第25話 ゼラ
「俺が何したって言うんだぁ……くそぉ、俺が何か悪いことしたってのかよぉ……!!」
酒場をあとにして、自宅へ直帰。
ベッドに倒れ込み、ひたすらに枕を濡らす。
なけなしの金は、酒場での会計で尽きた。
酔って忘れることすら、今の俺にはできない。
……納得いかねえ。
うがぁああああ!! 納得いかねえ!!
俺、何かしたか!?
ただ世界最強の剣豪をボケさせて、敵に突撃させて、そのまま放置しただけだろ!? 徘徊老人を野に放っただけだろ!!
それで街が壊れたとか知ったことかよ!!
レオナルドに請求しろよ!!
……せっかく、屑共から恐喝のネタを巻き上げたのに。
金持ちになれるはずだったのに……。
「う、うぅ……うぅ~~~!!」
ベッドの上でうずくまって、転がって、床に落ちて。
無意識に部屋を見回し、酒を探す。
一本だけ残っていた瓶に手を伸ばして口を付けるも、一滴出てきただけで足しにもならない。「ちくしょー!!」と壁に投げつけ、頭をわしゃわしゃと掻く。
「ん……?」
コンコンと、誰かが玄関の扉をノックした。
こんな時間に誰だよ……くそ、非常識な奴め。
鬱憤晴らしに怒鳴り散らしてやろう。
俺のくれてやったスキャンダルでこの国が良くなるなら、それくらいやったって許されるはずだ。
「……あ? ゼラ……? どうかしたのか……?」
扉を開けると、なぜかゼラが立っていた。
夜風に揺れる銀の髪。頬はなぜかほんのりと赤く、それを隠すように少し俯いている。
「こ、これ……」
「ん? 酒?」
持っていたバスケットの中には、酒瓶が一本。
ゼラはおずおずと顔を上げ、パチリと両の瞳に俺を映す。
「さっきの飲み会……微妙な感じで、終わったし……一緒に飲み直そうかな、って……」
「一緒って、お前なぁ……」
こちとら大金を失ったばっかだぞ。
酒はありがたいが、誰かと一緒に飲む気分になんかなれねえよ。それだけ置いてさっさと帰りやがれ。
――と、口に出しかけて。
ゼラの服装が、いつもと違うことに気づく。
いつものピッタリと肌に張り付くものではなく、エリシアのようなかなりゆとりのある服装。特に胸元がガバガバで、超弩級のSカップおっぱいの谷間がこんにちはと挨拶している。
もっと見てよと、手を振っているような気がする。
おっぱいが、俺からの視線というスポットライトを浴びたがっているような気がする。
「い、いま、部屋掃除するから!! ちょっとそこで待ってて!!」
気がつくと俺は、猛スピードで彼女を迎え入れる準備をしていた。
仕方ないよ、男の子だもん。
◆
「うんまぁ!? 何だこの酒、うまぁ!?」
「そう……よかった……」
「ゼラも飲めよ! このレベルのは中々お目にかかれないぞ!」
「んっ」
レイデンにグラスにお酒を注いでもらい、軽く唇を濡らした。
正直、美味しいかどうかはわからない。
そういう感想が出るほど、お酒を飲み慣れていないから。
「あーっ、うめぇ!! 最高だなぁこりゃ!!」
でも、レイデンが美味しそうに飲んでくれるのは嬉しい。
自分のことみたいに嬉しくて、自然と口元が緩む。
「……で、どうかしたのか?」
「え……?」
「いきなり俺と二人で飲み直そうとか、何か用がなくちゃ誘わないだろ。遠慮なく言えよ、ほら」
酒気の混じった息をついて、ジッとわたしを見つめた。
その瞳は、おふざけのない真剣な熱を宿す。
『何か困ってることとか、相談したいことがあったら気軽に言えよ。ヴァイオレットたちには黙っとくから』
この前、彼がわたしに贈ってくれた言葉。
きっとレイデンは、わたしがまたトラウマに苛まれて、話を聞いて欲しくて来たと思っているのだろう。
「……用とかじゃ、なくて……」
「ん?」
「お、お礼が……したくて……っ」
グラスの中身をぐいっと飲み干して、勢いよく立ち上がった。
「ハワードのこと、あ、ありがとうっ! わたし一人じゃ……絶対、立ち向かうとか無理だった……!」
少しぼやけた視界。曖昧な頭の中。
