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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
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理外の宣誓

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 夜が一生明けなければ、ずっとこの温もりを感じられる。だがどうしても、夜は明けないとならない。既に全貌は判明した。後は有珠の残した因縁を生産するだけなのだ。たったそれだけの行為をいつまでも引き延ばすなんていけない。早い所終わらせる。終わらせないと、マキナとの日常を安心して過ごせない。

「ねえ有珠希。起きて? 起きてる?」

「…………何だよ。せっかく、眠れてたのに」

 どんなふかふかの枕よりも柔らかくて、暖かくて、存在しない懐かしい記憶が蘇るようだ。彼女の谷間はさながら地母神の胎内。無条件に生物の本能を抑圧し、静まらせる。寝起きという所も含めて、昨日ぐちゃぐちゃになった精神は何とか平静を取り戻している。

「ごめんなさい。昨日、言い忘れた事があったの。だから今のうちに伝えておこうと思って」

「…………?」

 顔を上げると、交代の時間だと言わんばかりにマキナが俺の胸に顔を埋めた。まばゆい金髪と朧月夜の瞳に胸がドキドキする。彼女にもそれが聞こえているだろう。嬉しそうに身を捩って、足も密着させてきた。

「帰ってきたらって言ったでしょ。怖くて伝えらなかったけど…………わ、私ね? …………」

 何を言い出すつもりか知らないが、ここで言い淀むのはなしだろう。衣服の構造上むき出しになった背中に手を回して、優しく撫でる。マキナが小さく吐息を漏らして、気持ちよさそうに目を瞑った。

「ん……ふぅ。フワフワする」

「―――怖くなくなるまで、やってやるよ」

 時計の音さえ聞こえない。仮に環境音があるとすれば、それは諒子の寝息だけだ。この部屋にいる間だけは何も気にしなくていい。糸なんて物は……もう気にならない。今の俺には、マキナにしか目がいかない。

「ねえ、有珠希。私ってニンゲンじゃないでしょ。だからずっと、悩んでたの。貴方は私を好きだって言うけど、でも……こんな事言ったら、嫌われるんじゃないかなって」

「………………そんな事か」

「そんな事って! せっかく悩んでるのに……」

「大丈夫だよ、マキナ。俺は一度お前に食べられてるんだ。嫌いになるような奴はそんな事しないし、嫌いになったならその時点で嫌いになる。まだ俺はお前が好きだ。何を言われても……嫌いにならないよ」




「………………貴方が欲しいの、有珠希」




 マキナは表情を隠すように俯いて、ぽつぽつと己の思いを語る。

「貴方を、ニンゲンの所に返したくない。私、駄目なの。有珠希が居ないと頭がどうにかなりそう。身体が壊れちゃいそう。だからずっと一緒に、私の傍にいて欲しいの」

「……私の物扱いされた覚えが結構あるんだけど、それと何が違うんだ?」

「許可、貰ってないわ」

 そんな物、わざわざあげるまでもないと思うのだが。彼女は妙な所で繊細だ。支配的なのだか献身的なのだかはっきりしない。

「私の物になったらね、死なせないわ。寿命なんて邪魔。誰にも何にも渡さない。ねえ、どう? それでも貴方は、私の物になってくれる? 何があっても離さないわ。後で何か言ってきても、取り消してあげないんだから」

「………………2度と取り消せない約束、結構だ。いいよ、じゃあ許可を出す。そこまで言うなら、お前の物になってやるよ」

「…………………本気ね?」

「本気も本気だ。軽々しくそんな事は言わない。だってしょうがないだろ。好きになった女の子がかなり我儘だったってだけの話だ。それで嫌いになる訳がない」

 触れるのを避けていた髪に手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。どんなに強くても、どんなに理不尽でも、どんなに出鱈目でも、今はただの、オンナノコ。せめて最初にそう思ってしまったなら、これからもそういう認識をしてやらないと。

 

 だって、そんなマキナを好きになったんだから。


「……ウフフ。ウフフフフフフフフフ! 今日は、何て素敵な日なのかしら。有珠希が私の物になってくれたの、凄く嬉しいッ。だから全部あげる! あげちゃうわッ! 知ってるのよ、貴方が私の体に凄く興味があるの」

「…………今は、控えような。その……色々心の準備とかあるし」

「ニンゲンの愛し方の事かしら。ええ、それもいいわね。でもこういうのもあるって、知ってるの。ねえ、指を貸してくれる?」

 彼女の事だ。また切り落とすのかと思ったが、単に触られただけだった。薬指を見ると、見た事もないような文字が指の周りに沿って刻まれている。恐らくどんな辞書を引いてもこの言語は理解不能だろうが、彼女がやろうとしている事は何となく理解出来る。

「ニンゲンって、こうやって契約するんでしょ? これは≪ワタシ≫からの契約書。貴方からも、何か証が欲しいわ。出来れば消えない方がいいんだけど」

「無茶言うなよ。人間にそんな事は出来ない。だからそうだな―――小指を出せ。指切りでもしよう」

 布団の中でもぞもぞと動く小指を捕まえ、強引に絡み合わせる。口上は何でもいいと思うが、せっかく正直に告白してくれたので、俺も素直になるべきだろう。最後にやるべき事がはっきりしているからこそ、心残りは解消しておいた方がいい。

