表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

第24話 最低な後夜祭


 数日後。

 夜の酒場。


「――……ってことが、あった」


 街に戻ったわたしを待ち構えていたのは、酷く心配したヴァイオレットとエリシアだった。

 何も言わず出てきたため、街中を探して回り、街の外も捜索し、本当に大変だったらしい。


 なのでわたしは、洗いざらい全てを話した。

 エリシアの村に行き着くまでにあったこと……だからこそレイデンについて行き、過去を清算したことを、一つずつ丁寧に綴った。


「そんなことがあったなら、どうしてワタシたちにも相談してくれなかったんだ!?」

「そうだよ! ってかあたしたち、幼馴染だよね!? ちょっとくらい教えてくれてもよくない!?」

「……嫌われたら、いやだと思って……」

「嫌うわけがないだろ!! むしろ、ワタシもその奴隷商に一発入れてやりたいくらいだ!!」

「あたしだって、言ってくれたら一緒に丸焦げにしたのに!!」


 自分のことように怒ってくれる二人を見て、くすりと笑みが漏れた。

 嫌われたらどうしよう、汚いと思われたらどうしようと、不安がっていた過去の自分は一体何だったのか。……レイデンもそうだけど、わたしはとても仲間に恵まれている。


「「…………」」

「ど、どう……したの……? わたしのこと、見て……」

「い、いや、ゼラがものすごく自然に笑うものだから、つい……」

「ゼラちゃんがこんなにニコニコしてるとこ、初めて見たかも……」


 自分でもよくわからないが、ここ最近、やけに表情がやわらかくなった気がする。


 他の奴隷たちも解放して皆でやった、あの大断末魔運動会が楽しかったからだろう。

 復讐ってすごい。胸がスッとするし、思い出すだけで楽しい気分になれる。世の中のひと皆、復讐できるならした方がいいと思う。


「ところでだが……」


 言いながら、ヴァイオレットは別の席へ視線を向けた。


「ガッハッハッ!! 飲め飲め!! 今日は俺の奢りだ!!」

「マジっすか!? いやでも自分ら、男ですよ!?」

「男だから何だよ! 俺が男と女でひとを差別するようなひでぇ奴だと思ってるのか? いいから飲め! 他のやつらも、好きなだけ食って騒げ! ガーハッハッハー!!」


 凄まじく上機嫌に酒をかっくらうレイデン。

 その豪快な言葉に店内は湧き、彼を称える声で満ち溢れる。レイデンはそれを肴に更に酒を飲み、ただでさえ赤い顔をより赤くする。


「あの羽振りの良さは何だ? レイデン殿は、チェルシーさんに金を奪われたはずじゃ……?」

「しかも、男のひとにまで奢るとか言ってるよ……異常だって、あれ。そんなできた性格のひとじゃないのに……」

「えっと、それは――」


 大断末魔運動会のあと。

 最低な後夜祭について、わたしは語る。




 ◆




「レイデン……どこ、行くの?」

「ん? あぁ、小遣い稼ぎだ。せっかくだから、搾れるとこから搾っとかないとな!」


 ハワードへの復讐が完了して間もなく、レイデンは一人歩き出した。


 何の気なしにその背中を追うと、着いたのは最初のオークション会場。

 瓦礫が散乱する中、彼が救出したのか、参加者たちが直立不動で佇んでいる。あまりに不気味で不自然な光景に、わたしはギョッと目を見張る。


「お、おい頼む! 身体が動かないんだ、何とかしてくれ!」

「こっちが先だ! 早くっ!」

「金なら払うからー!!」


「おう、待ってろ。すぐ楽にしてやる」


 その一言ともにかけていた魔術を解いたのか、全員が一斉に座り込んだ。

 壇上にあがったレイデンは、瓦礫に腰を下ろしてニッコリと笑う。


「奴隷オークション参加者の屑共(ブルジョワ)諸君、こんにちは。俺はレイデン・ローゼス。Sランク冒険者で、()()()()()()()()()()()ここへ乗り込んだ。当然だが、お前ら参加者も捕まえろってお達しが出てる」


