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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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許せぬ奴に、止め刺します(二)

 その日、政吉は一人で町をぶらぶらしていた。いつもと同じように、博打場に関する情報を仕入れるため、町をうろつく遊び人たちを探していたのだ。無論、店は以蔵とお春に任せている。二人とも、何やらぶつぶつと文句を言っていたが、聞こえない振りをして出て来たのだ。

 きょろきょろしながら、町をふらふらと歩く政吉。だが、そんな彼に声をかける者がいた。

 

「政吉さん……申し訳ないんですが、ちょいと来てもらえませんか。実はですね、鳶辰さんが会いたがってるんですよ」

 

 後ろからの声を聞き、さっと振り向く政吉。誰かと思えば、鳶辰の子分の捨三である。使い走りの青年であるが、他の子分連中とは違って腰が低く、態度は柔らかい。しかし、頭の回転と逃げ足は早い男だ。

「えっ、誰かと思えば捨三さんじゃないか……えらい血相変えて、何かあったのかい?」

 政吉が尋ねると、捨三はさりげなく周りを見回し、顔を近づけて来る。

「ええ、ちょいと急用なんです。出来れば、今すぐあっしと一緒に来ていただきたいんですよ。無理でしょうかね?」

 捨三の表情は、かなり切羽詰まったものだ。どうやら、よくよくの事情であるらしい。政吉は訝しげな表情を浮かべながらも、捨三に言われるがまま鳶辰の屋敷に向かった。


「政吉さん、急に呼び出して申し訳ねえなあ。実は、あんたに頼みたいことがあるんだよ。まあ、無理にとは言わねえが……」

 言いながら、鳶辰は冷たい目で政吉を見つめる。その顔からは、表情が消え失せていた。

「へ、へい……いったい何でしょうか?」

 恐る恐る尋ねる政吉。だが、返って来た鳶辰の言葉は、完全に想定外のものであった。


「実はな……元吉の奴が仕事をしくじったんだよ。このままだと、俺の面子が立たない。そこで申し訳ないんだが、政吉さんたちに代わりにやってもらいてえんだ」


「えっ……げ、元吉がしくじったんですか……」

 言いながら、政吉は思わず顔を歪める。

 もっとも、こうなるような気はしていたのだ。元吉はもともと、大物の使い走りや情報の売り買いなどを生業にしていた男である。裏の世界にいたとはいえ、荒事はあまり得意ではないのだ。

 まして、殺しの経験などは……ほとんど無いはずである。政吉は元吉とは気の置けない関係であるが、切った張ったの武勇伝は聞いたことがない。

 ただ、鳶辰もそのあたりの事情は充分に承知していたはず。なればこそ、元吉にも出来るような仕事を回すだろう……政吉はそう考えていたのである。鳶辰ともあろう者が、子分の腕や技量を見損なうはずがない、と。

 しかし、元吉は仕事をしくじってしまった。しくじった、ということは……九分九厘、その命はもうないのだろう。


「まあ、とにかくだ……政吉さん、すまねえが十両で引き受けてくれねえか。相手は、還暦を過ぎた爺さんだ。あんたらなら余裕だろう。安い仕事で申し訳ねえが――」

「ちょっと待ってください……元吉は何故しくじったんです? そんな爺さんを仕留め損ねたんですか?」

「ああ……よくは分からねえんだが、襲いかかった時に、店にいた用心棒に背中を切られたらしいんだよ。で逃げる途中、今度は岩蔵の奴に止め刺されたらしいんだなあ」

「岩蔵、ですか……」

「そう、目明かしの岩蔵だよ。鬼の岩蔵なんで呼ばれて調子に乗ってる、奉行所の犬さ」

 鳶辰は、吐き捨てるかのような口調で言った。

「そうですか……岩蔵の奴が元吉を殺ったんですか……」

「ああ、岩蔵が殺ったんだよ。そんなことより、あんた受けてくれるのかい? 本来、この仕事は二十両だった。丸腰の商人一人を仕留めるだけ……簡単な仕事だったはずなんだよ。ところが、元吉が前金の十両を抱いたまま死んだ……そうなると、今さら取り下げる訳にもいかねえんだ。政吉さん、俺はあんたを信頼してる……だから、あんたに頼みたいんだ」

 鳶辰は、そこで言葉を止めた。そして懐から、紙に包まれた小判を取り出す。

 それを、政吉の前に置いた。

「十両だ。ただ急な話だし、嫌なら断ってくれても構わない。本来なら二十両の仕事を、あんたに十両でやらせようってんだ。断られても、俺に文句は言えねえよ。もっとも、その時は元吉の嫁ん所から、十両を取り返してこねえとならねえがな。ま、捨三が若い者連れて行くことになるが、気は進まねえよ」

