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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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春には、春の花が咲きます(二)

 今回の話は、少々グロい部分があります。耐性のない人は、読まない方が賢明かと思います。



「おいおい、何だよこいつは……」

 中村左内は、呆れたような表情で呟いた。

 彼の目の前には、死体が転がっている。いや、正確には死体の一部だ……ばらばらに切断された体の一部が河原に転がっている。腕や足、そして何処の部分かも分からないものが、無造作に放置されていた。


「何だよ、こいつは……わざわざ人を切り刻んだっていうのか?」

 左内の言葉に、源四郎が首を捻る。

「そういや旦那、前にも似たような事がありましたよね」

「ああ、そう言えばあったよな……」

 言いながら、左内は下を向いた。

「だがな、こいつはちょいと違わねえか。所々、肉が削がれたような跡があるぜ……まるで、野良犬にでも食われたみたいによ」

 そう、地面に転がる遺体の一部には、ある共通点があった。どれもこれも、肉が切り取られているのだ。まるで、野獣に肉を食べられたかのように……。


「そろそろ昼時だな。蕎麦でも食いに行くとするか。源四郎、後は頼んだぞ」

 突然そんな言葉を吐いたかと思うと、何事もなかったかのように去って行く左内……。

「ちょ、ちょっと旦那! 何を考えてるんですか! 仕事は!?」

 叫ぶ源四郎。だが左内はその言葉を無視して、さっさと姿を消してしまったのだ……。

「まったく、あいつは……政ちゃんに言いつけてやるから。それにしても、あの昼行灯は本当に訳わからないわねえ……」

 源四郎は一人呟いた。




 そして『上手蕎麦』に入って行く左内。店内には他に客が二人入っており、以蔵が相手をしている。だが、政吉の姿は見えない。

「以蔵、今日も政吉はいねえのか」

 左内の言葉に、以蔵は頷いた。

「ああ、いつもの事さ。あんたも、いつもの様に手抜きかい?」

「ほっとけ。なあ、一つ聞きたいんだが……近頃、ばらばらにされた死体が多いんだよ」

「ばらばらの死体?」

 訝しげな表情を浮かべ、聞き返す以蔵。

「そうなんだよ。しかも、ご丁寧にも肉が削げ落ちてやがる。まるで、何かに食われたみたいにな。なあ以蔵……蘭方医で、そんな事しそうな奴いるか?」

「おいおい、ここは蕎麦屋なんだよ。そういう話は、無しにしてもらいたいねえ……」

 言いながら、暗い表情になる以蔵。かつて殺した佐島章軒の事を思い出したのだ。佐島は真剣に、世の中を憂いていた。迷信や俗信はびこる医術の世界に、夜明けをもたらそうとしていたのだ。

 その佐島を、自分の手で殺してしまった……。


「おい以蔵、聞いてんのかよ?」

 左内の声を聞き、我に返る以蔵。

「あ、ああ……すまない。ところで、その死体は野犬か何かの仕業じゃないのかね?」

「いや、違うな。あれは、人間の仕業だよ。切り口を見りゃ分かるが、一刀両断だ。何者か知らねえが、いい腕してやがるぜ……」


 ・・・


 その頃、龍は表をぶらついていた。

 しかし、長屋に帰ると――

「龍の兄貴……お客さんだよ……」

 ひきつった顔で、隣に住む正八が訪ねて来た。その後ろには、背の高い男が立っている。白髪で、顔に火傷痕のある着流し姿の不気味な人相だ。刀を片手に、幽鬼のような表情で佇んでいる。

 しかし――


「久しぶりだな、龍。お前も随分と変わった……」


 男の口から出た言葉は意外なものだった。龍は眉をひそめる。

「あんた、誰だよ?」

「俺の名は水鬼。かつては有馬左門という名だったが……忘れたか?」

 水鬼と名乗る、不気味な男。だが彼の口から出る言葉を聞いた瞬間、龍の表情が一変した。

「有馬さん!? 有馬さんなのか!? あんた生きてたのかよ!?」




 有馬左門……以前、龍と共に島で暮らしていた者である。士官の口を探していた浪人であった。しかし、つまらぬいざこざから人を殺してしまった。結果、島送りとなってしまう。

 有馬は、まだ若かった龍に武芸を教えた。さらに琉球から漂着した男も加わり、さながら武術道場のような雰囲気になっていたのだ。もともと真面目な男である龍は、二人から様々な技を学んでいった……もっとも、島には他に娯楽と呼べるようなものが無かったのも確かだが。

 しかし、その武術道場は唐突に終了する。

 ある日、有馬は数人の仲間と共に、小舟に乗って島抜けをしたのだ……水も食糧も、ほとんど積み込めないような小舟での島抜けである。しかも、その直後に嵐が近隣の海を襲ったのだ……有馬たちは死んだものと見なされていた。


「あんた……生きていたとはな……」

 龍は水鬼を見つめ、ぽつりと呟いた。無論、島抜けは重罪である。役人に見つかれば、死罪は免れない。ひょっとしたら、顔の火傷痕は役人の目を誤魔化すために、自らの手で焼いたのかもしれない。

「ああ、俺は生き延びたよ……無様にな」

 そう言った後、水鬼は笑い出した。くっくっく……という不気味な声が響き渡る。

 龍の眉間に皺が寄った。水鬼の仕草や声などには、確かに有馬の面影が残っている。だが、根本的に何かが違う気もするのだ。

「有馬さん、他の連中はどうなったんだよ?」

「水鬼と呼べ……他の奴らは、みんな死んだよ。俺の目の前で死んでいった……俺だけだよ、生き延びたのはな」

 そう言うと、水鬼は語り始めた。




 四人の仲間とともに、小舟で島を脱出した水鬼……だが、間もなく嵐に巻き込まれる。結果、仲間の一人が海に落ちた。さらに、小舟に積んでおいた僅かな食糧も波にさらわれてしまった。