アルコールの熱量を借りて、舌足らずな口を動かす。
「んで、それで……! 何か……わたし、何かお礼しなくちゃ、って……!」
意を決して、ワンピースの肩紐をずらす。
すとんと服が床に落ちて、上半身が丸々空気に晒され若干の寒さを感じる。
「お金なくなって……しょ、娼館、行けなくなったなら、わたしが代わりになる……! す、好きにして、いいから……っ!」
レイデンがヴァイオレットとエリシアに手を出していることを、わたしは知っていた。
あの二人もノリノリだし、好きでやっているならいいかと知らないフリをしていた。
二人を抱いているなら、きっと、わたしにだって興味はあるはず。
わたしだって……まあ、それなりに? 魅力的な身体、だと思うし。
お礼として、成立するはず。
何より、わたしにはこれくらいしか差し出せるものがない。
「…………っ!」
目を瞑って、彼の行動を待つ。
立ち上がった音。歩き出した音。
来た……と思ったが、なぜかわたしの隣を素通り。
すぐに戻ってきて、ふわっとやわらかく温かいものをわたしの肩にかける。
そこから何をするわけでもなく、彼は元の場所へ着席。状況が飲み込めずまぶたを開くと、わたしの身体にブランケットがかけられていた。
「お前、何か勘違いしてるだろ?」
「……え?」
「とりあえず座れよ」
覚悟を決めて脱いだのに、こういう対応をされるとは思わなかった。
我ながら間抜けな状況に赤面しつつ、いそいそと席に着く。
「まず大前提として、俺がゼラに礼を言う道理はあっても、ゼラが俺に礼を言うのは筋が通らねえ」
「何で……? わたし、復讐……手伝ってもらった……!」
「違う。俺、言ったよな? 断末魔バトルに誘った時、俺と組んでくれって」
記憶を手繰り寄せ、ハッとする。
確かにレイデンは、一度だってわたしの復讐を手伝うとは言っていない。一緒に来て欲しいと、そういう旨の言葉しか口にしていない。
「あのデブをシメるのを手伝ってもらったのは俺の方だ。それに、チェルシーちゃんを助けてくれたのはお前だ。この礼はどっかでするから、お前はドンと胸を張ってろよ。自分で立ち上がった奴が、死ぬ気で頑張った奴が、無意味にペコペコするな」
「でも、レイデンがいなきゃ……無理だった、し……! 何かお返し、しなきゃ……!」
理屈はわかった。
わかったが……それでは、わたしの気持ちが収まらない。
ここまで気遣ってもらって、はいわかりましたと、レイデンからのお礼を待っていますと、家に帰るわけにはいかない。
「お前、意外と強情だな……」
ため息混じりに言って、空になったわたしのグラスにお酒を注いだ。
「俺へのお返しなら、これで十分だ」
「これ……?」
自分のグラスもお酒で満たして、持ち上げて。
乾杯をしようと、視線が語る。
わたしも急いでグラスを持って、カンと涼しい音を鳴らす。
「いい女といい酒を飲んでる。――何もしてない俺が、これ以上はもらえねえよ」
静謐な大人の余裕が香る、爽やかで厚みのある笑み。
人里離れた土地の夜闇を固めて丸めたような、野性的で嘘のない瞳。
ひと呼吸でお酒を飲み干し、ぷはーっと息をつく。
途端に子どものように笑って、「やっぱうめぇな、これ!」とすぐさまグラスをお酒で満たす。
その温度差に、表情の深みに。
自分でもわけがわからないくらい、ドキドキする。
緊張が由来の鼓動じゃない。
そういうのじゃなくて……もっとこう、抗いがたい衝動。
お腹の底から熱くなるような、嬉しくなるような、居ても立っても居られないようなむず痒さ。
手を伸ばしたくて、手を伸ばして欲しくて、期待が心臓の背中を押す。
……あぁ、そうか。
わたし……レイデンのこと、好きなんだ。
「お前、そろそろ服着たらどうだ? 目の保養にはいいが、片方が着てて片方が全裸の飲み会とかバカっぽいしよ」
冗談めかしく笑って、グラスに口をつけた。
その顔を上目遣いで見て、視線を伏せて。
緩く噛んでいた唇を離して、ふっと浅く深呼吸する。
