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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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さよならだけが、人生です(四)

「ええと……そいつぁ、どういう事なんです?」

 尋ねる政吉。彼の目の前には、弁天の正五郎が立っている。正五郎はむすっとした表情で、ゆっくりと言葉を繰り返した。

「もう一度言うよ。政吉さん、黒波一家の親分である留吉……そして子分たちを殺してくれ」


 いつものように、店を以蔵に任せて町中を歩いていた政吉……すると突然、正五郎に呼び止められた。そして、この出会い茶屋に連れ込まれたのだ。一瞬、正五郎は男が好きなのか? と誤解してしまったくらいである。

 だが、正五郎の口から出たのは――

「政吉さん、ちょいと頼みがある。黒波一家を潰してくれ……」

 政吉は首を捻る。黒波一家といえば、最近になって頭角を現してきたやくざであるらしい。しかし、正五郎ほどの男が動くような相手なのだろうか。

 いや、それ以前に……なぜ自分たちに依頼するのかが分からない。弁天の正五郎と言えば、辰の会を率いる鳶辰と並ぶ裏社会の大物である。その気になれば、黒波一家など潰すのは訳ないはずだ。

 しかし――

「黒波一家の留吉と清太はな、ちょいとばかりやり過ぎだよ。あの馬鹿、女を達磨に変えちまったのさ」

「えっ、だるまって言うと……あの達磨ですかい?」

 政吉が聞き返すと、正五郎は頷いた。

「そう、達磨だよ……女の両手両足をぶった切って、客を取らせるんだ。しかも、それだけじゃねえ……女たちに阿片まで吸わせてやがるんだよ。奴らは本物の外道だ。生かしちゃおけねえ」

 吐き捨てるように言った正五郎……その言葉を聞いた時、ようやく合点がいった。正五郎は阿片を異常に嫌っている。何でも、かつて馴染みの女郎が阿片により命を落としたらしい。以来、子分たちにも阿片だけは扱わせないのだ。

「なるほど……分かりました。引き受けましょう」




 その日の夜、例によって店の地下室に仕掛屋の面々が集まっていた。

 政吉は皆の顔を見回した後、おもむろに話を切り出す。

「殺るのは黒波一家の親分である留吉と子分の清太、そして用心棒の市村武三の三人。金は一人あたり十両だ。どうする?」

「断る理由はないですね。だったら……あっしとお松の二人で、その腕の立つ用心棒を殺りましょうかね」

 言いながら、真っ先に小判に手を伸ばしたのは多助だ。政吉は頷き、突き出された手のひらに小判を十枚乗せる。

「俺もやるよ。清太の奴は俺が仕留める」

 言いながら、五両を掴み取る龍……すると、以蔵が口を開いた。

「なあ龍さん……あんたの代わりに、私が清太を仕留めてもいいんだよ」

「いいや、奴は俺が殺る。哀れだが仕方ねえ。依頼があった以上、殺すしかねえんだよ。だったら、俺がこの手で止め刺してやる」

 低い声で答える龍……すると、中村左内も小判に手を伸ばす。

「そうなると、俺にも出番はあるな。よし、俺に任せろ」

「ちょっと待てよ、八丁堀……じゃ、あんたが親分の留吉を殺るのかい?」

 以蔵の問いに、左内は首を振る。

「いいや。そいつはお前に任せる。俺は今回、お前らの仕事をやり易くしてやるよ」

 そう言って、左内はにやりと笑う。




 そして翌日――

「おいおい留吉さん、これはどうした訳かなあ」

 店の前で十手をちらつかせながら、わざとらしい声を上げる左内。その後ろでは、源四郎が苦り切った表情で控えている。

「いやいや、何をおっしゃいますか中村さん。この店は、ただの宿屋ですよ。ほら、中を見てくだされば分かりますから」

「宿屋だぁ? よく言うぜ……ちょいと噂に聞いたんだが、めくらの女が客を取ってるって聞いたぜ。聞いた以上は、調べない訳にいかないんだよな」

 そう言って、左内は十手をちらつかせる。すると、留吉は愛想笑いを浮かべて近づいて来た。

「まさか……そんなこたぁありゃしませんよ」

 言いながら、さりげなく左内の腕を掴む留吉。そして小判を握らせる。

「中村さん……あっしらは色んな方々と取り引きしてます。その中には、奉行所のお役人さまもいますよ。ですから、ね……あっしが何を言いたいか、中村さんなら分かりますよね?」

 その言葉に、左内はにやりと笑う。

「分かってるって……形だけ、ちょこちょこっとやるだけだ。俺もな、訴えを聞いた以上は動かない訳にはいかないんだよ。悪いけどな、ちょいと番屋まで来てもらうぜ」


 留吉と用心棒の市村を連れ、夜道を歩く左内。源四郎は既に帰らせている。三人は連れ立って歩いていたが――

 突然、左内が立ち止まった。

「あちゃあ……留吉、ちょっと小便してくる。すまないが、ここで待っててくれよ」

 そう言い残し、左内は草むらへと消えて行く……。

「何を考えているんだ、あの昼行灯は……本当にどうしようもない奴だな」

 留吉が吐き捨てるように言うと、市村も頷く。

「いっそ、この場で切り捨てますか」

「馬鹿なことを言うな。あいつは、腐っても役人だ。下手に手を出すと、ただでは済まないぞ」

 留吉がそう言った次の瞬間、前から坊主頭の男が現れた。みすぼらしい着物を着て、杖を突きながらこちらに歩いて来る。

「もし、そこの旦那さま……哀れなめくらにお恵みを……」

 言いながら、こちらに近づいて来る男。留吉は顔をしかめた。

「おい、あいつを追っ払ってくれ……ただし、殺すなよ。近くに昼行灯がいることを忘れるな」

 留吉の言葉に、市村は頷いた。

「分かりました。ちょっと脅してやりましょう」

 そう言って、男に近づいて行く市村……だが、不意に足を止めた。

「留吉さん、妙ですよ……この男、血の匂いがしますね。只のめくらじゃ無さそうですよ」

 言うと同時に、市村は刀を抜いた――


 ・・・


 目の前で、刀を抜いた市村……多助は思わず舌打ちをした。この侍は、人斬りが好きで好きでたまらない気違いだと聞いている。だが、その分だけ勘も鋭いのかもしれない……多助は仕込み杖を握る。

