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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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やさしさだけでは、生きていけません(一)

「龍さん、どうしたんですかい……今日は元気がないですぜ」

 多助の言葉に、龍は苦笑して見せた。

「いや、別に大したことねえんだ。それよりも……」

 言いながら、龍は視線を移した。そこには、以蔵がすました顔で座っている。

「以蔵、お前こんな所で油売ってていいのかよ?」

「いいんだよ。政吉さんがいつもやっている事さ」


 以蔵と多助は、龍の住む長屋に来ていた。今日は珍しく、政吉が店にいる。そのため、いつものお返しとばかりに以蔵が遊びに来ているのだ。


「なあ多助さん、あんた初めて人を殺したのは何時頃だ?」

 不意に龍が尋ねる。

「えっ、確か十五くらいの時だが……何でそんな事を聞くんだい?」

 逆に聞き返す多助。龍は、ふうとため息をついた。

「あの水鬼……いや有馬さんは、完全に狂っていた。俺もこのまま人を殺し続けていたら、いずれはああなるのかねえ」

 龍の神妙な面持ちに、以蔵が身を乗り出してくる。

「あのねえ龍さん……誰だって、心の中に鬼を飼っているものだよ。でもね、心を鬼に支配されちまうような奴は、むしろ自分の中の鬼に気づいていない連中なのさ。少なくとも、あんたは自分の中に鬼がいる事を知ってる。それなら、鬼に食われるような事にはならないさ」

「そんなもんかねえ」

 龍の口元が、僅かに歪んだ。

「そうさ。こう見えても、私はかつて蘭学者を目指していたんだよ。私の言うことを信じても、ばちは当たらないと思うがね」

 以蔵の冗談めいた口調に、多助が吹き出した。

「以蔵さん……蘭学者を目指してた、だけじゃ、偉いのか偉くないのか分からねえよ」

「それもそうだね」

 そう言って、以蔵は微笑む。

「何はともあれ、もし龍さんが狂っちまったら、あっしとお松が止めますから。心配はいりませんよ」

 多助がそう言うと、龍は顔をしかめた。

「そいつだけは、勘弁してもらいてえな」


 その後しばらくして、店に戻った以蔵。だが、店には彼を待つ者がいる。

 それは栗栖だった。行商人のような身なり、そして一段とやつれた顔つき……阿片を吸っている者に特有のやつれ方だ。以蔵の表情も堅くなる。

 だが、栗栖は彼の顔を見た途端に笑みを浮かべた。

「なあ以蔵、後で時間を作ってくれんか?」

 栗栖のそっと囁いた言葉に、以蔵は頷く。いったい何用なのかは不明だが、その様子から察するに、まともな用事ではないだろう。




 その夜、以蔵と栗栖は町外れのあばら家にいた。ぼろぼろの畳の上に座り、酒を酌み交わしている。しかし、二人の目の奥には冷たい光がある。


「以蔵、俺はな……佐島さんを殺した奴をずっと探し続けていた」

 栗栖の発した言葉に、以蔵は口元を歪めた。と同時に、煙管を手にする。

「なるほど。で、下手人は見つかったのか?」

「ああ、見つかったよ。裏の連中は口が堅い。情報を貰うのには苦労したが……ようやく、下手人が分かったよ」

「ほう、分かったのかい」

 言いながら、以蔵は栗栖の顔を見る。だが栗栖の表情は虚ろで、何を考えているのか判断できない。

「ああ。佐島さんを殺したのは、仕掛屋とかいう連中らしいんだよ」

 栗栖はいったん言葉を止めた。

 そして、以蔵の目をじっと見つめる。

「以蔵、お前に聞きたい……誰が佐島さんを殺したのか、お前は知っているのではないか?」


「ああ、知っている。佐島さんを殺したのは、この私だ」


 なぜ、その場で正直に言ってしまったのか……以蔵には分からない。ただ、嘘を吐いて誤魔化すことなど考えもしなかった。その理由もまた、考えもしなかった。

「そうか……お前だったのか」

 栗栖の表情は変わらなかった。虚ろな顔つきで、じっと以蔵を見つめている。以蔵は不安を覚えた。己の身の安全に対して、ではない。栗栖の様子は、あまりにも異様だった。一切の感情が消え失せ、虚ろな瞳でこちらを見ている。まるで能面のようだ。

 どうやら栗栖自身も、阿片に憑かれてしまったらしい。

「俺を殺すのか?」

 以蔵の問いに、栗栖は力なく笑う。

「今さら、そんな事をして何になる。お前を殺したところで、佐島さんは戻って来ない。それに、お前なら理解しているはずだ……あの人を喪ったことの重大さが、な」

「ああ、分かるよ。あの人は医者としては、日本一だろうからな」

 しみじみと呟く以蔵。そう、佐島は医者としては日本でも類を見ない腕前であったろう。

 もっとも、人としての評価は……。


「お前なら、自身の犯した罪の重さが理解できるだろう。佐島さんを殺した罪の重さに苦しみながら生き続ける……それが、お前の罰だ」

 一切の感情を交えず、淡々とした口調で言う栗栖。その言葉に嘘はなさそうである。栗栖には、佐島を殺した者に対する復讐心が消えてしまったらしい。


「以蔵、復讐など無意味なものだ。殺人も死も、空しいだけだよ……さらに言うなら、生きることも無意味で何の価値もない。何もかも、実に虚しいものだ」

 静かな口調で、言葉を続ける栗栖。以蔵は、彼の異様さに呑まれながらも口を開いた。

「栗栖、一つ言っておくぞ……江戸の裏稼業の大物、弁天の正五郎は阿片を酷く嫌っている。阿片を扱っていた者たちが、正五郎の命令により次々と始末されている。いずれ、お前も狙われる事になるかもしれん。今のうちに、江戸を離れるのだ」

