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第5話 傀儡廻

「うわーん! 何これ、もう火出ないんだけどぉー!?」

「はぁ……はぁ……!!」


 しばらく経って、エリシアとゼラが息を切らし始めた。


「加護を使うのには体力がいるからな。お前らはそろそろ休んどけ」

「レイデン殿、ワタシはまだいけるぞ! 二人の分まで、もっと強化(バフ)をかけてくれ!」

「ヴァイオレットも休め。これが終わったら、お前には事後処理っていうくそ面倒な仕事をやってもらわなくちゃいけないんだ。ここで倒れられたら俺が困るんだよ」

「で、でも――」


 ヴァイオレットが言いかけた、その時。


「グルァアアアアアアアア――ッ!!」


 洞窟の最奥から、とてつもない絶叫。

 地震のような足音を響かせて、巨体が迫って来る。


 通常の巣よりもやけにゴブリンが多いと思ったら、なるほど、そういうことか。

 こいつの繁殖力は、他のゴブリンとは比較にならないほど高いからな。


「いいから、お前たちは下がってろ。こいつは俺が片付ける」


 洞窟の天井に迫るほどの背丈。

 丸太よりも太い手足に、血のついた鋭い牙。


 ゴブリンの上位種――ゴブリン・ロード。

 討伐難易度は、Aランク相当ってところか。


「打ち上げの酒代は奢ってくれよ」



 ◆



 レイデン殿に傀儡廻(くぐつまわし)という異名がついたのには、二つ理由があるという。


 一つは、味方への支援が完璧だから。

 これはワタシも実際に体験したからわかるが、こちらの動きに合わせて必要なタイミングで付与(エンチャント)が施されるため、あまりに身体がスムーズに動き過ぎて誰かに操られているかのような感覚に襲われる。


 味方を傀儡のように操る――ゆえに、傀儡廻というわけだ。


 そして、もう一つの理由は。


「グギャァアアアアアア!!」


 粘度の高い唾を吐き散らしながら叫ぶ、ゴブリン・ロード。

 ワタシも冒険者歴は長い方だが、初めて見るモンスター。


 当然だ。こいつを倒す仕事は、本来ならAランク以上じゃないと回ってこないのだから。


 それくらいこいつは、強くて厄介ということだ。


「おー、まだこんなにいたのか。どんだけ産ませたんだよ、お前」

 

 ゴブリン・ロードの後ろから、二十体、三十体……いや、もっと多くのゴブリンがわらわらと湧いてきた。


 奇怪な声をあげ、足音を響かせ、濁流のように迫って来る。

 地獄のような光景。

 しかしレイデン殿は少しも臆さず、片手をポケットに突っ込んだまま、もう片方の手で呑気に頭を掻く。


「――【強制停止(とまれ)】」


 魔術が発動し、たったそれだけで夥しいゴブリンたちが歩みを止めた。

 指の一本も動かせず、まばたきの一つもせず、まるで石像のように固まる。


「よしよし、いい子だ。――んじゃ、【強制自死(くたばれ)】」


 瞬間、全てのゴブリンが一番の武器である自らの爪で喉を切り裂いた。


 話には聞いていた。

 逸話はいくつも知っていたが……実際に見ると、あまりにも凄まじい。


 傀儡廻という異名がついた、二つ目の理由。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()


 人間もモンスターも関係ない。

 レイデン殿と敵対することは、イコールで自由意志を奪われた上での死を意味する。


 ……もはや言うまでもないが、通常の付与魔術師(エンチャンター)にこんな芸当はできない。


 というか、できていいわけがない。

 一介の人間に、こんなこと。


 もはや神の領域だ。


「グゥルルル……グギャァアアアア!!!!」

「何だ、お前は生きてるのか。魔術耐性でもあるのか? 面倒なやつだな」


 味方を全滅させられて、ゴブリン・ロードは絶叫する。

 レイデン殿は小さく息をついて、ずっとポケットにしまっていた手を外へ出した。


 その手にあったのは……え? 折りたたみナイフ?


 手紙の封を切ったり、ちょっとした果物の皮を剥いたりするのに使う日用品。

 おおよそ戦闘には使用しないそれに、次々と世界最高峰の付与(エンチャント)が込められてゆく。


 チープだった刃は、瞬く間に伝説級の剣のような輝きを放つ。

 星々を束ねたような神々しい折りたたみナイフを、ゆっくりと上へ持ち上げて、


「そらよっと」


 緊張感のない声と共に振り下ろした。

 ただそれだけ、たったそれだけのことで。


 勝負は、決した。


「――――――ッ!!!!」


 断末魔もなく、ゴブリン・ロードの肉体は真っ二つに裂けた。

 ドサッと鈍い音が響くのと同時に、レイデン殿は振り返って歩き出す。


「んじゃ、帰るぞ。こんな話に聞いてないモンスターがいたんだから報酬上げさせて、ついでにゴネてボーナスもいただこうぜ。へへっ」


 自分が今やったことを自慢するわけでもなく、まったく当然のように去っていくその背中を見て、ワタシたちは顔を見合わせ小さく頷いた。


 無言の中で、全員が確信する。

 あの人と一緒なら、〈白雪花(スノードロップ)〉は最強に至ると――。

「面白い」「続きが読みたい」と思った方は、

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