お嬢様とメイドは未来の約束をする
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ギュンターが去ると、急に部屋の中が広く静かになった気がした。そしてギュンターが去ったため、再びアルフリートは扉の前に控えたようだ。
「嵐のようなヒトだったわ」
振り返ると、エリーゼが無表情な中にも、何か言いたそうな雰囲気でこちらを見ている。
言いたいことはすぐに口にすることが多いエリーゼにしては珍しい。
「エリーゼ、何か私に言いたいことがある?言いにくいことなの?」
エリーゼは少し驚いたように目を開いて、その後苦笑した。
「お嬢様には敵いません。そんなに顔に出てしまっていましたか?」
「うーん、何となくよ?」
おそらくリディアーヌ以外のものが気付くことはないほどの、些細な雰囲気の変化だった。
「……お嬢様。しばらく私はお暇をいただきたく存じます」
「エリーゼ……?」
「実は、辺境伯領北端では、最近何体か魔獣が目撃されているらしいのです。その件で、本当はキースとともに一度里に戻るように言われていたのですが」
ドクリ……と、リディアーヌの心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
(そうなのね。以前の人生では、王都に応援依頼されるのが約1ヶ月後。この時期には既に辺境伯領の北端では魔獣が……)
「アルフリートさまや、それにギュンターさまと戦うのではいけないの?私だって……」
春の雪解けのように、そのアイスブルーの瞳を滲ませて、エリーゼが微笑む。
「お嬢様。私はお嬢様の元で、人の心を取り戻せた気がします。ただ、復讐だけを誓っていた幼い私を救ってくださったのは、お嬢様の暖かさです」
「エリーゼ……」
(これはエリーゼにとってなによりも大切なことなのね。私には止めることが出来ないのだわ)
「私も守りたいものを、もっと増やしてみたい。私は里に戻ろうと思います。それに……」
エリーゼの春の雪解けのような微笑みは崩れ、闇を湛えたまま満面の笑顔になる。
「今まで他人に守られたことなどなかったのに、よりによってあのバルに守られてしまい、このままでは私のプライドはズタズタです。これから私は、私のお嬢様にまとわりつく、あの邪魔な犬を捌けるくらい強くなるつもりです」
(魔王軍の序列一位に選ばれた実力のヒトを捌く……。もしかしてソレは世間一般的には魔王と言うのではないかしら?)
「そしてお嬢様。もし我儘を聞いていただけるなら、あの双子のことを、お願いできますか?」
「ええ、もちろんよ。でも……エリーゼ?何かあるの?」
いつも無表情を守っているか、冷笑しているように見えることが多いエリーゼの表情が、今日はクルクルと変化する。
何かを思い出している様子でしばらく沈黙した後、眉尻を下げたエリーゼは呟いた。
「……あの双子の境遇は、私ととても似ているのです」
エリーゼは、自分の生まれや境遇は、今まで頑なに語らなかった。前回までの人生では、ハイデの里についても決して語ることはなかった。
――――エリーゼ、そなたの両親と弟のことは申し訳なく思っておる。
ハイデの里で長老が話していた言葉が、思い起こされる。
今までもリディアーヌは、エリーゼの過去に何かがあったことは察していた。でも、エリーゼが自分から話すまではと無理に聞こうとは思わなかった。
しかし今回、彼女の故郷であるハイデの里に、リディアーヌを連れて行ったことで、エリーゼの運命も大きく変わっていくのかもしれない。
「エリーゼ、貴女は願いが叶ったらまた私のところに帰ってきてくれる?」
「お嬢様がお赦しくださるなら、必ずや帰って参ります。お嬢様も、無事でいると約束して下さいますか?」
「もちろん、約束するわ」
約束は好きではない。守られなかった時、あまりに辛く悲しいから。2人はその事を誰よりも良く知っている。
それでも、2人はお互いに約束をしないではいられない。いつかまた会う日のために。
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