「……」

 政吉は黙ったまま、じっと小判を見つめていた。

 だが、その小判を手に取る。

「わかりました。やりましょう。そいつらは、仕掛屋が仕留めます」


 帰り道、政吉は口を真一文字に結び足早に歩く。彼は今、ある場所に向かっていた。古い記憶の片隅へと追いやったはずの場所に……。


「おみつさん、久しぶりだな」

 堅い表情で、頭を下げる政吉。だが、おみつの表情は暗い。

 おみつは、絶世の美女……というような美しい顔の持ち主ではない。だが愛嬌のある顔立ちだ。いつも元気で、歳上の元吉の尻を叩いて仕事に行かせるような気っぷのいい女だった。

 だが、今のおみつはあまりにも痛々しい。顔はやつれて白髪は増え、一気に十歳ほど老けてしまったような気さえする……。


「政吉さん、ですね……お久しぶりです。うちの人は、あなたの事だけは信頼していました」

 そう言うと、おみつは頭を下げる。

 だが頭を上げた瞬間、その表情は一変していた。


「政吉さん、あんたにお願いがあります。あの人が残してくれたこの金で、恨みを晴らしてください。あの岩蔵を……殺してやりたいんです」


 そう言うと、十両の金を差し出すおみつ……政吉は唖然となりながらも、どうにか言葉を絞り出す。

「おみつさん、馬鹿なことを考えちゃ駄目だ。その金は、もっと大事に使えよ。あんたの腹には今、赤子がいるんだろ――」

「流れました」

 淡々とした表情で答えるおみつ。政吉は何も言えず、顔を歪めて下を向いた。

「政吉さん、どうかお願いします。この江戸には、恨みを晴らしてくれる闇の仕置人がいる……あたしは、そう聞きました。政吉さんなら、その人たちに会えるんじゃありませんか?」

「い、いや……それは、その……会えねえ事もねえけどな……」

 政吉は口ごもる。何と言えば良いのか分からなかった。復讐のために、十両という大金を費やす……おみつのような立場の人間の選択としては、果たして正しいのだろうか。

「おみつさん、もう一度考え直してもらえねえか。その銭は、元吉が命を張って作ったんだ。もっと意味のあることに使ってくれ」

「もし、誰も引き受けてくれないのなら……あたしが殺ります。あたしがこの手で、岩蔵を殺します――」

「それは駄目だ。馬鹿なことを言うんじゃない」

 低い声で言い放つ政吉。それと同時に、金を手に取った。

「分かったよ。そこまで言うなら、恨みを晴らしてくれる奴を探してみる。岩蔵を殺してくれる奴を、な。だから……くれぐれも、馬鹿な真似はするんじゃねえぞ」


 おみつの住む長屋を出た後、政吉は立ち止まった。まさか、こんな話になろうとは……普段なら、こんな仕事は絶対に受けない。裏稼業には、間に入る人間が必要なのだ。

 だが、放っておくことは出来なかった。おみつは本気だ。放っておいたら、本当に岩蔵を殺しに行くだろう……その結果は、返り討ちに遭うだけだ。

 政吉は足早に歩き、番屋へと向かった。まずは情報収集だ。源四郎が居てくれればいいのだが……。


 しかし、そこに居たのは……。

「おう政吉、どうしたんだよ血相変えて」

 声をかけてきたのは、同心の中村左内だった。呑気な表情で座り込み、茶をすすっている。政吉は顔を引きつらせた。

「えっ、いや……源四郎さんは居ますか?」

「源四郎? 今は居ないぜ……見回りにでも行ってるんじゃねえのか?」

「そうですか……じゃあ、また出直して来ます」

 愛想笑いを浮かべ、頭を下げる政吉。すると、左内は立ち上がる。

 そして近づいて行き、政吉の肩に腕を回した。

「なあ政吉、源四郎じゃなきゃ駄目な話なのかよ。俺で良ければ聞いてやるぜ……ただし、儲け話に限るがな」

「いや、そんな話じゃないんでさぁ……ただ以蔵の奴がですね、たまに妙な年増女に付きまとわれたりするんですよ。あいつ、面だけはいいもんですから。そこで、どうしたもんかと思いましてねえ……」

