第20話 器用貧乏の勝ち方
「おう、先生。ようやく来たか……って、ん?」
翌日。
わたしは出発の準備を整え、レイデンと共に街の門へ向かった。
先に待っていた武錆は、わたしを見るなり首を傾げる。
「そいつも連れて行くのか? 儂ら二人だけのはずだろ?」
「【戦神の加護】と、お前んとこの剣鬼流は相性がいいと思ってな。勉強させて欲しいんだとよ」
「ほう、いい心掛けだな! 儂、そういうの好きだぞ!」
「……よ、よろしく、お願いします……っ」
レイデンが上手く誤魔化してくれたため、わたしはそれに乗っかってペコリと頭を下げた。
……このひと、どうしてこうも気が利くのだろう。
基本的にひとでなしなのに。
「……今から行って、間に合うの……?」
「間に合う?」
「だって、オークション……始まってからじゃ、警備とか……」
奴隷オークションは明日。
会場までは、どれだけ急いでも今日中には着かない。
チェルシーを救うなら、オークションが始まって警備が厳重になってからより、その前の方がいいだろう。……と思ったのだが、レイデンはわかってないなぁと言いたげな顔をする。
「確かにオークション前に忍び込んだ方が、手っ取り早くはあるだろうな。でも俺たちは、会場の場所は知っててもチェルシーちゃんがどこにいるかは知らない。入札の時はちゃんと客の前に出すだろうし、そこを奪った方が確実だ」
「あっ……そ、そっか……」
「それによ――」
と、悪魔のような意地の悪い顔をする。
「奴隷を買いに来た屑共を一網打尽にすれば、見逃すのを餌にいい金稼ぎができるぜ! ゴミカスには何をしたって心が痛まねえから、有り金全部巻き上げて帰る頃には大金持ちだ!」
ガハハハハ!! とあまりに品のない笑いが早朝の街にこだました。
わたしは武錆と顔を見合わせ、やばい奴だなと、無言の中で同じ感想を共有した。
◆
「それでは、ただいまよりオークションを開始します!」
しばらく経って、オークション当日。
在庫保管室から会場の舞台袖に移されたアタシは、楽しそうにオークションを進行する奴隷商をただ眺めていた。
別に助かるのを諦めたわけじゃない。
ただ、隣にコイツがいるせいで、喚こうという気分になれない。
「おねーさん、どうしたの? チラチラこっち見てくるけど……もしかして、オレのこと好き?」
「……黙れ。何でずっとここにいるのさ、アンタ」
魔術王。
一見、人当たりの良さそうな好青年。
「ハワード君に、おねーさんを護衛するよう頼まれたんだよ。おねーさん、ちょー高いんだって? すごいね!」
だが纏う空気は歪で、危険なのに不思議と不快感はなく、暴力的なのに悪意を感じない。
これと一番近いのは……物心のついていない子ども、だろうか。
何にしても、生物的にはどうあれ、人外の化け物であることに違いはない。
「……アンタ、世界中で指名手配されてる大犯罪者だろ? 何だって、あんなデブメガネの下働きなんかやってるのさ」
もしかしたら、コイツにつけ入る隙があるかもしれない。
コイツが求めているものをアタシが埋められたら、ここから脱出するのを手助けしてくれるんじゃないか。
そんな一縷の望みにかけ、極力平静を保ちながら尋ねた。
「下働き? 違うよ、オレとハワード君は友達なんだ」
「と、友達……?」
「うん。友達になってって聞いたら、いいよって言ってくれたから。それに、オレがちょーだいって言ったモノ、すぐに用意してくれるし好き!」
――だったら、アタシとも友達にならないか。
そう言いかけて、グッと飲み込んだ。
友達になれば助かる気がする。
でも、それは事態を悪化させるだけだと、娼婦として色々なやばい奴に接してきたアタシの勘が囁く。
「さて、お次はこちら! 彼女は世にも珍しい、人間と吸血鬼のハーフ! 不死性はそのままに、太陽の下で活動可能です!」
檻に入れられているのは、まだ五歳くらいの女の子。
怯え切って身体を丸め声も出せない彼女を見て、客たちは一様に声をあげる。
「疑ってるわけじゃないんだが……その子、本当に吸血鬼とのハーフなのか?」
「はい! ボイスさん、試してみますか? どうぞ壇上へ!」
