなったようだ。
そんな二人のやり取りを見、クーデリカはシャルロットへと顔を向ける。
「あの、姫様、あの方は……?」
「あの方? ああ、金色のでっかい方? あいつはバカビッチよ」
「……え?」
キョトンとするクーデリカに対し、シャルロットは一つ溜息を吐き
「煉獄の王、黄金の魔女ビクトーリアよ。あんた、会った事なかったっけ?」
そんな質問を返した。
これに驚いたのはクーデリカ。なにせ先ほど、マルコはビクトーリアの事を法皇陛下と呼んだのだから。二つの事実、これがクーデリカの混乱を一層加速させる。
「えっ? えっ? えっ?」
頭を抱えるクーデリカを見つめながら、シャルロットは本日二度目の溜息を吐いた。
同時に、真実を暴露する決心をする。
「いい、クーデリカ。よく聞きなさい! すべては、この馬鹿共の自作自演なの!」
「は?」
シャルロットの説明に、クーデリカは首を傾げる。
それはそうだろう。さすがに、シャルロットの言葉では説明不足である。
それが解っているのか、シャルロットは咳払いを一つ挟み言葉を続けた。
「六人の魔女と呼ばれる馬鹿共は、世界を見守りつつロックホランド法国の法皇もやっているのよ」
クーデリカは、シャルロットの説明に言葉を失った。そして数秒後
「大変なお仕事ですね」
こんな間抜けな感想を口にした。
この後、シャルロットとビクトーリアの醜い罵り合いが続くのだが、それは何時もの日常。
こうして、クーデリカを巻き込んだシャルロットの法国来訪は騒ぎと共に終わりを告げた。
まあ、二人のバカ騒ぎにちょっかいを掛けたミカサが酷い目に会ったのは言うまでも無い事である。




