第3章76話:信仰と敬意
騎士や兵士たちにどよめきが走る。
「おお……ネア様!!」
「ネア様!」
と、精霊の名を呼びながら、騎士団の者たちが平伏を始めた。
その中を、ネアが悠々《ゆうゆう》と歩いてくる。
ネアが言う。
「私の攻撃に耐えるとは……やはりあなた、普通ではないわね」
ネアは俺と15メートルほどの距離をあけて立ち止まった。
俺は尋ねた。
「俺の後ろにいた兵士たちが、お前の一撃で吹き飛んだぞ? 信徒を消し飛ばして満足か?」
するとネアがアンニュイな微笑みを浮かべながら答えた。
「信仰に殉ずるのは、彼らにとっての誉れよ。しかも、私の光に包まれて死ねたのだからね」
ネアの発言は、悲しいかな、おおむね事実である。
兵士たちにとって信仰のために死ねるのは栄誉だ。
精霊の攻撃によって絶命したことさえも、兵士たちは祝福と考えるだろう。
「傲慢にも程があるセリフだ。お前の下に生まれた神殿国の民に、心から同情する」
この精霊がどれほど問題のある人格をしていても、神殿国の者たちは、逆らうことができないどころか、全肯定で応えるよう教育されている。
アレクシアのように、己の意思を持って精霊に異見を述べることは簡単ではない。
精霊に死ねと言われたら喜んで死ぬ。
精霊に殺されたら名誉と感じる。
……憐れとしか言いようがない。
「さきほどからあなたは、精霊に対する物言いとは思えないほど、無礼が極まっているわね」
とネアが言ってきた。
俺はせせら笑うように答える。
「敬うべきと思えない相手に、礼節を尽くす気にはなれないのでな。精霊というだけで、この俺がこうべを垂れることはない」
「普通は精霊というだけでこうべを垂れるものよ。あなたはルドラールの元貴族なのだから、その程度の礼儀は学んできたはずでしょう?」
無論、学んできた。
聖職者に限らず、貴族や大商人なども精霊への信仰は忘れない。
ユーデルハイトの実家の屋敷にも、礼拝室が存在したぐらいだからな。
俺が現在、ネアに対して取っている態度は、無礼どころか死罪に値するものだ。
だが……関係ない。
俺は精霊を恐れないし、俺を死罪にしようという者がいれば、皆殺しにするだけだ。
「別の言い方をしてやろう――――」
と、前置きをしてから俺は言い放った。
「自分より格下の存在に、畏敬も畏怖もしないということだ」
その言葉に、ネアが目を細める。
「思いあがりもはなはだしい男ね。人間の中では多少マシな強さというだけで、精霊に勝っている気でいるのかしら」
「ああ、もちろん。俺はお前よりも強い」
堂々と言い放つ。
物憂げなネアの目に、だんだんと戦意と殺意が込められていくのがわかった。
「そう――――ならば思い知るといいわ。人では決して届かぬ高みがあるということを」
ネアが戦闘態勢を取った。
彼女から戦意を向けられるだけで、重苦しい霊圧が俺にのしかかってくる。




