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闇の仕掛屋稼業〜人のお命いただくからは、いずれ私も地獄道〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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あなたのお命、貰います(三)

 翌日、龍は朝早くからあちこちを回っていた。ひとけの無い裏通りや貧民窟を歩き、河原に住んでいる者たちを訪ね、多くの人間に話を聞いて回った。時には小銭をばら蒔き、時には腕力を用いた恫喝を駆使して情報を集めて回る。

 江戸の底辺を這い回って生きている者たちは、様々なものを見たり聞いたりしている。その情報収集の能力には、侮れないものかあるのだ。 

 しかし、彼らは基本的に役人を嫌っている。そのため、何らかの事件を目撃したとしても……同心や目明かしのような者たちには、何も話そうとしないのが普通だ。それ以前に、役人とは関わろうともしないのだが。

 しかし、龍のような島帰りの男に対しては……口が軽くなるところがあった。群れからはぐれ、世間から後ろ指をさされながら必死で生きている者同士、共感する部分があるのだ。戦友のような意識を持たれるらしい。龍は苦労しながらも、どうにか必要な情報を収集することができた。


 そして今、龍は満願神社に来ている。握り飯を片手に、大きな体を物陰に潜ませていた。物音を立てず、ひたすら待ち続ける。


 やがて、一人の男が神社にやって来た。

 すると、龍はすくっと立ち上がった。そして、男の前に姿を見せる。

「よう仙一、また会ったな……お前にちょっと聞きたいことがあるんだよ」

 そう言いながら、龍は男を見つめた。

 すると、男は驚愕の表情を浮かべる。

「え……龍さんじゃありませんか。こんな所で何やってるんですか?」

「こんな所、たぁ失礼じゃねえか。仮にも神様を祀る場所だぜ。縁起を担ぐお前らしくねえ」

 そう、この仙一は……妙に迷信深く縁起を気にする性格であった。訳のわからない言い伝えや迷信の話をしては、龍や他の者たちにに呆れられていたのだ。

「ま、まあ……それもそうですね」

 落ち着きのない態度で言葉を返す仙一。

 龍は、そんな仙一に顔を近づける。

「そんなことより、一つだけ聞くぞ。仙一……お前、鬼面党とかいう押し込み強盗の一員なのか?」

「え……」

 仙一の顔に、動揺が走る……しかし、それは一瞬だった。次の瞬間、不敵な笑みが浮かんだ。

「凄いですね……どうやって知ったのかは知りませんが、ばれちゃあ仕方ねえ。当たりですよ龍さん、あっしは鬼面党です」

 仙一は、龍をじっと見つめる。その顔は、昔とは変わっていた。かつての気弱そうな青年の面影が消え失せ、したたかな盗賊の顔へと変貌している……。

 龍はふと、昔の仙一の言葉を思い出した。


(龍さん、島を出られたら、一緒に吉原に女買いに行きましょうよ! 世話になったお礼に、あっしが奢りますよ!)


 あの時の仙一は、お調子者ではあったが冷酷ではなかった。

 愚かな部分はあったが、残忍ではなかった。

 しかし今、龍の目の前にいるのは……冷酷かつ残忍な、鬼面党の一員なのだ。

「龍さん、しばらくしたら一仕事やります。そしたら江戸を離れますよ。そん時は、あんたにも少しは分け前を払います。ですから、見逃してもらえませんかねえ……」

 言いながら、仙一はにやりと笑う。

 実に、ふてぶてしい表情だった。

「好きにしろよ。俺は役人じゃねえからな……お前が何をしようが、それはお前の自由だ。だがな、後悔だけはするなよ」

「後悔なんざ、しやしませんよ。あっしはたんまり稼いでますからね」

「そうかい。そりゃ良かったな。だが一つ覚えとけ。人を殺す奴の末路は……地獄だよ」

「へっ、上等でさぁ」

 そう言うと、仙一は懐から一両を取り出す。

 そして、龍の手に握らせた。

「龍さん……これで美味いもんでも食ってください。次の仕事が上手くいったら、飯でも食いましょうよ。じゃあ、ごめんなすって」

 仙一は笑みを浮かべて会釈した。そして向きを変えて去って行く。

 すると神社の大木の陰から、もう一人の男が動く……以蔵だ。以蔵は肩で風切って歩く仙一の後を、ひっそりと尾行して行った。




 それからしばらく経った、ある日のこと。

 町外れにある一軒のあばら家に、鬼面党の面々が集合していた。各々が黒い手拭いで頬被りをして、短刀などの得物を懐に呑んでいた。

 彼らの顔には、緊張の色がある。だが、それも当然だろう。何せ、今夜は江戸で最後の大仕事が待っているのだ。

 彼らには、自分たちが若くして人の道を外れてしまった自覚がある。盗み、奪い、そして殺す……出来ることはそれだけだ。

 そんな彼らにとって、過去は辛すぎる思い出しかない。また、未来は闇に閉ざされている。残されたものは、今味わうことのできる快楽だけだった。そのためならば、何でもする用意があった。


