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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅳth cause 未来死なずのサダメ

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キカイ仕掛けの母性

「………………ふむ」

 カガラさんは話を打ち切って反転。不意に姿が消えて、また元に戻る。突然この人が透明化能力を得た訳ではない。因果の糸も含めて明らかに吹っ飛んでいる。未紗那先輩も目を丸くして消えたり現れたりするカガラさんを見つめていた。

「おお。これはこれは。特殊能力者になった気分だよ」

「距離の規定……ですか。式宮君からは何か視えますか?」

「この辺りには何も。詳しく調べれば何かあるかもしれませんけど……」

「いやいやあやめておきたまえ。式宮有珠希君のメンタルは相当参ってるみたいだ。これ以上無理をさせるのはメサイアの信条にも関わる」

「貴方がそれを言わないで下さい。何が目的でここにショートカットを置いたのかは分かりませんが、丁度いい。仮面をつけて歩く意味もなく、特に誰にも絡まれず辿りつけました。ここでお別れしましょう」

 家の屋根を赤い糸が貫通している。位置からして妹は俺の部屋に居るようだ。両親はいつも通り居間か。いつもより少ないという事は両親のどちらか―――どう考えても父親の方がまだ仕事から戻っていないのか。

「先輩達は何処に?」

「ボランティアを。慈善組織ですからね」

「それとも誰かと一緒に居てほしいかい?」

「いや、大丈夫です。じゃあまた明日」 

 残念そうに眉を下げるカガラさんを尻目に身を翻す。玄関を開けて家に閉じ籠ろうとした瞬間、未紗那先輩が何かを呟いたような気がする。それを確認する術はない。因果の糸に録音機能は無いし、俺も気のせいだと思ったから。


「素直にそう言えばいいのに~」

「黙りなさい、I₋n。行きますよ」


「……うっ」

 両目に刺すような痛みが駆け抜ける。目玉を串刺しにされ、眼の裏側までじっくりと焼かれたような痛みはこゆるさんを守った時よりはマシながら、とても素面を装えるような段階ではなかった。


 ―――酷使したつもりは、ないんだけどな。


 それともストレスに反応しているのだろうか。確かに数か月前の日常と比べるとストレスを感じる瞬間が多くて敵わなかったが……だとするなら重い病気に罹っているかのようだ。この眼が安らげる場所は一か所しかない。そこに行くのは夜と決まっている以上、もう少しだけは無事で居てくれないと。

 いっそ視力が落ちて視界がぼやけてくれれば負担も減らせるのに、この眼はあまりに視えすぎる。せめて距離の方向に進化して欲しかった。何故因果を捉えなければいけない。好き好んでこんな景色を見たい奴が何処にいる。

「通りたいから、どいて」

「……悪い。すぐどく」

 那由科に煙たがられた。両眼の痛みを抑え込んで立ち上がる。嫌がらせのように肩をぶつけられたせいで体勢を崩した。そんな事よりも目が痛い。痛い。痛い。イタイ。いたい。痒い。

「行ってきまーす」

 また出血しているのかと思い洗面所へ向かうも、道中に血痕が残っていない。鏡越しに自らの双眸を覗き込むと、瞳孔を中心に目玉が赤い糸でバラバラに細断されていた。

「うおッ…………」

 瞬きを挟んだら、元に戻った。その後も変わらず、痛みも少しずつ引いていく。決して気のせいなんかではない。己の力に寿命を感じる。視力が落ちるという過程をすっ飛ばしていっそはじけ飛ぶのではないか。

「目が無くなったら……用済みだよな」

 その時は殺してもらおう。生きていても仕方がない。善人の助けを借りてまで生きていたくなんかない。それが悪い事なら悪人でも何でもいいから。

 痛みが治まったので、速やかに階段を上る。母親はテレビを見ていて俺の事など気にも留めない。過干渉をしてこないのは非常にありがたい。気配を感じる度に絡まれたら親子喧嘩は必至だ。それで妹に泣かれたら堪ったもんじゃない。

   



「兄さん…………兄さん………………はぁ」




 そんな妹は、俺のベッドで何をしているのだろう。

 後頭部を掻いても理由が分かる訳ではない。だがとんでもない現場を見たのは分かる。自分の部屋なのに入るのが気まずくなったのはこれが初めてだ。

「…………わがいもーとよ。なんじはなにをしているのですか」

「きゃあああああ! に、兄さん……! 違います違います! うう違うんです……!」

 浮気現場に鉢合わせしたかのような狼狽に俺はとっくに毒気を抜かれている。みたいなだけで浮気でも何でもないし、そもそも妹だし。俺の枕を全身で抱きかかえて何やら一人で盛り上がっていたのは気まずいが、単に俺のベッドを使っていただけで怒るような拘りもない。

「違います違います違います…………うええええええん―――!」

「え、ちょ! 泣くなよ。泣くなって! ちょっと待って!」

 手遅れだ。俺の声を受けてニワカに身体を起こしたと思うと、牧寧は泣き出してしまった。家には母親しか居ないがこの泣き声を聞いて駆け付けられるのは都合が悪い。慌てて鍵を閉めると布団の中に妹を監禁し、頭を丸め込むように抱きしめた。

「泣くなってもう……頼むから泣かないでくれ。何してたかなんて聞かないから……!」

「うううううう………ぐすッ…………ふうぅぅぅぅ。兄さんのばかぁ……ばかぁ……」

「何で俺が怒られてんだこれ……たまたま帰って来ただけなんだけどな」

「連絡くらい……してください。もう私、お嫁にいけないです……!」

「目撃者俺だけなんだけどな……秘密にするよ。別に俺は何も見てないから。見てない見てない。大丈夫だよ」

 慰めていて、突然思い出した。髪は女の命というが、そんな牧寧は俺に髪を撫でられるのが好きだったっけ。後ろ髪を梳くように撫でていると、段々と妹は落ち着きを取り戻していった。十五分も付き合えばいつもの妹に元通り。

