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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅷth cause ミライ争奪戦

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ヒトを知れ

 しかし何をどういう考えに行きつけば教会を再利用しようと思うのだろう。案内してくれた少年―――盃木丹李さかずきあかりによると『たまたま使える場所がここしかなかった』らしい。そんな訳がないとは思うのだが、善意が蔓延る前の話らしいので仕方ない側面もあるのかもしれない。普通、新しい建物を建てるには相応の準備が必要だ。詳しくはないが、最低限土地とか届け出は必要だろうし、その時点で面倒だと俺は思ってしまう。

「早い話が学校だよね。人間達の学校。カリキュラムは結構違うけど、概ねそういう認識が正しいかな」

 教会の残り物であろう長椅子に大勢の人間が座っている。年齢や性別に共通点はない。てんでバラバラ、糸にも違いはない。だがそれだけがあまりにもおかしい。世の中にはジェネレーションという物があって、それによって思想や行動方針、興味の有無などが変わる。それらは年代で画一的に変わる物ではないが、影響を与えているのは間違いない。

 年代が最も人間に変化を与えるのはコミュニティの変化だ。五〇代小学生など存在しないように、年齢によって人は所属するコミュニティを変えるないしは、増やす。ここが学校だと言うなら年齢にはある程度の統一性がないといけないのだが、それがない。そして今まで挙げたおかしな部分は後述する部分に比べればあまりにも些事であった。

「…………なんか、幼くないか?」

「大人なのに、何か無邪気だよね」

「お前も気付いたか。ひねくれ中学生」

「うるさいです。有珠さんから何か分かりますか?」

「…………」

 俺達の事情を知らない丹李が居るのでわざわざいい返したりはしないが、赤い糸から読み取れる情報が少なすぎる。何故こうなっているかは俺にも分からない。それ以外は至って普通、外で見るような人間と変わらないだけにかえって違和感を覚えてしまう。教会の構造上彼等の目に晒されているが、そのどれもが澄んでいて悪意が無い。余所者を排斥しようだとか警戒心だとか、真っ当に育っても育たなくても年月が培わせてくれる当然の反応が存在しない。

 ひたすら、不気味だった。

「ごめんよー。授業が出来る場所ここしかなくてさ。奥の方に応接間とか職員室を作らなくちゃいけなくなった。本当は裏口から案内すればいいんだろうけど、それはそれで後ろめたい事をしてる感じがしてね」

「いや、大丈夫です。……えっと、アルバイトです、か?」

「良く言われるんだけど、これでも僕は成人してるんだ。だからアルバイトではなく正社員……社員って言い方は趣が出ないな。他に言い方が思いつかないや」

「は? え、じゃあその制服は?」

「コスプレだよコスプレ。僕は男装が趣味なんだ。あんまり気にしないでよ。趣味は趣味だからさ」

「…………」

 女性だった。

 あまりにも男装が似合い過ぎて気が付かなかった。流石にここまで徹底的に装われると気付けない。糸から読み取ろうにも何故か表裏が存在しているせいで読み方がいまいちよく分からないので、実質的に無力化されている。この人はこの人で、不気味だ。人間教会は不気味な奴しか居ない。そう言えば橋本という男も糸の数が他の人間に比べて異常に多かった。何者なのだろう。

「はーい応接間に二名様ごあんなーい。橋本を連れてくるからちょっと待っててくださいねー」

 通された部屋は応接間という名前の殺風景な部屋だ。ふかふかのソファが机越しに向かい合って置かれていおり、壁に沿って並べられた本棚には真っ白い装丁の本が詰められている。ただそれだけの部屋だ。あまり人は訪問していないのかソファのふかふかはちっとも減少していない。心なしか兎葵は喜んでいた。

「……何で最初からお茶が置かれてるんだ?」

「私達が来るのが分かってたとか?」

「そりゃないだろ。気が向いたから来たっていうのは半分本当だからな。行こうと思えばもっと早く行けたし」

「ですよね」

 応接間の窓から外を眺めると、余った敷地の中でサッカーをして遊んでいる子供たちの姿がある。中でも目を引くのはウェーブのかかった髪をハイポジションに縛った女性だ。一人だけ動きが軽快かつ俊敏で、倍速再生みたいな動きをしている。どうも数的不利を背負った上でゲームをしているらしく、男女混合のチームはその人を相手に苦戦を強いられているようだった。