 やがて、頭領である参次が奥から出てきた。参次は真剣な表情で、皆の顔を見回す。

「いいか、お前ら……今夜は最後の大仕事だ。終わり次第、夜のうちに江戸を離れる。そして、ほとぼりが冷めるまで上方で過ごす。ぬかるんじゃねえぞ」

 参次の言葉に、一同は頷いた。だが、その時――


「ごめんなすって、座頭の多助です。揉み療治に来ました。参次さんはいますかい?」


 不意に、外から聞こえてきた声……一同の表情が凍りついた。

「参次さんよう……何なんだよあれは? どういうことなんだ?」

 一人の男が、低い声で凄んだ。しかし、参次は平然としている。

「まあ落ち着けや。俺は按摩なんざ頼んでねえよ……おい利吉、行って追っ払って来い。もし妙な真似をするようなら、殺せ」

 参次の言葉に、一人の若者が無言のまま立ち上がった。そして頬被りの手拭いを取り、戸口へと歩いて行く。

「おいあんた、参次なんてここにはいねえ。さっさと失せろ」

「いえいえ、そんなはずはこざいません……ここに間違いないんですよ。島帰りの参次さん、早いとこ出てきてくださいな……でないと、お役人さまに訴えますぜ」

 その言葉を聞いたとたん、利吉の表情が変わった。懐から短刀を取り出し、鞘から抜く。

「しようがねえなあ。そんなに言うなら、中に入れてやる。自分で確かめろ」

 そう言って、利吉はゆっくりと戸を開ける。

 表には、坊主頭の座頭らしき男が、杖を片手に立っている。

 利吉は短刀を構え、静かに近寄って行く。まず、男の肩に触れた。

「按摩さんよう、こっちに来てみな。その目で確かめろ……おっと、あんたは目が視えねえんだったな。こりゃあ、すまねえ――」

 次の瞬間、利吉の腹に刃が突き刺さる。

 そして、腸を抉られた。

「み、みんな……」

 利吉の最期の言葉は、参次たちの耳にかろうじて届いた……。


「利吉! どうした!」

 わめきながら、参次たち鬼面党が表に出て来る。そして倒れている利吉と、仕込み杖を構える多助を発見した。

「このめくらがぁ! よくも利吉を!」

 わめきながら、各々の得物を構える鬼面党。

 だが、物陰からゆっくりと姿を現した者がいた。龍である。

 その六尺(約百八十センチ)の身長と二十四貫(約九十キロ)の体格を見るなり、ぎょっとなって後ずさる鬼面党の男たち……。

「り、龍さん……あんた、何でここに……」

 呆然とした表情で呟く仙一。龍は、そんな仙一を睨み付けた。

「仙一、前に言ったよな。人を殺す奴の末路は、地獄だと。今がその時だ。お前の命、俺が貰う」

 言うと同時に、龍は獣のような勢いで襲いかかって行った。


 だが、鬼面党も伊達に盗賊を名乗っているわけではない。男の一人が短刀を振り上げ、龍に切りかかる。 龍はその男の腹めがけ、左足の前蹴りを放つ――

 爪先で鳩尾を抉られ、悶絶する男……龍は手を伸ばし、男の体を掴む。

 そして軽々と持ち上げ、他の男たちに投げつける。その傍らでは、多助が仕込み杖を振り回し、さらに一人を血祭りに上げていた。多助は返り血を浴び、顔が赤く染まっている。まるで赤鬼のようだ……。

 その時、闘いの最中であるにもかかわらず、龍は以前より多助に対して感じていた違和感の正体にようやく気づいた。


 あいつの、目は……。


 しかし、刀を振りかざして龍に襲いかかる男がいた……参次だ。参次は鬼のような形相で、刀を振り回し突進する――

 龍は、その斬撃をかろうじて避けた。だが、参次の勢いは止まらない。さらに刀を振り回して龍に迫る。参次の動きは典型的なやくざ剣術であり全くのでたらめだが、それだけにかえって予測しづらい……龍は後ろに飛び退き、素早く身構える。

