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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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やさしさだけでは、生きていけません(二)

 その日、政吉はいつものように町をぶらぶらしていた。あちこちに顔を出し、にやにや笑いながら道行く町娘をからかったりしている。もっとも、彼の目当ては博打場に関する情報なのであるが。政吉は町を歩きながらも、さりげなく今夜に開かれる博打場を探していた。

 だが、そんな彼を呼び止める者がいる。


「おう政吉、おめえ何をやってやがるんだ。昼間っから、ぶらぶらしやがって……真面目に働こうって気がねえのかよ」


 不意に背後から、彼を呼び止める声が響く。政吉は、いかにも嫌そうな表情を浮かべて立ち止まった。誰であるかは、振り向かなくても分かっている。

 目明かしの源四郎だ。


「あっ、これは源四郎の親分さんじゃありませんか。いったい、どうしなさったんですかい?」

 へらへら笑いながら尋ねる政吉。すると、源四郎は眉間に皺を寄せて睨みつける。

「なあ政吉、おめえに聞きてえ事があるんだよ。ちょいと来てもらおうか」

 そう言うと、源四郎は政吉の首根っこを掴み強引に引きずって行った。


「ねえ政ちゃん、中村左内のことなんだけど……あいつ、本当に変な奴なのよ」

 人目につかない場所に来ると同時に、困惑したような表情で語りだす源四郎。

「はあ? どういうことだよ?」

「まあ、普段はどうしようもない昼行灯なのよね。袖の下をせびる時だけ一生懸命で……ただ今日の事なんだけど、町中で諸田って同心と島帰りの龍が揉めてたのよ。そしたら中村の奴、血相を変えて飛び出して行ってさ。龍の奴を、無理やり町外れまで引っ張って行ってたのよ。普段なら、ごろつき同士の喧嘩なんか見て見ぬふりするのにさ」

「何だそりゃあ。で、その後はどうなったんだよ?」

「それがね、心配して後をつけて行ったら、空き家に入って行ったのよ。で二人してひそひそ話をしてたみたいなんだけど……しばらくして出て来たわ。けど、二人とも妙にすっきりした顔をしてたのよ。まさかあの二人、いやらしい関係なのかしら……」

「んな訳あるかよ、お前じゃあるまいし」

 言いながら、くすりと笑う政吉。左内は龍を守ったのだ。もちろん、そこには自身の身を守るという意識もあるだろう。

 しかし、普段の事なかれ主義の左内にしては上出来だ。奴のことを、少し誤解していたかもしれない。

「ちょっと、何をにやけてるのよ……気持ち悪い」

 顔をしかめながら見つめる源四郎。政吉は、さりげなく表情を正した。

「いや、思い出し笑いだ。悪いが、これからも中村の奴を見張っていてくれ。頼んだぜ」

「それは構わないんだけどね、中村は本当にいい加減な奴なのよ。あんな奴の下に付かなきゃならないなんて、あたしって不幸な女よね」

 言いながら、さりげなく政吉に寄り添う源四郎。政吉は血相を変えて突き飛ばした。

「わ、わかったから仕事に戻れ!」

 言いながら、犬でも追い払うかのように手を振る政吉。すると、源四郎は拗ねたような表情になった。

「んもう、本当に失礼しちゃうわ。ところで、そろそろ仕事が入りそうなんだけど、どうする?」

「仕事? そういや、おめえからの仕事は久しぶりだな。幾らだよ?」

「それが、まだはっきりしないのよ。今ちょっと探りを入れてるとこなの。はっきりしたら、また知らせるから」


 源四郎と別れた後、江戸の町中を一人でうろつく政吉。源四郎の話を聞く限り、今のところ左内は信頼するに足る男のようだ。 もっとも、この先はどうなるか分からないが……などと思いながら歩いていると、いきなり現れた男たちに道を塞がれる。見れば、かなり柄の悪い連中だ。

「え、ああ……こりゃ失礼しました。お兄さんたち、どうぞ」

 言いながら、さりげなく脇を通りすぎようとする政吉。見たところ、典型的な悪人面の若者たちだ。こんな連中に関わっていられない。

 しかし、男たちは政吉の前に出て行く手をふさぐ。

「あんた、政吉さんだよね? 弁天の正五郎さんが、あんたに会いたがっているんだ。今から、一緒に来てもらえないかな」

 一人の男がそう言った。政吉は顔をしかめながら頷く。また、仕事の依頼のようだ……このままでは、正五郎の手下として扱われてしまうのではなかろうか。政吉は微かな不安を覚えながらも、大人しく従った。


「よう政吉さん。ここんとこ、あんたには世話になりっぱなしだな」

 町外れの出会い茶屋……そこの大きな一室で待っていた正五郎は、笑顔で政吉を迎える。恰幅の良さは相変わらずだ。

「いえいえ、正五郎さんから仕事をいただけて、こちらとしても助かります」

 政吉も、笑顔で頭を下げる。しかし、内心ではうんざりしていた。正五郎は鳶辰に比べれば、大分ましな人物ではある。しかし、このところの仕事に関しては、私情が混ざり過ぎている気がするのだ。

 政吉とて、阿片が江戸に蔓延するのを良しとしているわけではない。だからといって、正五郎の阿片に対する狂気にも似た思いにもまた、両手を挙げて賛成できない部分はある。

 さらに言うなら、その私情による制裁に自分たちが使われているというのもまた、釈然としないものを感じる。

 自分たち仕掛屋は、晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す商売だったはずなのだ。もちろん、正五郎には阿片に対する恨みはあるだろう。だが、本来の自分たちの仕事ではないはずだ。


