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第12話 感度3000倍


 十五年前、余は敗北した。


 敗因は、〈竜の宿り木〉とやらのトップに立つ男。

 あの人間の実力を見誤り、余は塵にされ世界中を漂うハメになった。


 奴の隣には、このレイデンとかいう男もいた。

 余の眷属の動きを止めつつ、仲間を完璧にバックアップし、敵ながら見事だなと思った。


 しかしその力は、仲間の能力が一流だからこそ輝くもの。

 今この男が連れている小娘三匹は、あの剣士はそこそこやりそうだが、加護持ち二匹は宝の持ち腐れもいいところ。


 ならば、この男は脅威ではない。

 他愛もない、造作もない……と、そう思っていた。


「テメェ、俺の爆乳をどこに隠したァ――!!」


 まるで意味のわからない言葉を吐きながら纏うその炎は、明らかに危険なレベルに達していた。


 そして、自分の認識が間違っていたことを理解する。

 ――十五年前の敗因は、この男だ。


「エリシア、ゼラ!! よく見とけよ!!」


 来る。

 その炎を飛ばすのか、そいつを推進力にして接近戦に持ち込むのか。


 どちらにしても、早急に決着をつけなければ。

 であれば、更に高威力な魔術で――。


「――っ!?」


 前へ突き出した腕が、余の眷属によって食い千切られた。

 別の眷属がもう片方の腕に食らいつき、更に別の眷属が足をもぎ取る。他数十体は城の瓦礫、または自身の肉体を引き千切り、余に向かって投擲する。


 こんなことをしろとは少しも命令していない。

 あの男か……奴が操っているのか……!!


「使い勝手のいい駒を大量に作ってくれてて助かったぜ」


 自分の眷属から攻撃を受け、一瞬怯んだ余を奴は見逃さなかった。


 気づいた時には目の前に迫っており、その手は余の頭を掴む。

 ――まずい。


 そう思った時には、既に手遅れだった。


「うがぁああアアあああああああああああああああああああああァアァァ!!!!」


 燃える。燃える。燃える。

 身体の芯から、焼き尽くされる。


 凄まじい威力……だが、何か変だ。


 何かがおかしい。

 いつもと違う。

 これは何だ。


 この感覚は、何だ。


「き、貴様ァ! 余にっ……何をしたっ!?」

「やっぱ再生するのはえーなぁ。もういっちょいっとくか」

「ぎアアアアアアああああァアあああああああああああああ!!!!」

「あはははっ! よく燃えておもしれぇー!」


 このままでは、ようやく復活したのに十五年前の二の舞だ。


 再生させた足で男を蹴り飛ばし距離を取る。

 すかさず魔術を放とうとするが……おかしい、身体が上手く動かない。


「逃がすかよ!!」


 高密度な熱の塊が射出され、余の胴体に着弾した。

 爆裂し、肉や内臓を焼き滅ぼし、骨を消し飛ばす。細胞の一片にまで火の手が回り、一切合切を焼き尽くす。


 灰になろうが、塵になろうが、問題はない。

 事実、肉体は既に再生している。


 しているが……やはり、おかしい。

 何かがおかしい!


「どうした〝不死の王(クソヒル)〟、動きが鈍ってるな? 起きたばっかで寝ぼけてんのか?」

「っ!? 貴様ァ――」


 どこからともなく飛び出した眷属が、余の首筋を噛み千切った。

 別の個体が足をもぎ取る、内臓を抉り、身体に風穴をあける。


「どうせ眷属共(そいつら)は、ちょっとやそっとじゃ死なねえ。身体の負荷を考えずに強化(エンチャント)するってのは楽でいいなぁ! はははっ!」


 ……やけにパワーとスピードが桁外れだと思っていたら、付与魔術で手を加えていたのか。


 どれだけ眷属に引け、失せろと命令しても、まるで通じない。

 あの男の支配力に勝てない。


「この外道がァ!! 余の眷属を……!! 戦うなら、自分で戦え!!」

「あるものは何でも使うのが人間なんだよ。お前らと違って弱いから、全部使わなくちゃ勝てないんだ。――って言っても、お前レベルなら俺の全部を使うまでもないけどな」

「このぉ……!! ふざけるなぁああああああああ!!」


 魔術による不可視の斬撃。

 それは奴の腕を切断する。


 ざまぁない――と達成感に浸る間もなく、次の瞬間には接合が完了していた。

 この男、本当に人間か……!?


「いぎっ!?」


 眷属数体が、余の背中を思い切り蹴り飛ばした。

 身体が勝手に、男の方向へ向かってゆく。炎の灯った手で、今度は胸倉を掴まれる。


「おかわりが欲しいのか? 欲張りなやつだなぁ!」

「がぁああアアあああ!!!! ギりゃぁあああああアァあああああ!!!!」


 燃える。

 余の何もかもが、灰になってゆく。


 だが、やはりおかしい。

 知らない。


 こんな感覚は、今まで経験したことがない。


「十五年前、お前と戦った時に不思議に思ったんだ」


 再生する余の瞳に、男の薄ら笑いが映る。


「眷属共は痛めつければ絶叫するのに、どうして吸血鬼本体は斬ろうが撃とうが燃やそうが声一つあげないのか。んで、ふと閃いた。――吸血鬼には、()()()()()んじゃないかって」


