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第11話 不死の王


 吸血鬼(ヴァンパイア)――世界各地の物語にも登場する、最も有名なモンスターの一種。

 我が物顔で夜を歩き、人間の血を好んで吸い、眷属とする化け物。


「先に言っとくが、俺は基本的に眷属共の相手はしない。お前らが頑張るんだ」

「っ!? な、なぜだ! レイデン殿が動きを止めてくれれば、それで済むのに……!」


 古城へ向かいながら話すと、ヴァイオレットは焦った声音で言った。


「眷属共は元人間、しかもエリシアとゼラの知り合いもいる……そりゃあ、戦いたくないよな」

「そうだよ! あたし、村のみんなに乱暴なことしたくない!」

「ふんふん!」


 声を荒げるエリシアと、勢いよく頷くゼラ。

 そうだろうな。その気持ちはわかる。


「いいか、お前ら。今日まで戦ってきたのはモンスターばかりだが、冒険者やってりゃ人間とやり合うことだってある。こっちが何もしてなくても、向こうから襲ってくることだってあるんだ。――そんな時、お前らは無抵抗で殺されてやるのか? 違うだろ?」

「そ、それは、そうだが……!」

「眷属共を人間だと思って相手しろ。やり過ぎないよう手加減して、その上で動けないよう拘束しろ。こんな機会は中々ないから、いい練習になるぜ」


 その時、ザッと前方の草むらが鳴った。

 飛び出して来たのは……ん? おっ、クロウじゃないか。

 奴は貧相な肉体からは想像もつかないよう力で地面を蹴り、奇声をあげながら迫ってくる。


「よし、ちょっと見てろよ」


 適当に拾った木の枝に付与(エンチャント)を施し――。

 そして、襲い掛かってきたクロウの左腕を切断する。


「っ!? ぎにゃぁああああ!! あぐあぁああああああ!!」

「レイデン殿!? こいつはっ、クロウは元人間だぞ!? なのに、こ、こんな……!」

「落ち着けよ。〝不死の王(ノーライフキング)〟の眷属は、そこらの吸血鬼よりよっぽど不死性が高い。ほら、じきに新しいのが生えてくるぞ」


 絶叫しながらのたうち回っていたクロウだが、数秒も経つと先ほどとまったく同じ腕ができていた。

 凄まじい再生能力に、三人は絶句する。


「多少加減に失敗したって、こいつらは死なねえから安心しろ。……んじゃその足、斬り落とすぜ。暴れられたら面倒だから」

「いぎゃぁああああ!! うあグあァああああ!!」

「適当に動けなくして、俺が強化(エンチャント)したロープ代わりのツタで縛る。これでいっちょあがりだ。簡単だろ?」

「「「…………」」」

「そんな顔するなよ。全部お前らが強くなるためだ。やり過ぎそうになったら、いつも通り俺が何とかするから」


 この一ヵ月、三人は俺のサポートのもと、この上ないほどのびのびと戦ってきた。


 そのおかげで、エリシアとゼラはいくらか自分で加護を扱えるようになり、ヴァイオレットも二人のことを過剰に気にすることはなくなった。


 パーティー全体の攻撃力は増している。

 だが、応用力、対応力は圧倒的に足りていない。


 そこをカバーするのが俺の仕事でもあるわけだが、だとしても最低限は自分たちでできなきゃな。じゃないと、いつまで経っても俺が楽できない。


「よーし、始めるぞ。さばき切れない分はこっちで何とかするから、一匹ずつ焦らず処理していくんだ。わかったな?」


 三人はゴクリと唾を飲み、深く頷いた。




 ……さて、乳のデカい女に関しては、俺の方で丁重に処理しておこう。


 いや別に、どさくさにまぎれて触ろうとかって、そういうわけじゃないぞ? 拘束のために仕方なく、だからな。そうそう、仕方なく……不可抗力ってやつだ。あー、気が進まないなー。俺ってば紳士だから、許しも得ずに女性に触るとか心が耐えられねえんだよな。


