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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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92/213

影ながら、手を貸そう

「やあおはよう。気持ちのいい朝だね」

「いつも思うんですけど、カガラさんは寒くないんですか? いつもゴスロリ服で……もしかして一張羅とか?」

 こうして朝にこの人と二人きりで登校するのも慣れてしまった。この人の服はいつ見ても目立つなあとは思っているがそれ以上はもう何も思えなくなってしまった。しかしよく考えると変だ。ゴスロリ服自体を否定はしないが、世の中には季節がある。春も夏も秋もまあ分かるが、冬だけはどうしても解せない。

 見た目は着込んでいるが防寒の着込み方とは思えないのだ。寒さを感じないマキナのような存在ならばともかく、この人はどう考えても人間である。根拠は無い。

「ふむ。そこを聞くかい。乙女の最深部なんだが、覚悟は出来てる?」

「覚悟?」

「責任は取ってもらうと言いたいんだ。秘密を知るとはそういう事さ。それに……私の事なんてどうでもいいじゃないか。君にとって大切なのは紗那だ。違う?」

「まあ、そうですけど……何か情報が?」

「君がメサイア・システムに殺されたという噂が流れている。一応聞くけど心当たりはあるかな?」

「……ああ」

 何だそのことか、と落胆してしまった。この人は何も悪くない。悪くないのだが、ついさっきのやり取りと被っているので新鮮味がない。さっきその事で俺は兎葵と話したばかりだ。心当たりがあるかと言われたら無いような気もするが、あるような気もしている。

 というのも最初はマキナの策かと思ったが、アイツがわざわざ大嫌いなメサイア・システムを俺に呼び寄せるのかという部分で疑問符が付いた。

「……実は俺は本当に殺されていて、今いる俺はクローンという説が」

「朝からふざけてくれてどうもありがとう。少しは君も気を許してくれているようで何よりだよ」

「心当たりなんてある訳ないでしょ。何で俺がわざわざ未紗那先輩からの心象が悪くなりそうな真似するんですか」

「この程度で心象は悪くならないと思うが……そうだ。今日時間ある? あの人が話したがってるんだ」

「電話じゃ駄目ですか?」

「君は用もなく電話を掛ける人じゃないだろ? ……部下の私が言うのも何だが、あの人に媚を売るのはそう悪い判断じゃない。余程の事がなければ協力してくれる筈だ。それだけ君の視界を買ってるという意味だよ」

 サポートはしてやるが、お前次第。ハイドさんは確かにそう言った。現状、俺は未紗那先輩を解放する為に何も出来ていない。どうにか出来るのは現状先輩の関心を引いている俺だけだ。だからあの人との約束はその為だけに使おうと考えていたが……カガラさんの言うように、活用法は他にあっても問題は無い。

「…………いいですよ。でも未紗那先輩はそっちでどうにかしてくれませんか? 俺が離れようとするとあの人、絶対追ってくるでしょ」

「うん、どうにかしてみよう。そろそろ学校だ。行ってらっしゃい」

 兎葵との約束についてだが、アイツは内容の割に落ち合う場所や時間を決めなかったりといい加減だった。つまりあの場を逃げたくてあんな事を言ったのである。俺もすっかり騙されてしまった。糸が視える例外がそれだけ衝撃的だったのだ。

 


「紗那も良いご身分だよね」



 他の生徒に紛れて校門を過ぎる直前、独り言のようにカガラさんが言った。

「メサイアのトップには愛されてる。後輩には慕われてて、特別な任務を与えられて…………ほんと、自分がどんなに恵まれてるか気付いてほしいものだよ」























 知り合いも居なくなって、新しく学友を作る気にもならない。惰性で通ってはいるものの、先輩がいなかったら不登校待ったなしだ。

「おはようございますッ、式宮君」

 クラスが変わってもこの人は人気者だ。教室で変わらず挨拶をくれるような人は先輩だけだし、その先輩は俺への挨拶以上に色々な話題で話しかけられていた。

「おはようございます。未紗那先輩。いつも待ってなくていいんですよ」

「君の為じゃありません。たまたま用事があったんです」


「そうだ! 調子に乗んなよ有珠希!」


「……馴れ馴れしく呼ぶなよ」

 まがりなりにも稔彦や結々芽は友人だったのだなと……このクラスで馴れ馴れしくされる限り実感するのだろう。結々芽はともかく稔彦はメサイアに殺された。そう言えば未紗那先輩を問い詰めるのを忘れていたか。何か得られるとも思えないが、先輩は俺と視線が合うと直ぐに逸らしてくる。


 ―――隠し事?


