表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/52

許せぬ奴に、止め刺します(一)

「いらっしゃい……おや、龍さんと多助さんじゃないか」

 上手蕎麦に姿を見せた龍と多助に向かい、爽やかな笑顔で挨拶する以蔵。その表情には屈託がない。

 一方、多助はにこやかな表情で杖を突いて入って行ったが、龍は憮然とした顔のままである。ついこの間の、以蔵との言い争いが未だに本人の中で尾を引いているらしい。

 だが、以蔵が蕎麦を運んで来ると――

「その、こないだは……ちょっと言い過ぎたよ。悪かったな」

 そっぽを向きながら、不貞腐れたような口調で龍は言った。横にいる多助は、思わず苦笑する。

 しかし、以蔵はきょとんとした表情で首を捻った。

「えっ? 何がだい?」

「な、何がって……」

 龍はじろりと、以蔵を睨みつける。だが、以蔵は首を傾げるばかりだ。どうやら、何のことか全く分かっていないらしい。

 それが理解できた途端、龍はますます不機嫌になった。

「けっ、そうかい……この野郎、さっさと仕事に戻りやがれ。ちょっとくらい学があるからってな、気取ってんじゃねえよ」

 そう言い捨てると、勢いよく蕎麦をすする龍。そして、横にいる多助は顔をしかめた。

「以蔵さん……あんたは本当に不思議な人だねえ」

「えっ? 私のどこが不思議なんだい?」

 以蔵は首を捻るばかりだった。もっとも、彼は彼で心を悩ます問題があり、龍との言い争いなど覚えていられなかったのだが。


 ・・・


 その頃、政吉は鳶辰の屋敷へと向かっていた。本音を言えば気は進まないが、呼び出された以上は行かない訳にもいかない。今、鳶辰を敵に廻しても何も得しないのだから。

 やがて、政吉は屋敷にたどり着いた。ため息を一つつき、中に入ろうとした。

 すると、屋敷から出て来る者がいる。政吉はその場で立ち止まり、道を譲ろうとした。

 ところが、出て来る者の顔を見た瞬間、政吉の表情が凍りつく――


「ん、お前……元吉じゃねえかよ。久しぶりだな」


 政吉の目の前に現れたのは、かつての友人である元吉だった。半年前まで裏の世界で仕事をしていたのだが、若い女と所帯を持つことになり、裏稼業からは足を洗ったはずだった。

 その元吉が、なぜ鳶辰の屋敷から出て来るのだろうか?


「元吉、お前は足を洗ったんじゃなかったのかよ? 鳶辰に何の用だ?」

 きつい口調で尋ねる政吉……だが、元吉は顔を背けた。

「お前にゃ関係ねえよ……俺は忙しいんだ」

 政吉から目を逸らし、元吉はそう言い放った。そして足早に去っていく。

 その後ろ姿に危ういものを感じた政吉は、すぐさま屋敷に入って行った。


「やあ政吉さん。よく来てくれたね」

 目刺しを七輪で焼きながら、政吉に手を上げて挨拶する鳶辰。その気になれば、もっといい物が食べられるはずなのだが、この男は食に対するこだわりがないらしい。目刺しと飯と漬け物だけで食事を終えることがほとんどだとか……あるいは、その質素な食事こそがこだわりなのかも知れないが。

「鳶辰さん……今日はいったい、何の御用で?」

 政吉が尋ねると、鳶辰は笑みを浮かべながら口を開いた。

「いや、用というほどのものでもないんだよ。ただ、政吉さんの仕掛屋は本当に大したものだと思ってな。刀で斬る、首をへし折る、果ては鉄砲で眉間を一発……腕の立つ人間を揃えているね。大したものだよ。これからも、何かあった時にはよろしく頼む」

「いえいえ、こちらこそ……」

 そう言いながらも、政吉は内心で首を捻っていた。これが本題とは思えないのだが……。

 しかし次の言葉を聞いた瞬間、政吉の表情は凍りついた。

「いや、実はな……今日、政吉さんに仕事を頼むつもりだったんだよ。しかし、その仕事を元吉にやらせることになってな。わざわざ来てもらったのに、すまないね」

「元吉に、ですか? あいつは、足を洗ったはずじゃあ……」

「それがな、あいつの女房がこれらしいんだよ」

 そう言いながら、鳶辰は自分の腹を指差す。そして膨れるような仕草をして見せた。

「え……そ、そうだったんですか……」

 そう言ったきり、絶句する政吉。彼にとって、元吉は同業者であり友人でもあったのだ……。


 かつて、裏稼業で少しは知られる存在だった元吉……だが、おみつという名の女と知り合った。元吉と二十歳近く年の離れたおみつだったが、二人はすぐに意気投合した。やがて恋仲になり、そして夫婦になったのである。

