挿話 商人は騎士に最敬礼で迎えられる
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バルトルトにアルフリートがリディアーヌを馬車で連れて行くのを頼んだ時の話です。
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夜も更けて、街のほとんどが寝静まった頃、アルフリートが先触れもなしにバルトルトの家を訪れた。
(いつも礼節を守るアルフリートにしては珍しい。余程のことがあったのかな?)
部屋着で書類と睨めっこしていたバルトルトは、さらっと平服に着替えて応接間で待つ友人の元へ急いだ。
「待たせてすまない、アルフリート。何があったん……えっ、ちょ?おまっ?!」
応接室の扉を開けて中に入ったバルトルトは、しかしアルフリートの姿を目の当たりにした途端、猛烈に動揺した。
(……友人に何故か騎士の最敬礼をした状態で出迎えられました)
バルフリートは、思わず周囲を見渡したが、もちろん自宅であり誰もいない。その事実にホッと息をつく。
(辺境伯長男殿に男爵の三男風情が最敬礼されてるとか、どんな状況コレ)
頑なに最敬礼をしている幼馴染を立たせようと、バルトルトもその横に膝をつく。そこで違和感を感じた。
いつも美しい深海のような瞳のアルフリートは、感情が高まると瞳を煌めかせる。それはほとんど、聖女候補の少女、リディアーヌが関係していた。
バルトルトは、どんな仕組みなのかな?とは、思うもののそれほど気にしてはいない。
しかし、理外れなその瞳を持つことで聖騎士に相応しくないという人間がいることは分かっている。
「……アルフリート?おまえ左眼だけ金色にするなんて器用なことできたっけ?……とりあえず、話聞くからその体勢やめろよ」
「……頼みを聞いて欲しい」
アルフリートをなんとか立たせようとしたバルトルトだが、商人の細腕では、聖騎士様はびくともしなかった。
(願いが叶うまで、魔道具でも動かなそうだな。こんなの厄介ごとの予感しかない。……でも)
「僕にできることなら、なんでもするから立てよ」
「……その言葉、以前リディアーヌ様にも言われたな。バルトルトは騙されやすいから……他の人間にはその台詞、言わないで欲しいな」
(リディアーヌ様のこと、遠くから見るばかりだったはずなのにいつの間に?)
「お前くらいにしか言わないよ。僕は計算高い商人なんだから」
バルトルトのその言葉に苦笑して、アルフリートは立ち上がりようやくその願いを口にした。
「リディアーヌ様を辺境伯領まで送り届けて貰えないか。命の保証は出来ないが、メイドのエリーゼ殿が付いているからおそらく大丈夫だ」
「お前、普段僕に頼み事なんてしないくせに、ほんと巨大な厄介ごと持ってきたな。一般人の僕なんかじゃ生き残れる未来が浮かばないよ。はぁっ……いいよ。いつからだ」
「今から行って欲しい」
(んっ?今からって言ったか?)
「今から行って欲しい」
「ぐっ」
(二度言われた!?)
今からなんて、バルトルトにも仕事があるし都合というものがある。
多分まだ暴発するだろうがアレの試用もまだだし、強度を高める素材が扱える職人も探さなくてはならない。
(でも、それでも答えは決まってるな)
バルトルトは、王都にあるレーヴェレンツ家本邸の兄と姉に手紙を書いた。
――――僕が現在受け持つ全ての仕事を代行願う。最重要機密のみ引き続き続行する。報酬は言い値で支払う。
「レーヴェレンツ家の本邸に届けといて。それくらいはしてくれるよな?」
「バルトルト……受けてくれるのか?」
「成功報酬は弾んでくれよ?」
「もちろんだ」とアルフリートはほんの少しだけ口角を上げた。
レーヴェレンツ家では禁句になっている『言い値』という言葉が使われた手紙を受け取った兄と姉は、確実な仕事を請け負ってくれるだろう。
レーヴェレンツ家では、『言い値』で頼まれた仕事はどんなことがあっても必ず完遂する。バルトルトは手持ちの中から最上位のカードを切った。
頼んだ側は報酬として、たとえ墓場に持っていきたい秘密でも、たとえ命で支払うほどの対価でも必ず払わなければならないけれど。
「兄貴と姉さんのことだ。どんな無理難題を突き付けられることやら」
バルトルトは嘆息したが、気持ちを切り替えることにした。
(……生き残れたら考えよう)
バルトルトはアフルリートとは違って、ごく普通の一般人なのだから。
しかしバルトルトはまだ知らない。唯一無二の友人の願いを聞いたことで、彼の人生は一般人とはとてもいえない方向に180度変わってしまうことを。
そして、運命の出会いをすることも。
最後までご覧いただきありがとうございました。
次回から第二章スタートします。
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