「ほう、そんな奴がいたのか。最近、俺の周りで立て続けに人が死んでいくのでな……妙だとは思っていたが、そういうことだったのか」

 投げやりな表情の栗栖。どうやら、自身の身の安全など欠片ほども考えていないらしい。

 この分では、栗栖の命ももう長くないだろう。そもそも、本人から生きる気力が感じられないのだ。

「栗栖……頼むから、俺にお前を殺させるような真似だけはしないでくれ」


 帰り道、以蔵は憂鬱な気分で歩いていた。栗栖はもはや、生きるための意思すら失っている。それが阿片のためか、あるいは無頼の生活ゆえかは分からない。ただ一つ言えるのは……こうした人間は時として、死神を招き寄せてしまうことがある。

 今の以蔵に出来ることは、己が彼の死に関わらずにいられるように祈ることだけだった。


 ・・・


 その翌日、中村左内は目明かしの源四郎を引き連れ、町中をのんびりと歩いていた。もとより、彼には真面目に仕事をやる気などない。今日はいかにして時間を潰すか、そればかりを考えていたのだ。

 しかし運の悪いことに、向こうの方で人だかりが出来ている。どうやら、何か騒ぎが起きているらしい。

 左内は素知らぬふりをして通り過ぎようとする。しかし、聞き覚えのある声が耳に入った。


「貴様、何をしているのかと聞いているのだ」

「何もしてねえと言ってるのが聞こえねえんですか、お役人さま?」


 どうやら、二人の男が言い争いをしているらしい。しかも、その両方の声に聞き覚えがある……左内は顔をしかめながら、人だかりをかき分けて前に出て行った。


 左内の予想通り、そこにいたのは龍だった。龍は、一人の同心を睨み付けている。今にも殴りかかって行きそうな雰囲気だ。

 一方、相手の同心は諸田慎之助だ。最近、仕掛屋の仕事についてやたらと嗅ぎ回っている男である。

 そんな男に、取り調べをされる事になっては非常にまずい。左内は素早く二人の間に割って入る。

 そして、龍の襟首を掴んだ。

「おめえ何なんだ! 諸田さんに失礼な真似をすると俺が黙っていないぞ!」

 喚きながら、左内は顔を近づけた。小声で囁く。

「何やってんだよ……黙って俺の言う通りにしろ」


「何だ中村、お前には関係ない。引っ込んでいろ」

 諸田の不快そうな声が聞こえてきた。だが、左内は動きを止めない。

「諸田さん、私にお任せください。こんな破落戸ごろつき、私が叩きのめしてやります。そして、きっちり言って聞かせますから安心してください」

 言いながら、無理やり引っ立てて行く左内。すると、源四郎が慌てて追いかけて来る。

「だ、旦那ぁ! 何を考えてんですか!」

「るせえ! 俺は今から、こいつを痛い目に遭わせるんだよ! 付いて来るんじゃねえ!」


 町外れの物置小屋に、龍を無理やり連れ込む左内。龍は不満そうな顔をしてはいるが、それでも大人しく従っていた。

「おい龍、おめえ何を考えてんだ。町中で同心を相手に喧嘩するなんざ……気違いのやる事だぞ」

「ちっ、うるせえな」

 舌打ちし、不貞腐れたような表情で下を向く龍。だが、左内はさらに言葉を続ける。

「何があったんだよ。俺でよければ聞いてやる。言ってみろ」

「別に大したことはねえ。俺はただ道を歩いてただけなのに、野郎がきゃんきゃんうるさくてよ…… こっちも頭きて言い合いになっちまったんだ」

 いかにも不快そうな表情で言った龍。

 しかし、左内は首を傾げた。確かに、龍の人相は悪い。しかし、たかが道を歩いていたくらいで声をかけたりするだろうか。

 そもそも龍という男は、役人という人種を嫌っている。だが、普段はそんな事をおくびにも出さない。現に左内と出会った頃、龍は愛想笑いを浮かべていたのだ。同心相手に、無闇に喧嘩を売るような男ではないはず。

 となると、諸田が龍を怒らせるように仕向けたのだろうか。

「龍、一つ聞きたいんだがな……諸田は、そんなにしつこかったのか?」

「しつこいなんてもんじゃねえよ。すんでのところで、奴をぶちのめして逃げ出そうかと思ったくらいだ。ほっときゃ、長屋まで付いて来そうな勢いだったぜ……」

 顔をしかめ、頭を掻いた龍……左内は思わず首をひねった。諸田という男は、龍に何か目星を付けているのだろうか。


「なあ八丁堀、逆に聞きたいんだが、あの諸田ってのは何者だよ?」

 尋ねる龍に対し、左内は苦笑した。

「あれか。まあ可も無し不可も無し、沈香も焚かず屁もひらず。目立つ手柄は立てねえが、へまもしねえ……そんな奴だよ」

「じゃあ、お前みたいな奴って事か」

 龍の皮肉を、左内は鼻で笑った。

「いいや、南町の昼行灯と呼ばれた俺ほどじゃねえなあ。奴は、俺よりは出世してるしな」

「威張って言うことかよ……」

 そう言って、呆れた表情を浮かべる龍。どうやら、機嫌は治ったらしい。






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