 それを機に、元吉は裏の世界から足を洗った。


「すまないな政吉さん……わざわざ呼び出したのに、あんたには無駄足を踏ませちまったな。勘弁してくれよ」

「い、いや、それは構いませんが……元吉の的になってるのは、いったい誰なんです?」

 口元を歪めながら尋ねる政吉に、鳶辰は笑いながら首を振った。

「そいつぁ言えねえな……政吉さん、裏稼業の掟はあんただって知ってるはずだぜ。依頼の内容は、墓場まで持って行かなきゃならねえ秘密だよ。いくら口の堅いあんたにでも、言うことは出来ねえ」

「そ、そうですね……すみませんでした」

 頭を下げる政吉。そうなのだ……誰が相手であろうと、殺しの依頼を受けた以上は他言無用である。それは裏稼業の掟の、基本中の基本である。

「まあ、いいって事よ。ところで政吉さん、万が一の話だが……もし元吉が仕損じたら、あんたら仕掛屋さんに頼めるかな?」

「え……」

 縁起でもねえことを……と言いかけたが、政吉はその言葉を呑み込んだ。代わりに、笑顔で頷く。

「ええ、もちろんでさぁ」


 屋敷を出た後、政吉はため息をついた。結局、今日の訪問は無駄足に終わったわけだ……ただ、不安だけが残る。

 あの元吉は腕の立つ方ではない。もともと殺しは請け負っていなかったし、お人好しで涙もろい性格だ。裏の世界では、どう転んでも出世しないだろう。

 当の本人も、それは分かっていたはずだ。だからこそ、おみつと恋仲になったのを機に裏稼業から縁を切ったのだ。


「政吉さん……もう会うこともねえだろうが、達者でな」


 最後に会った時、元吉はそう言っていた。

 その元吉が……。


 だが政吉は頭を振り、足早に店に向かう。今の自分には、関係のない話だ。ただでさえ、最近では面倒なことが多い。他のことまで気にしている余裕はないのだ。

 それに、鳶辰も元吉の腕前がどの程度のものかは知っている。いくら何でも、無茶なことはさせないだろう。

 鳶辰は元吉に、子供が出来たお祝いがてら楽な仕事を回したのではないだろうか……。


 自分でも、無理のある話だと思う。鳶辰は、そんな粋な真似をするような男には思えない。しかし、今の自分にしてあげられることはないのだ。


 元吉……下手を打つんじゃねえぞ。


 胸の中で呟くと、政吉は店に帰って行った。

 

 ・・・

 

 その夜、元吉は九寸の短刀を握り締め歩いていた。目指すは、山木屋という商店である。主人の山木幸兵衛は還暦を過ぎた老人だ。殺すのは簡単である。

 足音を潜めながら、山木屋に侵入する元吉。裏口の戸を開け、店の中に入って行く。

 そして、標的の山木幸兵衛を見つけた。


 元吉は短刀を抜き、静かに近づいて行く。しかし――


「殺し屋さん、死ぬのはあんただよ」


 不意に、山木が声を上げた……そして振り向く。

 驚愕の表情を浮かべ、立ち止まる元吉。そこに、刀を構えた浪人が襲いかかった。

 とっさに身を躱す元吉。しかし避けきれず、背中に一太刀を受ける。

 元吉は激痛のあまり、うめき声を洩らした。さらに襲いかかる浪人……だが、元吉は短刀を投げつけた。そして、死に物狂いでその場から逃げる――


 元吉は痛みをこらえ、必死で走った。

 だが、目の前に目明かしが姿を現す。大柄でいかつい体つき、そして凶悪な風貌……元吉は顔を歪めて立ち止まる。

「おめえ、元吉だな……神妙にしろい」

 目明かしは十手を構え、じりじりと近づいて行く。元吉は、横道に逃げようと走った。しかし、目明かしはあっという間に追い付く……。

 そして、後頭部に十手の一撃――

 元吉は崩れ落ちた。その拍子に、地面に頭を強打する――

 元吉の意識は、闇に沈んでいった……。


「この野郎、くたばりやがったよ。手間かけさせやがって」

 元吉の死体を調べながら、吐き捨てるような口調で言う岩蔵。彼にとって、悪党の死など日常茶飯事である。今までに殺した悪党の数は……果たして何人なのか、自分でも覚えていないくらいだ。

