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エクス・マキナも救われたい  作者: 氷雨 ユータ
Ⅶth cause ネガイを赦す権能

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ワタシのキカイな気持ち

確かに因果の糸に従えば完璧な結果を得られる。しかし問題は俺の腕前だ。最近のレースゲームだと世界記録と対戦できるようにもなっているが、そのコースを知っていた所で走れるとは限らないし、大抵真似しようとして失敗する。

 それと同じで、所詮は初心者の俺に完璧な結果が得られる筈もなかった。むしろ八本も倒したのは健闘したのではないだろうか。とはいえ残ったピンの位置が最悪で、スペアは結局取れなかった。

「よっわーい」

「煽っとんのかこら!」

「うふふ! やっぱりキカイわたしがニンゲンに負ける訳ないのよ。まだ足掻く? もう負けを認めない?」

「認めない。俺の趣味は慢心してる奴の鼻っ柱をへし折る事なんだ。キカイ程度が人間様を甘く見るな」

 続く二フレーム目にマキナは再度スペアを取って、俺はガターと五本。ストライクを取れる道筋ははっきりしているのに、人間性能の低さがそれを許してくれない。マキナの手加減に期待すると言いたい所だが、二人してこんな大口叩いておいて手加減なんて無粋だ。

 結局対立している様で、俺達は心から楽しんでいる。

「やった!」

 次のフレームでストライクを取ったマキナがぴょんとその場で嬉しそうに跳ねた。後ろ姿しか見えていないのにどうしてこんなに可愛いのだろう。ああ駄目だ。どうしても視線が集中する。アイツに心を読む能力がなくて助かった。そんな規定があったら今頃どんな目に遭っているか。

「ねえ見たッ? 見たッ? 私強い! 勝てっこないッ」

「……三フレーム程度で勝ちを確信とか見てられないな。見てろよ」

 三度目の正直で今度こそストライクを取得。ガッツポーズと共にマキナの傍へ戻ると、自分が取った時と同じくらいの喜びようでマキナが両手を合わせてきた。月の瞳を大きく見開いて、頬を緩ませながら

「凄い凄いッ! やるわね有珠希!」

「ふん。これが人間の底力だ。どんなもんだよ」

「いいわッ。完膚なきまでの勝利を見せてあげる。勝負ってこんなにもドキドキするものなのね。万が一にも負けるかなって思ったら、興奮が収まらないわ!」

 マキナが華やか過ぎて目に悪いような、糸が一本も繋がらないので目に良いような。差し引きは勿論プラスになる。今の目に悪いは所謂黄色い悲鳴のような文意だ。糸が視えない存在をストレスに感じるなんてあり得ない。

 次のフレームは共にスペア。インチキ全開で勝とうとする自分が段々見苦しくなってきたが、それをしても負けよりの五分という状況が使用を躊躇わせない。というか普通にマキナが強い。本当に初見なのだろうか。

「……お前、実は初見じゃないだろ?」

「それを言い出したら有珠希だって初めてにしては狙い所がおかしくない? まるでどういう風に投げたら良いスコアが出せるのか知ってるみたい」

 組んだ両脚の上に頬杖を突いてマキナが訝るように目を細める。これまた勘が鋭いキカイに内心肝を冷やしたが、糸が視えないなら俺が不正をしているかどうかという証明は不可能だ。だから何も焦る必要はない。どうせバレたら不正をしているのに本人が下手すぎるという、単に暴かれるよりも恥ずかしい事実が露呈するのだから。

「次、お前だッ」

「このまま私の勝利まで一直線?」

「ふざけんな。ここから一生ストライクで勝ってやるよ」

 やたら自信満々なマキナにに合わせて俺も言動が強気になっていく。勝算はまだ潰えていないがそれでも潰えていないだけ。ここからずっとストライクを出すなんて無理な話だし、心の中でそう思っているならこの言動には嘘しかない訳だが……いや、それでも戦う。

「……ん。ありゃ?」

「―――ふ」

 マキナだって失敗する事はある。俺が上振れる事もある。勝負はまだ始まったばかりだ。たった今彼女は失敗した。三本とガター。一度引いた下振れは負け癖のように引きずる。これこそ俺を勝利にもたらしてくれるきっかけに違いない。

「貰ったぜ、この勝負―――!」

 

 

 ―――楽しい。


 

 誰かと遊ぶのがこんなに楽しいなんて、思わなかった。俺は今、こゆるさんとの約束も忘れてしまいそうになるくらい心から楽しんでいる。糸の事なんてどうでもいい。ストレス以上に楽しさがある。

