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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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やさしさだけでは、生きていけません(三)

 江戸の町から少し外れた林の中を、以蔵と龍の二人が並んで歩いている。栗栖の潜む、町外れのあばら家へと向かっているのだ。

「栗栖は、もともと私と共に蘭学者を目指していた男だ。武術の心得はない。だが、二人の用心棒を連れている。この二人は厄介だろうな。体も大きく、棒術か何かをやっていそうな雰囲気だ」

 昨夜、以蔵が仕掛屋の面々に以蔵が語った言葉である。


「八丁堀の奴、遅いな。まさか、こっちの仕事まで怠けるつもりじゃねえだろうな」

 辺りを見回し、ぼやいた龍。既に陽は沈み、暗くなっている。だが、以蔵はいたって冷静だ。

「奴が来なくても問題ないだろう。多助さんたちさえ来てくれれば――」

 そこまで言って、以蔵は足を止めた。

 あばら家の位置を、うっすらと肉眼で確認できる場所まで来ている。しかし、何かがおかしい。

「どうしたんだ以蔵?」

 龍も立ち止まり、辺りを見回した。どうしたんだ、と尋ねてはいるが……龍もまた、この妙な雰囲気に気づいる。

「妙だと思わないかい、龍さん」

 以蔵の言葉に、龍は頷いた。何者かが、木の陰に潜んでいる。

「ああ。そこに隠れている奴、出てこいよ」

 彼にしては珍しく、静かな口調で語りかけた龍。すると、木の陰から二人の男が姿を現した。片方は二十代だろうか……いかにも血の気の多そうな顔つきだ。こちらを睨み、今にも襲いかかって来そうな雰囲気を醸し出している。

 もう片方の男は、三十代前後だろうか。片方の目に革の眼帯をしている。さらに黒い着物を着て、長脇差しを片手に持ち、鋭い表情を浮かべて龍と以蔵を見ている。明らかに堅気ではない雰囲気だ。