 すると、他の男たちも戦意を取り戻した。頭領の出現により、勢いづいた彼らは得物を構え、龍と多助に一斉に襲いかかっていく。

 だが、物陰に潜んでいたお松が立ち上がった。そして地面を転がりながら接近し、竹筒を構える――

 轟く銃声。

 次の瞬間、参次の動きが止まる。

 そして、刀を振り上げた姿勢のまま倒れた……。

 鬼面党の面々に、動揺が走る。いきなりの銃声、そして精神的支柱である参次の死亡……彼らの勢いは一瞬にして消え失せ、代わりに恐怖が取って代わる。

 だが、その隙を逃すほど龍も多助も甘くはない。一気に襲いかかる―― 

 龍は、手近な者の襟を掴んだ。

 そして相手の体を腰に乗せ、一気に地面に叩きつける。さらに倒れた者の喉を踏みつけ、次なる者へと向かって行く。

 一方の多助は、仕込み杖を振るい着実に仕留めていく。恐怖に支配された鬼面党は、もはや二人の敵ではなかった。次々と倒れていく。

 だが一人、騒ぎに紛れて逃げ出す者がいた。


 仙一は物陰に潜み、音も立てずにその場から逃げ出した。勝ち目のない時は、恥も外聞も捨てて逃げる……仙一は今まで、そうやって生き延びてきたのだ。頭領である参次が死んでしまった以上、鬼面党はもうおしまいだ。しかも、龍の腕前のほどはよく知っている……強者揃いの島で、誰にも負けなかったのだ。その上、あと二人いる。絶対に勝ち目がない。

 そもそも仙一が鬼面党に入ったのも、島で知り合った参次に誘われたからだ。その参次が死んだ今となっては、他の連中に義理立てする必要もない。生きてさえいれば、また浮かび上がることも出来る――


「どこに行くんだい、仙一さん」


 不意に道の先に現れた者……以蔵だ。以蔵は煙管をくわえ、すました表情でこちらに歩いて来る。

「な、何だお前は!」

 仙一は短刀を抜き、怒鳴りつける。以蔵は一見すると、色白でひ弱な優男でしかない。仙一も、この男なら恐るるに足らないと踏んだのだ。

 だが、仙一は何も分かっていなかった。


「なあ、仙一さん……乾屋の前でおみくじを落としたのは、あんただ。あんたが下手を打ったせいで、鬼面党は全滅だよ……なのに、あんた一人が生き延びるってのは、おかしな話だよね」

 すました顔で言ってのける以蔵。

 すると、仙一は憤怒の形相になった。短刀を振り上げ、以蔵に飛びかかって行く――

 しかし、以蔵はその攻撃をあっさりと躱す。と同時に、煙管に仕込んだ針を抜いた。

 攻撃を躱され、よろける仙一。以蔵はその背後に廻り、延髄に針を打ち込む――

 仙一は、自分の身に何が起きたのかさえ分からぬまま絶命した。


 ややあって、その場に現れた龍。彼は仙一の死体を見下ろした。

「以蔵……お前がこいつを片付けたのか……」

「ああ。うかうかしていると、逃げ出しそうだったからね。私が始末したよ」

「そうか……ありがとよ」

 そう言うと、龍は仙一の死体に何かを放る。

 一枚の小判だった……。

「ちょっと龍さん、何だいこれは――」

「こいつに貰った口止め料さ。こうなっちまったら、返すしかねえだろ」

 そう答える龍の顔は、どこか虚ろだった。だが、以蔵はその小判を拾う。

「龍さん、私は知っているんだよ。この件を調べるため、あんたが銭をばら蒔いていたことを……そのばら蒔いた金は、少なくとも三両にはなってるはずだ。この金は、あんたが取っときなよ」

「いらねえよ。何なら、みんなで使ってくれ」

 そう言った後、龍は振り向きもせずに去って行った……。


 ・・・


「こいつは面倒だな……ま、どうせ盗人同士の仲間割れだろうが」

 死体の山を前に、苦り切った表情で呟く中村左内。彼の傍らには、源四郎が居心地悪そうな様子で立っている。

 一方、岩蔵はしゃがみこむと、死体の一つ一つを確かめていた。だが、不意に顔を上げる。

「旦那……これは仲間割れと言うより、裏の連中が動いたんじゃないですかね。鬼面党は、女子供も皆殺しにするような腐れ外道だ。仁義を重んじる盗人たちからすれば、許せなかったんじゃねえですかね」

 岩蔵の言葉に、頷いて見せる左内。

「ああ、そうかもしれねえな」

 左内はそう言った後、今度は誰にも聞かれぬよう小声で呟く。

「しかし、刃物による殺しや、急所を針で一突き……背骨や首をへし折られてる奴もいるかと思えば、眉間に鉄砲玉を喰らっている奴までいやがる。何とも面白そうな連中だぜ」







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