楠絵マキナは救いたい
章終了です。
クデキが残してくれた最後の秘策。体内の部品を弄る事が出来ないなら物理的に起動させるまでだ。これを使った代償がどんなに重かろうと構わない。目の前の相手を倒す為なら、死んだっていい。せめてこの命に代えてでも、俺はマキナの部品を取り戻すのだ。
「成程。それが残っていたね。だがどうする。それを使われては僕も加減が出来ない。回収した規定を遠慮なく使わせてもらうのだが……」
「勝手にしろ。俺は、お前を殺す為にお前とは戦わない」
「何?」
戦うなんて馬鹿だ。どんな力を使うかも分からない相手に人間の身体は脆すぎる。俺がこの力を起動させたのは、赤い糸が視えていた時から抱いていた違和感。
何故糸が檻のようになっていたのか。
単純に、それだけの存在がこの世界に満ちているというだけなのかもしれない。問題は白い糸と青い糸の方。あれらも場合は違えど基本的には上へと伸びている。それは何処へ向かっていた?
当たり前のように背中を向けて、人々から伸びる白い糸の終着点へと走り出す。時間がない。オレノカラダハオトヲタテテホウカイシテイル。
「観測のし甲斐がありそうだ。どれ、ついて行かせてもらおうか」
「勝手にしろ!」
初恋は、実らぬモノ。二度目、三度目とあって、だから初恋という概念が悲しくなる。ならば俺の初恋は、実らないのか? それは違うだろう。初めても、二度目も、三度目も、俺はマキナに惚れている。惚れ直している。顔を合わせる度、声を聞く度、身体に触れる度、鮮烈無垢な女の子の事ばかり考えている。
そこには誰の協力も要らない。取引なんてまっぴらごめんだ。こんなヒトデナシを好きになってくれたアイツの為にも、俺は身体の死を厭わない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
最後の『速度』の規定を発動する。靴に馴染んだ加速の感触は限界を超え、はるか上空―――白と青の糸が紡ぐ光の糸目掛けて、飛び込んだ。着地は考えていない。元よりこの身は死を選んだ。たった一撃。戦わずにむくろを殺す為に、全身全霊を注ぎ込む。
脳裏に響く声は、まるで焦りを感じさせない。
「―――意思の終着点。運命と呼ばれる概念を捕捉しましたか。確かにそれを切れば僕を殺せるだろう。だが君は分かっていない。それらの概念を大いなる自分は観測している。それを切ってしまえば、どんな事が起きるか分からない。それこそ人類が滅ぶだけに終わるかもしれないぞ」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 俺はアイツの物になったんだ! アイツを傍で守るって決めたんだ! アイツがありのままで、俺が俺のままで触れ合えないなら―――こんな世界、滅んでしまえ!」
「―――それは容認出来ないな!」
宙を飛ぶ俺の眼の前に、むくろが現れた。掌を黒く染めて、俺の顔へ押し付けた。
「観測の邪魔をする奴は許さない。本当に残念だが、人類の敵となった君は排除するしかないようだ!」
「どけええええええええええええあああああああああああああ!」
感性を失うには十分すぎる膂力。首が溶けていく。胴とそれ以外が剥離して、細胞一つ一つが弾ける。
ズドンッ!
地上から放たれた銃弾が、むくろの頭部を爆散。誰の物かなんて、振り返る暇はない。ただ俺はこの土壇場で味方をしてくれた狙撃手に感謝を送るのみ。
「うアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
身体が、光に呑まれていく―――。
「ねえ、駄目じゃない。こんな事したら」
こえが キコエル。
「勝てないの分かってたんでしょ。分かってたくせに。諦めるべきだったのに」
それはデキナイ。彼女の部品を取り返す為に手段はエラベナカッタ。
「……私の部品。ねえ有珠希、こうは思わない? 記憶も何もかも消して無かった事にすれば、私も貴方もこんな事にはならなかったんじゃないかって」
それは、アリエナイ。
無かったことニナンテシタクナイ。
記憶をケシタクモナイ。
起きた事はオキタコト。存在証明は残り続ける。オレタチはタシカニ出会って、コイシテ、アイシアッタ。今更元のセイカツがカエッテキタ所で、ヘイオンと呼ぶにはタイクツスギル。
「―――そんなに私が欲しいの?」
ホシイ。ホシイ。ホシイ。
たとえセカイがお前をヒツヨウとシナクテモ。オレはショウガイお前欲す。オマエニだけは強欲にナレル。
「そんなに私が愛しいの?」
これが初めての恋だと言うなら、最後の恋でもカマワナイ。
たとえその寿命がエイエンダトシテモ、セツナをタイセツニ、永久にセキニンを取ってアイシツヅケル。
「あなたはわたしになにをしてほしいの」
目の前には、マキナであってマキナではない『女性の姿を象った何か』が立っている。瞳に写されるように、俺の身体も生まれていた。
真っ白い世界に、俺は問いを残された。その答えはとうの昔に決まっている。悩む事なんてない。
「俺はただ、お前が好きなんだ。その顔を傍で見ていたい。だから楠絵マキナさん。どうか俺の―――恋人になってください。永遠でも構わない、俺が絶対に、幸せにします」
『女性』は俺の手を取って、一度だけ瞬きをする。
「そのちかいをみとめます。そのちかいをうけいれます。そのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいをそのちかいを――――――――――――よろこんで、うけいれます」
彼女は太陽のような笑みを浮かべて―――月の瞳から瞬く星のような涙を零した。
「私ってば、すっかりお嫁さんね…………うふふふふふ♡ 貴方を助けると思って全部救ってあげる! だから少しだけ―――待っててね!」
意識が白に溶かされていく――――――遠く、遠い。あの日、あの時、あの場所へ。いつまでも、いつまでも、いつまでも。
次回最終話です。