 自分は仕事で来ただけだと、さらりと嘘をつく。

 本当は、お気に入りの娼婦を助けに来ただけなのに。


 だが、参加者たちはそんなこと知りようがない。

 Sランク冒険者という抵抗のしようがない存在が目の前にいる――その事実に、ただ戦慄する。


「でも、お前ら捕まりたくないよな? 金持ちだったり、上流階級だったり、それぞれ立場があるもんな? だったら……ほら、わかるだろ?」


 その言葉に、参加者たちの表情が輝く。

 金で解決できるなら安いと、全員の意思が一致する。


「わかった、有り金全部だす!!」

「いくら欲しいんだ!?」

「好きなだけ払うから見逃してくれー!!」


「わかってねえ……何もわかってねえな、お前ら……」


 顔に貼り付けていた笑みが、あくどく変色してゆく。

 ついさっき、わたしに優しい言葉を投げかけたひとと同一人物だとは到底思えない。


「バカみたいな金額が動くオークションに、不用心に現ナマを持って来るわけがねえ。支払いはこの会が終わったあと……つまり、今お前らが持ってる金なんざたかが知れてる。着てるもん全部剥いたって、たいした額にはならねえ」


 クヒッと不気味に喉を鳴らしながら、懐から手帳を取り出した。

 意図がわからず、わたしを含め全員が首を傾げる。


「ここは今から懺悔室だ。全員一人ずつ、この手帳にありったけの秘密を書いてサインしろ。他人の秘密も書いていいぜ。全部、あとで金を揺する時に使うからよ」

「ひ、秘密……!? そんなことをしたら、一生あなたに金を払い続けることになる……!! 非合法な場とはいえ、ただ買い物に来ただけの我々がどうしてそんな……!?」

「そうか。だったら、お前は瓦礫に埋もれて死んだってことにしてもいいんだぜ?」

「……っ!!」


 容赦のない一言に、会場の空気は凍りついた。

 ぽっかりと開いた天井から降り注ぐ光は、偶然にもレイデンだけを照らし発言に凄みをプラスする。


「ただ買い物に来ただけ、だと? 他人様の人生を買いに来たクセに、自分の人生が危うくなってキレるとかおかしいのか? 誰かを不幸にするなら、自分も不幸になる覚悟がなくっちゃダメだろ? せっかく命と立場は助けてやるって言ってるんだ、ありがとうございますって床に額擦り付けて泣きながら感謝しろよボケ!」


 言っていることは無茶苦茶だが、一応筋は通っている。


 それに、レイデンのやり口は上手い。

 相手の秘密を握れば、これが仕事でも何でもなく私用だったとあとからバレたとしても、彼らは何も言えない。ただ黙って、レイデンに金を支払うほかない。クロウの時のように、とりっぱぐれることもない。


「言っとくが、嘘は書くなよ。嘘は通じないからな。万が一にでもそういうクソなことをした奴は……俺は男女平等主義者(フェミニスト)だから、乳のデカい女以外ここで死んだことにする。そこんとこ、頭に叩き込んどけ」


 こうして彼は、数千億ゴールド……いや、数兆ゴールドにも化けかねない恐喝のネタを手に入れた。




 ◆




「れ、レイデン殿……やっていることが、ほとんどマフィアだぞ……」

「何かもう、三周くらい回って尊敬できちゃうかも……」


 大きなため息をつきながらうな垂れる二人。

 呆れる気持ちは痛いほどわかる。わたしもあの懺悔室という名の地獄を見せつけられた時は、わりと本当に引いたし。


「おいお前ら、店の前歩いてる奴らも捕まえて来い!! 今日は全部俺が奢ってやる!!」

「「「「「マジですか!?」」」」」

「男に二言はねえ!! 朝まで宴だぁああああ!!」


 楽しそうだなぁ、とわたしたちは生温かい視線を送る。

 最低だけど、どうしようもないひとだけど……でも、どこか微笑ましくて唇が綻ぶ。


「ん? おおー、お前らも来たのか! まあ座れよっ、飲め飲め!」


 店にぞろぞろと入って来たのは、世界最大規模の冒険者パーティーの一つであり、レイデンの古巣〈竜の宿り木〉の面々。頭領のアリス・エルドラゴを筆頭に、著名な冒険者たちが彼を囲む。

 

