友達のトモダチの運命
他愛のない会話も程々に食事を済ませて、俺達は予定通り二手に別れる事となった。黒いシャッター捜索チームと俺の用事に付き合うチーム。最後までマキナは不満そうだったがバレンタインの用事は済んだとして引き下がってくれた。
そう言われて思い出した。アイツの感情の結晶を食べた時に感じた熱は、本当に心地よいものだった。心の底から安心できてしまう、それはまるで母親に抱きしめられているような―――いや、この例えは適切じゃないか。俺は母親に抱きしめられた記憶なんてない。生まれた直後くらいはあったのだろうが記憶にないならノーカウントだ。
だから一般的な例えとして、とても安心感があった。どんな事があっても今だけは大丈夫だと思わせられるような力が、アイツの感情には宿っていた。視界の都合上、精神的に不安定になる事は多いので頼んだらもう一度作ってくれると凄く嬉しい。
俺だってたまには、休みたい。
「式君……」
「ん? 別に今すぐ向かう訳じゃないから行きたい場所があるなら付き合っても……何してるんだ?」
諒子は胸の下で腕を組むと、寄せるように腕を上げて前かがみになった。胸元のラインが持ち上がって谷間が見える…………
「……………?」
だからどうした、という部分で話が終わっている。突然そんな事をされてもどうリアクションをしていいか分からない。諒子の性格を考慮すれば、悪戯のつもりでしてきた訳でもないだろう。
「……アイツに聞いたんだ。式君が。大きいの好きだって」
「ぶッ!?」
以下略説明不要。俺の視界を勝手に覗き見て勝手にある事ない事言って回って何がしたいんだあの自称妹は。なまじ諒子が純粋なせいであらぬ誤解をしてしまっている。マキナに対するデマは俺の命が危ないだけで済むが、こういうやり口は感心出来ない。友達が可哀想だ。
俺は諒子の肩を掴むと、項垂れながら真実を呟いた。
「…………あのな、諒子。それはアイツのデタラメだ。色々根本的に勘違いしてるみたいだけどな? マキナや未紗那先輩がちょっとおかしいだけで、お前のスタイルは良い方だ。ちょっと病弱そうだけど、胸だって小さくない。お前くらいあって小さいとか言い出したらそいつはヤバイ」
何故俺は仮にも年頃の女の子にこんな事を言わなければならないのか。新手の拷問に違いない。言っているだけでもう恥ずかしい。そういう話を面と向かってするのは、まして公共の場で、恥ずかしいなんてもんじゃない。それだけで死にそうだ。紅潮を自覚するまでもなく不愉快だ。
「小さいって言うのはな…………兎葵に言うべき言葉だ。裸を見た訳じゃないから真偽はともかくさ、服の上からだと何にもないだろ。でもお前は制服越しでも膨らみがはっきり分かるくらいにはあるんだ………………兎葵の戯言は金輪際信じるな。そしてそれを真に受けて変な事もするな。いいな?」
「う、うん。なんか、ごめん、な?」
こんなに下らない説得は生まれて初めてどころか、人類史上においても数える程であってくれ。こゆるさん関係なくこの場で卒倒してしまうから。親しき中にも礼儀あり、諒子は何か言いたそうだったがぐっと呑み込んで納得してくれた。こういう物分かりの良さは他の誰にもない長所である。
「―――で、話を戻すんだけど。何処か行きたい場所ってあるか? 時間が余ってるみたいだから付き合うぞ」
現在時刻は午後二時を少し過ぎたくらい。何処に行くも自由だが飲食店だけは遠慮したい所だ。諒子もしっかり食べたので万が一にもお腹が減ったという事はないだろうが―――店を変えたら別腹になる可能性だってある。
「占い。行きたいな」
「占い? …………人の趣味にとやかく言うつもりはないが、信じてるのか?」
「ち、違う! ……本当かどうかを確かめる術が、あるだ、ろ。私達には」
俺と諒子を繋いでいるのは異常な視界。或は因果の糸に満ちた終末世界、或は人間の輪郭を認識出来ない終焉世界。どちらにしても俺達を悩ませている一番の問題だ。ここの違いは利用法があるかないかというくらいで、諒子は限りなく皆無に近い。
「視界の、治し方を……尋ねるん、だ。もし本物なら……分かるかも、だぞ」
「……俺の知ってる占いとなんか違うな。てっきり手相占いとかそんなもんだと思ってた。未来を占う方か、確かに本物なら……分からないとおかしいな。コールドリーディングは俺達には当てはまらない」
これらの視界を所有する存在はキカイにも居ない。下調べをした所でこの情報は俺達と直接仲良くならなければ引き出せないものでもあるので、生半可な調査では無理がある。別にその占い師がインチキだとするならそれを嘲ってやろうという訳ではなくて、単に知りたいのだ。もしも本物だったら行動方針を立てる際に役立つ助言をくれるだろうから。
「式君の妹がトイレに行ってる時、たまたま見えたん、だ。スリープにしなかったから、見えたんだ。『心越師コーマ』って名前が」
「あー携帯つけっぱでどっか行くタイプなのか。警戒心が無さ過ぎるな。そいつはこの近くで店を構えてるのか?」