「政吉さん、とうとう見つけたんだよ……この江戸に阿片を流行らせている大元をな」

 政吉の思いをよそに、上機嫌で喋り続ける正五郎。

「そうですか……で、どこの何者なんです?」

「町外れのあばら家に住んでる、蘭学者くずれの若造だよ。栗栖とか呼ばれているらしいが、本名かどうかは分からねえ。だが、名前なんざぁどうだっていいんだよ」

 そう言うと、正五郎は懐に手を入れた。

 そして、小判の束を取り出す。


「殺ってくれるな、政吉さん」


 目の前に出された小判の束。だが、政吉は即座に返事が出来なかった。このままでは、正五郎にいいように使われてしまうのではないだろうか……という懸念はある。

 しかし、政吉は首を縦に振った。

「わかりました……殺りましょう。あっしにお任せください」

 そう言うと、政吉は小判の束を受け取った。ここまで来た以上、引き受けない訳にもいかないだろう。政吉は神妙な面持ちで頭を下げた。


 その部屋を出た後、政吉は歩きながら考えていた。栗栖という男、妙な二人組の用心棒を連れているらしい。だが、大した相手ではないだろう。龍と多助とお松、それに以蔵の四人なら問題ないはずだ。

 それでも、念のため左内も呼んでおこう。五人で行けば完璧だ。




 その日の夜、店の地下室に仕掛屋の面々が集結していた。政吉は皆の顔を見回し、机の上に小判を置いていく。

「今回の標的は、阿片の売人である栗栖だ。こいつは若いが、かなりの大物らしいぞ。二人組の妙な用心棒も連れているらしいが、まあ大した相手ではなさそうだ。どうするんだ、殺るのか?」

 政吉の言葉に、真っ先に反応したのが多助だった。

「あっしは殺りますぜ。阿片の売人なんざ、外道の中の外道でさあ。さっさとあの世に送ってやりましょうや」

 そう言って、右手を突き出した多助。政吉はその手のひらに、小判を十枚乗せた。

「おや、またしても前金で五両ずつたぁ景気のいい話ですね。こりゃあ、お松も喜びますよ」

 嬉しそうに言いながら、小判の感触を楽しむ多助。次いで、龍が机の上の小判に手を伸ばした。

「ああ、まったくだ。銭が稼げるってのは、ありがたい話だぜ。そうと決まれば、さっさと行って殺ってやろうぜ」

 龍は小判を懐に入れると、代わりに胡桃を取り出した。そして殻を握り潰し、実を口の中に放り込む。

「山吹色の小判は、いつ見てもいいもんだな。それより龍よう、おめえほどの馬鹿力があれば、どんな仕事でも出来るんじゃねえか? いい加減、表稼業に就いた方がいいぞ」

 小判を掴みながら言った左内に、龍は顔をしかめて見せた。

「おい八丁堀、おめえも役人なら分かってんだろうが……島帰りが、どんな仕事に就けるんだよ」

「鋳掛け屋でも、しじみ売りでも何でもいいんだよ。おめえみてえに表稼業を持たねえ奴が十両も持ってうろうろしてたら、怪しまれても仕方ねえ。また、諸田の奴に因縁つけられるかもしれねえぞ」

 諭すような口調の左内。すると、多助がうんうんと頷いた。

「そうですぜ龍さん。いっそ、本格的に按摩を目指してみちゃあどうです? あんたの腕力なら、立派な按摩になれますぜ」

「按摩かい……まあ、考えとくぜ」


 皆がそんな会話をしている横で、以蔵は一人浮かない表情を浮かべて立っていた。

「以蔵、お前はどうするんだ? 今回の仕事は降りるのか?」

 政吉の言葉に、以蔵は首を振った。

「いいや、殺るよ。むしろ、この栗栖は私に殺らせてくれ。奴は私の知り合いなのさ」

 感情を抑え、淡々とした口調で語る以蔵。すると、場の空気が変化した。

「以蔵、無理しなくていいんだぞ。栗栖は俺が殺ってやるから――」

「いや、栗栖は私が殺る。私でなければ、いけないのさ」

 心配そうな龍の言葉を遮り、虚ろな表情で言葉を返す以蔵。すると、今度は政吉が口を開いた。

「わかった。お前は、栗栖とは顔見知りなんだな……それなら、今回はお前に任せる」

「ああ、私がこの手で仕留める」

 冷静な表情で、言葉を返す以蔵。だが彼の胸の内では、複雑な気持ちが渦巻いていた。佐島に続き、栗栖まで自らの手で殺さねばならぬとは。

 そして以蔵は思った。確かに、阿片を製造して売るのは罪であろう。しかし、個人の意趣返しに利用されている自分たちは何なのだろうか。

 この金額から察するに、今回の依頼人も弁天の正五郎であろう。正五郎は阿片を嫌っている……しかし、正五郎もまた裏の世界の人間だ。裏で悪事を働いていることは、疑いようのない事実である。実際、正五郎に逆らって消された者は数知れない……と政吉が言っていたのを聞いている。

 そんな人間に、阿片を製造している者を裁く資格はあるのだろうか。


 私はいったい、何をやっている?

 これからも、こんな不毛なことを続けなくてはならないのか?






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