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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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許せぬ奴に、止め刺します(三)

 翌日、政吉は店に居た。神妙な顔つきで、朝から黙々と仕事をしている。これは、滅多に無いことだ……以蔵とお春は、どういう事なのだろうかと顔を見合わせた。

「政吉さん……あんた大丈夫かい? どっか具合でも悪いのかい?」

 以蔵が恐る恐る声をかける。普段の政吉とは、明らかに様子が違う。常にきょろきょろし、隙あらば出て行こうとする態度が消え失せているのだ……。

「ああ? 何が大丈夫なんだよ?」

 心ここにあらず……といった様子で、言葉を返す政吉。以蔵は首を捻った。昨日から、ずっとこの調子なのだ。

「もしかして昨日、何かあったのかい?」

 以蔵が声を潜めて尋ねると、政吉は首を振った。

「何でもない。俺が店に居るのが、そんなに珍しいのかよ?」

「いや、その……まあ、確かに珍しいことなんだけどね。毎日いてくれれば、私としてもありがたいんだがね……」

 そう言って、笑みを浮かべる以蔵。

 その時、店の前をうろうろしている者の存在に気づく。

「政吉さん、あいつ何だろうね」

 以蔵は不審そうな表情で、呟くように言った。政吉がそちらを見ると、一人の目明かしが店の前をうろうろしている。

 源四郎だ。

「さあ、何の用だろうなあ……ちょいと行って、聞いてみるぜ」

 そう言うと、政吉は表に出る。そして、源四郎にぺこぺこ頭を下げた。

「どうも、源四郎の親分さん。毎日のお勤め、ご苦労様です」

「何だ政吉……へらへらしやがって。しゃきっとしろい」

「へ、へい……それより、何か御用ですか?」

 政吉が尋ねると、源四郎は顔をしかめる。

「ああ、そうなんだよ……ちょいと聞きたいことがあってな。番屋まで来てもらおうか」


 だが、二人は番屋には行かなかった。ひとけの無い路地裏に入り込み話し始める。その表情は、いつになく真剣なものだった。

「政ちゃん……本当に岩蔵を殺る気なの?

「ああ……殺ってやる。俺は奴の女房に頼まれちまったんだ。女房のおみつはな、岩蔵のせいで流産しちまったんだよ……刺し違えてでも殺す」

 淡々とした口調で語る政吉。その表情は静かなものだった。だが逆に、秘めた怒りの深さを窺わせる。

「そう。でも気を付けて……あいつは、本当に強いわよ。これまでに何人の悪党を殺したか、本人にも分からないくらい」

「上等だよ……仕掛屋が江戸の鬼を退治してやる。ところで源四郎、お前に頼みたいことがある」


 店に戻ると同時に、政吉は以蔵を手招きした。

「以蔵、後でみんなを呼んで来てくれ。今夜、仕掛の打ち合わせだ」

「えっ……今夜かい?」




 その夜、店の地下室に仕掛屋の面々が集まった。

 政吉は 神妙な面持ちで皆の顔を見回す。そして、机の上に小判を並べていった。

「今回の相手は……山木屋の山木幸兵衛と、その用心棒の村井清四郎。さらに目明かしの岩蔵だ。仕掛料は一人あたり四両……で、どうするんだ? 殺るのか殺らねえのか、今すぐ決めてくれ」

 低い声で、政吉は皆に尋ねた。

「ちょっと待ってもらえませんか。一応、確認しときたいんですが……目明かしの岩蔵ってことは、あの鬼の岩蔵ですよね?」

 真っ先に口を開いたのは多助だ。その問いに、政吉は頷いて見せる。

「ああ、鬼の岩蔵だよ。仏の岩蔵って呼ぶ奴もいるらしいがな」

「仏だぁ? あいつのどこが仏なんですか。そんなことより、あっしらはやりますよ。岩蔵なんざ、怖くないですね。お松が鉛玉をぶち込めば、一発で終わりでさあ」

 そう言って、右の手のひらを突き出す多助。政吉はその手のひらに四両を乗せた。

「へへ、こりゃどうも。ところで、段取りはどうします? あっしらが岩蔵を殺りますか? それとも山木たちを殺りますか?」

「いや、岩蔵は俺が殺る。多助さんとお松さんは、山木と用心棒を殺ってくれ」

 多助の問いに答えたのは龍だ。すると、政吉がじろりと睨む。

「龍……おめえ大丈夫だろうな? 岩蔵は手強いぞ。これまでにも、あいつは何人もの悪党を仕留めてきたんだぜ」

「けっ、上等じゃねえか。俺はな、役人って奴が大嫌いなんだよ……目明かしなんざぁ、役人の犬じゃねえか。いい機会だ。捻り潰してやる」

 怒気を含んだ言葉を吐いた後、龍は懐から胡桃を取り出す。そして苛立った表情で殻を握り潰し、実を口の中に放り込んだ。

「ま、いざとなったら私もいる。鬼の岩蔵は、必ず仕留めて見せるよ。政吉さん、安心してくれ」

 以蔵の言葉に、政吉は頷いた。

「そうか……頼んだぜ。今度の仕事は、下手を打てねえからな」


 ・・・


 数日後、山木は用心棒の村井を連れて夜道を歩いていた。

「村井先生、今回も頼みますよ……相手が何者かわかりませんが、向こうから話を持ちかけてきたとなれば話は早い。いざとなったら叩き斬ってください」

 山木はそう言うと、にやりと笑ってみせる。先日、店の中に文が投げ込まれていたのだ。どうやら、山木の始末を請け負った殺し屋からのものらしく、命が惜しいなら百両で手を引いてやる……などと書かれていた。