「お待たせしました」




 外の試合を観戦している内に声が掛かる。応接間にやってきた男の顔を見て、初めて俺は顔を思い出した。

「橋本さん」

「気が向いたようで何よりだ……堅苦しいのは好きですか?」

「いや、別にいいです。俺もこいつも人を敬うのも敬われるのも苦手なんで」

「はぁ~? 兄だけなんですけどー?」

「ほら敬ってない。なんで、橋本さんも大丈夫ですよ」

「その割には敬語、と。まあいいか。その方がこっちも気楽だし―――そっちの子とは初対面か。だから、ああ。一応自己紹介しておこう。橋本匠はしもとたくみだ」

「羽儀兎葵です。こっちは式宮有珠希」

「宜しくお願いします」

 やはり糸の量が尋常ではない。兎葵も俺を通してそれを視ているから警戒心が高まっており、ソファに座っているのにリラックス出来ていない。温和そうな見た目に反してこの眼は確実に彼が『異物』であると認識している。その一方で橋本さんは俺達に対して警戒などしていなさそうだ。わざわざ目を閉じてお茶を楽しむくらいには意識が緩んでいる。端正な顔立ちに似合わぬ気の抜け具合だ。

「…………気が向いたから来たと言ってたな。俺には君がそんな性質には見えない。用件は何だ?」

「……何処から話したもんか分からないんですけど、祭羽むくろって知ってますか?」

「―――ああ、知ってる。そいつに何を言われたんだ?」

「人間教会に居る男を尋ねれば色々な情報を知ってるって。だからその……聞きに来ました。あ、もしかして橋本さんじゃないんですか? 男としか言われてないんで早合点しちゃいました?」

「いや、俺で合ってる。男手は基本的に俺しか居ないんだ。しかし、そうか。色々知ってるなんて抽象的に教えられたもんだな。本来なら具体的にどの辺りの情報を教えて欲しいのかを聞く所だが、今回はいい。事情は察したよ」

「え?」



「……幻影事件について聞きたいんだろ」



 兎葵がソファの生地を掴んだ。肩肘が張りすぎて苦しそうだ。上から手を重ねて優しく撫でると、段々と力が解れていく。

「…………私から、したいんですけど質問。何処まで知ってるんですか?」

「何もかも」

「真面目に答えてください!」

「ああ、冗談だよ。緊張を和らげようと思ったんだ。ではまず、幻影事件の概要を語ろうか。情報に食い違いがあっては話にならない」

「概要はもう知ってます。全人類が集団幻覚を見て同士討ちをした事件でしょ。未だに信じ難いんですけどね……集団幻覚って」

「被害が全世界ってのがね。でも有珠さんと私が引き離されたのはこれが原因で、私も死にかけました。全部事実です。全部全部全部全部全部!」

「……まあ、その。こんな感じで被害者もいるんで。概要は大丈夫です」

 体験していない、なんて到底信じられないだろうから言わないでおく。幻影事件の話が出ると兎葵の気性はいつにも増して荒くなる。橋本さんも俺も何も言っていないのに、何をそこまでムキになるのか。橋本さんはむしろ呆れている。

「…………やっぱり概要を語ろう。根本から間違っているみたいだ」


「「え?」」


 呆れている方向性が違った。俺達は顔を見合わせて、首を傾げる。

「……違う?」

「カバーストーリーだ。事実として起きた騒動を現実的に捉えたらそうなったんだろう。実際起きてしまったものを非現実的なんて言い出したら一体何が現実なのか。『多数が信じやすい理屈』か? ……先に言っておく。幻影事件はこの上なく非現実だ。信じるかどうかは勝手にするといい。聞かれたから話すだけだ。証拠も用意する気は無い」

「証拠……あるんですか?」

「集団幻覚を引き起こした証拠ってのもないだろ。それは信じる一方で、俺が今から話す真相って奴には証拠を求めるなんて不公平じゃないか。だから用意はしない。その上で話すぞ」

 非現実。

 俺の視界は非現実だ。殆どの人間は信じてくれない。最初に信じてくれたのは非現実の塊のような天香国色のキカイ。楠絵マキナと呼ばれる理外全能の超越者。その出会いから触れ合いに至るまでの全てが、およそ現実的ではない。その力も、身体の感触も、俺に見せてくれる微笑みも、夢だったと言われればそれまでの美しい記憶。

 幻影事件は信じ難いが、マキナの様な奴が居るならあるのかもしれない。だからどんなに非現実的だとしても、アイツの存在がある程度の現実性を保障してくれる。隣の自称妹も、『距離』の規定の手前信じないというのもおかしい。

