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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅲrd cause 飽和したカイラク

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ヒメたる想い

三章

 ごうごう。


 ごうごう。


 何度見たか、数えきれない程の美しい夢。主に記憶の整理を行うだけの場所。この日この時この場所に、確実に座っていた女性と一緒に。

「―――また会いましたね、スーおねえさん」 

 分かっている。何度でも理解してしまう。あの日出会った女性の美しさをどうやっても再現出来ない。この眼に映るスーおねえさんがどれだけ精緻な美しさを持っていても、片時もあの日の体験を忘れた事がなかったとしても。二度はない。過去は過去。二度とあの美しさに触れる事は出来ない。

「…………変な事、やっぱり巻き込まれて。でも解決しました」

 あれから二週間とか三週間とか。目覚める所まで考慮するなら今日はハロウィン。その間、気遣いからかマキナとも未紗那先輩とも顔を合わせなかった。『傷病の規定』による影響は取り除かれた。一先ず俺の家族は全員無事だ。

 後で知った話だが、八太郎君然り被害者と同じような手口で服従を余儀なくされていたらしい。牧寧だけはその被害を免れていた(ベッドの下に隠れてやり過ごしたようだ)らしく、それなら助ける意味は無かったかなとも思った。それは流石に悪辣で、善人は存在そのものが罪という訳ではない。単純に俺が嫌いなだけだ。

「まあ、会わせる顔が無いんだけど」

 特に未紗那先輩。マキナにどんな意図があるにしても、俺は協力をした。それはかねてからの約束に基づいた行動であり後悔はない。ただ、それは俺を守りたいらしい先輩にとって不都合な取り決めだ。後で話があると言っていたし、次に会ったらどんな風に接すればいいのやら。気まずいというだけで未紗那先輩と過ごす時間自体はそう嫌いではないのだが。

「マキナも、何だかなあ。心配っていうか怖い」

 天真爛漫なあのキカイが訳もなく顔を見せないとは考えにくい。部品を探すなら俺を呼ぶだろうし、そうでないなら好きにしてくれと言った感じだが―――前みたいに、電源の落ちたようなプライベートを送っていると思うと居ても経っても居られなくある。キカイがどうとかそういう事情を抜きに、やっぱり俺はアイツの笑顔が好きだ。

 具体的にどこが、とかではなくて。色々な方法を駆使して見たくなる。変に弄られたり弱みとされるのも嫌なので口には出さないが、今度つまらなそうな顔をしていたら衝動を抑えられる気がしない。何かする。


 ここまで色々考えておいて、両者の家には行かなかったのがミソだ。


「スーおねえさん。一人ぼっちって寂しいのかな」

 在りし日の憧れは、何も答えない。ただ見守るような笑顔で、こちらを見つめていた。

「………なんか、自分でも危うさを感じてるんだ。長い付き合いだし流石に分かるんだよ。糸を視る力が……肥大化してるって」

 白い糸なんて今までは見えなかった。マキナと出会ってからみえる様になった。文字通りそこには因果関係がある筈だ。十数年あまり赤い糸しか見えなかったのに、一月も立たない内に成長する理屈なんてそうとしか考えられない。

「……ムカついてた原因。自分でも分かってるんだ。一神通はアイツの力を我が物顔で使って好き放題してた。それがアイツを悪人にしてるみたいで腹が立ったんだ。未紗那先輩はああ言ったけど、俺はやっぱり嫌いになれない。ちゃんと約束は守ろうとしてるし、俺との取引で色々サービスもしてくれてる。だから、俺の中では本当の意味で善人にしたいのに、ああやって好き放題されるのは気に入らない。殺したくなるくらいムカついた」

「―――アイツの役に立つんだとしたら、この視界もそう悪いもんじゃないって思う自分が居る。変な話でしょ? あんなに嫌ってたのに。本当に危ないのはこっちだ。このまま肥大化していけば、俺の視界はどうなるんだろうって不安もある」

 月どころではなく、あらゆる景色が映らなくなるかもしれない。糸の海に呑まれ、その景色に溺れながら暮らす事になるのかもしれない。



「………………そうはならないと思うけどな」



「……気休めでも、有難う。もう行くよ。またね、おねえさん」


 
























