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大草原での食事―美食、快眠こそが幸せ

 世界で美食を口に入れられる者は限られている。そう言ったのは誰だったっけ。どこかのお偉いさんだったような気がするし、貧民街の若者だったような気もする。とにかく、美食とは絶対的なもので、世界には美食たる定義が確立しているかのような物言いだった。

 でも。

「ミオ様、夜空を背景に食べる夕食は格別ですね」

「うん。そうだね、エヴァ。新月だからか、くっきりはっきりお星さまが見えるね~。

 ロウ、おいしい? 私とラインでとってきた木の実」

「うむ。素晴らしく美味だ。私が狩ってきたオオカミはどうだ? ここのオオカミはすばしっこくてな、捕まえるのに苦労したよ」

「……オオカミ、なのですか、この肉は」

「え、ラインはオオカミ嫌い?」

「食したことがなくて……その、なんといいますか」

「食わず嫌いはダメだよ、ライン?」

「……おっしゃる通りです」

 でも、こんなふうに和気あいあいと食事をとること以上の『美しい食』はないと思う。リッターのところに監禁されていた時、高級食材ばかりを使った料理を食べていたけれど、その時はまるで砂でも食んでるかのように、何も感じなかった。

 たき火をみんなで囲んで、葉っぱのお皿に乗せたオオカミ肉と木の実の炒め物というえらく質素な食事。それでも私は幸せを感じている。量も質も悪くない。ロウがとってきた大樹の葉のお皿を膝の上に載せて、テーブルマナーなんて少しも気にせず、スプーンですくって食べる。野生児な私はスプーンすらいらないと思うのだけど、まあ、そこはエヴァとラインの目があるから我慢我慢。

「エヴァ、少し話は変わりますが、体の具合は大丈夫ですか?」

「え? ええ、大丈夫ですよ」

「そうですか。よかった」

 ラインの瞳にある優しい感情に、私の心も一緒にほんわかとなる。

「ねえ、ライン、エヴァ。二人とも、今くらいいつもみたいにしゃべってもいいんだよ?」

 私が言うと、ラインもエヴァも目を丸くした。

「……私は、まだ仕事中ですので」

「いいのいいの。ここにロウもいるんだし」

 そう言うロウは無心に食べているけど。ドラゴンは食事中におしゃべりをするっていう文化がないみたい。

「……お心遣い、感謝します」

「同じく、ありがとうございます、ミオ様」

 二人して頭を下げられて、思わず照れてしまう。そんな感謝されるようなこと、してないんだけどなぁ。

「それにしても、ライン、どうしてそんなこと聞いてきたの?」

「いや、ミオ様から事情は聞かせていただいたのだけど、不安になって。未遂でも、心に傷ができて戦えなくなる騎士は多いんだ」

「まぁ。私は大丈夫です。ミオ様に励ましていただいたので」

「……そうか」

 ラインは私に向きなおって、深く頭を下げた。

「ミオ様、親友に優しい言葉をかけていただいて誠にありがとうございます。このご恩、必ずや報います」

「そんな、大げさな。それに、守ったのは私じゃなくて、ロウだよ」

 あの不思議な光のドームは、ロウの力。私が守ったんじゃ、ない。

「ミオのおかげだな」

 ご飯を食べ終えたロウが、ゆっくりと言った。

「この守護の力は、ミオを守るためだけに得た。そもそもお前を守ったのはミオのメイドだからだ。わかったらミオに感謝し、今後も誠心誠意仕えるようにな」

 ぶっきらぼうで心無い言葉。でも、その顔は若干赤くなっていたし、視線だってエヴァの方を見れていない。素直に照れるとは言えないプライドが、先の言葉を言わせているのだろう。

「ふふふ……かしこまりました、ロウ様」

「様付けはいらん」

 ロウは生暖かい視線に耐えきれなくなったのか、ふと立ち上がった。

「私はもう寝る」

 ぽう、とロウの体が光ったかと思うと、そこには久しぶりに見るロウの本来の姿があった。

「ロウ、エヴァが驚いてるよ?」

「構うものか」

 重低音の声がお腹に響く。私を包むかのように体を丸めると、鼻先を私に摺り寄せてきた。

「ふふふ、どうしたの、ロウ? いつもはこんなこと、しないくせに」

 ロウの顎の下あたりを撫でてやると、ロウは心地よさそうに鳴いた。

「私も寝よっと。エヴァ、火の始末任せてもいい?」

「はい。お召し替え、お手伝いいたします」

「いいよ。下着だけで寝るから」

 大地に身を預けて眠るというのは乙なものなのだ。

「ミオ様、殿方の前ではしたのうございますよ?」

「いいの、ロウは私に欲情したりしないんだから」

 手早く服を脱ぐと、エヴァにそれを渡す。

「二人はどこで寝るの?」

「私は……」

 ふと、エヴァとラインは視線を交わした。

「私たちもここで眠らせていただきます」

「え? でも、ここ草原だよ? 今までベッドでしか寝たことない人にはきついかも?」

「しかし、主人が地面で寝ているのにその下の身分の者が馬車で寝るというわけにもいかないでしょう?」

「でも……いいよ、そんな」

「私、実は草原で雑魚寝ってあこがれていたんですよ」

 エヴァがまるで子供みたいにきらきらした目で言ってきた。

「……そうだったな、お前はそういうやつだった……」

 あきれたように、ラインが頭を抱えた。

「ラインは、馬車で寝る?」

「滅相もない! 私もご一緒させていただきます」

 嫌々、といった感じだけど?

 エヴァは立ち上がり、馬車の後ろに回った。収納を開けて、私の服をしまう。ゆっくりと私の方に近づいてくる。

「では、ミオ様。お隣よろしいでしょうか?」

「いいよ。来て、エヴァ」

 私が手招きすると、エヴァは私の隣に腰をおろし、横になった。エヴァの豊満な胸が目の前に広がる。

 私もこんなふうに大きくなるのかな。どうなんだろうか。

「……ほら、ラインも」

「いや、私はここで」

 馬車の車輪にもたれかかると、ラインは目を閉じた。手にはラインの身の丈ほどもある槍が握られている。警戒態勢、というやつかな。

「そう? それじゃ、おやすみ」

「ああ。おやすみ。よい夢を。ミオ様、おやすみなさいませ」

「うん。おやすみなさい、ライン」

 私はゆっくりと、エヴァに抱き着いた。

「ミオ様?」

「今日は、一緒に寝ようって言ったよね、エヴァ」

 ぎゅっと抱きしめる。暖かくて柔らかいエヴァの胸の中は、まるで、お母さんに抱きしめられているかのよう。

 ……お母さんにこんなふうに抱きしめてもらえたことなんて、数えるくらいしかないんだけどね。でも、私の憧れることの一つである。

「……ミオ様」

 ゆっくりと、ためらいがちに抱きしめ返してくれた。

「おやすみなさい、エヴァ」

「おやすみなさいませ、ミオ様」

 私は目を閉じた。

 私の耳には、まだ爆ぜる薪の音が聞こえている。


 ……火……消さなきゃ……。


 シュウ。そんな音が聞こえた。

 

 ……誰?


 ロウかな。自分を納得させると、私はあっという間に眠りに落ちて行った。


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