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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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36/52

人の一生は、旅に似ています(五)

 その二日後、蕎麦屋の地下室に仕掛屋の面々が集合した。以蔵、多助、龍、そして中村左内。

 彼らに向かい、政吉が口を開く。

「今回、的になるのは神谷右近と神谷はな、それに渡世人の銀次郎だ。神谷右近は動けない体らしいが、腕は立つって話だぜ」

 そう言うと、政吉は机の上に小判を積んでいく。やがて五つの束が置かれた。

「神谷ですか……奴は腕が立ちますぜ。なるべくなら、殺り合いたくはねえですが……これも仕事だ。仕方ないですな。あっしとお松はやりますよ」

 言いながら、多助は手のひらを突き出した。

「ん? 多助さん、あんたは神谷右近を知っているのか?」

 小判を多助の手に握らせながら尋ねる政吉。すると、多助は顔をしかめながら頷いた。

「ええ。先日、龍さんと一緒に奴の住みかまで行きましたよ……足は動きませんが、鞭を振り回す危険な野郎でさあ。しかも、あの銀次郎ってのも只者じゃねえですよ」

 そう、あの日……多助は銀次郎の全身に揉み療治を施した。その時に、手のひらを通じて伝わってきた情報――筋肉の付き方や骨格、さらにはあちこちに付いた傷――から、大体の事は分かる。銀次郎もまた、数々の修羅場を潜って来た男だ。道場での、竹刀による剣術しか知らないような侍などとは比べ物にならないだろう。

「何でもいいよ……十両もらえるなら、旗本が相手でも殺ってやる」

 そう言いながら、机の上の五両を掴み取ったのは龍だ。そして以蔵も、金を手にする。

「今回の仕事は……金額から察するに鳶辰か、はたまた正五郎か。いずれにしても裏社会の大物だ。弱者のために許せぬ人でなしを消す、って仕事じゃなさそうだねえ」

 どこか皮肉のこもった以蔵の言葉に、政吉は眉をひそめた。

「何だ以蔵……不満だってえのか?」

「いいや、これも仕事だ。誰が相手だろうと引き受けるさ」

 口元を歪めながら、答える以蔵。次いで、左内が小判に手を伸ばした。

「そうだな……以蔵の言う通り、これも仕事だ。殺れって言うなら、誰だろうと殺ってやるよ」

 そう言いながら、左内は懐に小判を入れた。


 ・・・


 翌日の夜……神谷右近は、はなの押す手押し車に乗ってあばら家を出た。傍らには、渡世人の銀次郎がいる。

「神谷さん、その政吉って野郎ですが……表向きは、ただの蕎麦屋だそうです。しかし、裏の顔は仕掛屋の元締めでさあ。腕の方は大したことないようですが、問題は手下がはっきりしねえって事です」

