第28話 過去
非常にまずいことになった。
「そ、そういえば、ご挨拶がまだでしたね! 〈竜の宿り木〉のアリス・エルドラゴです……よ、よろしくお願いしますっ!」
ワタシたちはアリスさんと共に、近くの酒場へ移動。
彼女はニッコリと眩しい笑顔で頭を下げるが、その視線はどこか落ち着きがなく、チラチラとアダルトショップの買い物袋を見ている。
「い、いや、違う……!! 説明させて欲しい……!!」
堪らず、ワタシは叫ぶ。
何が違うのかまったくわからないが、このままだと〈白雪花〉に妙な印象がついてしまう。仕事終わりに全員揃ってアダルトショップ で買い物をする変態冒険者パーティーだと思われてしまう。
「え、えっと……そう! レイデン殿にお使いを頼まれて、だな! そうだろ、みんな!?」
「お使い……? あ、うん! そうそう! レイデンさんから頼まれちゃって、仕方なく行ったんだよ!!」
「ふんふん!!」
咄嗟に合わせてくれたエリシアと、勢いよく頷くゼラ。
モヤモヤが晴れたのか、「あ、なるほど!」とアリスさんは納得。
……ふぅ、やれやれ。
レイデン殿の名誉を犠牲に、どうにか我々の名誉は守れたぞ。
「差し支えなければ、購入したものを私に見せていただけますか?」
「「「え?」」」
「あのレイデン先輩が、お仲間の三人に頼んでまでアダルトショップで何を購入したのか、興味がありまして! レイデン先輩のことなので、きっと何か特別な意味があるはずです!」
「「「…………」」」
そうだ、そうだった……このひとは何がどういうわけか、レイデン殿を神聖視しているんだ。
いや、これに関してはワタシたちがおかしいのか。
世界でたった五人しかいないSランク冒険者の一人で、世界最大規模のパーティーの創設メンバー……これほどの男を、神聖視しない方がおかしい。
「……これ、買ったもの……」
「おおー! ありがとうございます!」
勝手に買い物袋を渡したゼラ。
あーあ……どうなっても知らないぞ。
「えーっと…… 〝ア○ルハイパー調教セット ~君も今日からメス豚の飼い主!! 気高き女騎士のケ○穴を凌辱し尽くせ!!~〟に、〝んモぉ~~~たまらん!! 彼女のおっぱいにしゃぶりつけ!!〟……それと、〝ちんこ特大勃起大爆発薬〟ですか。ふーむ、これに一体どういう意図が……」
「「「…………」」」
ワタシたちが買ったものをテーブルに並べ、真剣な表情で考察する様はあまりに面白く……だが同時に、非常にいたたまれない気持ちになった。……何だこの状況、いっそ殺してくれ。
「そ、それより、ワタシたちの自己紹介がまだだったな! ワタシがヴァイオレット……彼女がエリシアで、こっちがゼラだ! よ、よろしく頼む……!」
言いつつ、ささっとテーブルの上を片付けた。
こんなモザイク必須の代物を、いつまでも公衆に晒してはおけない。
「あ、はい! よろしくお願いします! 本当はもっと早くご挨拶すべきだったのに……こんなに遅くなって、すみません」
「いやいや、頭を上げてくれ! 本来ならこちらから挨拶にうかがうべきで……! そちらから引き抜いた……ような形になってしまったため、どうも気まずくてだな……」
レイデン殿が加入して間もなく、実は一度挨拶に行った。
しかしその時はアリスさんが不在で、代わりに〈竜の宿り木〉のメンバーから嫌味を言われた。レイデン先輩頼りで稼いで嬉しいのかよ、的な……まあ、言わんとすることはわかる。
「気にしないでくださいよ! うちを抜けたことも、そちらに入ったことも、全てレイデン先輩の意思です! あのひとの決めたことなら何か必ず大きな意味があると思うので、私が意見するとかおこがましいですよ!」
何か必ず大きな意味がある……か。
『うわぁー! すっごい! すっごーい! うわうわっ、これがSカップ!? すごいすごい!! うわーっ!! うん、パーティー入る!! 入らせてください!!』