「で、山木……お前は素直に百両を払ってやるつもりなのか?」

 村井が尋ねると、山木は首を振った。

「払うわけないじゃないですか……どうせ、ゆすりたかりが目的のごろつきですよ。先生、容赦なく叩き切ってください。目明かしの岩蔵さんも、こちらに来ることになってますから」

「岩蔵だと……あんな者は必要ない。俺一人いれば充分だ。相手が何人いようとも叩き切ってくれるわ……こいつでな」

 言いながら、村井は刀の柄を軽く叩いた。

「いやあ、実に頼もしいですな。なあに、私も先生の腕は信頼しております。岩蔵さんには、後始末を頼むだけですから」

 そう言った後、ひひひと笑う山木。この男はもともと町のしじみ売りだったのだが、手段を選ばず様々な手を使って財を成した。その、のし上がっていく過程で潰してきた人間は、十や二十ではきかない。

 したがって、山木に恨みを抱く人間も十や二十ではきかない。本人もその事は自覚している。

「まあ先生、首尾よく切り殺せた暁には、手当てを弾みます。ですから、どんどん殺ってください――」

「もし……そこの旦那さま、哀れな乞食にお恵みいただけませんでしょうか。いかほどでも構いませんので……」

 山木の言葉を遮るように、闇の中から声をかけてきた者がいた。山木は慌てた様子でそちらを向く。

 だが、そこに居たのは坊主頭の座頭であった。杖を突きながら、よろよろとした足取りでこちらに歩いて来た。

 山木の顔に、残忍な表情が浮かぶ。

「そうかい……可哀想だねえ。だったら、いい物をあげよう。ちょっと待っていなさい」

 そう言うと、山木は近づいて行く。座頭は下を向いたまま、その場にじっと立っていた。

 山木は近づき、そして拳を振り上げた。哀れなる盲目の乞食に、拳骨と青痣を恵んでやろう……という魂胆なのだ。

 だが、山木は何も分かっていなかった。


 山木が近づいて来るのを確認し、多助は仕込み杖の柄を握りしめる。

 そして、山木が拳を振り上げた瞬間――

 鞘から抜き、刃を振るった。

 直後、山木の腹から血が吹き出る。

「な、何をする……」

 いきなり斬りつけられ、よろよろと後ずさる山木。だが、多助は容赦なく斬りつけていく。首、胸、足……凄まじい勢いで切り刻んだ。山木の体からの返り血で、多助自身も赤く染まっていく。

「き、貴様ぁ!」

 村井が慌てて刀を抜く。だが次の瞬間、彼の背後で銃声が轟いた。

 村井は刀を構えた姿勢のまま、うつ伏せに倒れる……。

 黒焦げになった竹筒を構えたまま、村井の屍を見つめるお松……その表情は、氷のように冷たいものだった。


 ・・・


 その頃、岩蔵は山木との待ち合わせ場所に向かい歩いていた。

 だが、ひとけの無い野原にさしかかった時、岩蔵は足を止めた。

 そして、周囲を見回す。どうも、妙な気配を感じるのだ。この辺りに何かが潜んでいるような……こういう時の岩蔵の勘は、今までに外れたことが無い。

「おい、誰か隠れてんだろう……出てこいよ。今日は先約があるが、ちょっとの間なら遊んでやるぜ」

 言いながら、岩蔵は十手を抜いた。

 すると、草むらから立ち上がった者がいる。大きな体、そして傷だらけの顔……その男は懐から何かを取り出した。 そして片手でもて遊びながら、ゆっくりと近づいて来る。

 岩蔵は、久しぶりに血の沸き立つような感覚を覚えた。目の前にいる男は、本当に強い。これまで仕留めてきた連中とは、まるで違う。その表情からは、自らの腕に対する圧倒的な自信が感じられた。

 だが、まだ若い。それだけに隙がある。岩蔵は十手を構え、じりじりと動いていった。


 龍は胡桃をいじりながら、岩蔵を睨みつける。岩のような体格だが、以前に闘った雲衛門よりは小さい。自分の敵ではないだろう。少なくとも、噂ほど手強いとは思えない……龍は胡桃の殻を握り潰し、実を口の中に放り込む。