 もっと大勢でも、楽しいだろうな。

 諒子や兎葵が混ざってもきっと楽しいだろう。ああでも、最初にやったのがマキナだったのは良かった。こいつは心の底から自分が強いと思っているから、いつも自信に溢れていて、こちらの反骨心を煽りに来てくれる。どうしようもなく、大人げなく。勝利に拘ろうとしてしまう。なんて。なんて楽しいんだろう。

「あは、はははははは!」



「―――うふふ。有珠希って。可愛い……♪」  




























 ゲームは僅差で俺の敗北。いや、こっそりインチキをしているので大差で敗北だ。後ろのベンチで食事をしても良かったが俺に勝利した事で喜びを抑えきれないマキナを鎮める為に退出。何処か落ち着ける場所で食事をするべく、また当てのない旅が始まった。

「勝った勝った〜私強ーい!」

「……最終フレームはやらかしたよなあ」

 緊張で手汗がどうにかなって試合結果がどうかした。そうとしか思えないくらい無様なピン五本だった。隣のキカイは今にも地面をトランポリンにして跳ねてしまいそう。隣を歩いているだけでつられて俺もスキップを踏みそうだ。こんなに機嫌のよいマキナを見るのは珍しいような……微妙な違いの部分で、初めてのような。

「ねえ、約束覚えてる? 私の命令、聞いてくれるのよね?」

「……人間が出来る程度のお願いで頼む」

「大丈夫。貴方にしか出来ないわ。ね、ちょっとこっち来て?」

 マキナに手を引かれてやってきたのは公園だ。時間帯も良く、社会人と思わしき人々が何人か休憩中である。その中に燦然と輝きながら表れたマキナはどうあっても人目を引いてしまうが、本人は意にも介していない。空いているベンチを見つけて、俺と一緒に腰を下ろす。

「一体全体、何をするつもりだ?」

「―――んーとね。貴方に日頃の感謝を伝えたくてっ。私の部品がここまで集まったのは貴方のお陰よ。それでね…………はい、これ!」

 マキナがマジックのように掌から出したのは深紅色をしたハートのチョコレート。散々遊び尽くして忘れていたが、そう言えば今日はバレンタインだった。ここに来るまでに二人から貰っている癖に何故忘れていたのだろう。

「……チョコだと思ってる?」

「え、違うのか?」

「……これは私からの気持ち。目の前で食べてほしいな」

 よく分からないお願いだ。てっきり物凄い無茶ぶりを要求するかまだこゆるさんとの事を引きずっているのかと思っていた。或はメサイアと縁を切れだとか兎葵をどうのこうの……確かにこれは、俺にしか出来ない事である。俺に感謝しているらしいならそうであろう。

「―――じゃあ、いただきます」

 チョコを受け取って、先端部分を一口齧った―――刹那。



 全身が燃え上がるように過熱し、正常であろうとした意識が融解した。



 だが不愉快ではない。むしろ心地良い。甘いも辛いも苦いも酸っぱいもしょっぱいもない。味という意味で言えば皆無だ。だが止まらない。止められない。全てのチョコ? を口に入れたら更に体温が上がっていく。心拍は際限なく加速し、目の前の景色が処理落ちを引き起こす。糸なんて分からない。そもそも糸は何処にある? 俺の目に映るのは―――マキナ―――しか。

「美味しい?」

「おい。おい。おい。おい。おい。おい…………しい」

「―――! 有珠希ッ!」

 マキナが人目も気にせず側面からのしかかってくる。柔らかい、温かい。そんな感覚を全身で感じる。身体の内側から、脳の信号から。ああ心なしか、周囲がざわついているような。でも気のせいだ。マキナが俺の身体を抱きしめて頬ずりしているだけで騒ぐなんてそんな。馬鹿な話はない。

「今日はバレンタイン! 想いを伝える日なんでしょ!? だから思う存分こうするの! 有珠希の身体って温かい♪ これはトクベツなんでしょ。トクベツなんだから、トクベツじゃないと駄目なの! 有珠希、有珠希~」


 ああ、そうか。


 俺が食べたのは、マキナの感情を結晶化した物……だったか。


















「ストップストップストップストップストップストップ! 人目のつく場所で何してやがりますか! ああもう、探して正解ですッ。マキナさん、有珠さんから離れて―――ください! 固い! 馬鹿力!」

 

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