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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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さよならだけが、人生です(三)

 長屋に戻った後、龍は仰向けになり、天井を見上げた。

 そして、先ほど見たものについて考える……清太はいつの間にか、自分とは違う外道と化していた。それも、自ら進んで。

 かつての清太は、あんな人間ではなかったはずだ。少なくとも、剣呑長屋に越して来た時の清太は……真っ当に生きようとしていたのだ。それなのに、いつの間にかこうなっていた。

 人の運命とは、本当に分からないものだ。そもそも清太は、手込めにされそうになっていた娘を助けようとしたのだ。その弾みで、人を殺してしまった……と、本人は語っている。恐らく、その言葉に嘘はないのだろう。そうでなければ、こんなに早く島から帰ってこれなかったはずだ。

 清太のその行動は立派なものだ。少なくとも、恥ずべき行為ではないはずである……しかし、世間の人はそうは見ない。清太は、紛れもなく極悪人の島帰りなのだ。その上、今はやくざ者である。

 確かに、やくざになる道を選んだのは清太自身だ。しかし、全てが清太のせいなのだろうか……自業自得という一言で、片付けられる問題ではないはずだ。

 結局、人生など……なるようにしかならぬものなのだろうか。




 翌日、中村左内は十手をぶらぶらさせながら町の見回りをしていた。その後からは、目明かしの源四郎が付いて行く。

 だが突然、左内は足を止めた。

「おい源四郎、いつまで付いて来るんだよ……今日はもういいよ。帰っていいから」

「はあ? またさぼりですか……旦那、そんな事をやってていいんですかい? そのうち奥方さまたちに怒られますよ」

 呆れ顔の源四郎に対し、左内は手を振る。あっちに行け、という仕草だ。

「いいから行けよ……うちのかかあが何を言おうが、おめえに関係ねえじゃねえか」

 そう言いながら……しっしっ、と犬でも追い払うかのような声を出す左内。だが、その時に妙な光景を目にした。

 同心の諸田慎之助が、一人の男と何やら親しげに話しているのだ。

 その男は……江戸の裏の世界でも屈指の大物である鳶辰の配下、捨三なのである。

「なんで諸田と、捨三が……」

 思わず呟く左内。諸田と言えば、堅物の同心として知られている。賄賂をもらっている話など、見たことも聞いたこともない。

 そんな諸田が、捨三のような男と何の話をしているのだろうか……。

 首を傾げながら、じっと様子を窺う左内。一方の諸田は笑みを浮かべながら歩き出す。

 しかし、自分を見ている左内と目が合った……その途端、諸田の目付きが変わる。

「なんだ中村、お前はこんな所で何をしている?」

「いや、これはどうも……町の見回りをしている所ですが、諸田さんこそ何を――」

「俺が何をしていようが、お前には関係なかろう。お前は黙って、見回りでもしておればいいのだ。さもないと、牢屋見回りに落とされるぞ」

 吐き捨てるように言う諸田。そして、いかにも不愉快そうな表情で去って行った。

「旦那……どうかしたんですか?」

 源四郎が、こちらを案ずるような表情で近づいて来る。だが、左内は顔をしかめるだけだった。

「いや……何でもねえ。とりあえず、蕎麦でも食いに行く。おめえは失せろ」

 そう言って、左内は歩き出した。

「あーあ……行っちゃったよ。こうなったら、奥方さまに言いつけてやる」

 そう言うと、源四郎は足早にその場から離れた。


「なんだい八丁堀……また来たのかい。あんたも暇だねえ」

 店に姿を現した左内に、嫌味たらしく言う以蔵……だが左内はお構い無しだ。

「うるせえな、俺は客だぞ……それより、政吉はいねえのか?」

「ああ、いないよ。おおかた、博打場にでも行ってるんだろうさ」

 以蔵の言葉を聞き、左内は呆れ顔で首を振る。

「いい御身分だな、政吉の野郎は……俺もその内、店でも出すかな。誰かを働かせて左うちわとは、羨ましい話だぜ」

 呆れ顔でそう言って、首を振る左内。すると、以蔵は口元を歪めた。

「私から見れば、あんたも似たような者だがね。昼間からふらふらし、あちこちから賄賂を取る……実に羨ましい話だよ」

「何言ってやがる……役人の仕事はな、楽じゃねえんだぞ。こっちの苦労も知らねえで、勝手なこと言ってんじゃねえや」

 憮然とした表情で、言い返す左内。その時、店内に新たな者が現れた。大きく逞しい体に傷だらけの顔……龍だ。龍はのっそりと入って来て、店の中を見回した。

 すると左内の存在に気付き、顔をしかめる……しかし、不快そうな顔をしながらも左内の隣に腰かける。

「おい八丁堀、お前に一つ聞きたい」

「何だよ八丁堀ってのは……訳の分からねえ名前で呼ぶな。で、何を聞きたいんだよ」

「売春宿を潰すには、どうすればいいんだよ?」

「……お前、何を言ってんだ? まあ、俺たちが手入れすれば潰せるだろうけどな」

「そうか……」

 龍は顔をしかめた。そして下を向く。

 ややあって、ためらいながらも口を開いた。

「だったら、一つ潰して欲しい所があるんだよ。やってくれねえか」

「いや、それは無理だな」

 何の迷いもなく、あっさりと言葉を返す左内……龍の表情が変わる。

「何だと――」

「ちょっと待てよ。俺の話も聞け。いいか、お役所ってのは本当に面倒な場所なんだよ。そこの売春宿が、どこの誰の受け持ちであるか……これは馬鹿に出来ないんだよ。同心の派閥もあるしな。手入れするとなると、それなりに人数も必要だしな。俺みたいな下っぱがいきなり、じゃあ手入れしに行きますか……って訳には行かねえんだ」