訝し気な表情で壇上にあがった客は、スタッフから一振りの剣を受け取った。
それを躊躇いなく、女の子の背中に突き刺す。
「いやぁああああ!! 痛い痛い!! やめてぇええええ!!」
「うぉおー! すごい、本当に治っていく!」
「でしょう? 吸血鬼はこういう痛がり方はしませんよ。何でしたら、太陽にもさらしてみますか?」
「いや、もういい。疑って悪かった」
追加で二度、三度刺して、女の子は絶叫する。
客たちは気にも留めず、その再生能力に感嘆の声を漏らす。
「うわぁー、酷いことするなぁ……しかも、誰も止めないし……」
「…………」
と、青年は心の底から眉をひそめた。
まったく同意見だが、お前がそれを言うのか、と声が出そうになった。
「では改めまして、人間と吸血鬼のハーフ! 150億からスタートです!」
在庫保管室で聞いた話だが、アタシたちエルフや、ああいう稀少性の高い子は、ここにいる屑共の間で投資商品として価値があるらしい。
180億、200億とグングン値がつり上がっていき、350億で落札。
カンとハンマーの音が鳴り響き、パチパチと拍手が起こる。
「さてさて! 最後は、本日のオークションの目玉商品! エルフの親子です!」
と、アタシへ視線を向ける。
檻がひとりでに動き出し、壇上の中央まで移動して眩しいライトに晒された。
暗がりの中でこちらを見つめる客たちの視線は、性欲よりももっとたちの悪い欲望を孕んでいる。
「こちら、お父さんの方が何と4000歳越えという超高齢! 娘さんの方は、エルフにしては珍しく非常に元気です! ね、チェルシーさん!」
「死ねクソデブ。脂まみれな目で見るんじゃないよ、こっちがデブになる」
「ほら、こんな状況でも口が達者だ! ――ということで、3000億からスタート!!」
凄まじい速度で値がつり上がってゆく。
ここにきて、ようやく自分が売られるのだという実感が湧いてきた。
投資商品である以上、傷つけられることはないと思うが……一体、どういう扱いを受けるのか。
アタシが怖がったりすれば、きっとこのデブは喜ぶ。
でも、どうしたって恐怖心は湧いてくる。
前を見ていたいのに、自然と視線が下がる。
――バキッ。
何か鈍い音がして、建物全体が揺れた。
埃が雪のように舞って、アタシはふっと顔をあげた。
と、同時に。
天井が格子状に切断され、崩落した。
瓦礫が客の真上に降り注ぎ、太陽の光が差し込む。
久々に見た日の光は、キラキラとしていてとても綺麗だった。
「「チェルシーちゃん、助けに来たよ!!」」
そしてその光の中心に、アタシが知る限り人類最バカの二人が降り立った。
◆
「うげっ!? おいクソジジイ!! 金づる共が瓦礫の下だぞ!?」
「あぁ? 知るか、そんなもん。先生がここを斬れって言ったんだろ」
「死ぬなよー!」と、足元のオークション参加者たちに魔術をかけてゆくレイデン。
わたしはハンマーを手に、壇上に立つハワードを睨みつけた。
十年以上前と、見た目はそれほど変わらない。
あの頃と同じく、醜悪な外見。
だが、その表情は当時とまったく違う。
オークション会場をメチャクチャにされ、Sランク冒険者が二人も降って来て、明らかに動揺していた。……わたしは何もしていないけど、少しだけ胸がスッとして心地いい。
「レイデン・ローゼス……だけじゃなく、武錆一心まで……!? ちょ、ちょっと! これ、何とかしてくださいよ!!」
と、舞台袖へ視線をやって誰かに助けを求めた。
こんな大金持ちたちを招いての会だ。
そりゃあ、相当な用心棒を雇っているだろう。
だけど、一体どこの誰がこの二人の相手をできるというのか。
――そう思っていた、矢先。
激しい熱と光、そして音。
見上げると、島か何かと見紛うほどの巨大な隕石が今まさに降ってきていた。
「いや、待って待って待って!! そんなことされたら、僕まで死んじゃいますよ!!」
ハワードの悲痛な叫びが響いた。
しかしそれは、地上に衝突するよりも先に武錆の不可視の斬撃によって斬り刻まれ、細かな岩石はレイデンの付与魔術によって重さを奪われ綿毛のように宙を舞う。……隕石って、そんな感じで軽く対処できるものだっけ?
