黒龍
リディアーヌが活躍します。
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咆哮が空気を揺らす。ソレはいつでも圧倒的な力を有していた。
400年に一度生まれるソレは、勇者という名のたった一人を除き倒せるものはいない。それがこの世界の理。
(その理は今日で途切れる。途切れさせる)
「リディアーヌ様。貴女に勝利を捧げます。だから、褒美は頂きますよ?」
「勝ってください。アルフリートさま。私は皆さんの命を守って見せます」
アルフリートの右目は、いつもの深海の色だ。それは絶対の自信の現れ。
「おーい。俺も忘れるなよ?まだ、黒騎士の兄さんには敵わないけど、すぐ追い抜いてやるからな?」
キースが、頭の後ろに手を組んで笑っている。
(いつも、この場面には絶望しかなかった)
「闇の聖女殿。悪いがおそらく出番はない。トドメは俺がいただくしな?」
「ギュンターさま。頼りにしています」
「ん!任せろ?しかし、アルフリート殿。そう睨むなよ?闇の聖女殿が可愛らしいのは、俺のせいではないぞ?」
「お褒めいただき、光栄です?」
朗らかなギュンターの笑い声は、この場にはそぐわないのかもしれない。それでも、その場の緊張感を吹き飛ばしてしまう力があった。
その黒龍は、圧倒的な存在感を有している。
ここに、勇者の名を冠したものはいない。しかし英雄ならいる。
それぞれの剣が、美しい軌跡を描いて黒龍に向かう。もしも、後世この場面が語られるなら、おそらくそれは壮大な叙情詩としてだろう。
「はっはぁ!一番槍は俺がいただくぜ!」
スピードは、多分この中で一番速いキースが、黒龍に最初の一撃を加えた。
「うわ。硬いなっ!まじでアルフリートの兄さんとギュンターの旦那はソロでこいつ倒したのか?!」
無言のまま、アルフリートが次の一撃を決める。その一撃は、美しい剣舞のようなのに、以前とは違い荒々しい。
アルフリートの剣は、今は美しいだけでも、己を傷つけてしまうだけの恐ろしさでもなく、ただ強くしなやかだ。
――――グオオオオオ…………
黒龍が咆哮を上げる。おそらく、こんな敵に会ってしまったのは、400年の繰り返しの中でただ一頭。
「俺も忘れてくれるな?お前を屠るのは、勇者じゃないんだよ」
(こんなに圧倒的な戦い。今まで見たことなかった)
その時、リディアーヌの左手首のコルタナが強く輝いた。そこに現れたのは、白銀の剣。
――――お願い。貴女が倒して。
「え?」
聖女は勇者を守る。それがこの世の理。でも、その、大前提が覆されたなら?
リディアーヌは、黒龍を見やった。
(分かる。あと少し。そう、圧倒的なこの場面に、聖女は必要とされていない。ただ、求められるのは力だけ)
リディアーヌは、身体強化に全ての魔力を注いだ。後の事は考えずに魔力の全て使う。
――――シャラン。
コルタナがそれで正しいと言うように震えた。リディアーヌは、白銀の剣を握りしめる。
流れ星のように美しく輝く一撃は、黒龍の喉元へと突き刺さった。
次回から、第3章。繰り返していた物語が動き始めます。




