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第21話 プランB


「俺と武錆はチェルシーちゃん……じゃなくて、レオナルドを相手する。ゼラは隙を見て、本物のチェルシーちゃんとハワードを追いかけろ」

「んっ」


 ゼラに【気配遮断】を付与(エンチャント)し、チェルシーちゃん奪還に向かわせた。

 俺は彼女に殴られたところをさすりつつ、奴との戦い方を思案する。


「おい先生、何かこう上手いことやれよ。小細工は得意だろ?」

「もうやってるさ。……ただあいつ、何か妙だ。これは厄介だぞ」


 見た目がチェルシーちゃんなのは凄まじく問題だが、その話ではない。


 俺たちのコソコソ話が聞こえたのだろう。

 レオナルドは得意そうに、ふふんと鼻を鳴らす。


「オレに魔術が効かなくて焦ってる? ちょっと前に、()()()調()()()()んだ。この個体(オレ)は極限まで魔術耐性を上げてるから、イッシン君の意味不明な斬撃はわからないけど、少なくともレイデン君の付与魔術(エンチャント)は効かないよ」


 厳密に言うと、完璧に効かないわけではない。

 ただ肉体の魔術耐性と、あいつ自身が魔力を防御に回している以上、その網を無理やり突破するにはこっちも相当量の魔力を使う。また、やれることも限られてくる。


「レイデン君、ポケットのそれ使ったら? オレが作った賢者の石、持ってるでしょ?」

「……やっぱり、あの時の〝不死の王(クソヒル)〟を復活させたのは、お前だったのか」

「うん。何かふわふわ漂ってて、可哀想な感じだったからさ」


 膨大な魔力の結晶体である賢者の石。

 確かにこれを使用すれば、一時的にレオナルドの魔術耐性と魔力防御を突破できる。


 だが、製作者であるあいつが同じものを持っていないわけがないし、単純な魔力量勝負になったら分が悪いのはこっちだ。賢者の石(こいつ)はもっと、ここぞいう時のためにとっておかなければ。


「……ん?」


 と、武錆は眉を寄せた。

 

「何だよクソジジイ。いい作戦でも思いついたのか?」

「いや……なぜか、勝手に斬撃が出る。何かを斬っている……」

「はぁ?」


 レオナルドはニッコリと笑うばかりで、まだ一歩も動いていない。

 自身に強化(バフ)をかけ状況の把握を行う。


 そして、気づいた。

 この剣士のデタラメ魔術が、何を斬っているのかを。


「あいつ、魔術で毒出してやがる!? おいクソジジイ、今すぐ斬るのをやめろ!! 俺が全部無毒化するから!!」

「んなこと言われても、こいつは儂の意思じゃどうにもならん!! 儂の脅威に対して無差別に反応するんだ!!」

「どうしてちゃんと操れるようにしとかねぇんだよ、このへっぽこ剣士!!」

「あぁ!? 剣士が魔術のことなんぞ知るかボケ!!」


 万物を切断する、フルオートで不可視の斬撃。

 見えなくても、聞こえなくても、触れなくても、こいつの魔術は立ちふさがる全てを斬殺する。今だって、こいつが毒を斬って無毒化してくれているから、俺たちは助かっている。


 そこはありがたい……の、だが。


 問題は、毒の数だけ斬撃が発動していること。

 毒といっても凄まじい種類があるし、毒を生み出す魔術だって世界中に数多存在する。

 レオナルドはあらゆる魔術を駆使して様々な毒を生成し、ばら撒いている。


 目的は、おそらく――、


「オレみたいな魔術しか取り柄のない奴にとって、イッシン君の魔術殺しの斬撃はとてつもない脅威だ。最強の攻撃で最強の防御。でも、それが魔術である以上、魔力が切れれば発動しなくなる。――さーて、その斬撃って、あと何百回、何千回出したらガス欠になる? オレはいつまでも付き合うよ?」