 だが、その時――

 岩蔵が妙な動きをした。何かを投げつけるような動作だ。十手に気を取られていた龍は、僅かに反応が遅れた。

 次の瞬間、龍の脳天に何かが命中した。硬く、小さな何か……龍は転倒し、直後に気を失った。


 ゆっくりと近づいて行く岩蔵。彼の右手には十手、左手には分銅つきの鎖が握られている。その分銅が、龍の頭に命中したのだ。

 鎖を振り回しながら、岩蔵は慎重に接近する。

 しかし――


「おや、岩蔵の親分さんじゃございませんか。こんな所で、何をなさっているんで?」


 とぼけた声が聞こえてきた。同時に、煙管をくわえた色白の優男が現れる。通りを歩いていたら、すれ違った女のうち二人に一人が振り返るような顔立ちだ。にこやかな表情で、こちらにすたすた歩いて来る。

 岩蔵は眉をひそめた。どこかで見た覚えがある。確か……。

「おめえは……政吉の店にいた奴じゃねえか。関係ねえ奴はとっとと失せろ」

「まあ、そう言わないでくださいよ。捕物でしたら、是非、私にも手伝わせてください」

 そう言いながら、馴れ馴れしい態度で近づいて行く優男。岩蔵は苛ついた表情で優男を突き飛ばす。

「寄るんじゃねえ。おめえも一緒にしょっぴくぞ」

 岩蔵は凄んだ。どうも、この男の態度は妙だ。ただの軽薄な野次馬ではない。

 すると、優男の表情が変わった。


 以蔵はため息をつく。どうやら、この岩蔵には小細工は通じないらしい。さすが、鬼と言われるだけのことはある。

「仕方ないねえ……悪いんだが、これも仕事なんだ。岩蔵さん、あんたには死んでもらうよ」

 言うと同時に、以蔵は煙管に仕込んだ針を抜く。

「んだと? 上等だよ……二人まとめて、お縄にしてやろうじゃねえか」

 岩蔵の目に、残忍な光が宿る。

 二人は睨み合い、じりじりと間合いを詰めて行く。

 先に動いたのは岩蔵だった。鎖の付いた分銅をぶん投げる。

 だが、以蔵は腕を振るい、素早く払い落とした。

 その瞬間、岩蔵は一気に間合いを詰めて行く。そして十手を振り上げる――

 しかし、以蔵は地面を転がり十手の一撃を躱した。岩蔵には見向きもせず、そのまま駆けて行く。

 そして、倒れている龍の体を蹴飛ばす。

「龍さん! 寝てる場合じゃないよ! 早く起きて仕事しなよ!」

 怒鳴る以蔵……だが岩蔵は彼めがけ、またしても分銅を投げつけた――

 腕で払い落とそうとした以蔵……だが、鎖がその前腕に絡まった。

 岩蔵はにやりと笑う。持ち前の強い腕力で、一気に引き寄せていく。

 以蔵は不意を突かれ、ずるずると引き寄せられていった。あまりの腕力の差に、抵抗することさえ出来ない……。

 だが、そこに乱入する者がいた。

 龍である。息を吹き返すと同時に、凄まじい勢いで岩蔵に突進していく。

 そして、頭からのぶちかましを食らわした。二十四貫(約九十キロ)の全体重を乗せた勢いは凄まじく、さすがの岩蔵も背中から倒れる。

 馬乗りになった龍は、上から強烈な正拳を見舞っていく――

 たまらず背中を向ける岩蔵。すると、龍の腕が岩蔵の首に巻きついていった。そして絞め上げる。

 龍の腕から逃れようと、必死でもがく岩蔵。だが岩蔵がどれほど強かろうとも、がっちり極った龍の絞め技を外すことは出来なかった。その腕は、容赦なく気道を潰し頸動脈を絞めていく――

 やがて、岩蔵の意識は闇に消えた……。


「以蔵……助かったぜ。ありがとな」

 龍の言葉に、笑みを浮かべる以蔵。

「なあに、お互い様だよ」




 翌日、政吉は蕎麦の入った岡持ちを片手に、おみつの住む長屋に向かい歩いていた。蕎麦をご馳走してやり、ついでに岩蔵の死を伝えようと考えたのだ。

 しかし、長屋に着いた途端、政吉はその場に立ち尽くしていた。

 死体となったおみつが、長屋から運び出されていたのだ……。

「な、何があったんだよ……」

 政吉の呟きに、そばにいた中年女が反応する。

「ああ、おみっちゃんね……哀れな話だよ。首をくくっちまってさ。旦那があんなことになってから、おかしくなっちゃったみたいでね……」


 呆然とした表情で、立ち尽くす政吉。何もかもが手遅れだった。そもそもの始まりの時に自分が上手く動けば、二人とも救えたかもしれなかったのに……。

「馬鹿だよ、お前は」

 政吉は小声で、自分と元吉を罵った。


 ・・・


 一方、鳶辰の屋敷では――

「岩蔵が死んだそうです」

 捨三の言葉を聞き、嬉しそうに頷く鳶辰。

「さすがだな……奴らならやってくれるんじゃないかと思ったが、期待以上の働きだよ」

「鳶辰さん……初めから計算してたんですか? 仕掛屋が岩蔵を仕留めると?」

「いや、確信はなかったさ……ただ、ひょっとしたら殺ってくれるんじゃねえかって期待はあったがね」

「凄いですね。そこまで読んでいたとは……」

 捨三の言葉に、鳶辰はにやりと笑う。

「捨三、覚えておきな……馬鹿と鋏は使いようさ」






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