お仕事―悪巧み?
疑り深い優奈の質問攻めにすべて答え、私の愛しい片割れが眠りについたのは、深夜になってからだった。
優奈がしたのは、私たちの根幹にかかわるような、まともな神経をしていたら口に出すことすら憚られるようなことばかりだった。それでもミオは正直に、誠実に答えた。話している内容は、今までの事と、この世界で体験したこと。ときどき泣きそうになりながらも懸命に言葉を紡ぐ彼女を見るのは正直、辛かった。でも優奈の懸念はもっともなのだ。ミオには辛い思いをさせたけれど、必要なことなのだ。それでも、ミオ自身は辛かっただろう。また明日、慰めてあげよう。
ミオは眠りに落ちる瞬間まで、私の服の袖をつかんで離さなかった。どうも、豪奢なベッドで眠るのはかなり抵抗があるようだった。無理もないけれど。
ミオが寝静まってから、私は体を起こした。健やかな寝息だ。呼吸に乱れもない。心音も特におかしなことはない。身体的には健康そのものだ。よかった。先天性疾患やら何やらがなくて。
私はベッドから降りると、私室から出た。すっと影のように優奈が私の背後に立つ。
「どうだった?」
「特に問題はないわ。今日は刺客も毒もなかったわね、リュカ」
「今日だけだよ」
きっとこれは警告のつもりなのだろう。つかの間の平穏を味わえ、とかいう遠まわしで趣味の悪い暗示だ。
「とにかく、来て。これからのこと、話さないと」
私の仕事の大部分は夜に行う。私が一人でないと集中できない性質であるのと、信用できる人間があまりにも少ないからだ。
この時間帯は警備の者もいない。私が意図的に穴をあけているのだ。私のことを邪魔に思う人間が襲うなら今しかない。逆に言えば今さえ気を付けていれば自衛できるのだ。
無駄に広くて豪華な廊下を歩く。執務室までまっすぐに敷かれている赤絨毯はあらゆる衝撃を吸収し、わずかな音さえ立てない。逆に、絨毯が敷かれていない場所を歩けば、大理石の甲高い音がどうしても響いてしまう。隠密行動するなら絨毯の通路を通るしかない。
「それで、本当にあの少女を妹として迎え入れるつもり?」
「たぶん無理だろうけどね」
彼女は私と何もかも違いすぎる。子供で、どこの者とも知れず、そして実情を知ればあるのは東の国の側室という黒い過去。暴虐王の側室ということが知られなくても、彼女は『王の妹』としてあまりにふさわしくない。あちらこちらから不平不満が噴出するだろう。今まで送られてきた幼女を全て躱してきたのだから、なおさら。
本音を言うなら、兄妹どころか恋人同士、っていうのがベストなんだけど、それはもっと無理だ。そんなことをすれば、『側室に』と年端もいかない女の子がたくさん送られてくるに決まってる。……いや、そうだ。それがいい。もうあいつらに気を遣うのはやめよう。送り込みたいならそうすればいい。文句があるなら直接言えばいい。私はそのすべてをねじ伏せる。
悪になるんだ。ミオと約束したのだから、悪いことをしなければ。
「わかってるんだ。でも、あの子にはなんていうの?」
「正直に全部話すよ」
「納得してくれるの?」
私は鼻で笑った。妹としていられないから、ミオが納得しない? はっ。
「してくれるに決まってるよ。一緒にいられるならきっと、ミオは『奴隷』という立場でも全然問題ないって言うよ」
「それは、さすがに……」
「もちろん、私が奴隷でも構わないよ?」
さすがに言い過ぎたか。後ろの優奈が凍りついたのを感じる。
「リュカ、いくらなんでも、それはないわ」
「そうかな」
ふつう、大切な人って言ったらこんなものだと思うのだけれど。
「二人は結局なんなの? 百合ってるわけ?」
「百合?」
「薔薇の対義語よ」
「薔薇? なんで薔薇の反対が百合なの?」
赤と白、その違いかな? でも、それならふつう紅白で表現するよね。そもそもなんで動詞的に使うのだろう? 状態を表す言葉? 私が悩んでいると、優奈が呆れたようにため息を吐いた。
「ねえ、前世ではいくつだったの?」
「前世? 私は七歳だよ」
「七つ!?」
「うん。ミオは十歳だったかな」
出会った時にはもうミオは『死に体』だった。致死量の薬物を投与されて、夢も現も判別できないような、そんな状態だった。私はなんの因果か両親に捨てられ、ヤクザの小間使いとして生きていた。抗争のはずみで殺してしまった一般人を山の中に埋めようとしていた時、私たちは出逢った。
「ということは、小説も読んだことない?」
「ないよ」
「……百合っていうのは、女の子同士が好き合うことよ」
「いいことじゃない」
「ラブの方で」
私は面食らった。優奈が言わんとしていることが伝わってきたのだ。つまり、小説にあることは『ありえないこと』あるいは『作り話』。つまり私たちが愛し合っているということも、それくらい滑稽で愚かなことなのだと、そう言いたいのだろう。
「優奈、確かに私は王様だよ。でも自由恋愛くらい」
「私が言いたいのはそう言うことじゃないのよ。前世でもそんな関係だったの?」
しばらく悩んで、私は指をくいくいと動かした。顔を寄せろのサインだ。私の命令に従い、彼女は私の口に耳を寄せる。
「一晩だけ」
「……な、生々しいわね」
彼女は顔を赤らめていた。優奈は結構明け透けなくせにうぶなのだ。こんなことくらい、王宮じゃ日常茶飯事だろうに。
「一晩だけしか会えなかったんだ。ミオはほとんど死んでたし、私だってまさか埋めた後殺されるとは思ってなかった。逢瀬の次の日、私たちは仲良く死体になったのよ」
