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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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かんぺきでさいこうのさくせん

 マキナは携帯を持たない。あの家だって住所というよりはこの町に用がある限りの拠点というだけで、姿を消すのはいつだって可能である。文字通りいついなくなっても不思議ではない状態で、お陰様で関係者以外にマキナの存在は知られずに済んでいるがこういう時にやりにくい。

 そもそもアイツは気まぐれな側面もあるからいつも家にいるとは限らない。あいつなりに兎葵を炙り出す策も生まれたみたいだし、今頃はそれを実行しているかも……というかそうしてもらわないと話が違う。アイツが直ぐに行動に移すと思ったから噂とメサイア・システムの動きとで色々とズレたのだ。

「…………マキナ。いるか?」

 扉越しに声をかけてみる。今はただの訪問だが、もしもアイツが全ての目的を果たして居なくなってしまった時、俺はどうする。居もしない幻影を求めて同じ場所を訪ねるのだろうか。そんな筈がないと思いつつ、まだそうなってもいないのに考える辺り、やってしまうかもしれない。

「……弱ったな」

 何となく首筋が凝って来たので首を回す。俺はアイツの事を何も知らないから、家に居ないと何処に行ってしまったのかてんで見当がつかない。効率的に見つけようとするなら虱潰しに探すかここで待つかの二択だ。だが虱潰しに探すのは疲れるし待つのは寒い。直ぐにでもアイツに会って話したい事がある。


 ――――――


 第三の選択肢。

 アイツが反応しなかった時に死にたくなる。まともに人間関係を構築できないような奴は元から生きていないのと同じで、プライドなんて一欠片も無いと思っていたが、想像以上にそれは捨てられないらしい。ネガティブな奴ほど自己愛が強いみたいなものか。

「…………反応しなかったら、マジで怒る」

 何の意味もないが、周囲に人がいないのを確認。もう一度確認。再度確認。四度確認。まだ一言も発してないのに顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。何の拷問か新手の処刑か、ともかく俺はアイツの好意とやらを信じてみるしかない。




「マキナアアアアアアアアアアアアアアア!」




「何ッ?」

「うわあ! 急に出てくんな!」

 自害も斯くやという決意で声を上げたら、いつの間にマキナが背後に立っていた。金銀財宝を屑鉄同然に魅せるその容貌に見間違えは無い。こんなとっくに暮れた寒空の下でも彼女は元気を失っておらず、子供さながらの無尽蔵体力に驚きを隠せない。

「そんなに叫ばなくても大丈夫よ。貴方の声は登録してあるから」

「……声帯模写?」

「そうじゃなくて、フィルターを掛けてるのよ。私の右耳は貴方の声しか聞こえないようにしてあるわ。だからどんな距離でも……は無理だけど。五〇〇メートルくらい近くに居たら直ぐに駆けつけるんだから!」

「それは……えーと。お前に助けを求められる範囲って事でいいのか?」

「そういう事になるかな。全部の部品が揃ってるなら地球の裏側からでも聞こえるんだけど……ごめんね?」

 俺は一体何を謝られているのだろう。今日のマキナは羊みたいにモコモコした白いコートを着用している。ゆるふわな服と絢爛豪華な本人の輝きが相まって、何やらリッチの臭いがする。黒いタイツに強調された足のラインの美しさたるや職人が人生を込めて彫り上げた彫刻のよう。偏見だが、マキナのように動き回る奴はミニスカートが良く似合う。

「所で有珠希、何を言おうとしてたの?」

「……何でもない」

「顔が赤いわよ?」

「何でもないったら何でもない! 黙れ! お前が来てくれたならこの話は終わったんだ! 絶対蒸し返すなよ? 蒸し返したら怒るからな!」

「……? 変なの。まあいいわ。私の所に来たって事は、交渉に失敗したって認識でいいのかしら」

「あーいや。その……」

 一口では説明しにくいので言葉を濁しながら思考を巡らせていると、彼女は「ここじゃ寒いでしょ」と言って中に入れてくれた。俺が靴を脱いで上がったと同時に後を追ってきたマキナが後ろ手で鍵を閉めると、リビングまで促すように背中を押してきた。