「レイデン先輩……あの……」

「何だよアリス! ほら、駆けつけ一杯! 今日は俺の奢りだ!」

「いや、その……」


 アリスは気まずそうに眉を寄せながら、懐から一枚の紙を取り出した。

 それを受け取ったレイデンはしばし硬直し、内容を理解したのか顔から血の気が失せる。手に持っていたジョッキが落ち、パリンと砕け中身をぶちまける。


「請求……書……? し、しかも、何だこの法外な金額は!? 小国の国家予算レベルだぞ!?」

「え、えーっと、実は私たち、少し前までとあるSランク相当の任務にあたっていまして……」

「それとこれに、どういう関係が……?」

「任務の内容は、モンスターに占拠された街の奪還……とても大変で、もう無理かという時に、なぜかヤマト国の武錆一心さんがやって来てモンスターを殲滅してくれました」


 途中から武錆がいなくなっていて、なぜかとレイデンに聞いたら、あいつなら大丈夫だと要領の得ない回答をもらった。心配していたが、どうやら別の街へ行っていたらしい。


「そこまではよかったんです!! 本当に助かりました!! ただ彼、どういうわけかモンスターを倒しただけじゃ飽き足らず、街を破壊し尽くしてしまいまして……『儂は最強じゃー!! うがぁああああ!!』とか何とか言いながら……」

「…………」

「住民は全員避難していたので無事だったのですが、重要な文化財なども一切合切全て細切れにされてしまい……」

「…………」

「途中で正気に戻ったので事情を聞くと……ど、どうもレイデン先輩が悪い? というか……何というか……? こちらでも解析してみましたが、どう考えてもレイデン先輩の魔術が原因で彼は暴走していたらしく、その……」


 レイデンの顔色が、どんどん悪くなってゆく。

 大粒の汗をにじませ、それが垂れてテーブルに水溜まりを作る。


「た、確かに俺のかけた魔術が原因かもしれないけど、やったのはあのクソジジイだろ!? 請求書ならあいつに回せよ!!」

「武錆一心さんは冒険者であるのと同時に、ヤマト国の要職につかれています。筋が通らない形でこんな額を請求したら国際問題に……下手をしたら、戦争になるかも……」

「…………」

「それに今回の件、国がとても怒っていまして……無視をすれば、レイデン先輩とてタダでは済まないかもです。少額でもいいので現金か……もしくは、お金になりそうなものは持っていませんか? 返済期限に関しては、私の方で何とか伸ばせるよう頑張ってみますので……!」


 しゅーっとレイデンの口から魂が抜け落ち、糸が切れようにテーブルに突っ伏した。

 その衝撃で、一冊の手帳が床に落ちる。アリスはそれを拾い上げて開き、「こ、これは!?」と目を剥く。


「すごい!! 国内外の上流階級や大物政治家、有名会社のトップのスキャンダルばかりじゃないですか!?」

「あっ……そ、それは、俺が揺するための脅しのネタ――」

「そうか……レイデン先輩はこの国をより良くするため、秘密裏にこういうネタを集めていたのですね! 『いつかこの国を、世界一の国にするんだ!!』と、前に新年会の席でもおっしゃっていましたし!」

「いや、それはただ酒に酔って――」

「これがあれば国内の膿を出し、外交でも上手く立ち回れるでしょう! きっと国も、これで納得すると思います! よかったですね、先輩!」


 そう言って、アリスたちは酒場から出て行った。


 シンと静まり返った店内。

 皆の視線を一身に浴びながら、レイデンはぽろりと涙をこぼした。最初は小雨程度の勢いだったが、すぐさまバケツをひっくり返したように泣き始める。


「うわぁーん!! 俺の金がぁー!! 一生遊んで暮らせるはずだったのにっ、大金が手に入るはずだったのにー!! 明日は娼館貸し切りにするって、もう予約してるのにー!! 全部おしまいだぁああああ!!」


 中年男性の大号泣に、店内はすっかりお通夜ムード。

 皆そそくさとレイデンから距離を取り、「帰るか」とヴァイオレットはため息をつきながら立ち上がる。


 わたしもそれに頷いて、腰を上げつつ……。

 すっかり覇気のない彼の横顔を見て、何かしてあげたいと、むしょうにそう思った。

「面白い」「続きが読みたい」と思った方は、

『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