 うひょひょ。




 ◆




「一人倒した! ゼラ、拘束を頼む!」

「んっ!」

「あたしもやった! ゼラちゃん、こっちも!」


 しばらくして、あたしたちの中で自然と役割が出来上がった。


 あたしが眷属の足を焼き、ヴァイオレットさんが足を斬り、ゼラちゃんが怪力を活かして拘束。取りこぼしはレイデンさんが担当。

 そうやって数十体の眷属を無力化し、ようやく古城内へ。

 中は奴らの巣窟で、四方八方から襲ってきてキリがない。


「ミナ……ちゃん……?」


 よく知った子がいた。

 うちの近くに住む、今年で七歳の女の子。


 ここに辿り着くまでにも、村のひとをたくさん焼いた。

 治るから大丈夫だとわかっていても、辛くて仕方がなかった。


 ――でも、この子は無理だ。

 さすがに子どもは、燃やせない。


「えリしあおねえチャんだ!! おねェちゃァアアアん!!」


 歪な発音であたしを呼び、獣のような四つ足で迫ってきた。

 どう見たって普通じゃない。人間じゃない。頭ではわかっているが……どうしたって、身体が動いてくれない。


「【強制停止(とまれ)】」


 ミナちゃんの腕があたしを掴みかけた、その時。

 レイデンさんの声が響き、彼女は静止した。


 あたしは張りつめていた緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。


「はぁ、はぁ……! あっ、あぁ……もうやだっ! 何でさっ、どうしてこんな小さい子まで……!」

「泣き言いってないで、ほら立て、まだ何も終わってねえぞ」

「でも、でも……だって……!」

「大本を叩かなくちゃ、こいつらは一生このままだ。ひとを襲って殺して食う、正真正銘の化け物になる。このガキも、お前の母親もな」

「……っ!!」


 わかっていた。

 わかってはいたが、そうやってハッキリ言葉にされると、心に深く刺さる。


 お母さんの顔が、今まで襲ってきた村の人たちの顔が、頭の中を駆け抜けてゆく。

 みんながひとを襲って食べる姿を、想像してしまう。


 ……あれ、何だろ?

 何か冷静になったら、段々イライラしてきたぞ?


「おかしくない……?」

「ん?」

「いや、おかしいよねぇ!? 村のみんなもお母さんも、何も悪いことしてないのにさ!!」

「お、おう……」

「あぁーもう、ムカつく!! ムカつくムカつくムカつく!! うがぁー!!」

「お前、怒ったりするんだな……」


 ずっと緊張してて、目の前のことを片付けるのに精一杯で、怒ることを忘れていた。


 そりゃ怒るよ!!

 怒って当然だよ!!


 家族を、友達を、こんな風にされてるんだから!!


「あたし、みんなをこんな風にしたやつ、絶対に許さない!! ボーボー燃やして炭にして、その上に網置いてお肉焼いてやる!!」

「熱っ!? ちょ、落ち着け! たいまつになってるぞ!」

「うがぁああああああああ!!」


 はらわたが煮えくり返る、という言葉は、たぶんこういう感情のことを言うのだろう。

 身体の中から熱が湧き上がってくる。

 今だったら、何だって焼き尽くせそうな気がする。


 と、そう思っていたのに。



「――騒がしいな」



 今までに聞いたどんな声よりも冷たい声が響き、あたしは無意識のうちに炎を引っ込めてしまう。


 古城全体が、水を打ったように静まり返った。


 コツコツと、誰かが階段を降りてくる。

 それと同時に、内臓まで凍り付きそうな冷気が滑り落ちてくる。


「何が目的だ、賊共。余の眠りを妨げて、生きてここから帰れると思うなよ」


 死人のような青白い肌。

 枯れ木のような色素の抜けた長い髪。

 黒い装束に身を包む、異様な色気を纏った長身の老人。


 完全に見た目は人間――だが、本能が叫ぶ。

 あれは化け物だと。あれが〝不死の王(ノーライフキング)〟だと。


 そして驚いたのは、普通に喋っていることだ。

 人語を話すモンスターなんて、今まで会ったことがない。


 たったそれだけで、目の前の生物がSランクである意味を理解する。


「眠りって、ふざけたこと言ってんじゃねえ。今何時だと思ってるんだ、〝不死の王(クソヒル)〟」


 呆気にとられるあたしたちを庇うように、レイデンさんは一歩前に出た。


 いつも通り、まるで臆さず。

 余裕たっぷりな態度で。


「何だと? 余に向かってその態度は……ん? んぅー? あっ! 貴様、あの時の人間か!?」

「おう、久しぶりだな化け物」

「性懲りもなくまだ生きておったのか! どうした、余の眷属になりにきたのか?」

「んなわけねえだろ。――もう一回、ぶっ殺しにきたんだよ」


 瞬間、あたしの後ろにいたゼラちゃんが走り出した。


「……こいつは、許さない……!」


 前にレイデンさんに作ってもらった、巨大なハンマー。

 それを勢いよく横薙ぎに振るい、吸血鬼の上半身を吹き飛ばす。


 ――だが、ほんの一瞬、まばたきの間に何もかもが元通りになっていた。

 ひと呼吸の隙間すらなく、衣服ごと完全に再生した。……あ、あり得ない!