「ゆーびきーりげーんまーん―――嘘は吐かない。お前が好きだマキナ。大好きだ。俺も―――お前から離れたくない」

「―――! ≪有珠希≫ッ!」


 


 諒子が起きるまでの短い時間。二人は互いの存在を噛みしめるように、マキナに至ってはわざわざ服の中に手を滑り込ませて抱きながら、深い口づけを交わし合った。


























「式君。どうだ? 上手く出来たと思うんだが……」

「ああ、凄く美味しい。見た目的にもこの焼き具合は結構好きだな」

「…………ふふ。そ、そうか。式君は……こういうの、好きか」

 兎葵が帰ってこないので、今朝は三人の朝食となる。諒子は知らないが彼女が起きるまでそれはそれは濃密な時間があって、お陰でマキナのテンションはいつになく高い。パクパクと綺麗にご飯を食べてはお代わりを繰り返している。

「……マキナさんは、太らないの、か?」

「人間と違ってそもそも食事の必要が無いんだからあり得ないと思うぞ」

「その通りよ。身体の作りが違うって奴ね。今は有珠希のパーツがあるから多少食べないとしんどいけど、それで身体に変化が起こる事はないわね」

「…………」

 諒子が羨ましそうな目線でマキナを見ているのは俺の気のせいだろうか。こんな話題が出たからと言って彼女が太っている訳ではない。どちらかというとちょっと痩せているくらいで、病弱に見えるのはおどおどした気質もそうだが頭や二の腕、太腿や手首と言った場所に包帯を巻いているからだろう(薬を除けば自分の輪郭を捉える為の措置らしいので仕方ないのだが)。

「朝食を食べたらいよいよだ。相手は『認識』の規定持ちだ。気を引き締めないとな」

「大丈夫。相手が同位体じゃないなら私もついていくわ。ちゃちゃっと回収して、それで取引はお終い! 約束通り、視界を治してあげるわね?」

 昨夜が土砂降りの雨だった反動か、今朝はいつにない晴天だ。窓から差し込む光は心なしか気分を高揚させてくれる。最後の一仕事は、あまりにも前向きな出発となりそうだ。なんとなしに諒子の方を見ると、彼女だけが不安な表情を浮かべていた。



「…………なあ。何か、外おかしくないか、な」



「え?」

「へ?」

 もう一度外を見遣る。不思議な事はない筈だ。雲一つない天気が珍しいかと言われたらそういう訳でも……曇りに比べたら珍しいが、果たしてそれは希少なのか。空はいつだって平等だ。世界がどんなに混乱していても、綺麗な時は綺麗なままで―――。

「………………有珠希、駄目」

 マキナに額を小突かれた瞬間、俺は己の間違いに気が付いた。



 糸が、視えない。

 厳密には、空を覆う熾天の檻はそのままだ。この糸はクデキにさえどうにか出来る代物ではなかったので当然だ。視えない糸は人間に繋がっている方。普段の視界ならば、朝出歩いている人間から檻に向けて赤い糸と白い糸と青い糸が伸びているのに、それがない。窓に近づいて外に対する視野を広げても、白も青も視えない。

「…………何だ、これ」

「『認識』の基準が上がってるわね。あっちもやる気みたい」

 この部屋が影響を受けていないのはマキナが守っているからだろう。やる気とは言うが、わざわざここに攻めてこないのは何故か。それは『認識』の所有者がこの場所を知らないからだ。

「クデキが死んだから……気づかれたか?」

「その可能性は高いわね…………多分だけど、外に出た瞬間に居場所を掴まれるわ。どうする? 早速私の出番?」

「―――そうだな。頼む」

「し、式君。今回も……話し合いで解決出来たら、するのか?」

 諒子の危惧はもっともだ。どちらの選択肢に対しても非難するつもりはなく、単に気になったのだろう。かつて俺はこゆるさんに対して話し合いの姿勢を持とうとして、色々と失敗した。積極的に殺す理由が無かったから、出来れば穏便に済ませたかった。だが殺すしかなくなってしまった。殺されるくらいなら殺す。そうでないと、俺はマキナの傍に居られなかった。

 だが今回は別だ。相手がたとえ小さな子供でも―――妹と大差ない年齢でも、やった事の重大さは幻影事件に引けを取らない。それだけでも殺す理由は十分だろうに、これを敢えて不十分とみなすなら。




「……有珠オレは一度殺されてるからな。殺し返さなきゃ、義理を果たせないだろ」




 それが有珠希を作り出してくれたキカイに対する最大の恩返し。アイツも決着を望んでいる筈だ。でなければ負けを認めたりしない。




 だから俺が。この手で。









 












 式宮牧寧を、殺してやらないといけないんだ。たった一人の、兄貴として。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます とうとう全部終わりか……
[一言] 最後の文を読むと悲しくて涙が。最初はこんなことになるなんて思いもしませんでした。居心地の悪い家庭の中で、唯一好意的に接することができる拠り所のようなものと思っていたので。 やはり有珠希がマ…
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