 不意に、市村の顔に笑みが浮かぶ。

「あんた、やっぱり血の匂いがするよ……面白い」

 じりじりと間合いを詰めて来る市村。多助も仕込み杖を抜き、構える。思った通り、こいつは腕がたつ。仕留めるには、もう少し引き付けないと……。

 しかし、市村は足を止めた。

「どういう訳だい。さっさと斬り合おうじゃないか。それとも、こいつは罠なのかね……」

 やはり、この男は勘が鋭い。こうなったら、乱戦に持ち込むしかない――

「中村さん! 妙な男がいますよ! 早く来てください!」

 留吉の喚く声が聞こえてきた。だが、そんなものに構ってはいられない……多助は仕込み杖を構える。

「留吉さん……気をつけてください。どうやら、私たちは嵌められたようです。ひょっとしたら、あの昼行灯さんも一枚噛んでいるのかもしれませんよ」

 冷静な口調の市村……彼は刀を構え、油断なく辺りを見回している。多助を見る目は落ち着いたものだ。見下している訳でも恐れている訳でもない。

 その時――


「おやおや、いったい何事ですか?」


 のんびりした言葉とともに、そこに現れたのは以蔵だ。煙管をくわえ、とぼけた様子で留吉に近づいて行く。

「あ、あんた! すまないが助けてくれ! 殺し屋が――」

 だが、留吉の言葉はそこで途切れた。以蔵は彼に近づき、煙管に仕込まれた針を抜いた。

 そして背後に廻り、留吉の延髄に突き刺す――


「なに!?」

 思わず声を上げる市村。一瞬ではあるが、多助から視線が逸れた。

 その時、多助は斬りかかっていく――

 でたらめに仕込み杖を振り回し、市村に向かって行く多助。それに対し、市村は飛び退いて間合いを離した。そして反撃しようとする。

 だが次の瞬間、草むらから立ち上がる者がいた……お松だ。彼女は竹筒を構えた。

 そして、銃声が轟く――

 僅かに遅れて、市村が倒れた。

「短筒だと……卑怯者めが……」

 いまわの際、声を絞り出す市村。それに対し、多助はにやりと笑った。

「馬鹿野郎……卑怯も糞もあるかい。死んだ奴が負けなんだよ」


 ・・・


 その頃、清太は店の中にいた。役人が来た以上、今日は休みにしなくてはならない。彼は店を閉めるための準備をしていた。

 だが、後ろから音も無く忍び寄って来た者がいる。そして清太の背後から、首に腕を廻した――

 抵抗すら出来ず、一瞬にして絞め落とされた清太。だが、それでも腕は外れない。

 清太は首をへし折られ、その場に崩れ落ちる。何が起きたのか、そして何者が自分を殺めたのか……それすら知らぬまま、清太は死んでしまった。

 そして……龍は立ったまま、死んだ清太を見下ろしていた。先ほど左内が表で騒ぎを起こしている間に、裏口から忍びこんでいたのだ。巨体を縮めて物陰に潜み、機会を窺っていたのである。


「じゃあな、清太……次に生まれ変わってくる時は、誰のことも助けるんじゃねえぞ。見てみぬふりをするのも、処世術の一つだ。ただし、外道にだけはなるんじゃねえぞ。もし、また外道になりやがったら……俺が殺してやるぜ」




 その翌日、左内は上手蕎麦を訪れた。後金を貰うためである。

 地下室に降りると、龍や多助も来ていた。彼らは皆、何やら難しい顔をしている……。

「お前ら、どうしたんだよ?」

 左内が尋ねると、政吉が口を開いた。

「追加の仕事だ……あの店にいた女を、全員始末しろとさ」

「何だと……」

 さすがの左内も、二の句が告げなかった。

 そして、政吉は冷めた表情で言葉を続ける。

「あの店にいた女たちはな……みんな阿片でおかしくなっちまってる。しかも全員、かたわにされてるからな。苦しまないようにあの世に送ってやれ、だとさ」

「なんだい、そいつぁ……」

 そう言いながらも、左内には事情が理解できる。彼はかつて、阿片で身も心もぼろぼろにされ、生ける屍と化した者たちを見たことがあった。まともに動くことも出来ず、ただ生きているだけの存在だ。一人では、生きていくことすら出来ない。

 だからこそ、一思いに殺せというのだろう……。

 静まり返る地下室。やりきれない空気が、その場を支配していた……だが、多助が口を開く。

「あっしとお松が、全員殺りましょう。その代わり、銭はいただきますよ。いやあ、楽な仕事ですね。まともに動くことも出来ねえ女を殺すんですから……腐れ外道がぁ!」

 喚くと同時に、机を殴り付ける多助。だが、皆も同じ気分であった……。

「いや、あんたらだけに押し付けられねえよ。みんなで殺るんだ。いいな?」

 政吉の言葉に、全員が頷いた。





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