「路上で、不定期にやってるみたいだ。本物なら…………色んなこと聞きたい、な」
とてつもない名案だ。未来が視えるならいっそ全部教えてもらおう。因果の糸はあくまで人生を読みとっているだけなので自分の危機回避には使いにくい。占い師が偽物ならやっぱり偽物だったで住むし、本物なら徹底的に利用すればいい。
完璧すぎる作戦に言葉を失った。もしかしなくても俺は天才かもしれない。路上でやるようなタイプは昼に姿を表す事はないだろう
「しかし心越師……苗字じゃないよな。でもそんな職業は無い。え、もしかして苗字か?」
ハッキリしないので携帯で調べてみると、苗字ではなかった。コーマという男は自分から心越師(自分と相手の心の境を無くして読み取る力を持っていると言いたいらしい)を名乗っている。これが単なる学生なら厨二秒も甚だしいと言いたい所だが、評判を見た感じただのイカサマ師ではなさそうだ。勿論少し前まで誰もが善人だったというのもあるだろうが。
「広報から何処でやってるか告知されるんだ……まあゲリラ的にやったんじゃ儲からなさそうだし、頑張れば会えそうだ…………な」
「式君! 大丈夫か?」
ああ、食事が裏目に出たかもしれない。もうすぐ吐きそうだ。マキナが視界に居る時と居ない時でここまで明確に違いが現れるとは思わなかった。辛い。依存しそうだ。アイツが視界に居ない人生なんて考えられなくなる。
耐えられるなら別に辛くはないという意見ももしかしたらあるかもしれないが、今まで耐えてこられたのは俺の努力と我慢の結果だ。無意識でだって我慢くらいする。この視界ともう何年付き合っていると思っているのか。
「―――部品を集めて、早く取引を終わらせないと」
残り幾つかは分からないが、少なくとも先程の食事で『星』と『蒸気』と『空気』と『空間』は残って…………
「…………ん?」
「どうしたんだ?」
「マキナさ、脅したじゃん。兎葵を」
「脅した、な」
「仮にそいつが持ってたら問題って話だったと思うけど、持ってなくても問題大ありじゃないか?」
分かりやすく言おう。
世界規模で影響を与えてしまうかもしれない規定がまだ何処かに散らばっているという事だ。普通の人間には視えないと言ったって、現に回収している存在が居る。それがキカイでもそうじゃなくても何でもいい。問題は視えてしまう存在が万が一にも拾ってしまった場合だ。
俺が特別という考え方は古い。楽観的だ。破滅的だ。そんなだから失敗する。そうだ、元々俺達は誰にも拾われていないという前提で、俺の視界を活かして集めようとしていたではないか。
「………………諒子。悪いけどちょっと身体を支えててくれ」
「何するん、だ?」
「今から部品を探す」
『強度』『傷病』『愛』『刻』。回収してきた規定には既に所有者が居た。その違和感から俺達は規定を与えてる別な存在に気が付いた。でもそのせいで、いつしか未回収の規定は誰かが持っているものだと思い込んでいた。実際、持ってはいる筈だ。けど全てじゃない。少なくともその可能性は高い。
だから探す。生物を起点に無機物へ広がる赤い糸を読み解く。諒子には胴体の側面を身体全体で支えるようにしてもらって、赤い糸をこれ以上ない距離で『直視』する。
糸は意識しては読めない。だが直視すればどうだろう。今までストレスの軽減策としてそれとなく視点を外してきたものにピントを合わせて視る。それでも昔はどうにもならなかったが、ストレスの極まった今なら分からない。脳みその裏側を撫で回されているような気持ち悪さと、眼球からは網膜がミキサーにかけられたような高熱。自然と全身に力が入り、諒子の身体に爪を突き立てる勢いだ
脳細胞の一つ一つが分解し、再構成され、一本の糸へと紡がれて解かれる。身体の全ては毛糸のよう。血液も、内臓も、骨も。糸が離れ、放れ、ハナレ、刃鳴れ、。身体を動かす電気信号さえも一本化されて、緩やかに繊維が抜けていく。
アカシックレコード、という概念がある。
世界の全てが記録されているらしいが、それなら俺が触れているのはそれだ。全ての情報が脳を覆っている。処理しようなどとは思わない。その瞬間に圧潰すると分かり切っているから。今でさえ正気を保つのに背骨をゆっくり引き抜かれているような痛みが襲い掛かっている所だ。まともに立ってすらいられない。まだ大丈夫そうに見えるなら諒子が凄いだけだ。
『駄目だよ。それ以上は視ちゃ駄目だ』
透き通った声に意識を弾かれ、直視が中断された。反動で身体が大きく仰け反り、耐えきれなくなった諒子と一緒に倒れ込む。
「………………式君ッ! ど、どうしたんだ?」
「…………おねえさん?」
「え? お、おねえさん?」
「……何でもない」
今は気にしなくていい。きっと俺の中に残っていたセーフティだ。お蔭で後戻りが出来た。ちゃんとした収穫と共に。
「…………まだ回収されていない部品が見つかった。取りに行こう」