 再び余の肉体を燃やす。


「ってことで、お前に痛覚を付与(プレゼント)した。ついでに感度3000倍の大盤振る舞いだ。どうだ、痛いってのは苦しいだろ?」


 形容しがたいほど不快な感覚に、焼けた喉が必死に音のない声を鳴らす。


 痛みとやらに邪魔をされて、上手く思考が働かない。

 冷静な判断ができない。


「ほら、さっさと再生しろ。エリシアたちに超火力を見せつけるのに、お前の身体はいい実験材料だ。生まれてきたことを後悔するほど燃やしてやるぜ」


 ――これはもう、勝ち目がない。


 今回は状況が悪かった。

 復活したばかりで、力も十分戻っておらず、眷属も少なく……何より、相手を舐めていた。


 十五年前と同じことをしよう。

 灰になって、塵になって、漂って。

 またいつか、十年後か、百年後か、復活すればいい。


 この男がいない時代を生きればいい。


「――まさかお前、諦めようとか思ってないか? まだ自分には未来があるとか、そんなこと考えてるんじゃねえだろうな?」

「ぶギャアアあああああああ!!!! な、何だ!? 何かが、違うっ!! 何だこれはっ、あ、アギャああああああ!!!!」


 痛みとは違う、何かが迫ってくる。

 暗くて冷たくて恐ろしい何かが、余の身体を強く掴む。


「Sランクの不死身の化け物共は、どうしたって殺せない。殺せないなら、殺せるようにすればいい。――()()()()()()()()()()()()


 業火の中、男はニタリと笑った。


「あれから十五年も経ってるんだぞ。対策済みなんだよ、バーカ。せっかく復活したのに残念だったな。もうあと何十年か大人しくて、完全に力を取り戻してりゃ勝機はあったのによ」


 ふざけるな……こんなっ、こんなこと……!!

 ふざけるなぁ!!

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 まだ手はあるはずだ……!


 逃げるか?

 いや、無理だ。そんな余裕は残っていない。


 小娘共を人質にとるか?

 これも無理だ。今の余の肉体では、あの小娘共の攻撃すら致命傷になりうる。


 全魔力を攻撃に転換するか?

 無理だ。一瞬でも守りを解けば、余も眷属共と同じく傀儡にされてしまう。


 ――待て。


 ある。

 まだあるじゃないか、手が。


『お前らと違って弱いから――』


 この男の言葉。

 確かに人間は弱い。すぐに傷つくし、すぐに死ぬ。

 脆く哀れな生き物。


 この男とて、例外ではないはず。

 脆い部分に訴えてやれば、まだ勝機はある。


「――――っ」


 ピクリと、男のまぶたが痙攣した。

 口角は下がり、火力が著しく低下する。


 くっ、くく、くはははっ!!

 上手くいった、成功だ!!


 変身――吸血鬼たる余の能力の一つ。

 それを使用し、この男の知人に化けた。〈竜の宿り木〉のトップに立つ男……十五年前、やけに仲良さ気に話していたあの男の姿形を模倣した。


 本当に人間は弱い。

 たかがこの程度のことで、攻撃の手を緩めてしまうのだから。


「――で、それがどうした?」

「ひぃっ!? うギャああああああああああああああ!!!!」


 僅かな隙は生じたが、それだけだった。


 容赦のない猛炎。

 しかも、先ほどよりも明らかに火力が高い。


 それはもう、桁外れに。


「あいつはとっくの前にくたばったんだよ。――……俺が、殺したんだ」


 あれだけヘラヘラとしていたのに、その目は今、毛ほども笑っていなかった。

 余に対する殺意だけが渦巻くその黒い瞳に、生まれて初めて恐ろしいという感情を覚えた。


「じゃあな、〝不死の王(クソヒル)〟。地獄で待ってろ。俺がそっちに行ったら、また殺してやるよ」




 ◆




 あたしでは到底真似できないような激しい炎。

 付与魔術を存分に活用した戦いぶり。


 Sランク冒険者の規格外な実力を見せつけられたあたしたちは、〝不死の王(ノーライフキング)〟が焼滅してなお、驚きで動くことができなかった。


 呆然と立ち尽くすレイデンさん。


 終盤、あの吸血鬼が誰かに変身した。

 それから纏う空気が、あたしたちの知らないものに変わった。その背中には、勝利の喜びも達成感もない。


「はぁー…………よしっ」


 大きく息をついて、パシッと頬を叩いて。

 玩具を買ってもらった子どものような、屈託のないニコニコ笑顔で振り返った。


「俺は乳のデカい女を探しに行く! お前らは、そのへんに転がってるのを適当に介抱してやれ! 拘束を解くのも忘れるなよ!」


 とだけ言い残し、全力疾走で古城の奥へ行ってしまった。


「レイデン殿は何を言っているんだ? さっきも俺の爆乳がどうとかと、意味のわからないことを……」

「あたしのお母さんの胸が大きいから、他にも大きい人が沢山いるはず! ……とか、思ってたりして?」

「……レイデンなら、あり得る……」

「ちなみに聞くが、エリシアたちの村の女性は、胸の大きいひとたちばかりなのか?」

「いやいや、そんなわけないじゃん」

「……そんな村があったら、有名になってる……」

「た、確かに……!」


 その後レイデンさんは、日が暮れるまでいもしない胸の大きい女性を探し続けた。


 ようやくいないことに気づいた彼は、「騙されたー!!」と意味不明なことを言いながらわんわん泣いていた。

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