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22.隷属の呪い

「信じていいのよね、シヴァ」


 長い沈黙の後、ナズナがつぶやいた。

 ゆっくりと近づいて来て、シヴァンシカの頭をきゅっと胸に抱いた。


「レクスの実の密売に、国家は関わっていないわよね?」

「な……なにそれ?」


 思いもよらぬナズナの言葉に、シヴァンシカは思わず声が震えた。

 それは、コルベア公国ルートで出て来る疑惑だ。共和国ルートでは噂すら立たないはずの疑惑が、どうしてナズナの口から出るのか。


「レクス国は、国を挙げてレクスの実の管理を強化してるわ。密売なんて、絶対にしてない!」

「七年も国に帰っていないシヴァの言葉に、説得力はないわ」

「そ……そう、かもしれないけれど……」

「それにあなた……聖女として何か働いていて?」

「それ……は……」

「友人づきあいはほぼなし、外交は導師たちに任せきり。今はただの留学生、それを口実に勝手気ままにしているだけではなくて?」


 口調こそ柔らかいが、ナズナの言葉は辛辣なものだった。


 聖女様、国家元首たる自覚はおありですか?


 昼間に言われた言葉を思い出す。

 確かにナズナの言う通りだ。シヴァンシカはもう七年も国に帰っておらず、しかも聖女としての自覚も働きも乏しい。


「ごめんね、シヴァ。私、ひどいこと言ってるわ。でもあなたが心配よ」


 ナズナが腕の力を緩め、シヴァの額にキスをした。


「シヴァ、本当に大丈夫?」


 あなたは自分で考えて正しい行動できるのか――そう問われている気がした。まるで心を読まれたような問いに、シヴァンシカはドキリとした。


「あなた、レクスの実が常用されているような場所へ戻るのよ?」


 昼間は本当に驚いた、とナズナが言う。

 何やらバタバタする雰囲気に気づき、様子を見ようと廊下に出たら、レクスの実特有の甘い香りが漂ってきた。ナズナが慌てて飛び込んだら、部屋の中はレクスの香りが充満していた。


「あれだけの量を持っていたなんて……神殿の中は、相当な量が出回っているはずよ。シヴァが使わずにいられるとは思えないわ」

「ちょっと……怖いね」

「ちょっとじゃないわ、深刻な問題よ。レクスの実の中毒性は、冗談では済まされないから」

「そんなにすごいんだ」

「シヴァ、もっと勉強して! あなた自身の、そしてあなたの国のことよ!」


 ナズナの声がきつくなった。シヴァンシカはビクリと震え、ナズナの体にしがみついた。


「そうだね……ごめんね、いっぱい叱ってくれたのにね」


 あなたは将来、国家元首として生きて行くのよ、もっと勉強しなきゃダメ。

 勉強をサボってばかりのシヴァンシカは、ナズナに何度も叱られた。二度目の留年以降はさすがに心を入れ替えたが、それでもナズナほどの真剣さは持てなかった。


 どうせ卒業までに破滅するのだから。

 それまでどう過ごせばいいか、『私』の記憶が教えてくれるから。


 そう思って、適当にやり過ごしてきた。

 失敗した。


「ナズナがいっぱい叱ってくれたのにね……私、もっと真剣にならなきゃいけなかったね」

「もうじきお別れなのよ。国に帰ったら、私はもう助けてあげられないのよ」


 ああ、そうだった。

 ナズナに言われて、いまさらながら気づいた。

 国に帰ればもうナズナは助けてくれない。ナズナの破滅を回避し、もしもシヴァンシカも無事に国に帰れたとしたら、その先シヴァンシカは聖女として国を背負って生きていかなければならない。

 ナズナの助けもなく、一人で。

 それはひょっとしたら、ここで破滅するよりきつい人生なのではないだろうか。


「私……国に帰らないと、ダメなのかな……」


 考えただけで怖くなり、思わずそんな言葉を漏らしたとき。


 ――ああ、そういうのもアリだね。


 誰かの声が聞こえた。


(……え?)


