魔王は序列一位暗黒騎士に指揮権を託す
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「しかし、君たちの今回の人生は、世界をあまりに多く変えてしまうね。なぁ、アルフリート?」
「お呼び出しがあったので参りましたが、世間話であれば戻らせていただきたいのですが」
世界を変える話を世間話とは……。アルフリートの脳内は、ほぼリディアーヌで出来ているのかと魔王は思う。
「まあ、君にとって良い話だよ。世界的に良いのかは分からないが……。君に全指揮権を託すよ。正しくは闇の聖女の代理として」
「先日は、魔王軍の指揮権は渡せないと仰っていましたが、どんな心変わりですか?」
魔王の瞳が三日月型になり、悪戯を思いついたような笑顔になる。
「ははっ。先日のこと根に持っているのかな?だって、君ああでもしないとあの子に対して正直にならないだろ」
アルフリートの残された右眼の蒼が星空のように煌めく。
「あなたの前で生を終えた時の祝福とやらで全ての記憶とリディアーヌ様の何回もの最後を見てしまいましたから」
左右に首を振って、目を閉じたアルフリートはギリッと音を立てて歯を食いしばる。
「……自分の甘さを呪いました。彼女を守り続けていたつもりが、守られていたのは俺の方だった」
「……そのような感情は、ずいぶん昔に俺も経験済みだよ」
すっと目を細めた魔王を、アルフリートは思わず見つめた。聖騎士だった時と違い、魔王がただの殺戮者であると、今のアルフリートは思ってはいない。
「君に全権与えたら、あの子のために世界を滅ぼすのも厭わないだろ?それじゃ、いつか真の魔王になってしまう。だから、あの子に全権を与える。君は代理として動きなよ」
それにさ、と豪奢な椅子の肘掛けに頬杖をついて魔王が続ける。
「アルフリート。君が何度も見てきた通り、魔獣が溢れ出すまでもうあまり時間がない。俺が戦えれば早いけど、制約があってね。今の君になら託すことができる。……すべての駒を。頼めるかな?」
「……御心のままに」
アルフリートは、魔王に強い恩義を感じている。
(あの時にもし、魔王が理の歪みを一部とはいえ正してなければ今もリディアーヌ様は……)
今回の人生のリディアーヌも悍ましい繰り返しから救いたいと望むアルフリートに、闇魔法で理に干渉する方法を教えてくれたのも魔王なのだから。
その力の代償か、アルフリートの左目はもう元には戻らないようだが。些末なことだと今のアルフリートは思っている。
(それに、今のところ魔王とリディアーヌ様の願いは同じ方向を向いている)
「……それから、もう一つ。現在の聖女。リディアーヌの妹のイリーネから謁見の打診が来ているよ。そして闇の聖女も同席を求められている」
アルフリートは、リディアーヌとイリーネが、置かれた境遇は違えどこれまでずっと仲の良い姉妹であった事を知っている。
「……聖女の力の代償は、彼女の妹にも?」
「……そうだね。周囲を巻き込んで理を歪めるほどではなくても、あの子の妹本人には影響が出ているだろうね」
今のアルフリートは、リディアーヌが自分との思い出を聖女の力の代償に失い続けていたのを知っている。
彼女が繰り返す人生の最後に悍ましい代償を払っていたことも。
(リディアーヌ様を傷つける全てのモノから守りたい。少しも傷つけられることがないように)
それでも、彼女が自分ばかりが守られることを望んでいないことも知ってしまった。
「……リディアーヌ様に決めていただきます」
「うん、それが良い。それから」
魔王はリディアーヌとアルフリートが運命にあらがう姿から、一つの決意をしていた。
「俺も、お伽噺の通り生きるのではなく、自分で決めた道を進むことにするよ」
「は……それは」
「まぁ、今度の謁見をお楽しみに。とだけ伝えておく」
再びリディアーヌの元へ去っていくアルフリートの背中を見ながら、悔恨の滲む表情で魔王は呟く。
「大丈夫。君たちは手遅れになる前に気付いたのだから。……きっと共にいられる。彼女と俺とは違って」
魔王は目を閉じる。今はもう、彼の記憶の中でしか会えない彼女に想いを馳せて。
そして、決意する。もう一度会える日を待つばかりは終わりにする。自身で掴みに行くのだと。
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