「何か飲み物でも飲む?」

「悪いけど緊急の用事だ。気遣いは嬉しいけど直ぐに聞いてほしい」

「……つまんなーいの。有珠希と楽しい事一杯出来ると思ったのに。何かムカついてきたなー。貴方にそこまで言わせる用件ってどんな事?」

 可愛らしく頬を膨らませたかと思うと、切り替えが早い。この間に話したい内容が大体決まったので、後はそれを正しい順番で伝えれば問題ないだろう。家の中に居るので寒さとは無縁になったが、ならばこの肝は何を起因に冷えているのか。

「まず聞きたいんだけど、お前が言ってた炙り出しの策ってのは何だったんだ?」

「『愛』の規定で適当なニンゲンを操ってただけよ。人海戦術って感じ? とにかく数で理由作って探せば反応すると思ったの。思ったより手応えを感じるのに時間が掛かっちゃったけど、さっきようやく反応があった所よッ。ほら、私にしては考えたでしょ?」

「……凄いな。シンプルだけど、確実だ」

「うふふ♪ もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「最高」

「いや~」

「天才」

「それほどでもッ」

「世界中でお前より賢い奴は居ない」

「…………♪」

「正直見直した」

「そ、そう……? そう。そう。そうっかあ…………えへへ♪」

 マキナが可愛かったのでつい調子に乗ってしまったがあながちデタラメな事を言ったつもりもない。俺の周囲で聞こえた噂には問題点がある。兎葵も俺もメサイア・システムも、誰が噂を流したとかではなくて。誰も噂を流していない。関連のある人物だけが反応しているのに、噂を流したのは全く無関係だなんて筋の通らない考えがあるか。メサイア・システムは俺から聞き出そうとするわ、兎葵は曰く襲撃を仕掛けたり俺に文句を言いに来るわ、俺は単純に惑わされるわとどの陣営も得をしていない。

 それに比べたらマキナは効率的で、キカイだからこそ実用的で、実際に成果も出した。相対評価にはなるがさっきの今だけはべた褒めさせてほしい。赤面を掌で覆い隠しながら顔を揺らす彼女の可憐さは損得の概念を覆す代物なのだから。

「まあお前が関わってないのは分かってたけどな。えっと、実は朝から変な噂に振り回されてて困ってるんだ。メサイア・システムが俺を殺したって噂なんだよ」

「あーそれ。私も聞いたわ。自作自演でしょ?」

「え?」

「メサイアの自作自演じゃないの? そうやって噂を流せば貴方は確認しに行くでしょ。そうやって接点を作っていくのが目的だって思ってるんだけど」


 ―――そうか。そういう考えもあるのか。


 未紗那先輩経由でメサイア・システムのトップにも俺の特異性が割れているとすれば筋は通る。ハイドさん同様、俺を引き抜きたいがために未紗那先輩を動かしてどうのこうの……しかしそれだと、何故あの人がこの噂について俺に尋ねて来たのかという点で矛盾が生じる。

 何よりあの行動に説明がつかない。

「自作自演かはさておき、その噂でメサイアを襲ったとんでもない奴が居るんだ。それが『距離』の規定を所有中の知り合い―――兎葵って言うんだけど。俺を狙い撃ちする噂ならなんでアイツが怒るのかってのに説明がつかない。でさ、頭の中で進められるのはこれが限界だと思ってるんだよ」

「無限に予測は立てられるけど、それだけね」

「だから本人に聞こうと思ってる。最初会った時は上手いこと煙に巻かれたけど、実は今夜、兎葵が狙われる。メサイアが規定を回収しに向かうんだ。未紗那先輩が向かうから返り討ちも考えにくい。だからその前に俺が助けて、その恩にかこつけて実際の事情と規定を返してもらおうと思ってる」