 水鬼と三人の仲間たちは、飢えに苦しめられていた……そして、もう一人が死亡する。

 飢えに苦しむ三人。その目の前には肉があった。食ってはならぬ肉……ついさっきまで、仲間だった者の肉が。これを食べてしまえば、自分たちは人でなくなる。

 だが、飢えは容赦なく三人を襲う。


 三人は、生きながら鬼と成り果てた。ついさっきまで、共に助け合っていた仲間……その肉を切り取り、生のまま食らったのだ。柔らかい内臓を食らい、血をすする。

 その結果、さらに一人が死んだ。生の人肉を食らった事により病に冒されたらしく、発熱と下痢により一日で亡くなってしまったのだ。

 その時には、二人はもはや躊躇わなかった。死ぬと同時に、生のまま肉を食らったのだ。小舟の上では、肉はあっという間に腐ってしまう。早く食べてしまわねばならない。

 二匹の鬼は、肉を食らった。腹を切り裂き、まだ暖かい内臓を掴み出して噛みちぎり、そして飲み込む。さらに、水の代わりに血をすすった。

 人肉を食らい血を飲んだことにより、飢えと渇きは収まった……しばらくの間は。


 やがて、残る鬼は一匹となった。

 片方が、もう片方を殺したのだ。

 そして、肉を食らった。




「俺は、生きながら鬼と成り果てたのだ。浅ましい鬼と成り果て、どうにか海岸に流れ着いた」

 水鬼は言葉を止め、龍を見つめる。その瞳には、光が宿っていた。

 狂気の光が……。


「それから、俺は人を斬った。斬って斬って斬りまくった。なのに、誰も俺を殺せなかった。天の裁きも無かった。神も仏も、しょせんは作り物なのさ。いや、この世こそ作り物なのかもしれん。俺の見ている夢なのかもな……」

 そう言って、水鬼は笑った。くっくっく……という不気味な声が響き渡る。

「有馬さん、あんた気が触れちまったのか……」

 呆然とした表情で呟く龍……すると、水鬼は顔を上げた。

「俺の名は水鬼だ。同じ台詞を、何度言わせるつもりだ?」

 言うと同時に、しゃっという音がした。

 直後、龍は後ろに飛び退く。彼の体すれすれの所を、水鬼が抜く手も見せずに振った刃が通過したのだ……ほんの僅かでも避けるのが遅れたら、龍の首が飛んでいたかもしれない。

「危ねえな! 何を考えてやがる!」

 喚くと同時に、身構える龍。すると、水鬼は愉快そうな表情で笑った。

「ほう、鍛練は欠かしていないようだな。それにお前からは、血の匂いもする。なあ、龍よ……俺のところに来ないか? 巳の会に来れば、お前の腕を活かせるぞ」

「悪いが、やくざには興味ないな。他を当たってくれよ……」


 水鬼が去った後、龍は呆然としていた。

 あの男は変わってしまった……島にいた頃は、豪放磊落な野武士といった雰囲気だったのに。

 乱暴ではあったが、どこか他の罪人たちとは違っていた。こすっからい部分がなく、心根の真っ直ぐな男であった気がする。

 それが……。

「あいつは気違い……いや、鬼になっちまったのかよ……」


 ・・・


 その頃、巳之吉は二人の子分を連れて町を歩いていた。

 すると――

「やあ、巳之吉さん……あんた最近、えらく景気がいいようだね」

 巳之吉に声をかけた者、それは鳶辰であった。作務衣姿で笑みを浮かべながら、すたすたと巳之吉の方に歩いて行く。傍らには、腹心の部下である捨三が控えていた。

 二人の子分たちの表情は、一瞬にして険しいものとなる。しかし、巳之吉は平然としていた。

「やあ鳶辰さん。お陰様で儲けさせてもらってますよ……」

 そう言って、笑みを浮かべる巳之吉。すると、鳶辰はうんうんと頷いた。

「だろうねえ。ところで、ちょっと話があるんだが……今から来てもらえないかな?」

 尋ねる鳶辰。だが、巳之吉は首を振った。

「すみませんが、今は忙しいですね」

「そうかい。では一つ言いたいんだが、あんたの巳の会は紛らわしいんだがね……そうは思わないかい?」

「思わないですな。俺が何をしようと、あなたに指図される覚えはないです」

 そう言うと、巳之吉は笑みを浮かべた。だが、その目には冷ややかな敵意がある。

「なるほど。しかしね……辰と巳、強いのはどっちなのかな。よく考えてみるんだね」

 鳶辰の言葉に、巳之吉は口元を歪めた。

「なるほど。しかしね、辰も老いれば巳に負けます。それに、辰の次は巳……順当に行けば、そうなりますよ」

 巳之吉の言葉に、捨三の顔つきが変わった。

「巳之吉さん、ちょいと言葉が過ぎるんじゃないですかい……」

 詰め寄って行こうとする捨三。だが、鳶辰がそれを制した。

「やめておけ捨三。ほんの冗談さ……なあ、巳之吉さん?」

「ええ、ほんの冗談です。ついでに、これも冗談ですが……春には、春の花が咲きますよね。そろそろ、巳の会が花を咲かせる時期ではないかと……俺は、そう思うんですがね」

「すると、辰の会の花は散ってしまったと……そう言いてえのかい?」

 鳶辰の表情にも、僅かながら変化が生じる。

「まあ、そうは言いませんが……ただ、咲いた花なら散るのが定めです。盛者必衰、これは避けられない運命でしょうなあ。では、そろそろ失礼します」






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