終わりに、殺陣をどうぞ(一)
「龍さん、大丈夫ですかい?」
多助の言葉に、龍は寝そべったまま面倒くさそうな表情を向ける。
「ああ、大丈夫だよ。以蔵の野郎、偉そうなことばかり言いやがって……最後の最期まで、気障な野郎だったぜ。学があるからって、いい気になりやがって」
吐き捨てるような口調で龍は言った。まだ昼間なのに、畳の上に寝そべり天井を見つめている。その目は、酷く虚ろであった。
以蔵が死んでから、数日が経っていた。
それ以来、政吉は蕎麦屋を閉めており、店が開く気配が無い。龍は長屋に閉じ籠ったきりだし、多助も表稼業である按摩を休業している状態だ。
そして二人とも、何をするでもなく部屋の中でぼうっとしていた。
ややあって、龍が口を開く。
「多助さん……以蔵の奴、何で俺ん所に来たんだろうなあ。人殺しは嫌だ、なんて言ってたくせによう。なんで来やがった……馬鹿野郎がぁ!」
不意に、虚空に向かい怒鳴りつけ、立ち上がる龍。そして、ちゃぶ台に手刀を放つ――
次の瞬間、ちゃぶ台が真っ二つに割れた。
「何やってるんです! およしなせえ龍さん! そんな事したって、何もなりませんよ!」
強い口調で言いながら、龍の腕を掴む多助。すると、龍はその場に座り込む。
そして、自嘲の笑みを浮かべた。
「多助さん、俺はあの時……足がすくんじまったんだよ。情けねえよな」
「えっ?」
「俺はあの時、土田の短筒を見て……動けなくなってたんだ。怖くて、何も出来なかったんだよ。今までさんざん鍛えてきて、杉板でもぶち抜けるようになった。俺は、どんな奴が相手でも負けないと思ってた。なのに……短筒を見た途端、足がすくんじまったんだ。俺は臆病者だよ」
言いながら、龍は顔をしかめた。
多助は複雑な表情で、龍の肩を叩く。
「龍さん、そんなのは恥でも何でもないですよ。あっしなら、その場で小便漏らしてたかもしれません。いくらあんたでも、弓矢より速く飛ぶ鉛玉には勝てませんよ。それに、龍さんが腰抜けじゃねえ事は、あっしが一番よく知ってます」
「ありがとよ多助さん。ところが、俺は今の自分を腰抜けだと思ってるんだ……俺は一生、自分を許せそうにないよ。短筒が相手とはいえ、やりようはあったはずなんだよ。あの間合いなら、俺の技で何とか出来たかもしれねえんだ。なのに、俺はあの時……何も出来ずにぶるぶる震えていたんだ」
そこまで言うと、龍は視線を落とした。そして、砕けたちゃぶ台の破片を見つめる。
「俺が臆病風に吹かれたせいで、以蔵が死んだんだ……俺のせいだよ。俺が殺したんだ」
「龍さん、それは違いますよ。以蔵さんは――」
多助が言いかけた時、外から声がした。
「おい龍、入るぞ」
その声に続き、戸が開かれる。入って来たのは、中村左内であった。
「まいったぜ。源四郎の奴、今日はやたらとしつこかったぜ。全く、うっとおしくて仕方ねえよ……」
苦り切った表情の左内。彼はずかずか入って来て、畳の上に腰を降ろす。だが、叩き割られたちゃぶ台に目が留まった。
「龍、おめえ何やってんだ……何があったかは知らねえが、物に当たってどうすんだよ」
「うるせえよ八丁堀。それより、政吉さんとは会えたのか?」
龍の問いに、左内は渋い表情で首を捻った。
「それがなあ、店は閉めっぱなしなんだよ。あそこで働いてた、お春って娘にも話を聞いてみたが……いきなり五両渡されて、暇を出されたんだとさ」
「何だよそりゃあ。いったい何を考えてんだよ……」
やりきれない表情で、龍は呟くように言った。
「しょうがねえから、もう一度あちこち回って捜してみるよ。ひょっとしたら、博打場にでもいるかもしれねえし……邪魔したな」
そう言って立ち上がる左内。だが、多助が声をかける。
「ちょいと待ってくださいよ。中村さん、もし仮に政吉さんが仕掛屋を解散させると言ったら……あなたはどうなさるんで?」
「どうするって……そん時は仕方ねえだろ。元の昼行灯に戻るだけさ」
「中村さん、この仕事を継いでくれませんかね」
多助の言葉に、左内はぎょっとした顔つきで振り向いた。
「はあ? おめえ何を言ってんだよ?」
「以蔵さんが死に、政吉さんが引退したとなれば……誰かが、跡目を継がなきゃなりません。あっしは、中村さんこそ次の元締めに相応しいと思っています」
多助の言葉に、唖然とした表情になる左内。
「おい、馬鹿なこと言ってんじゃねえ。俺は役人だぞ――」
「でも、仕掛屋の一員じゃないですか。あなたは頭をいいし腕も悪くない。何より、表稼業が役人だ……それは、あっしらにとっちゃあ百人力です。あっしはまだ、裏稼業を続けたいんですよ……中村さん、やってくれませんか?」
多助の顔は、真剣そのものだった。
「い、いや……ちょっと待てよ。お前らを差し置いて、何で俺が元締めになるんだよ――」
「お前くらいしか、いねえだろうが」