「お前ら、俺たちに何か用か?」

 龍が尋ねると、片目の男が口を開いた。

「俺たちが用があるのは、向こうに住んでいる男だ」

 そう言って、あばら家の方を指差した。すると、以蔵の顔つきが険しくなる。

「それは、どういう意味だ?」

「お前らには関係ねえ。さっさと失せろ……でないと、面倒なことになるぞ」

 片目の男が、苛ついたような表情で言葉を返す。そして若い男が口を開いた。

「なあ兄貴……面倒くせえからさ、こいつらも殺そうぜ」

「五郎、てめえは黙ってろ!」

 一喝する片目。だが以蔵の目が、すっと細くなる。

「今、こいつらも……と言ったね。という事は、あんたらは栗栖を殺しに来たのかい?」

 以蔵は、鋭い口調で尋ねた。すると、五郎が懐から何かを取り出す。

「兄貴、こいつら栗栖の知り合いだぜ」

「ああ、そうらしいな……ひょっとして、お前らはご同業か?」

 片目の問いに、以蔵は顔をしかめる。

「さあね」

 その返事を聞くと、五郎は鎌のような物を構える。

「ふざけやがって……ぶっ殺してやる!」

 その声と同時に、片目が長脇差しの鞘を抜く。そして叫んだ。

「仁吉、桃介、泰司、出てこい! この二人を生かして帰すな! 参次、おめえは栗栖を見張ってろ!」

 直後、木の陰から姿を現した者たち……片目と五郎も含め、全部で五人だ。六尺棒や短刀といった得物を持ち、こちらをじっと睨んでいる。

 すると、龍が囁いた。

「以蔵……俺がこいつらを引き付ける。お前は栗栖を殺れ。ただし、無理はするなよ」

「それは無理だ。いくらあんたでも、五人が相手じゃあ――」

「馬鹿野郎、火薬と火縄の匂いがしてるのが分からねえのか。多助さんとお松さんが来てる」

 そう言うと、龍は五人を見渡した。

「来いよ。相手になってやる」

 そう言って身構える龍。すると――


「やあ、楽しそうですなあ皆さん。あっしも混ぜてもらえませんかねえ」


 潜んでいた茂みの中から、姿を現した座頭……言うまでもなく多助だ。杖を突きながら、龍たちのいる方へと歩いていく。仕込み杖を両手に持ち、龍の隣に付いた。

 すると、片目は笑った。

「めくらかよ……構う事はねえ! 殺せ!」

 その言葉と同時に、五人が一斉に動く――


 瞬間、多助は仕込み杖を抜く。そして、でたらめに振り回した。盲滅法という言葉を地でいくかのような太刀筋だ。五人の動きは止まり、遠巻きに囲むような形になった。

 その隙に、以蔵は茂みの中へと飛び込む。そして地面を這うような動きで、あばら家へと接近して行った――

 一方、龍は多助と背中合わせのような体勢で、じっと相手を睨み付ける。五人の獲物は長脇差し、短刀、鎌、六尺棒だ。全員、それなりに修羅場を潜っていそうな面構えである。龍は身構えながら、相手の出方を窺った。

 一方、片目たちはじりじりと包囲を狭めていく。六尺棒を持った体の大きな男が、にやにや笑いながら口を開いた。

「おい、お仲間は逃げたみたいだぞ。たった二人じゃ、俺たちには勝てないぜ」

 言いながら、六尺棒をぶんぶん振り回す大男。真っ先に襲いかかってくるのは、恐らくこの男だろう。龍は身構えながら、相手を見つめている。

 いずれ、痺れを切らして襲いかかってくるだろう。その時にこそ、隙が生まれる。

 あるいは、彼女が隙を作ってくれるか……。


「お前ら何やってるんだ! 相手は二人じゃねえか!さっさと殺せ!」

 片目の激が飛ぶ。だが、男たちも迂闊には近寄れないのだ。仕込み杖を振り回す多助と、がっちりした体格で隙のない構えの龍。男たちも素人ではない。下手に仕掛けたら、自分たちもただでは済まない事を分かっているのだ。

 睨み合う両者。だが、その状況は一瞬にして変化した。

 茂みの中から、不意に飛び出して来たお松。彼女は竹筒を構えた――

 轟く銃声。

 次の瞬間、片目の男がばたりと倒れた。

 男たちの動きが止まる。彼らは一斉に、いきなり乱入して来た者の方を見る。

 その瞬間、龍と多助は男たちに向かい襲いかかって行った――




 一方、以蔵は静かに進んで行く。茂みの中に潜み、栗栖のいるあばら家を目指していた。

 だが、強烈な違和感を覚えた。何かがおかしい。あまりにも静かすぎる。

 以蔵は、そっと顔を上げてあばら家の方を見る。明かりが点いているのは見えた。しかし、人の動いている気配はない。そもそも、栗栖がまだ家の中に居るかどうかも不明だ。

 以蔵は、そっとあばら家へと近づこうとする。しかし――

 向こうの茂みから、不意に現れた者がいた。分銅の付いた鎖を振り回し、こちをじっと睨んでいる。栗栖の用心棒ではない。恐らく片目の手下だ。

 煙管を取り出し、構える以蔵。男は鎖を振り回し、じっとこちらを睨み付けている。

 二人は三間(約五メートル)ほどの距離を空け、対峙していた。




 その頃、龍と多助は獣のように襲いかかっていく。男たちは、いきなり飛び出して来たお松に不意を突かれ、完全に隙だらけであった。しかも、頭目の片目が既に倒れている。残っているのは、完全に烏合の衆であった。龍と多助の攻撃に為す術もなく、次々と倒れていく……。