 政吉の言葉に、顔をしかめる左内。

「何だそりゃあ……減るもんじゃあるまいし、年増女の相手くらいしてやりゃあいいだろうが。そんな話なら、俺の出る幕じゃねえやな。ただ、どうしてもって言うなら――」

「いえいえ、旦那の手を煩わせるほどのことじゃございませんから……こっちで何とかしますよ。では、そろそろ失礼します」

 言いながら、政吉はさりげない動きで、左内の腕から逃れた。そして会釈し、足早に去って行く。

「やれやれ……あの様子は尋常じゃねえな。どうやら、これから一波乱ありそうだぜ」

 残された左内は、思案げな様子で一人呟いた。


 番屋を出た政吉は、町を歩き回り源四郎の行方を探す。

 だが、見当たらない。一体どこにいるのかは分からないが、今は外せない用事の真っ最中なのだろうか。

 となると、ここはひとまず店に戻るとしよう……政吉は向きを変え、店の方に歩き出した。

 ところが前から歩いて来る者を見た途端、政吉の足が止まる。

 それは、岩蔵だった。


「おう、政吉じゃねえか……お前、こんな所で何やってやがるんだよ」

 そう言いながら、近づいて来る岩蔵。その表情は残忍そのものだ。自分のような立場の弱い者をいたぶる行為に、喜びを感じているようにも見える。政吉は怒りを感じ、思わず拳を握り締めていた。

「何だ……どうしたんだよ、その面は。何かあったのか?」

 言いながら、こちらの顔を覗きこむ岩蔵。

 政吉は湧き上がってくる感情を押し殺し、愛想笑いを浮かべる。

「え……あっ、いや、何でもないですよ。それより親分さん、こないだはお手柄だったそうですね」

「お手柄? ああ、こないだの元吉か……あいつは取っ捕まえて吐かせるつもりだったがよ、頭打って死ぬとは運のねえ野郎だ」

 吐き捨てるように言ってのける岩蔵……政吉は岩蔵から目を逸らし、下を向いた。出来ることなら、この場で殺してやりたい。

 だが、再び笑みを浮かべて顔を上げる。

「いやいや、大したもんですねえ……しかも、親分さんはこれまでにも、色んな連中を捕まえてますよね。さぞ、お強いんでしょうなあ」

 政吉がそう言うと、岩蔵は急に真顔になった。

「まあな……ただ、俺たち目明かしは、悪党を取っ捕まえるのが仕事だ。悪党を取っ捕まえるには、奴ら以上に凶暴にならなきゃな。ちょっとでも甘い所を見せたら、すぐに殺られちまうんだよ。俺は今まで、悪党に情けをかけたことはないぜ」

 岩蔵の表情は、いつになく真面目なものだった。政吉は思わず眉をひそめる……だが、それはほんの一瞬だった。

「そうですか……では、とち狂った奴らの意趣返し、なんて目にも遭って来たんでしょうね」

「意趣返しだあ? そんなもん、何回も来たよ。だがな、どいつもこいつも返り討ちにしてやったぜ。この世の中は力のある奴、強い奴が勝つように出来てるんだよ。お前もそこんところを覚えておくんだ」

「へ、へい。覚えておきまさぁ」

「おう、そいつぁいい心がけだぜ。身の程さえわきまえてりゃ、ほどほどには暮らしていけるんだからよ。じゃあな政吉、帰って真面目に働け」

 そう言い残し、岩蔵は去って行った。

 政吉は冷たい目で、じっと岩蔵の去り行く後ろ姿を見つめる。肩で風を切って歩くその姿は、どう見ても悪党にしか見えない。十手が無ければ、確実にやくざになっていたであろう。いや、そもそも目明かしという連中はみな、やくざと紙一重の存在であるが。

 そんなことを考えているうちに、政吉の胸に再び怒りが湧き上がってきた。出来ることなら、今すぐに岩蔵を殺してやりたい……。

 しかし、自分は仕掛屋なのである。これは、仕掛屋に依頼された仕事なのだ。怒りに任せて襲いかかるのは素人である。自分は、殺しを生業とする玄人だ。

 玄人は闇に紛れ、確実に仕留めるものだ……。


 政吉は歩き出した。山木幸兵衛と用心棒はともかくとして、鬼の岩蔵は手強い相手だ。今までの標的の中でも最強かもしれない。

 しかも……岩蔵は今まで、鳶辰の動きを牽制してくれていたのだ。その岩蔵が消えるとなると、今後ますます鳶辰は増長していくことだろう。それは自分たち仕掛屋にとって、非常に危険な状況なのではないだろうか。

 しかし、元吉が岩蔵によって殺され、女房のおみつに依頼されてしまったのだ……。

 ならば、岩蔵は必ず仕留める。





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