 元Sランク冒険者――探求のレオナルド・ワイズマン。

 全ての魔術を極めた男。


 器用貧乏というのは確かにそうだが、奴は器用貧乏の中の最高峰。


 無限に等しい手数。

 そして、膨大な魔力量。


 これを軽々と突破するのが武錆一心の斬撃であり、今この場における唯一の勝ち筋。

 賢者の石をこのクソジジイに投入すれば魔力の回復はできるが……でもそれは、根本的な問題の解決にならない。


「一応聞くがクソジジイ、魔力が切れて斬撃が出なくなっても、その刀で直接レオナルドをぶった斬ったら勝てるか?」

「無論だ。魔術なんぞなくても、そもそも儂は最強だぞ」

「じゃあ、今すぐ走って行って真っ二つにしてくれ」


 その時だった。


 ゼラが暴れているのだろう。

 建物全体がドスンと揺れて、レオナルド(チェルシーちゃん)のバインバインに強化(バフ)をかけられたおっぱいが揺れた。バインと、音が鳴った気がした。


 初めて見た星空みたいに、美しかった。


「先生……ありゃ斬れねえよ……」

「……だよな……」


 俺たちは合図もなく同時に踵を返し、一旦ひくことにした。




 ◆




「二人ともー、出ておいでよー! どこにいるかはわかってるからー!」


 逃げて行った二人を追いかけ、オレは建物の中を歩いていた。


 魔術耐性を上げた結果、オレ自身の魔術も若干の弱体化を受けているが、あの二人に対して攻撃力はいらない。試しに隕石を落としてみたが、まるで効果がなかったのがいい証拠だ。


 そもそもオレの目的は、ハワード君を逃がすこと。

 あの二人の足止めをするだけなら、チクチクとこまめに削って耐久戦をするだけでいい。


「オレをまいて、ハワード君のとこに行くとか寒いからやめてよ? せめてオレを倒してから――」


 言いかけて、ふと記憶を手繰り寄せる。


 ……あれ? この二人の他に、もう一人いなかったっけ?

 銀髪で大きなハンマー持った女の子……あの子、いつの間にいなくなったんだ?


 あっちゃー……やばい、見逃した。

 たぶん、レイデン君が付与魔術をかけて逃がしたんだろう。彼レベルの【気配遮断】なら、どでかいドラゴンでも空気になれる。


「……やっぱりすごいなぁ、レイデン君は……」

 

 付与魔術は、全ての魔術の中でトップクラスに繊細さを求められる。

 正しく術式を理解し、正しく魔力を運用し、何よりも魔術をかける対象を正しく理解しなければならない。身体を、そして心を、熟知しなければならない。


 大雑把な性格のレイデン君にはおおよそ似つかわしくないけど、そこが本当にカッコいい。

 オレには到底真似できない。


 ……()()()()()()()()


「ん? おー、イッシン君! どうしたの、かくれんぼはおしまい?」


 ギィと扉を開いて、廊下にイッシン君が出てきた。


 毎日毎日、朝も昼も夜も剣を振り、文字通り血のにじむ努力の果てに、まったく新しい魔術を創成した剣豪。オレみたいな、既にあるものを組み合わせて積み木遊びをする魔術師とは格が違う。カッコよくて好きだ。