 龍と多助は、労せずに残りの四人を始末した。


「さて龍さん、残るは栗栖とその用心棒だけですね」

 荒い息を吐きながらの多助の言葉に対し、龍は頷いてみせた。

「ああ……それにしても、こいつら何者だ? 俺たちと同じく、こいつらも栗栖を殺しに来たみたいだが……」

「龍さん、こいつは妙ですぜ。あっしら、はめられたのかもしれませんよ」




 一方、以蔵は鎖を振り回す男と睨み合っていた。膠着した状態が続く。

 しかし、そこに現れた者がいた。中村左内である。左内は、鉄の棒を片手に平然と歩いて来た。

 男は左内の出現に色めき立った。見れば、同心らしき姿をしている。男はすぐさま鎖を投げつけた。鎖の先端に付いた分銅が、左内めがけ飛んでいく――

 だが、左内は棒の一撃で弾く。と同時に、

「以蔵、とっとと行け!」

 叫びながら、男に向かい突進する左内。男は慌てて鎖を戻そうとする。だが、左内の踏み込みは早い。あっという間に接近し、棒での一撃を加える――

 その一撃が頭蓋骨を陥没させ、男は絶命した。


 その間に、以蔵はあばら家へと侵入する。

 だが、中には異様な光景が広がっていた。明かりの灯る室内は相変わらず殺風景だ。生活に必要な、最低限の物が置いてあるだけである。用心棒の二人組はいないようだ。もっとも、前に来た時も姿を見なかったが。

 そして奥の部屋に、栗栖は座っていた。外の騒ぎは聞こえているはずなのに、身じろぎもせず机に向かい正座しているのだ。

「栗栖、お前を殺しに来た。悪いが死んでもらう」

 こちらに背を向けている栗栖に、押し殺したような声を発した以蔵。胸にこみ上げてくるものから意識を逸らし、煙管に仕込まれた針を抜く……。

 だが、それでも栗栖は動かない。以蔵はもう一度、声を発した。

「栗栖……いや、須貝! 死んでくれ!」

 栗栖の本名を叫ぶと同時に、一気に間合いを詰める以蔵。そして、背後から栗栖の口をふさぎ針を振りかざす――

 だが、以蔵は異変を感じて手を止めた。栗栖をまじまじと見つめる。

 その時になって、ようやく気づいた。

 栗栖は、既に死んでいたのだ……。


「以蔵、殺ったのか」

 言いながら、中に入ってきた左内。だが、呆然と立ち尽くしている以蔵を見て訝しげな表情になる。

「おい、大丈夫か?」

「ああ大丈夫だ。助かったよ八丁堀。ありがとう」

 虚ろな表情で、言葉を返す以蔵。一応は礼を言っているが、その言葉には感情がこもっていない。

 左内は首を傾げながら、ずかずか近づいて行く。その時、龍も家の中に入って来た。

「やっと終わったみてえだな……ん、お前らどうしたんだよ?」

 二人のただならぬ様子に、不審に思った龍も室内に入って来た。


 そして、彼ら三人は栗栖の死体を見下ろす。

「こいつ、自害したのか……」

 呟く龍。栗栖の手首にはぱっくりと開いた傷があり、おびただしい量の血が流れていた。その血液は、机の下にくりぬかれた穴に溜まっている。

 そして、机の上には一枚の紙が置かれていた。栗栖のものらしい署名と、一行の文が書かれている。

「なあ、これは何て書いてあるんだ?」

 紙を指差し、尋ねる龍。

「お前、字が読めねえのか……これはな『何人も咎める事なかれ 我みずからなり』と書かれてるんだ」

 左内が答えると、龍は顔をしかめてみせた。

「意味がわからねえよ」

「誰のせいでもねえ、俺が自分でやった……っていう意味さ。どうやら、自害に間違いないようだな」

 そう言うと、左内は以蔵に視線を移した。

「なあ以蔵、こいつはどうしちまったんだ?」

「生きることも無意味で、何の価値もない……最後に会った時、栗栖はそう言っていた」






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