「…………ごめんなさい」

「謝らなくてもいい。俺も変な慰め方になった。昔の記憶が急に蘇ったというか、良く分かんないけど」

 泣き出された直後に刺激するのは控えた方が良さそうだ。超至近距離で密着した妹の身体からは異常に早い心拍が検出されている。普通とは違う慰め方をしたからだろう。でも昔の記憶によると俺はこれでいつも慰めていた。糸が視えても昔は仲良し兄妹だったようだ。

「……兄さん、今日はお暇ですか?」

「暇じゃない。行く所がある」

「……あの、兄さんが何処へ行っているのかを聞くつもりはないんですけど。私も連れて行って」


「駄目だ」


 牧寧の身体から腕を離し、ベッドから降りる。布団に包まれた妹はミノムシの様にジッとしながら訝しげな表情を浮かべていた。

 そんな顔をされても困る。アイツはニンゲンに対して感心を持たない。確かに聞き分けは良いが、二人だけの取引にわざわざ部外者を連れて行って機嫌を損ねようものならどうなるやら。これは普通の人間にも同じ事が言えた筈だが、絶対にやらないという確信を持てないならそもそも出来ない状況にするしかない。

「どうしてですか?」

「危険だから以上の理由は無い。分かってくれ……その内終わるから」


 終わってしまうから。


「……そうですか。なら今日も、待ってますね? 特別引き留める意味はありませんが、出来る限り早く帰ってきて欲しいです」

「後……」

「まだあるのか?」

 妹が机を指さして、頬を膨らませた。




「手紙が、来てますよ。返信しないのは、失礼なんじゃないんですか?」 


  
























 結局夜までやる事がないので、妹とテレビゲームをして遊んだ。長時間のゲームは体力を著しく消耗する。今度こそ合法的に妹を俺のベッドで寝かせると、外の人影を確認してから真夜中のコンクリートに足をつけた。

 因果の糸はこういう時にまず誰かを見逃さないので便利だ。すぐそこに距離の規定の影響が及んでいるのでそれは気を付ける。やはり物理的な距離だけはどうしようもない。テレビゲームは実写でもない限り糸が存在しないので、どちらかと言えば好きな方だ。ゲームをしていて妙な話だが目を休めた。お蔭で今は目を酷使しても大丈夫……だと思う。


 ―――この時だけは尾行されたくないからな。


 随分前から分かり切った話。キカイに心を許すのは人間として間違っている。アイツの暴走ぶりを見れば誰だってそう思うだろう。それが正しくないという事なら―――正しくなくても良い。糸が視えないだけでも俺は心を許せてしまう。そんな唯一無二を拒絶出来る道理はない。

 言うだけタダなのだ。結局、糸が視えないから好き放題一般論を語れる。

 マキナの住むマンションに辿り着いた。ドアをノックするも反応は無い。鍵は開いているようなので、少し申し訳なさを覚えつつも扉を開ける。

「よう。約束通りちゃんと来たぞ」



「うん、知ってるッ」



「うおおおおおおお!?」

 マキナが天井に身体を張り付けて待っていた。普段人間と関わっていて相手が天井に張り付いているケースがないので視えているのに死角だった。鍵を閉めたせいで扉が壁になり後頭部が激突する。重力に引っ張られるマキナの胸は控えめに見ても未紗那先輩の二回りは大きかった。こいつに下着の概念は無いので盛るとかそういう事はない。じゃなきゃ服の先端が尖る訳。

「……て、天井に張り付くな!」

「退屈だったのよ。一日ってどうしてこんなに長いのかしら。数時間……ううん。ずっと夜だったらいつまでも有珠希と一緒に居られるのに」

「ずっと夜でも俺の生活リズムは変わらないんだが?」

 音もなく天井からマキナが剥がれる。軽く首をゴリゴリと鳴らしてから何事もなかったようにキカイはすくりと立ち上がった。

「約束を守ってくれてありがとうね。早速部品探し……って言いたいんだけど、その前にベッドの方に来てくれる?」

「―――忘れないで欲しいんだが、遊びに来た訳じゃないぞ? 雑談したいって事だったら帰るからな?」

「何よ、貴方が来るまでちゃんと大人しくしてたのよ? これくらいは言う事を聞いてくれなきゃ釣り合わないわッ」

 

 頬を膨らませて怒りを露わにするマキナ。どんなに怒られたとしてもこの瞬間は糸が一切視えない一般人になれるので、全くもってストレスがない。その表情を可愛いと思う余裕さえある。こいつと俺との力量は明白で、強引に連れ込まれたらまず抵抗出来ないのを知っている癖に、優しく俺の手首を引っ張ってきたのがトドメになった。

「……分かったよ。ここで言う事聞いとかないと、お前に自由に外で暴れ回られるかもしれないしな。その代わり部品探しの間に俺もお前に聞きたい事が出来たからそっちも相手してくれよ」

「ええ、いいわよ。じゃあ有珠希はそこに座ってくれる?」

「俺はお前と違って何も知らないから、聞きたい事とか―――」

 あらかじめ予防線を張ろうという試みは失敗に終わった。マキナは隣に座って、側面から美貌の暴力で俺の理性を崩しにかかってくる。









「ニンゲンの雌って、どうやって雄にマーキングしてるの?」 

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