「こんなオモチャで、余を殺せると思ったのか?」


 トン、と指でハンマー小突く。


 たったそれだけでヒビが走り、砕け散った。

 レイデンさんの付与魔術がかかっていたハンマーが、跡形もなく。


 衝撃でゼラちゃんは吹き飛び、どうにかヴァイオレットさんがキャッチする。

 圧倒的な力量の差に絶望しかける――が、お母さんのことを思い出し、あたしは一度引っ込めた炎を引きずり出す。


「どりゃぁああああああああああああああああああ!!!!」


 今のあたしが放てる、最大出力の火球。

 それは吸血鬼を飲み込み、燃え上がり、爆発した。


 血肉の焼ける臭い。確かな手応え。

 しかし、燃え盛る炎の中で何かが動いた。それは一秒と経たず人の形の影となって、腕を振るい炎を消し飛ばす。


「火は余の弱点ではあるが、貴様のそれはまるで恐れるに値しない。その練度で、よくも余の前に立てたな」


 心の底からの落胆の声。

 まるで通じない。あたしの全力が、怒りが、まったく相手にされない。


 レイデンさんが来てから何もかもが順調で、自分は強いんだと思っていた。このまま全てが上手くいって、お母さんに胸を張れる冒険者になれるんだと思っていた。


 でも、現実は違う。

 頂点(Sランク)との圧倒的な差に、膝が笑い出す。


「身の程知らずな小娘共が。――余と敵対することの意味を教えてやろう」


 刹那。

 吸血鬼が前に出した手のひらから、莫大な魔力が爆ぜた。


 視界を埋め尽くす黒い閃光。

 次いで鼓膜が裂けそうな爆音が響き、地面が激しく揺れる。


「……? ……え?」

 

 恐る恐る、まぶたを開けた。


 ない。

 あったはずの壁が無くなり、どこまでも続いていた森がなくなっていた。抉り取られたように、綺麗さっぱり。


 これがSランクモンスターの魔術――。

 こんな規格外な破壊力、今まで見たことがない。


 だけど、あたしたちも、拘束した眷属たちも無事だった。かすり傷一つ、ついていなかった。


 誰が守ってくれたのかは、思考の余地もない。


「――ゼラもエリシアもよくやった。ヴァイオレットもナイスキャッチだ。俺が指示しなくても、ちゃんと動けたじゃないか。偉いぞ」


 冷え切った空気を塗り替えるようにワハハと笑って、あたしの肩を叩いた。


 ……デタラメな不死性を見せられても、尋常じゃない魔術を見せられても、この人は変わらないのか。


 それが少し怖くもあり……だけど、安心する。レイデンさんがいれば大丈夫だと言い聞かせながら膝を叩き、震える弱虫なあたしを追い出す。


「いい機会だから、加護って力がどういうものなのか教えてやる。魔術と違って、加護は理論や理屈じゃない。自分ならできる、やってやるって気持ちが、そのまま結果に反映される。――要するに、気合いが大事ってことだ」


 バチッと、レイデンさんの身体から()()が散った。


「ゼラはもっと動けるはずだし、エリシアはまだどっかで自分にストッパーをかけてるな。今からやることを、よく見とけよ。お前らだって、本当はこれくらいできるんだぜ?」


 バチバチと火花が咲く。

 それを目にして、吸血鬼は初めて顔をしかめた。不死身の化け物が、レイデンさんを恐れた。



「――【模倣付与(トレース)()()()()()】」



 レイデンさんの右手に灯る、赤い炎。

 それは魔力によるものではなく、まぎれもなくあたしが出すものと同類の熱をしていた。


 っていうか……え? 加護を……付与した?

 神様からのお恵みを? 世界の奇跡を……一個人の意思で、付与した?


 付与魔術って、そんなこと普通できないでしょ!?

 このひと、どこまでデタラメなの……!?


「おい〝不死の王(クソヒル)〟!! その死んだ豚みたいな色の耳かっぽじってよく聞きやがれ!!」


 全身から炎が噴き出し、凄まじい勢いで火柱が上がった。あたしに火は効かないはずなのに、それでも皮膚が火傷しそうなほど熱かった。


 ……すごい。

 レイデンさんって、本当にすごいひとなんだ……!!


「ここまで倒してきたお前の眷属共の中に、一人だって乳のデカい女はいなかった!! エリシアの母親みたいなのがいっぱいいるって期待してたのに、一人もいなかった!!」


 …………ん?


「テメェ、俺の爆乳をどこに隠したァ――!!」


 何もかもを台無しにする啖呵の切り方。

 合図もなくゼラちゃんとヴァイオレットさんと目が合い、あたしたちは揃ってため息をついた。

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