 銀次郎の言葉を、右近は鼻で笑った。

「構わん……どうせ、やくざに毛の生えたような者だろう。皆まとめて始末してやる」

 そう言った後、右近ははなに視線を移す。

「はな、お前には苦労をかけた。今回の仕事が終われば、まとまった金が入る。そうしたら……のんびりと温泉にでも――」

 右近の言葉が止まった。彼の磨き抜かれた勘は、異変を感じ取ったのだ。

「はな、止まれ。誰か来るぞ」

 鋭い声を発する右近。と同時に、手押し車が止まった。

「もし、あの中村とかいう同心が来たら……どうしなさるんで?」

 銀次郎の問いに、右近は口元を歪めた。

「その時は、俺が殺す」


 やがて、彼らの前に現れた者……それは中村左内であった。長い鉄の棒を片手に、神妙な顔つきで真っ直ぐ歩いて来る。

「中村……貴様、何をしに来た?」

 鋭い声を発した右近。すると、左内は悲しげな表情で立ち止まった。

「神谷さん、申し訳ないですが死んでください。奥方さま、それに銀次郎さん……あんたらもだ」

 冷たい口調で言い放つ左内。その瞬間、右近らの表情が変わった。

「中村、貴様は俺を殺しに来たのか……同心のお前が、殺し屋に身を落としていたとはな」

「ええ、あなたと似たようなもんです。それにしても神谷さん……あなたも馬鹿な事をしましたね。仕事が終わったら、さっさと江戸を離れりゃ良かったんですよ」

 言いながら、左内は棒を振って見せる。すると、右近は鼻で笑った。

「そんな棒で俺を殺そうというのか。俺も舐められたものだな」

 右近の言葉に対し、左内は棒を構える。切っ先を相手に向けた、いわゆる正眼の構えだ。

「私はね、人殺しに刀は使いたくないんですよ。私は人殺しのために剣術を習った訳じゃありません。私の習ったのは……活人剣ですから」

「活人剣、だと……ふざけた事をぬかすな!」

 怒鳴りつける右近。その表情には余裕がない。左内の言葉が、彼を苛立たせたらしい。

 左内の顔に、寂しげな笑みが浮かんだ。

「らしくもないですなあ、神谷さん。昔のあなたなら、この程度の事で動じたりしなかったはずだ。今のあなたは、南町の虎なんかじゃない……世を拗ねた、ただの殺し屋だ――」

「うるさい! 黙れ!」

 声の直後、右近の腕が動いた。鋭い鞭の一撃が飛んでくる――

 だが、左内は素早く飛び退き鞭を躱した。

 その一撃が合図だったかのように、龍と多助が姿を現す。

 次の瞬間、龍は凄まじい勢いで銀次郎に突進していった。一方、多助はその場で仕込み杖を抜く。


 龍は突進し、銀次郎の顔面めがけて廻し蹴りを食らわす。木刀でもへし折る龍の蹴り……まともに食らえば、銀次郎でもひとたまりもない。

 だが銀次郎は、とっさに地面に転がる。龍の蹴りを躱しつつ、編み笠を投げつける――

 龍は廻し受けで、投げられた編み笠を払いのけた。さらに追い討ちをかけるべく走る。

 しかし、銀次郎は長脇差しを抜いていた。そして、龍に切りつける。切るというより、棒でしばくような一撃だ。龍は飛び退き、その一撃を躱す。

 睨み合う二人……しかし、先に動いたのは銀次郎だった。長脇差しを小刻みに振りながら、間合いを詰めていく……。

 銀次郎の戦い方は、完全なやくざ剣法である。侍の剣術と違い、一撃で斬り捨てる戦法ではない。腕でも足でもいい、とにかく手傷を負わせて流血させるのが目的だ。血を流せば、相手は確実に弱っていく。逃げては切り、弱らせてから止めを刺す……それこそが、銀次郎の戦い方であった。

 一方、龍はじりじりと下がって行く。銀次郎の太刀筋は非常に厄介だ。侍の道場剣術と違い、とても読みづらい……。

 その時、林の中から走り寄る者がいた。以蔵だ。以蔵は煙管をくわえ、後ろから銀次郎めがけ一直線に突っ込んで行く――

 それに対し、銀次郎は素早く反応した。長脇差しを振り回し、以蔵に切りつける。

 だが、以蔵は地面を転がった。前転し、一気に間合いを詰める。

 そして、銀次郎の足の甲に針を突き刺す――

 苦痛のあまり、顔を歪める銀次郎。

 その隙を逃すほど、龍は甘くない。彼は凄まじい勢いで走る。そして飛んだ――

 龍の二十四貫(約九十キロ)の体重を掛けた跳び足刀蹴りが、銀次郎の顔面に炸裂する。さすがの銀次郎もひとたまりも無かった。骨が砕ける鈍い音と共に、彼は地面に倒れ伏す。

 間髪入れず、以蔵が煙管の針を抜く。そして、銀次郎の延髄に突き刺した。




 左内と多助は得物を構え、右近と睨み合う。右近の鞭は長く、したがって間合いは広い。うかつに近寄ろうものなら、肉をも削ぎ落とす鞭の一撃の餌食だ。

 睨み合う三者。しかし――

「はな、左だ!」

 右近の鋭い声。と同時に、はなが車を押した――

 車は、多助のいる方に突っ込んで来た。と同時に、右近が鞭を振る。

 そのあまりの速さに、多助の反応は間に合わなかった。彼の右腕に、右近の鞭が炸裂する。皮を削ぎ落とし、肉まで切り裂く鞭の一撃だ……多助は思わず悲鳴を上げ、仕込み杖を落とした。