「…………どうぞ」

「幻影事件はとある一人によって引き起こされた最低最悪の事件だ。お前達が言ってる集団幻覚は幻覚というより煽動。人類はその一人に良いようにされて殺し合ったんだ。殺さなきゃ殺される状況だと誤認してた」

「それはおかしいです! だって人間は死ななくなってたんですよ!? 皆そう言ってたもん! 大体、それも含めて集団幻覚でしょ!?」

「死なない筈だったのが死ぬようになった……みたいなよく分からない話は俺も聞きました。それはどう説明するんですか?」




「人類がコピーされた」




 

 わざわざ溜めてくれたのは一番信じ難いと配慮した結果であろう。残念ながら俺達にとっては非現実が振り切れれば振り切れる程、より信じやすくなっている。俺達は二人揃ってそういう世界に首を突っ込んだのだから。

「コピーされた人類とオリジナルの人類が殺し合った結果が幻影事件だ。手順はこうだ。コピーされた方はオリジナルを殺してコピーを作る。コピーとオリジナルは見た目じゃ全く違いが分からないからな。コピーがオリジナルを主張すれば死んでない様に見えるって訳だ。それが何回も何回も繰り返された結果、死の概念が疑わしいモノになった」

「……なんか世界的大事件の割には随分力押しですね」

「でも見分ける方法がないんだ。着々と誰か死んでいくそんな状況で誰が正気を保てる? 一歩間違えば人類が乗っ取られたかもしれない。しかもそれを誰も気付けない…………本当に、悪質な事件だよ。起こした奴はとんでもない自己中だ。自分さえ良ければ何でもいいと思うような、な」

「―――とある一人って言いましたよね。犯人は捕まってないんじゃないんですか! 有珠さんこの人嘘つきです! 全部嘘です!」

「落ち着けよ兎葵…………俺は信じるぞ」

「どうしてですか!?」

「心当たりがあるんだよ」

 人類がコピーされた人類と争っていたなんて非現実的だ。陰謀論でももう少しマシな論調を作る。世界の何処ぞから電磁波攻撃されて、そのせいで人類の頭がおかしくなったと言われる方がまだまともだ。しかし先程も言ったように、非現実に振り切る程俺達にとっては信じる材料になる。特に今の俺。俺はこの眼で見た筈だ。その笑顔を。その甘えたがりを。



 二人に分身したマキナを。



 理屈は違えど同じ存在が二つ生まれたのは事実。それはコピーと言い換えてもいい。ここで大事なのは、キカイは存在の複製が可能という点だ。自分自身だけにそれが可能だなんて言わせない。今に至るまで散々デタラメを見せつけておいて、今更自重なんてする訳がない。

 ではマキナが犯人なのかというと、それでは時期が合わない。

「質問したいんですけど。幻影事件はどうやって終わったんですか?」

「……それは本人に聞け。ああ、俺は知らないからな」

 

『マキナ。そのキカイは何処に居るんだ?』

『行方不明……ていうかこっちとの共鳴が切れてるわね』


 共鳴が何かは分からないが、それがキカイとして判定されなくなる事を意味するなら、合点は行く。アイツは幻影事件がキカイではなく人為的な物と言ったが、只の人間にそんな力はない。となると一番自然なのは、人間判定をされているだけのキカイだ。キカイキカイと言ってもそこらを歩けば見つかる物じゃない。存在を確認されているキカイは二体。マキナでないなら消去法。

 未紗那先輩に幻影事件の犯人がキカイだと教えたのは誰だ? あの人はそのせいでマキナを敵視した。俺はそれを止めたくて色々と理屈を捏ね回したが、今思えば嘘は吐いていない。元々キカイが二体居たなんて誰も知らないのだから。

 キカイが世界全体のバランスを保つ秩序? それもキカイ判定されていないのだとしたら全て解決する。思えば簡単な話だ。



 メサイア・システムはその名が示すほぼ慈善組織。廉次が一体誰から使命を受けて『より多くの人を救いより多くの人生を幸せにする』と思ったのか。そのトップが与えていたと考えれば自然だし、そう考えれば誰がマキナの部品を持っているかも分かるだろう。

 幻影事件を起こした犯人も。

 『認識』の規定を握って世界を好き放題に荒らしているのも。








 全部。クデキだ。 

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに幻影事件の情報が、ある程度有珠希たちの知ることになりましたね。 そしてやっぱり朱莉ですね。そしてサッカーしている女性は、、、誰でしょう?この先出て来ればわかりそうです。
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