 願わくば、今日この場でその斬撃召喚の謎を解き明かし、オレのモノにしてしまいたい。


「…………ん?」


 イッシン君の様子がおかしい。


 よたよたと、足取りがおぼつかない。

 壁に頭をぶつけ、だらりと涎を垂らし、ブツブツと独り言を垂れている。


「おーい、イッシンくーん?」

「っ!!」


 オレの呼びかけに、彼はビクッと身体を震わせこっちを向いた。

 そして同じ部屋からレイデン君が出て来て、不敵に笑いながらこちらを見る。


「よし行け、クソジジイ!! あいつをぶった斬ったら、いい女を抱かせてやる!!」

「はぁ?」


 何を言っているんだ、彼は。

 そういう強硬策を取れないよう、わざわざ二人が大好きな女の子の姿になったのに。


「いい……おんなぁ……?」

「そうだ!! いい女だ!! 乳のデカくて新婚プレイをやらせてくれる、いい女だ!!」


 まったく意味がわからない。

 オレを突破する手段が思いつかなくて、下手な芝居でビビらせようとか考えてるのかな。


 ――と、思っていたが、


「うっ、うぁ……うがぁああああああああああああああああああ!!!!」


 イッシン君はゆらりと刀を抜き、芝居ではない気迫を纏いながら凄まじい速度で迫ってきた。




 ◆




「どうするんだよ、先生!! チェルシーちゃんに化けられたら、もう打つ手なんかねえよ!!」


 レオナルドからひとまず距離を取った俺たち。

 大きく深呼吸して、奴の攻略法を思案する。


 ――レオナルドを無視して、チェルシーちゃんを助けに行くか?


 いや、ダメだ。

 俺たちが行けば確実に奪還はできるが、その場合、チェルシーちゃんがそばにいる状態で追って来たレオナルドと戦うハメになる。そんなリスクは犯せない。


 ――このクソジジイを放置して、いっそ俺だけ逃げ出すか?


 いや、ダメだ。

 それをすれば一時的には助かるが、武錆から恨みを買ってまたどこかで殺し合いになる。レオナルドがここでこいつを殺してくれれば話は別だが……まあ、たぶん無理だろうな。


 ――もう一度、正面から戦いを挑むか?


 いや、ダメだ。

 結局さっきの繰り返し。俺の付与魔術は効かず、じわじわと武錆の魔力を削られて、ただ消耗して終わるだけ。勝てるビジョンが浮かばない。


「うごっ! 痛っ、いたたたっ……腰がぁ……!」

「おいおい、クソジジイ……こんな時に勘弁してくれよ」

「仕方ないだろ、こっちは七十過ぎてるんだ! 身体のあちこちが弱ってくるし、最近は物忘れが激しいし……! はぁ、ボケるのだけは嫌だなぁ……」


 魔術で腰を治しつつ――パッと、起死回生の一手が浮かぶ。


 ……あぁ、そうか。

 その手があったか……!


「武錆……今から俺の言うことを、よく聞いてくれ」


 急に名前を呼ばれ、彼は軽く目を見開いた。

 スッと背筋を伸ばし、俺の方を向いて軽く頷く。


「レオナルドに勝つ方法を思いついた。ただ、そのためにはお前の協力が不可欠だ」

「そんなことはわかっているが……でも儂は、チェルシーちゃんを斬れないし……」

「大丈夫、そこを何とかする方法を思いついた」


 言いながら、武錆の手を掴む。


「お前の斬撃は、お前にとって脅威なものを自動的に切断する。そしてこれから施す付与(エンチャント)は、もしかしたら脅威に認定されるかもしれない。そうならないよう、俺のことを全面的に信頼してくれ」

「全面的にって、そんなことをいきなり言われても――」

「チェルシーちゃんのためだろ!! チェルシーちゃんだって、お前に救われたって知ったら喜ぶぞ!! また遊べるかもしれないんだぞ!!」

「……っ!? た、確かに……わかった、信頼する。儂を勝たせてくれ、先生!!」


 俺は深く頷いて、武錆に付与をほどこしてゆく。


 筋肉を、骨を、内臓を、そして刀を強化した。

 完全強化状態(フルエンチャント)の世界最強の剣豪。


 向かうところ敵なし――だが、まだ足りない。

 現状では、あのチェルシーちゃん状態のレオナルドは斬れない。


 だから、()()()()()()()()()


 ()()を。

 そして、()()を。


 弱体化(デバフ)する。

 

「うぁ……ぁあ? なぁ、母さん……晩飯はまだかぁ……?」

「ジイさん、飯はさっき食っただろ。早く仕事をしなくちゃ」

「あぁ……? そうか……そうだった、そうだった……」


 部屋を出て行った武錆。


 ちょうどそこにいたレオナルドと対峙するも、今の頭は正常に物事を認識できない。

 チェルシーちゃんをチェルシーちゃんだとわかっていない。


「さぁ行け、クソジジイ!! 勝ったら極上の女を抱かせてやる!!」

「うがぁああああああああああああああああ!!!!」


 かくして、最強のボケ老人(バーサーカー)が誕生した。


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