彼のバカ面が脳裏をよぎった。
これは絶対に言わない方がいいだろう……『レイデン先輩はそんな人じゃないです!!』とか何とか言われて喧嘩になっても困るし。
「ところで、レイデン先輩はどうですか? 元気にしてます?」
「仕事ぶりはいつも通りだが……元気かどうかは、微妙なところだな。何だか最近、やけに付き合いが悪くて……」
言うとアリスさんは少し考え込み、しばらくしてパッと目を見開いた。
「……命日……」
「えっ?」
「明日は私の叔父……〈竜の宿り木〉先代頭領で、レイデン先輩の親友の命日なんです。もしかしたら、それと何か関係があるかも……?」
あの男がそんなセンチメンタルに浸るようなタマか、とは思ったが……。
知らない。ワタシは、いやワタシたちは、レイデン殿のことを何も。そういうことがあってもおかしくはない。
「レイデンさんとその先代頭領さんって、そんなに仲良かったの? ちょっとあたし、レイデンさんが男の人と仲良くしてるところ想像できないんだけど……」
「男女問わず、レイデン先輩は他人と一定の距離を置いています。親しそうに話していても、どこか心は離れているというか……ですが、叔父への友情は本物だったと思います。レイデン先輩も叔父を、無二の恩人だとおっしゃっていましたし」
恩人……あの無礼を煮詰めて無礼で味付けしたような男が、他人をそんな風に思うことがあるのか。
まして、同性の人間を。
「子どもの頃のレイデン先輩は、独学で学んだ付与魔術を用い、食事や金品を他人から得ていたそうです。道行くひとの心に付与をほどこし、自分を息子や友人と錯覚させたりして」
「普通に犯罪だが……まあ、生きるためには仕方ないか……」
「ですね。――そんな時に引っかかった獲物の一人が、私の叔父だったわけです」
どこか嬉しそうに、誇らしそうに、アリスさんは言った。
「『俺と友達になってくれ』と付与をかけ、レイデン先輩は叔父の家に入れてもらい、お腹いっぱい食事をご馳走になったそうです。そして気持ちよく家を出て……その翌日、今度は叔父から声をかけられたのだとか。一緒に遊ぼう、と」
「まだ、魔術が切れていなかったのか?」
「違います。叔父は……というか私たちの家系は、魔術に耐性があるんです。叔父は単純なひとなので、友達になってくれと言われて、そのまま本気にしてしまったんですね」
あぁ……と、心の中で深い息が漏れた。
路上で暮らす孤児。
ボロボロの身なりで、誰からも相手にされない。
そんな中、魔術を使わずとも自分と関わりを持ってくれたひとが現れたことは、レイデン殿にとって相当心強かっただろう。
「レイデン先輩は子どもながらに世の中を恨んでいたそうですが、叔父との出会いで全てが変わったと、そうおっしゃっていました。あとそれ以降、他人の心を操るのも辞めたそうです」
「確かに彼は、他人の肉体を操ることはあっても、心を操ることはしないな……」
「はい。魔術がなくても誰かと関わることはできる……それに気づいたから、だとか。とにかく叔父は、先輩にとって本当に大切なひとだったんです」
そう言い切った瞬間、「あっ!!」とアリスさんは立ち上がった。
「ご、ごめんなさい!! 私、今夜は大切な会議があるんでした!!」
「それなら早く行ってくれ! 会計はこちらで済ませておくから!」
「本当ですか!? では、お言葉に甘えて……!! いつか絶対にお返ししますのでー!!」
遅刻が確定しているのだろう。
真っ青な顔色のまま、彼女は風のように店を出て行った。
「「「…………」」」
残されたワタシたちは、アリスさんが語ってくれたレイデン殿の過去の重みを噛み締めながら、ただ黙りこくっていた。
時折視線を交わして、俯いて。
たまに目が合い、気まずさに閉口する。