「これはこれは、岩蔵の親分さんじゃありませんか。今回もお手柄ですね」

 用心棒の浪人と共に現れた山木。岩蔵にぺこぺこ頭を下げる。

「いや、大したことはねえよ。それより山木屋さん、確認しときてえんだが……こいつの刀傷は、そこのお侍さんがやったんだな?」

 岩蔵が鋭い目つきで尋ねると、山木は頷いた。

「へ、へい……その通りでさぁ。こいつがいきなり入って来まして、うちの用心棒の村井先生に斬られたんですよ」

「そうかい……なあ村井先生、こんな奴を一発で仕留められねえようじゃ、商売替えを考えた方がいいかもしれねえな」

 岩蔵の言葉に、むっとした表情になる村井……だが、山木が口を挟んだ。

「いやいや、逃げ足だけは早い男でしたから……村井先生がいなければ、私は殺されてましたよ。ところで、私らはもう帰ってもようござんすね?」

「ああ、いいよ。どの道、あとは昼行灯を呼んで終わりだ」

 そう言って、岩蔵は笑って見せた。


「こいつは、どうも解せねえなあ……」

 同心の中村左内は、元吉の死体を検分しながら呟いていた。すると、岩蔵が首を捻る。

「何がです?」

「山木屋の主人の家に、こいつは短刀を持って押し入った……ところが、用心棒に斬られて逃げたって話だったよなあ。だったら、何で背中に刀傷が付いてるんだ? どう見たって、背後から斬りつけたとしか思えねえだろうが」

 左内の目は、じっと傷口を見つめる。背中を一太刀だ。傷の具合を見る限り、用心棒の腕は悪くない。むしろ、逃げようとしたところを斬られた……そうとしか思えないのだ。

 しかし、わざわざ逃げようとしている者を斬るというのは、どういう事情なのだろう。用心棒はあくまでも、主人を守るのが務めのはずだ。

 いや、それはまだいい。もっと理解できないことがある。

「岩蔵……おめえ、ここで何してたんだ?」

 顔を上げ、尋ねる左内。そう、一連の流れがあまりにも不自然なのだ。元吉が用心棒の村井に背中を斬られながらも、どうにか逃げ出した。ところが、丁度そこに岩蔵が現れた。そして十手で一撃……元吉は死亡した。

 あまりにも都合が良すぎる。元吉の死は偶然だろうが、他はあまりにも出来すぎている。

 まるで、初めから元吉の襲撃を知っていたかのように。

「あっしですか? 偶然、この辺を歩いていたら、いきなりこいつが飛び出して来たんですよ。それより旦那、あっしが何してたかなんて、どうでもいいじゃございませんか。この元吉の野郎は、山木屋の主人を殺しに来たとんでもねえ悪党ですぜ。そいつが返り討ちにあい、逃げる途中で死んだ……よくある話じゃないですか」

「ああ、確かにな」

「旦那、らしくもないですぜ……いつものように、さっさと片付けちまいましょうや」

 そう言うと、岩蔵はにやりと笑う。明らかに、何かを知っている顔つきだ。しかし、それを自分に喋る気はないらしい。

 左内はもう一度、元吉の死体に視線を移した。この男の事は知らないが、少なくとも殺しをやるようには見えない。なのに、短刀を片手に店に押し入り、主人に襲いかかった。そして返り討ちに遭い逃走……挙げ句、岩蔵に殺された。

 はっきり言って、何もかもがおかしい。だが、今の自分に出来ることはないのだ。これ以上、調べようがない。人を殺そうとした下手人は死に、狙われた山木は助かった……この件は、もう終わりだ。

「岩蔵、お前の言う通りだ……しかしな、ほどほどにしておけよ。でないと、いつか殺られるぞ」

 左内の言葉に対し、岩蔵は愉快そうに笑った。

「殺られる? 上等じゃないですか……とち狂った真似してくる奴がいたなら、何時だって返り討ちにしてやりますよ。俺は今までだって、そうしてきましたから」

 そう言う岩蔵の顔は、残忍そのものだった。そう、岩蔵は悪党に対しては容赦しないのだ。何人の悪党の命を奪ったか分からない。その中には、実は悪党ではなかった者もいるかも知れなかった。もっとも、今さら確かめようがないが。

 左内は、岩蔵から目を逸らした。もう一度、元吉の死体を見つめる。


「おめえもどうやら、とち狂ったらしいな……何があったかは知らねえが、馬鹿な真似をしたもんだ。生きてりゃ、いいこともあったかもしれねえのによ。短気は損気だぜ……今さら遅いけどな」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