「ふんふん。何となく話は読めたわ。私にミシャーナの相手をしろって訳ねッ?」

「いや別にそこまでは―――」

「やるやる! 丁度腹の虫が収まらなかったの! 頼ってくれてありがとう、有珠希! 今度こそ勝つんだから、応援しててねッ」

 駄目だこりゃ。

 とっくに対話不可能な状況である。喧嘩上等夜露死苦とも言いそうなくらいに乗り気で、楽しそうなのと同じくらい怒っている。糸を視なくても分かる。マキナの感情はどんな形であれ表に出やすいのだ。

「……随分、やる気を見せてくれるな?」

「だってー。本当にムカつくでしょ。有珠希が殺されたって何。喧嘩売ってるの。絶対殺せる訳ないのに。殺せるとか調子に乗ってるとしか思えない」

「ああ…………そういう。本当は避けたかったけど、そこまでやる気なら止めないよ、ほどほどにやってくれ。ただ一つだけ約束して欲しい」

「何?」

 テーブルに放り出されたマキナの手を握り、そっと両手を重ね合わせる。顔に表れていた苛立ちと憤怒が解れていく。それどころではないのは今、この瞬間だ。そう言わんばかりに視線を手元に向けて固まっている。

「お前が強いのは知ってる。でも、部品は全部揃ってない。お前が圧倒的なのは知ってる。でも俺達は取引相手だ。もし危なくなったら―――俺に助けを求めてくれないか。この命に代えても助けるから」

「―――意地悪なヒト。私が自分の命より貴方を優先するなんてあり得ないのに」



「一緒に月を見たいんだ」


 

 綺麗な月を見たい。糸に穢されていない純粋な輝きを視たい。ただそれだけの為に、俺は日常を捨てた。キカイと知り合って、この世界の一端に触れる選択をした。ならば目的くらい果たせないと困る。この眼はもう、背く事を許されていない。

「どうしても死にたいって時が来たならその時に俺が殺してやるから。危ないと思ったら頼ってくれ。分かったな?」

「……うん…………なんか、ごめんね…………?」

「何で謝るんだか。お前は人間で言う所の怪我人だよ。どんなに意地張っても俺にはそうとしか見えない。だから守るんだよ。お前が俺より何百倍も強いとしたって、俺がそうしたいんだ」

 

 

 ―――あれ。



 正直な気持ちは伝えたし、用件も伝えた。言うべき事もなくなって手を離そうとしているのに、まるで『強度』の規定を食らったかのように動かない。マキナは驚いたように俺を見つめて、誇張抜きに微動だにしない。彼女がキカイならメンテナンスを要するレベルの静止だ。身体の耐用年数が突然限界を迎えたとしか考えられないようなフリーズ。

「――――――うん! すっっっっごく頼りにするね! 危なくなったら呼ぶわ! 絶対呼ぶ! 間違いなく呼ぶ! 私弱いもの! 呼んだら助けてくれる! 助けてくれる? 来てくれるの? 来てくれるのよね?」

 手を繋いだまま机を倒してマキナがベッドに押し倒してきた。今の俺は彼女の両手を楔に両手を磔にされている。抵抗出来ない。

「……行くよ。絶対。万が一。お前が死ぬよりは全然マシだ」

「………………最近ね、有珠希の事考えるだけで変な気持ちになってたの。でもこれは何かしら。何なのかしら。有難う有珠希。すごく。凄くね? 凄く嬉しい! 嬉しいの! 楽しいの♪ やっぱり私、おかしいわ! 部品はとても大事な物なのに、貴方に比べたらどうでもいいって思っちゃう! ねえ、有珠希。教えて有珠希?」










「―――ニンゲンはこの感情を、何ていうのかしらッ♪」 

 





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