ミオはオーバードーズで、私は掘った墓穴に死体と共に生き埋めにされて。ミオが埋められたかどうかまではわからないけれど。
「……重々しいわね。それ、七つの時の話でしょ? ヤり方、わかったの?」
「まあ、そっち方面には強いから」
今までの人生、そんなことばかりが続いていたから。
今世でも王様だからと言っていろいろと『馴れ』させられた。気持ちよかったけれど、相手の女の子に罪悪感を抱いてしまうのは、『訓練』の最後まで変わらなかった。
王様は、籠絡されるわけにはいかないのだ。女性は確かに、気持ちいい。でもその色香に惑わされて国を傾けたのでは王族に産まれた意味がないのだ。
「ああ、王様ってそういうことに慣れさせられるらしいわね」
「まあね」
執務室に入ると、私は机に座ってまとめられた書類を見る。民からの嘆願や臣下の報告などが大半で、私はその中からどの意見を取り入れるかを決めるのだ。
「……魔物の被害が多くなってるね」
ざっと見ると、村や町はずれで敵対生物である『魔物』による殺傷事件が増えている。魔物とは人間を攻撃する生物全般を指し、それが人の形をしていると、『魔族』と称される。魔物、および魔族対策はどこの国も頭を抱える問題だ。
「騎士たちを派遣しても、魔物に適わないことも多いそうです」
騎士の質が低いのだ。正確には違うか。魔物の力が強すぎるのだ。今の騎士たちでは、到底太刀打ちできない。魔物はとても生命力が高い。そして死ぬ瞬間まで人間に対する攻撃を止めない。なぜそうまでして人間に攻撃するのか、それは研究が進められているが、いい研究報告は聞いていない。
「……騎士学校の様子はどう?」
それならば、次代の騎士に期待するしかないだろう。今この国では魔法が認知され始め、魔法に子供のころから触れている『新世代』とそうでない者とで分かれている。今国を守っているのは『旧世代』の人間だ。今私は魔法に聡い子供たちを集め、国を守る騎士を養成しているが……。
「問題はありません。が……彼らが大人になっても、人手が足りません」
圧倒的に、数が足りないのだ。騎士学校に通っている者は魔力が規定を越えている。だが魔法を洗練させようとすれば武芸がおろそかになり、武芸を洗練させようと思えば魔法が使えない。はてさてどうしたものか。
「そうか」
私はため息を吐いた。いったん、気持ちをリセットしよう。
「……優奈、ミオはどんな学校に通うのがいいと思う?」
「は? ……そうね、あの子の魔力なら魔術学校がいいんじゃないかしら」
「ああ、そう言うのじゃなくてさ、もっと学園らしいところで、なおかつ魔法のままごとみたいなのを教えてるところってない?」
「……すごい注文ね。まあ、カナリア学園なら、それなりの家柄の子もたくさん通ってるし、自衛手段として武術と魔法を教えてるわね」
「カナリア、か」
王都のおひざ元……つまり王宮からそう遠くない場所にある国営の学校で、私がまだ『殿下』だったころ父上に言って作らせてもらった学校だ。必死になって説得したっけ。
そのかいあってか、いろんな子供が来るようになった。貴族と平民が一緒のクラスで勉強するというのは、最初の二年は問題があったけれど、十年近く経った今では、まあ受け入れられている。貴族は何も『平民と肩を並べて勉強なんて!』という人ばかりではないのだ。むしろそっちの方が少数派である。
――その少数派が国の中枢にいるというのが、問題なのだけれど。
「そこなら、あの子も気兼ねなく学園生活を楽しめるんじゃない?」
「波乱はあるだろうけどね」
ふと、天井に目を向ける。
――今日も『影』はいるのだろうか。
影とは存在しない人。たとえ彼らが何かをしても公的文書には『そのとき不思議なことが起こった』で片づけられる、いないことになっている人間。要は忍者みたいなものだ。主を定めて、その主のために身を粉にして働く、忠誠心の高い『都合のいい道具』。私は彼らを特に思いやりを持って接している。それは彼らが憐れだとかそういう同情的な気持ちなのではなく。
どうせ働くなら、気持ちよく働きたいよね、というまあ上に立つ者なら誰だってする労働環境の向上を目指しているいるわけだ。ただでさえ鉄火場に送り込んだり刺客として放ったりでストレスフルな職場なのに、それでいて主から道具のように扱われていたのでは、裏切りたくもなるだろう。過去に何度も、影に裏切られて死んだ領主は多い。結局、彼らとて人間なのだ。
「そうだ、女の子のお守りって、彼らはしてくれるのかな?」
私が呟くと、優奈は怪訝な顔をした。
「『影』が子守り? まあ、要人暗殺や諜報活動なんかよりよっぽど楽な仕事よね。わざわざ影にやらせることもないだろうけど」
「そうかな。まあ、でも、その時が来てからじゃ遅いし。手は打っておくよ」
「……そう。ミオのこと、気にかけてるのね」
「当たり前、やっと出会えた片割れだもの」
ミオのためなら、何でもするよ。この国全部、ミオにあげたっていい。ミオが贅沢を喜ぶとは思えないけれど、したいのなら、させてあげよう。
「そう。じゃあ、カナリアに中途入学の手続きしておくわね。たぶん、ミオが通えるのは来年度……つまり四月、じゃない四の月ね」
ん、と私は頷いた。
「決まりだね。ミオのことがきれいに決まったから、やる気も出てきたよ。じゃ、一仕事がんばろっと」
私は気合を入れると、書類の山を切り崩しにかかった。
仕事は早朝まで続いた。




