3回目の人生と灼熱の記憶
ご覧いただきありがとうございます。今回はリディアーヌ3回目の人生のお話ですので残酷な表現があります。苦手な方はご注意下さい。
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リディアーヌは、毎日の鍛錬を繰り返す。少し鍛えて変わってきた体は、3回目の人生を迎え、残念ながらごく普通の令嬢レベルに戻ってしまった。
(でも、これならっ)
身体強化をいつでもかけ続けられるように。できるだけ長く、できるだけ強く。そのまま剣を使うことができるように。
たぶん、身体強化をかけたリディアーヌは、既に並の騎士くらいには強い。まだまだ、剣の修行も体の使い方も不十分だけど。
流石に前回の死は堪えた。満身創痍の身体に、額に魔石が埋め込まれた魔獣が大口を開けて迫ってくるのは恐ろしかった。
(しかも3体もいるなんて。ハッキリ言ってアルフリートさまでも厳しいと思うの)
あまりの恐ろしさに、戻って来た時に大声で叫んでしまい、驚いたエリーゼに抱きしめられ宥められてしまった。
でも、前回死を迎える直前に、アルフリートの死に様をその場から生き残った仲間の騎士から聞いた時はもっと絶望した。彼の残した言付けにも。
「コレは俺が倒すからリディアーヌ様に王都から逃げるよう伝えて……か」
アルフリートが最後に戦ったのは、歴史上でも類を見ない黒龍だったという。人の身で倒したのは、アルフリートと勇者くらいしかいないと聞いた。
それでもリディアーヌには、逃げる選択肢なんてなかった。それを選んでしまったらアルフリートにもう会えないから。
「リディアーヌ様。お身体を壊します。あまり無理をしないでください」
普段そばに控えていても、あまり多くは語らないアルフリートが困惑した様子で声をかけて来た。
リディアーヌは、微笑んでアルフリートを見つめるが、決して身体強化を解こうとはしない。魔力がほとんど底をつき、体は震えるほど寒く感じる。
「俺では貴女を守れないと、感じておられるのですか?」
(違う、貴方はいつも私を守ってくれる)
リディアーヌは、首を振る。でも、話をしてしまったら集中が途切れそうだ。
(もう、貴方が行ってしまうまで、あまり時間がないもの。少しでも力になりたいの)
でも、力を使えば使うほど、アルフリートの存在が遠くなっていくような気がする。何か大事なことを忘れていくような。
(あ。加減を間違えたわ)
リディアーヌの意識が急に遠のき、アルフリートに抱きしめられるのを感じた。
(貴方にそんな顔をさせたいわけではなかったのに)
それでもリディアーヌは、止まることができない。アルフリートと笑い合う未来が欲しいから。そのためには、どんな代償でも払うと決めたのだから。
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そしてあの日がやってくる。魔獣が辺境伯領へ向かう街道に現れたという言葉をアルフリートに聞いた。
「辺境伯長男という肩書きがある以上、これ以上断ることは出来ませんでした……。それに、貴女は強くなられた。エリーゼ殿もいれば、ここにいる限り安全です」
(もう、貴女が心配だとは言ってくれないのね)
「それでも、もし戻れたらまた……」
「ダメです」
「リディアーヌ……様」
アルフリートが切なそうに顔を歪め、そして直後、驚きに目を見開いた。
「…………えっ?!」
次の瞬間、リディアーヌは、アルフリートの胸に縋りついていた。
「ひとりで行ってはダメ。私も行きます。そのために強くなったのですから」
泣きたくないのに、少しだけ顔を埋めて泣いてしまう。
「お願い。置いていかないで……」
「リディアーヌ、様?何故……」
この感情は何かしら。すでに知っていたはずの感情なのに。リディアーヌには霧の中に取り残されたようにわからなくなってしまった。
それは、酷使した聖女の力の代償だったのか。
リディアーヌは、それでも前に進む。その感情が何よりも大切なことは覚えているから。
魔獣は倒しても倒しても何処からか現れる。そしてソレは現れた。
「リディアーヌ様、逃げてとお伝えしても聞いてはいただけないのでしょうか」
「この強さ、私の癒しの力がなければ、いくらアルフリートさまでも、相打ちになるかもしれません」
(あの時みたいに、遠くで貴方が斃れたことを知るのはもうたくさん)
「アルフリートさまの、そばにいたいです」
「仕方のないヒトだ。では、貴女を守った暁には、褒美をいただけますか」
涙がこぼれそうになったけれど、あの時の約束をもう一度してくれるアルフリートへ、リディアーヌは笑顔を見せた。
「私にできることならなんでも」
「はは、その台詞ほかの人間には言わないでいただきたいな」
「……アルフリートさま、だけですよ?」
眉をしかめ、ほんの一瞬だけ煌めいた瞳にはリディアーヌが映り込んでいる。
「……ここにいてください。貴女に勝利を捧げましょう」
アルフリートは、リディアーヌの手の甲に口づけを落とし、黒龍と対峙した。
黒龍の吐く黒い焔を、アルフリートの剣が切り裂く。美しい剣舞のように、アルフリートは黒龍に斬りかかる。
まるでそれは、神話の一場面のようだった。リディアーヌは、癒しの力をアルフリートへ与え続ける。
日々の限界までの鍛錬の結果は、リディアーヌの癒しの力も魔力の総量も飛躍的に上昇させていた。
まるで永遠のように思える時間も、黒龍が地響きを立てて倒れたことで終わりを迎える。
「終わったの?アルフリート……さま」
土煙の向こうに、アルフリートは立っていた。満身創痍だが、命は失っていない。
だが、その瞳に喜びの色は見られない。その黄金の瞳が見つめる先には、大柄な赤茶色の髭の男が立っていた。
「強い。戦い続ければ、いつしか魔王様にも及ぶかもしれんな。こんな状態でないあんたと戦いたかったな」
「魔王の手の者か……」
「序列二位、炎のギュンターと呼ばれている。黒龍を倒しに来ただけなんだがなぁ。まさか聖騎士様と聖女様に会うとは」
(お願い、逃げて。今の状態じゃ、勝てない)
だが、すでにリディアーヌは魔力が底をつきかけ、声を上げることもままならなかった。
「あんた達個人に、恨みはないんだ。だけど俺にも」
――――守りたいものがある。
そう言ったギュンターとアルフリートの勝負は呆気なくついてしまった。高火力の炎を纏った剣に、すでに瀕死に近いアルフリートは勝てなかった。
絶望の中のさらに仄暗い思い。どんなに繰り返しても助けることは出来ないのだろうか?と。
燃える燃える、森が燃える。ギュンターは、周囲を炎の剣で焼き払うと、リディアーヌに一瞥をくれたが、トドメを刺さずに去っていった。
遠のく意識と震える体を叱咤して、地面を這いずるようにリディアーヌはアルフリートのそばへ。動かないその体を抱きしめて、リディアーヌは呟いた。
「ね。褒美って、私に何を頼みたかったのですか?アルフリートさま」
2人の体を、アルフリートの黄金の瞳のように美しい灼熱の炎が包んでいった。
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