「じゃあ……レイデンも、脱いだら……?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ」
「……そうなったら……そういうことに、なるし……」
目が合う。
わたしの意思が伝わったのか、彼は呆れ切ったため息をこぼす。
「あのなぁ……だから、礼はいいって言ってるだろ。何度も言わすなよ……」
「お礼じゃ、ない!!」
心臓の音がうるさいせいか、自分でも意味がわからないくらい大きな声が出た。
顔が熱い。
耳まで溶けそうなほど、血液が沸騰する。
「お礼じゃなくて……わ、わたしが、そういうこと、したくて……! だ、だから……!」
そこまで言ったところで、レイデンが怪訝そうな表情で固まっていることに気づいた。
……あぁ、やばい。
言葉選びを間違えたかもしれない。
無理やりされたことはあっても、誰かを誘ったのは初めて。
絶対にこの誘い方はおかしいとわかっているが、これ以外に何も思いつかなかった。この言い方以外、どうすればいいかわからなかった。
嫌われたらどうしよう。
気持ち悪いって思われたら、どうしよう。
彼を求める気持ちでいっぱいだった頭は、途端に不安で埋め尽くされる。
胃酸が逆流しそうになり、キュッと心臓が締め付けられる。
「よ、よくわかんねえけど、普通にセックスしていいの!? いや、いいんですか!?」
重い沈黙の末。
バカ丸出しの顔で確認を取られ、ぶふっと噴き出した。謎の敬語が余計に面白くて、わたしは声を押し殺して笑う。
「……したく、ない?」
「したいです!!」
「じゃあ……いいよ?」
「やったぁ~~~!!」
間抜けなひとだなと思った。
バカで、単純で、スケベなひとだなと、改めて思った。
でも不思議と、こうも思った。
このひとを好きになってよかったな――と。
◆
「何か、いい雰囲気だな……」
「どうしよう……あたし、この中に入っていく勇気ないんだけど……」
レイデン殿の家の前。
玄関の扉に耳を当て、ジッと家の中の音を聞くワタシとエリシア。
飲み会が終わったあと、ワタシは身支度をしてレイデン殿の家へ向かった。
目的については、もはや言うまでもない。
しかし、そこには既にゼラがいた。
真面目な話し合いの可能性があるかもと様子をうかがっていると、今度はエリシアがやって来て今に至る。
「エリシア……ちょっと様子を見て来てくれ」
「えぇ!? いやいや、無理だって……! 何かゼラちゃん、ちょー乙女な声出しちゃってるもん……! 今入って行ったら、喧嘩になっちゃうよ……!」
「いやしかし、ゼラはそれほど経験がないはずだ……レイデン殿の性豪ぶりに、身体が耐えられるかどうか……」
ゼラに対する嫉妬半分、もう半分は本気の心配だ。
言っちゃ何だが、ワタシは性欲が強い方だと思う。それはエリシアも同じ。
その二人の求めに応じ、その足でチェルシーさんの元へ行くような男の精力に、ゼラは耐えられるのだろうか。いや、きっと無理だろう。
「おわぁああああああああああ!!」
家の中から野太い悲鳴。
間違いなく、レイデン殿のものだ。
「ちょ、ゼラ!? 待って待って、ちょっと休ませて!! ……あれ? 俺の話、聞いてる? 俺、待ってて言ったのに――おわぁああああああああ!! お嫁に行けなくなるぅううううううう!!」
何をされているかのかはわからないが、とんでもないことが起こっていることだけはわかった。
……放っておいても問題なさそうだな、うん。
むしろ、レイデン殿が死なないかどうかの方が心配だ。
「また、今度にしよっか……?」
エリシアにそう尋ねられ、ワタシは頷いた。
そっと距離を取り、二人で飲み直しに行く。レイデン殿の無様な悲鳴を、背中に浴びながら。
「おわぁああああああああああああ!! ちんこがぁああああああああああああ!!」
ゼラの【戦神の加護】は、怪力を授ける加護です。
あとは想像してください。
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