「うわ、すっご!? 何その合わせ技! カッコいい!」
手を叩きながら、舞台袖から一人の青年が出てきた。
その顔を、わたしは知っていた。
冒険者なら、知らないひとはいないだろう。
だって、この男は――、
「……お前、レオナルドか」
「レイデン君、久しぶり! いやぁ、会いたかったよ!」
探求のレオナルド・ワイズマン。
過去から現在に至るまで、全ての魔術を操る魔術王。
史上最速でSランク冒険者になり、その後、なぜかパーティーメンバーを皆殺しにして逃亡。冒険者ギルドから除名処分を受け、あちこちで厄災を振り撒き世界中で指名手配になっている。
……レイデンや武錆と同じく、この男も独特な空気を纏う。
だけど、何かが決定的に違う。
直視していると、気分が悪くなってくる。
「大丈夫……大丈夫だから。俺がいるから安心しろ」
そう言って、レイデンはわたしの肩を軽く叩いた。
その横顔を見上げて、コクリと頷く。ハンマーの柄を握り締め、軽く唇を噛む。
「おい、どういうことだ!? 貴様っ……先週、儂が斬り殺したばかりだろ!?」
唾を飛ばしながら叫び、大きく目を見開く武錆。
それを聞き、レオナルドは楽しそうに喉を鳴らす。
「あー、イッシン君も久しぶり。酷いよ、あんな話も聞かずに頭から真っ二つとかさ」
「黙れ!! 貴様がうちの国で悪さかましたからだろうが!! ……だ、だが、なぜだ!? 確かに殺した!! 不死だろうが何だろうが、儂に殺せんものはないはずだぞ!?」
「死んだよ、あの個体は確かに死んだ。だから、イッシン君の腕が鈍ったとかじゃないよ! 安心して!」
妙なことを言って、ハワードに目配せした。
ハワードはハッとして、大きく頷いて舞台袖へはけてゆく。スタッフと共に、チェルシー親子が入った檻を引きずりながら。
「おいレオナルド……お前、俺たちの足止めができると思ってるのか?」
「おう、そうだ。覚悟しろよ、また真っ二つにしてやる」
「うーん、そうだねえ……」
魔術師である以上、魔術であっても構わず切断する武錆は天敵のはず。そこに強化と弱体化のプロフェッショナルであるレイデンもいるのだから、何をどうしたって勝ち目はない。
それは彼もわかっているはずだが、どこか楽しそうな表情は一切崩れない。
「魔術王とか言われてるけど、結局のところオレって器用貧乏だからさ。二人みたいに一つのことを極限まで追求したカッコいいひとたちには、どうしたって勝てっこないと思うんだよ」
と言って、片手で自分の顔を掴んだ。
指が肉に沈み込み、ぐにゃりと頭部が変形する。
「でも、オレって飽きっぽいから一つのことをずーっとやるとか無理だし、普通に戦って二人に勝てる未来は一生こない。――だから、こういう手を使わなくちゃね」
頭部から首へ、首から胴体へ、順に肉が歪んでゆく。
皮膚が波打ち、骨格が伸び縮みし……そして、まったくの別人を形作る。
「「ちぇ、チェルシーちゃん……っ!?」」
薄緑の髪と瞳に、エルフ特有の長い耳。
妖艶な凹凸の激しいスタイル。
それはまさしくチェルシーそのもので、二人は大きく口を開けて動揺する。
「ど、どうする先生! 儂、チェルシーちゃんを斬るとか無理だぞ!?」
「う、うううっ、狼狽えるな!! おちおち落ち着け!! あれはチェルシーちゃんじゃない!! あれはチェルシーちゃんじゃないんだー!!」
「本物より、ちょっと胸大きくしておこうかな? 二人とも、そういうの好きでしょ?」
「「す、すげぇーーー!!」」
「服もえっちなのにしとこっか」
「「ありがとうございます!!」」
地面に着きそうなほど鼻の下を伸ばす二人。
レイデンはわたしに目をやり、とてつもなく真面目な表情で口を開く。
「ゼラ……俺たちは、今日ここで死ぬかもしれない。ごめんな、断末魔バトルはできそうにねえや」
わたしはレイデンと、そして武錆の頬を思い切りぶん殴った。
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