言ったのは龍だ。畳の上に座り込んだまま、じっとこちらを見つめている。
「おい八丁堀、俺には表稼業がねえんだよ。万が一、仕掛屋が無くなったら……俺はどうやって銭を稼げばいいんだ?」
「んなもん知るかよ……昼間は役人、夜は裏稼業の元締めやれってのか? 冗談じゃねえぜ」
そう言うと、左内は顔をしかめながら手を振る。
「まあ、そう言わずに考えておいておくんなさいよ。じゃあ、あっしはそろそろ失礼します。しばらくは、按摩に精を出すとしますかね」
多助は立ち上がり、杖を突きながら慎重な足取りで出て行った。
「俺も行くとするか……まずは、政吉の奴を見つけないとな」
そう言うと、左内も立ち去ろうとする。だが、龍が声をかけた。
「おい、待ってくれよ。八丁堀、何かいい儲け話があったら教えてくれ」
龍はそう言いながら、ちゃぶ台の破片を隅の方に放り投げる。その言葉に、左内は苦笑した。
「しようがねえ奴だな……何か考えとくから、今は大人しくしとけ」
剣呑長屋を出た後、左内はあちこちを歩き回った。政吉のうろつきそうな場所を、一つ一つ丹念に回って行く。
そして、左内は政吉を見つけた。
「政吉、おめえ何やってんだよ。みんな心配してたぜ……」
左内はそう言いながら、政吉の隣に腰かける。二人の目の前には、川が流れていた。向こう岸には、河原者たちの集落が見える。
「八丁堀、以蔵の奴は言ってたよな……この川は、海に通じていると。海の向こうには、色んな国があるとも言ってた」
ぽつりと語る政吉。その表情は虚ろで、生気が感じられなかった。
「はあ? 何わけ分からねえこと言ってんだよ?」
すっとんきょうな声を出す左内。だが、政吉の表情は虚ろなままであった。川を見つめながら、政吉は再び口を開く。
「八丁堀、俺はな……この件が終わったら、以蔵の口を塞ぐつもりだった」
そう言った後、政吉はため息をついた。
「なあ八丁堀、俺をどう思う?」
「どう思うって言われてもよ――」
「俺は、仕掛屋の元締めとして相応しい男なのかねえ……」
政吉は呟くように言った後、川の方に視線を移す。
「んなもん、俺に聞くな。以蔵だって、おめえらの手で殺されるのは承知の上だったじゃねえか。こんな稼業に足を突っ込んだ以上、畳の上では死ねない……こりゃ当然だぜ」
言いながら、左内は石を拾った。川に向かい、思い切り投げつける。
そして、政吉を見下ろした。
「なあ政吉、おめえだってこの稼業は長いんだろ? なら、仲間の死は今までも見てきたろうが。それに、龍や多助の事も考えろ。奴ら、裏の仕事がねえから困ってるぞ」
左内の言葉に、政吉は苦笑した。
「ったく、しょうがねえ奴らだな……ただ問題は、蕎麦屋が続けられなくなった事だよ。以蔵が死んで、お春には暇を出しちまったからな。やるとしたら、また人を雇わなきゃならねえ」
頭を掻きながら、渋い表情をして見せる政吉。
「だったらよ、鋳掛屋でも始めたらどうだ? 昼間は鋳掛屋で、夜は仕掛屋……悪くねえと思うぜ。語呂もいいし」
「何だそりゃあ。俺に鍋や釜を直せってのかよ。冗談じゃねえぜ」
政吉は苦笑し、立ち上がった。
「まあ、あの店をどうするかは考えないとな……ところで八丁堀、龍の奴に言っとけ。いい機会だから、表の仕事を探しとけってな」
・・・
その頃、多助は江戸の町を歩いていた。杖を突きながら、慎重に進んで行く……この様子では、裏の仕事には当分ありつけそうにない。ならば、表稼業に精を出すしかないのだ。多助は馴染みの客の所を、順番に回っていた。
だが、ここで予想外の事態が起きる。
道を歩いている多助の背後から、ばたばたという足音が聞こえてきた。
多助は反射的に下を向き、さりげなく手のひらで顔を隠す。
そして立ち止まり、辺りを見回した。
数人の侍が、こちらに向かい駆けて来る。どうやら、町方とは違うらしいが……しかし、全員が多助の方を見つめている。多助は小さく舌打ちした。侍たちに追われるような覚えはないが……裏の仕事の関係だろうか。
どこから、自分の情報が漏れたのだろう?
やがて侍たちは、多助の周囲を取り囲んだ。全員、険しい表情で多助を睨んでいる。
多助は素知らぬ表情で、杖を突きながら歩き出す。しかし、一人の侍が進み出て彼の腕を掴んだ。
「お前……按摩の多助だな?」
「へ、へい。いかにも、あっしは按摩の多助ですが……何の御用でしょうか? ひょっとして、按摩の御依頼でしょうか?」
とぼけた口調で聞き返す多助。だが、侍は険しい表情を崩さない。
「俺は奥州柴山藩の土田小十郎だ。お前に聞きたい事がある。屋敷まで来てもらおうか」
その言葉の直後、侍たちの輪が狭まる。
多助は口元を歪めた。この状況では、大人しく従う以外に手は無い。
「聞きたいこと……分かりました」
答える多助。と同時に、二人の侍が多助の両脇に付いた。
そして、多助を引っ立てて行く……。