「………………はあ。自分のベッドに帰ってきちまったか」

 二週間前の余韻が今もこの身体を蝕んでいる。未紗那先輩のベッドはふかふかだった。何だ俺の寝台は。身体を預ける役割を持った家具として舐め腐っているのか。

「…………ん?」


 起き上がったつもりだが、俺の右手を抱きしめて離さない人物がいた。可愛い方の妹こと牧寧。驚く事じゃない。そもそも招き入れたのは俺だ。というのも―――この状況を一から説明するのはかなり骨が折れるが。

 

 一人だけそもそも隠れてやり過ごしていたケース自体、想定するのは無理がある。家に帰ったかと思うと事実上の家出をしていた俺に何やらモノ申したい家族を遮って、彼女は抱き着いてきたのだ。泣き虫で弱虫、一方で冷静沈着らしい余所行き、どのイメージともそぐわない(何せ無言だ)行動に俺は頭が溶けそうだった。まだ操られているのかと勘繰った程だ。要は人質から『従って』と言わせる事で間接的に服従を強いたのではと。

 それは全くの杞憂であり、妹はただ俺の無事を喜んでいただけだった。それと自分の警告に従ってくれた事にも感激しており、俺が部屋に戻らなければ何故か赤飯を炊かれる所だった。おめでたいというより大袈裟だ。

 それから夜になって、また妹が尋ねてきた。最初は単に俺も眠かったので無視していたが、一時間も扉の前に張り付かれて根負けした。確かにそういう約束はした記憶もあるが、まさか両親と可愛くない方の妹を説得しているとは。入念というか何というか。

「いや、ほんと。自分のベッドで寝た方が気持ちいいだろうにな」

 ピンク色のチェックパジャマを着た妹は、全身で俺の右腕を握って離さない。枕も自分の部屋から持ってきた物だ。枕が変わると眠れないらしい。

 じゃあ自分のベッドで寝ろ。

「お前が冷静で穏やかな方とか今でも信じられん。寝言は寝て言えって感じだな」

 妹から伸びる赤い糸に触ってみる。白い糸が隠れているという事はない。今度こそ大丈夫だ。新しく糸が増えているという事も。


 ――――――無いよな。


 念の為に周囲を確認してみる。鏡に映る己の姿にも糸はない。当然妹にも。赤い糸と白い糸。白いのは睡眠という行動中だからだろうか。つまり起こす時はこの糸を切れば起きるのか……いや、そんなひどい真似はしないが。

「…………」

 この部屋が殺風景だから視えないという可能性はある。映像越しにも糸が視えるのは確認済みだ。携帯を使って適当な動画を開いてみる。まだ『傷病の規定』から逃れた人が戻ってきて病院が再開したニュースをやっているようだ。善人ばかりだと放送局もネタがなくて厳しいらしい。ゴシップだとか不祥事だとか、存在の是非はさておき、その気になれば免罪符でもみ消す事も出来る。メディアにとってはまあつまらない。

「…………………」

 不愉快になってきたので、動画を閉じた。幸か不幸か、アイツに会いに行く口実が生まれてしまったようだ。嬉しいやら悲しいやら。多分それ自体は嬉しいが、それ以外が全て悲しい。恐らく、酷使しなければ視える事は無いと思うが―――ああ、そう。俺が悪い。悪化している筈だと信じて目を酷使したのがいけなかった。



 今度の因果は青い糸。


 

 これの何処が分かりやすい形なのか。

 妹が起きるまでじっとしているつもりだったが、携帯カバーに挟まれたメモ書きを発見。筆跡から誰かは分からないが、持ち主の俺に気付かれずこんな仕込みを出来るような存在は一例くらいしか思い当たらない。


『有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希有珠希』


「…………は?」

 書き置きか何かと思えば、字の練習をしているようだ。小学校でやった記憶がある。枠内からはみ出さないように漢字を繰り返し書くのだ。気になるのは練習するような字の汚さでもないし、漢字に間違いもないという事。

「…………軽くホラーだぞ。朝に気付いて良かったかもな」

 持ち主の下に返してやらないといけないようだ。




 放課後はマキナの家に寄ってみよう。運が良ければおやつが貰えるかもしれない。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] かつて完璧だったスーさんって、もしかして・・・?
[一言] 妹が嬉しそうで私も嬉しいです。
[良い点] 無事だったのか… [気になる点] 有珠希もなんだかんだヤンまではいかなくても素質あるのでは…? [一言] 餌付けされてる?
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