「マンネリとか決めつけて……あたし、バカみたい……」
ぽつりと、エリシアは呟いた。
ワタシは彼女の肩に手を置き、小さく首を横に振る。
「ワタシたちは知らなかったんだ。仕方ないさ」
「でも、あんなバカ騒ぎして……! す、すごく失礼なことしちゃったよ……!」
「……今からお詫び、行く?」
ゼラの提案に、ワタシたちは少し迷ってから首肯した。
レイデン殿に対し、直接何かをしたわけではない。
だから、お詫びというのはおかしな話。
自分たちの罪悪感を晴らしたいだけの自己満足。
そうとわかっていながら何かせずにはいられなくて、かなり高いお酒を買って彼の家を訪ねた。
ランク昇格祝いだとか何とか言って渡してしまおう。
「おおー、お前ら! こんな時間に何しに来たんだ?」
扉を開けた彼は、つい数時間前のことが嘘のようにハイテンションだった。
目には活力が灯り、肌には艶がある。
「い、いや、パーティーランクが上がったわけだし、レイデン殿へ日頃の感謝を込めて贈り物をと思って、だな……」
「マジか!? 気が利くなぁ、ちょうど飲みたいなって思ってんだよー!!」
エリシアから酒を受け取り、上機嫌に笑うレイデン殿。
ワタシたちは、その様子を訝し気に見つめる。
「レイデンさん……何か、やけに元気じゃない? 何かいいことあったの?」
「おっ、聞いてくれるか! 実は帰ったら、チェルシーちゃんから手紙が届いてたんだよ!」
嫌な予感が背筋を走った。
こちらの気など知らず、彼は満面の笑みを浮かべる。
「二週間くらい前に手紙が来て、家族のことが片付いたから街に戻るって! んで今日届いた手紙には、明日着くって書いてあったんだ! いやぁ、大変だったなぁ! チェルシーちゃんが帰るって聞いてから、ずっと禁欲してたから!」
「き、禁欲……?」
「おうよ! 久々のチェルシーちゃんだし、全身全霊で遊びたいだろ! だから、お前たちを見るのも辛かったんだぜ? 動くたびにおっぱいがバルンバルン揺れて、ちんこが爆発しそうだった! いやでも、明日で全部解消――」
「ゼラ、やれ」
ワタシの指示で、ゼラはレイデン殿の口に〝ちんこ特大勃起大爆発薬〟をぶち込んだ。
彼は目を白黒させつつ、突然のことにゴクリと飲み込む。
「お、お前っ、俺に何を飲ませ――」
「レイデンさん、ちょっとベッドまで行こっか。ちんちん、燃やされたくないよね?」
「えぇ!? 俺、何かしたか!?」
別に彼は悪くない。
これは一方的な怒りで、身勝手な嫉妬だ。
素っ気ない態度をとられて、誘っても断られて、彼の過去を知って反省して……でもそれらは全て勘違いで、実はお気に入りの娼婦と全力で遊びたいがために我慢していただけ。
勘違いしていたワタシたちが悪い。
そんなことはわかっている……が、ここで笑って見逃せるほどワタシたちは大人じゃない。この男に対し、そんなやわな惚れ方はしていない。
「えっ……ちょ、何でみんな脱いでるの!? ってか、おわぁ!? 俺のちんこ、バカみたいに熱いんだけど!!」
「安心してくれ、ワタシたちが何とかする。――明日までに、その股間を砂漠にする」
「いやいや!! 俺、チェルシーちゃんと遊ぶのずっと楽しみにしてたのに!! そ、そんなのってないよー!!」
「女の前にちんこを出しておいてうだうだ言うな!! 覚悟を決めろ、Sランク冒険者だろ!?」
「それ今関係ある!?」
「――よしゼラ、やれ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!! 待ってください!! 待って――おわぁああああああああああああああああ!!!!」
アダルトショップで買ったものをフル活用し、ワタシたちは最後の一滴まで搾り取った。
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