「多助!」

 怒鳴ると同時に、左内が突進して行く。しかし、はなの反応も素早かった。すぐに車を移動させる。と同時に、右近の鞭が飛ぶ。

 左内は、とっさに棒で防いだ。しかし、さらに強烈な連撃が飛んで来る。

 左内は受けきれず、鞭を食らう。だが、右近の攻撃は止まらない。瓦ですら叩き割る強烈な鞭が、左内の体を襲う――

 その時、右近の鼻は妙な匂いを嗅ぎ取った。彼は叫ぶ。

「はな! 火薬の匂いがするぞ! 気をつけろ!」

 直後、顔に布を巻いたお松が飛び出して来る。そして、お松は竹筒を構えた。

 とっさに身を伏せる右近……次の瞬間、銃声が鳴り響く――

 倒れたのは、はなであった……。


「はな!」

 悲痛な叫び声を上げる右近。だが、その背後には多助が迫っていた。

 多助は冷酷な表情で仕込み杖を振り上げ、右近めがけ斬りつける。はなを失った今、右近は逃げることも避けることも出来ない――

 全身を切り刻まれ、右近は絶命した。




 翌日、後金を貰いに蕎麦屋を訪れた左内。

 そして地下室に行くと、神妙な面持ちの政吉が小判を手渡した。

「ほら、後金の五両だ。ところで八丁堀……お前はこの前、神谷右近に一人で会いに行っていたな」

 その言葉に、左内の表情が変わった。標的となる相手と密かに会っていた……これは、裏切りと見なされても仕方ない。

「何だ、知ってたのかよ……油断も隙もねえな」

「本当なら、おめえには死んでもらうところだ。しかし、今回は大目に見てやるよ。あの時点では、まだ神谷右近を殺るとは決まっていなかったしな……」

 言いながら、左内を見つめる政吉……その目は冷ややかだ。

「だがな八丁堀、次はねえからな。忘れるなよ」


 ・・・


 その頃、鳶辰の屋敷に一人の男が訪れていた。いかにも温厚そうな、町人風の身なりの男である。

 だが、彼こそは……神谷右近に仕事を依頼した吉造であった。


「鳶辰さん、神谷右近は殺られましたよ。やはり、仕掛屋は一筋縄ではいきませんなあ」

 吉造の言葉に、鳶辰は笑みを浮かべる。その傍らには、捨三が控えていた。

「そうかい。やはり、仕掛屋が仕留めたか……神谷の方が残ったのなら、うちで使ってやっても良かったんだがな」

 言いながら、紙に包まれた小判を差し出す鳶辰。吉造は頭を下げながら、それを受け取った。

「へい、こりゃどうも」

 言いながら、小判を懐にしまう吉造。その時、捨三が口を開いた。

「流れ者ってのは、こういう時に便利ですね。邪魔な熊次と寅三を消すには、持ってこいでしたよ」

「二人とも、覚えておくんだね……馬鹿と鋏は使いようさ」

 鳶辰は、不気味な笑みを浮かべた。

「残るは、弁天の正五郎と巳之吉の二人か。さて、どうするかねえ……」






 今回登場した神谷右近というキャラは、昔の時代劇『おしどり右京捕物車』に登場したキャラ……のオマージュです。興味がありましたら是非ご覧ください。全体的にかなり暗いストーリーで、最終回では濡れ衣を着せられて江戸を追放させられましたが……。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 神谷右近……私は水無月右近ってキャラを思い出しました。 カムイ伝の登場人物で片足なもので。 それでも両足が動かないよりは片足がない方がマシなんですかね。 [一言] 鳶辰が黒幕っぼい言動して…
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