「未紗那先輩。昼食ご一緒してもいいですか?」

 誘われた事に驚いた先輩だったが、視線だけで周囲の反応を窺ってから手を合わせて喜んだ。

「……構いませんよ? 丁度式宮君でぴったり埋まりました。たまたま偶然一人枠が空いていて良かったですねッ」

「え、先輩もしか」

 すらりと伸びた指先が、俺の口元を塞いだ。

「連絡はまた後程。そろそろHRも始まるでしょうから、先輩は退散しちゃいます! ドタキャンはなしですよ?」

「あ、はい」

 このやりとり、早朝にやったような……。

 でも兎葵と違って後程改めて連絡する旨を伝えている。これが二人の違いだ。逃げたかっただけの兎葵、乗り気な未紗那先輩。あまりにも違う。


「あーあ。シャナセンって本当隙ねーよなー」

「彼氏いんじゃねえの?」

「ないない。居たら見せびらかすだろ。彼氏の方がな。俺だったらするわ」

「はぁ~紗那先輩と付き合えたらなぁ」

「お前も無理だろ。どんな接点があんだよ」

「言うて俺イケメンだし、ワンちゃんない?」

「ねえわ」


 ちらちらと俺の方に視線を送るだけで話を振って来ない辺り、先程の絡み方は未紗那先輩がいるとき限定なのだろう。共通の友人を介して知り合ったようなものだ。あの様子では俺の何倍もアプローチをかけて空振っていたのに、俺の誘いは一発でオーケーを貰った事が腹立たしくて仕方ない様子。自分でイケメンを自称する辺りがきついやら潔いやら分からないが、俺よりは確かにかっこいい。でも駄目だ。因果の視える力がないとあの人は距離を縮めようとしない。彼等は飽くまで学生生活の一部。演劇で言うなら背景に近い。

 どんなに役を焦がれても、背景はそれ自体で完結している。手は決して届かない。

「…………はは」

 俺も少し、毒されたか。

  ここまで性格が悪くなったとは救いようがない。善人を嫌い過ぎるあまり単純に嫌な奴となっているのかもしれない。心底吐き気がする。こいつらのせいで何かが左右される事が気に食わない。でも俺だって、先輩の前でだけ普通を演じている気がする。

 実際は自主的にマキナへ協力しているし。

 授業だってもうまともに受ける気がない。

 HRが終わるまで、躊躇いもなく机に突っ伏した。糸を視ないで済むにはこれしか方法がない。担任の先生も他のクラスメイトも俺になんか声は掛けない。だから誰にも邪魔されず、ゆっくり眠れる…………

「…………」

 眠れ……ない。

 誰だ、机の中でこゆるさんの歌を聴いている奴は。せめてイヤホンにしてくれないだろうか。顔を上げてみると、斜め前に居るやせこけた男子が元凶だ。当たり前と言えば当たり前なのだが、このクラスにも彼女のファンはいるらしい。


 ―――あのツーショットをネットに上げられたら俺ヤバイのか?


 そんな事はしないと信じたい。あの人には一ミリも興味はないが、他の善人と比べたら圧倒的に優しい人で、警戒心を抱くまでもない。しかし歌を聴いていたら心拍が上がりっぱなしで眠れなくなったので、諦めて下らないHRに付き合ってやる。

「えー。メサイア・システムが人を殺したって噂もありますが、皆さんはくれぐれもそのような嘘に騙されないように。かくいう先生も昔メサイア・システムに助けられた事があります。あれは三年前―――」

「…………」

 目を伏せて、極力糸を視ないように意識を低下させる。俺は空気だ。自分には関係のない話。本当に関係なくなってしまえばいいのに、そうはいかない。いや、こんなのはマシな方だ。この世界のまま俺が社会人になったら今以上の地獄が待ち受けている。あまりにも絶望的だ。経済活動も碌に出来なさそうな性質に巻き込まれないといけないなんて(どうせ会社を助けると思って給料なんか支払われないし全員がそれを容認する)。

 考えれば考える程メサイア・システムが理想の職場だが、未紗那先輩以外が駄目。もう少し譲ってもカガラさん、ハイドさん、未紗那先輩。この三名以外が駄目と思うと選択肢としては中々渋い。



 カサ。



 学校内での評価なんてどうでも良かったので、触覚が反応した事に驚いた。机の上に前期のテスト用紙で作った紙飛行機が転がっている。俺の席は一番後ろなので、背後から来た線はない。しかし前方に居る人間は当たり前だが前を向いている。俺と同じで眠っている人間もちらほらといるが、彼等はないだろう。わざわざ眠るのをやめてまで俺にちょっかいをかける理由がない。


『HRって怠いと思わないですか?』


 紙飛行機の中にはそんな一文が書かれていた。誰に返事を出せばよいのだろう。一方的に送りつけたかっただけなら原始的な迷惑メールだ。反応に困ったが、『怠いというか意義を感じない』と書いて、窓の外に投げた。

 こんな感じでチェーンメールにしたいのだろうから、付き合ってやった。HRよりは楽しい筈だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シャナ先輩ちっすちっす…今日も元気ですね [気になる点] あの紙飛行機…もしかして距離のやつか…? [一言] 年中ゴスロリの人…
[良い点] 思ったより浸透してるんですねメサイアシステム [一言] あまりにも便利すぎる距離の規定
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