 驚く暇もなく、ザザザッと耳障りな音がして、世界が揺れた。

 何もかもから切り離され、ふわりと浮いたような感覚に包まれた。


「シヴァ?」


 すぐそばにいるナズナの声が遠い。現実感を失った体から力が抜けていき、ぐらりと傾いたシヴァンシカを、ナズナが慌てて支えてくれた。


 ――国に帰り孤独に耐えかね、気が狂い破滅する。ふむ、いいかもね。


「シヴァ、シヴァ。どうしたの? 大丈夫?」


 ――だけど、破滅するなら、ここでしてもらわなきゃ。


 そんな声が聞こえたかと思うと。

 ガツン、と頭を殴られたような衝撃で意識が飛んだ。


(なに……これ……)


 ぐるぐると世界が回る。つながっていた景色がばらばらになり、ガチャガチャと音を立ててまたつながっていき。

 真っ白になったシヴァンシカの中に、ストン、と何かが降りてきた。


「ナ……ズナ……」

「シヴァ、どうしたの? 大丈夫?」


 ナズナの声に、意識が戻ってくる。

 シヴァンシカはナズナにすがりつくように抱きついた。何が起こったのかわからず混乱した意識のまま、今シヴァンシカの中に降りてきたものを言葉にした。


「もしも……もしも私が……魔女のしもべになったら……もう、聖女じゃないのよ、ね?」


 シヴァンシカの言葉に、ナズナが目をむいた。


「シヴァ、あなた!?」

「隷属の呪い、だっけ? それを受けたら、私、ナズナのものに……国に帰らず、ここに……」

「シヴァ!」


 ナズナが声を荒げた。シヴァンシカはハッとなって我に返り、ナズナの険しい顔を見て息を呑んだ。


「ご、ごめん、私……情けないことを……」

「どうして知っているの!?」

「え?」

「魔女のしもべ、それをどうして知っているの!」


 ナズナの詰問に、シヴァンシカは目を泳がせた。


「え、ええと……ナズナに、教えてもらったんじゃなかった……かな?」


 魔女のしもべ。隷属の呪いを受け入れ、全てを魔女に支配された者。

 それはナズナが教えてくれる。

 ただし今目の前にいるナズナではない。「ゲーム」の中のナズナだ。


 今の今まで、忘れていた(・・・・・)けど。


 シヴァンシカの破滅エンドのひとつだ。

 王子をめぐる争いでナズナに破れたシヴァンシカは、ナズナに隷属の呪いをかけられ「魔女のしもべ」となる。

 その呪いは、かけた魔女ですら解けない、魂までも縛る永遠の呪い。

 魔女の呪いに勝てなかったシヴァンシカは、偽物の聖女とされ国を追放される。聖女を失ったレクス国はアンドルゴに併合され消滅する。帰る国を失ったシヴァンシカは、呪いのせいで死ぬこともできず、ナズナの奴隷として悲惨な人生を送ることになる。


「教えてないわ、そんなこと」

「そ……そうだっけ?」


 しどろもどろに答えるシヴァンシカの目を、ナズナはじっとのぞき込む。何かを探るようなナズナの目に、シヴァンシカはゾクリと身を震わせた。


「……もう寝ましょ。真夜中よ」


 長い沈黙の後、ナズナはそう言ってシヴァンシカを抱きしめた。


「私も疲れたわ。明日、ゆっくり話しましょ」

「うん……その、いろいろ、ごめん」

「いいのよ。愛するシヴァのためだもの」


 ナズナが身を屈め、シヴァンシカにキスをした。


 おやすみの挨拶にしては情熱的なナズナのキス。

 シヴァンシカは不思議に思いつつも、とろけるような気持ちで目を閉じ、ナズナを抱きしめ返した。

第6章 おわり

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[一言] 魔女の呪いには勝てなかったよ……( ˘ω˘ )
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