女神と勇者の血を受け継ぐ2人の聖女
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「勇者……さま?」
その存在は、お伽話の中だけと教わった。たとえ魔王は存在するのだとしても、勇者はお伽話の中だけの存在なのだと王国の民は幼い頃から教えられる。
それでは女神の存在は……。神殿に女神の姿絵は存在しない。女神の姿形は神殿や王宮の奥深くに隠され言い伝えられていない。
「魔王、さま?」
魔王だったヒトは、リディアーヌの方を向いて、魔王には似つかわしくない微笑みを見せた。
「君は本当に不思議だね。俺はただ、長い間お伽話の最後のように、闇の聖女と一緒に女神を屠ることだけを夢見ていたというのに……」
「勇者、さま」
「うん、魔王であることはもうやめるよ。このままいけば彼女に会えるのかもしれないけど。……彼女はソレを望んでいなかったこと、君たちが思い出させてくれたから」
かつて勇者と呼ばれた魔王は、闇の聖女と共に女神を殺すことだけを夢見ていた。それが、最後に彼女に会える唯一の方法だと信じていたから。
「リディアーヌ。君の髪と瞳は、彼女を思い起こさせる。でも、血なのかな?君の妹イリーネは、本当に彼女と瓜二つなんだ」
「イリーネが、女神さまと……?」
朧げな、あの白い空間に佇むあのヒト。黒い瞳と髪が印象的だから、妹に似てるとリディアーヌは気づかなかった。
(でも、どこかで見たことがあるような記憶の中の女神は、色こそ違うけれどたしかにイリーネに似ている)
「お姉、さま」
リディアーヌが振り返るとイリーネが、あの花のような笑みを浮かべていた。それなのに、その碧眼はまるであの白い空間の女神のようで。
「お姉さまは、いつも私の憧れでした。なのにどうして、最近は理外れであることの方が、私の中で大きくなっていくんです。お姉さま?あの時なんて仰ったのですか?」
「イリーネ。あの時って?」
「あの時のこと、思い出せないんです。とても大切だったことは覚えているのに」
イリーネはやはり、聖女の力の代償を払っているのだとリディアーヌは思う。でも、きっと……。リディアーヌには、ひとつの確信があった。
「貴女は、生まれて初めて私をただのヒトとして見てくれた大事な存在。貴女の姉に生まれて私は幸せよ」
2人はいつでも比較され続けた。
姉はその色合いゆえに理外れと人々に言われ、聖女に相応しい美しい色を持つ妹と比べられる。
妹はあまりに優秀な光魔法の力を持つ姉と聖女としての資質を比べられる。
それでも2人は仲の良い姉妹だった。お互いを認め、時には羨むこともあったけれど。2人の心はとても似ていたから。
(これからも……。私たちは聖女の力を使うたび、お互いのことを忘れていくのかもしれない)
周りの人たちは、リディアーヌとイリーネをまるで違うと、全く似ていない姉妹だと言う。
それでも2人は力の及ぶ限り世界を救いたいと願う。たとえ、聖女の持つ力を、行使する毎に愛するヒトを忘れる定めがあるのだとしても。
2人は誰よりも女神の外見と心。そして勇者の血を受け継いでいるのだから。
「イリーネ、話したいことがあるの。これからのことよ。たとえ私達2人がこれからお互いの思い出を失っていくのだとしても」
「お姉さま。私はお姉さまの話、もっと聞きたいです。無くしてしまった場所にある隙間を埋めてくださいますか?」
リディアーヌは、自分の歩んできた道を、聖女の持つ定めを妹に伝える。それが未来を変えるのだと信じているから。
イリーネは聖女となり魔獣の脅威から王国を守る。そこには、リディアーヌとイリーネの大切な人達がいるから。
王国から解放された闇の聖女は、新たな未来を紡ぐ。そこには魔王であり勇者である存在も。聖騎士であり暗黒騎士である存在も共にいる。
女神の願いは、たしかに子孫に引き継がれた。理に逆らい、ただ世界を救う勇者の夢を叶えたいと、その瞳を守りたいと願った心は2人の聖女に宿っている。
(この先、私たちはいつかお互いを忘れ、憎しみあう時が来るのかもしれない。力を使うことで愛するヒトを忘れる定めがあっても、必要な力を使わないことは選べない似た者同士な2人だから)
それでも今は、2人で見つめ合い微笑みあった。
いつか、リディアーヌはイリーネの微笑みを花のようだと言ったけれど。今ふたりの笑顔は、まるでともに咲く2輪の花が風にそよぐように優しく、美しかった。
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