「おめえって奴は……つくづく使えねえ野郎だな。だから昼行灯って言われるんだよ」

 吐き捨てるような口調で龍は言った。すると、そのやり取りを見ていた以蔵が口を挟む。

「なあ龍さん、一体どうしたんだい? もしよかったら、話を聞かせてくれないか?」

「いや、大した話じゃねえんだ……とにかく、これは俺の個人的な話だよ。お前に聞かせるほどのもんじゃねえんだ」

 龍のその言葉を聞き、以蔵は顔を歪めた。何か言いたげな表情で、じっと龍を見つめる。

 だが、思い直したような様子で口を開いた。

「そうかい……じゃあ私もこれ以上は聞かないよ」

 そう言って、以蔵は仕事に戻る。すると、今度は左内が顔を近づけて来た。

「何だよ龍……売春宿を潰すのは、俺には無理だよ。しかしな、小銭拾いなら得意だぜ。その売春宿から、たんまりと巻き上げてやろうじゃねえか。どこか教えろよ」

 いかにも楽しそうな顔つきの左内……龍は今にも殴りかかりそうな表情で睨み付けた。

「うるせえな……だったら勝手にやれよ。だがな、俺は御免だ。場所は教えねえよ」


 ・・・


 黒波一家の親分である留吉……その屋敷には、大きな地下室がある。こういった秘密の部屋は、やくざ者にとっては必要不可欠なのだ。

 今、その部屋では……一人の女と、四人の男たちがいた。


「こいつは、もう駄目ですね……客の前でも、平気で垂れ流すようになっちまった。商売になりませんよ」

 吐き捨てるように言ったのは清太だ。苛立たしげな様子で、女を睨みつける。

 その視線の先にいる女には、両手両足がなかった。さらに、その表情は虚ろだ……時おり、不気味な笑い声を上げている。

「そうだな……ちょいと阿片を吸わせ過ぎたよ。これからは、ほどほどにしないといかんなあ」

 そう言うと、留吉は行商人風の男に視線を移す。

「だがな、こいつらにも気晴らしはさせなきゃならねえ。飴と鞭……そのさじ加減を間違えちゃいけねえ。なあ栗栖さん、あんたもそう思うだろう?」


 そう、留吉は女たちに阿片を吸わせていたのだ。阿片を吸わせることで束の間の快楽に溺れさせ、そして客の相手をさせていた……阿片は人間の持つ価値観を狂わせる。両手両足を失った事や視力を失った事すら、阿片のもたらす快楽に比べれば大したことはない……そう思えてくるのだ。

 もっとも、吸えば吸うほど確実に心と体は崩壊していくのだが……。


「ああ、人間には息抜きが必要さ」

 そう答える栗栖の表情は冷めきっている。自分の知ったことではない、とでも言いたげな様子だ。

「しかし、こうなってしまっては使い物になりませんね。では、始末するとしましょうか」

 言いながら、刀を抜いたのは用心棒の市村武三だ。色白の端正な顔立ちは、まるで女性のようである。しかし今、その美しい顔に狂気めいた笑みを浮かべていた。

「仕方ないな……じゃあ、始末は任せたぞ」

 そう言って、顔をしかめる留吉。この市村は、生まれは確かだし腕はいい。それなりに教養もある。物腰も穏やかだ。仕官の口には困らない、はずだった。

 三度の飯より人殺しが好きという欠点さえ無ければ、今頃はそれなりの地位にいたはずだったのだ。


「さてと清太、次はどうするかな……また、新しい女を調達しなくてはならんが……」

「お任せください。今度は、もっといい女をさらってきますから」

 留吉の言葉に対し、清太はにやりと笑う。彼の足元には、首をはねられた女の死体が転がっている。床は既に血まみれだ……。

 そして市村は、いかにも満足そうな様子で刀に付いた血や脂を拭っている。

「では、俺は失礼するよ……また阿片が入り用な時は、いつでも言ってくれ」

 そう言って、栗栖は立ち去ろうとした。

 だが、その途中で足を止める。

「ところで留吉さん……闇の仕置人とやらの情報は入ったのか?」

「闇の仕置人? ああ、鳶辰がそんな事を言っていたな。どうせ、でたらめに決まってる」

 留吉の言葉に市村が反応する。楽しそうな表情で顔を上げた。

「仕置人ですか。もし仮に、そんな連中がいるのなら……ぜひ出て来てもらいたいものですね。そうしたら、この私が叩き斬ってやりますよ」

 そう言うと、市村はその場で素振りを始める。取り憑かれたような表情で真剣を振るうその姿は、どう見ても正気ではない。さすがの留吉も、ひきつったような顔で見ている。

 一方、栗栖は我関せずといった表情だ。

「そうか……まあ、気を付けるんだな。では帰るとしよう。俺も暇ではないのでな」

 その言葉を残し、栗栖は去って行った。


「さて清太……こいつの死体を始末しないとな。頼んだぞ」

 留吉の言葉に、清太は頷いた。

「へい、任せてください。今度は死体が上がらないよう、灰になるまできっちり燃やしますんで」






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